仕事の後のひと息
「ふわぁ~。一仕事した後の紅茶は格別ですねー」
ギルドに討伐の報告を行った後、アリアとケアドは近くのカフェにて休息を満喫していた。
窓に映る木漏れ日がカフェ内を暖かく照らす。さらに、木造特有の落ち着きを与えるデザインは、まさに憩いの場として申し分ない。
テーブルやカウンター一つとっても、細部までオーナーのこだわりが見える。
そのこだわりのセンスが素晴らしいことも、このカフェをカフェ足らしめている要因の一つだろう。
丸いカフェテーブルに向かい合わせに座るアリアとケアド。
アリアは注文した紅茶を一口啜って、先程の言葉をホッとしながら呟いたのだった。
「その服装といい、随分オシャレな物を好むんだな」
「え? あぁ。これは別に気取っているわけではありませんよ? 紅茶はリラックス効果があるんです。戦いに疲れた後、こうして飲むことで高ぶっていた精神に落ち着きを取り戻してくれるんですよ」
「そういうもんかね……」
アリアの言うことをどうにも信じられないケアド。
彼の表情を気にせず、アリアは話を続けていく。
まるで、小さな子どもに知識を教えるお姉さんのように。
「それに見てください。この透き通った色。余計な成分がなく、必要なものだけを抽出しているこの色。こだわっていなければここまでの透明感はでませんよ」
「そうかい」
「……んー。味も苦味がなく、喉をすぅっと通っていく。ケアド、このカフェは当たりですよ!」
笑顔をはじけさせ、アリアは紅茶を堪能する。
一見、気品があり丁寧で淑やかな彼女の中に見せる幼さ。ケアドは彼女の表の表情から読み取れない隠された表情があると感じた。
しかし、それが何なのか、彼にはまだ認識できない。ただ、微かな違和感を感じていただけだった。
それ以上、脳内で議論してもしょうがないと彼は思った。今は彼女の中に踏み込む暇はない。彼には彼の目的があるのだから。
「……それでアリア。これからしばらくはここに滞在するのか? それとも、ここを安住の地と決め込むのか……」
「私に安住の地は……多分、ないかもしれません」
「ほう? 何故?」
「……そんなことどうでもいいじゃないですか! 国々を巡る旅は結構楽しいものですよ」
出来れば、ケアドは彼女の口から説明を欲していた。
アリア自身に纏わる謎に迫るため、彼は近づいたのだから。
だが、彼女は全く隙を見せない。能天気ですぐに『吐く』と考えていた彼の想定は異なっていた。
ケアドは、彼女を監視するかのように鋭い眼差しで警戒しつつ、コーヒーが入っているカップに口をつけ、飲む。
話をはぐらかしたことを悪いと思ったのか、アリアはばつの悪そうな顔でケアドを見ていた。
「――調査が終われば、この国からは出ていきます」
「調査?」
「ちょっとした調べ物です。なので、まずは図書館に行くつもりです」
「俺にも手伝わせてはもらないか?」
アリアは紅茶を飲んでいた手を止める。一瞬だけケアドから目を反らし、それから笑顔を取り戻した。
「構いませんよ。でも、本の出し入れだけでよろしいですか?」
「ああ。手伝えることであれば任せてほしい」
「それじゃ、決まりですね」
「よし。善は急げ。さっさと向かうか」
「――いいえ」
途端に真剣な表情となるアリア。
感情が変わったことを認識したケアドは、気づかれないようにそっと短剣に手を伸ばした。
ここで彼女が取ってくる行動によっては、彼はアリアを斬ることも考える。まさか、自分の目的が彼女にバレてしまったのだろうか。
それとも、気分が変わって俺が邪魔になったのか?
様々な考えを巡らせるケアド。
刹那、ケアドとアリアの前に一つの手が差し伸べられた。
「こちら、カフェ特製ショートケーキです」
「わぁー! 待ってましたー! とっても美味しそうです!」
上品なメイドがアリアの前にショートケーキを置く。
単なるショートケーキではない。ここのカフェがこだわり抜いた意匠が主張している。
例えば、皿一つとっても、ショートケーキというシンプルなスイーツにアクセントを乗せるため、あえて派手なデザインが施された皿を採用している。
そして、そのデザインは花柄を散りばめた、華やかな雰囲気を醸し出している。
しかし、主役を邪魔にはしていない。あくまで主役はケーキである。
その主役は、初雪のように真っ白なクリームが塗られ、日差しによってキラキラとダイヤのようにきらめいている。
乗せているイチゴもただ乗せているだけでなく、きちんと象られてデザインとして機能している。
「……は?」
「焦らないで下さいよケアド。このケーキを食べてからでも遅くないですよっ」
食べる。彼女はそう言うが、フォークをケーキに刺そうか刺さまいか迷っている。
この完成品を自分が台無しにしていいものかどうか。しかし食べなければ注文したカフェに失礼だと。
そのどうでもいい葛藤が彼女の中で渦巻いているのだ。
「どうでもいいが……食べるか食べないかどっちなんだよ」
「うーん、そうですよねぇ~。でもでも、もったいないですよー。あーあ、この景色がずうっと残るような魔法でもあればなー」
「んなのあるわけないだろ……」
ケアドはそろそろ自分が想像していた彼女の印象を改める必要性が出てきた。
目の前の少女はどう見ても、戦闘以外は普通の少女である。
さらに、淑やかな雰囲気に隠れる明朗快活な雰囲気。そして、フォークに刺さったケーキを頬張り、幸せそうに鼻にクリームを付ける目の前の少女。
とても『彼女』を想定していた存在とは認められない。
ケアドは頭を振って自身の考えを正す。
まだ知り合って間もない。いつ彼女が『本性』を表すか。ケアドは彼女を利用するために近づいた。そのことをもう一度、脳内で確かめていた。
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