49話・タイミングが良すぎます



「彼女の遺体の状態から見るに、亡くなる直前に口にしたものではないかと医師が言っておりました」


「では誰かが彼女に?」




 執事は頷く。この屋敷にいる使用人達には、それとなく彼女を表向きには客人として扱いながら、監視するように申し伝えていた。その彼らが毒を彼女に盛る必要性はない。彼らは第1王子だったフィルマンと苦楽を共にしてきた仲間だ。彼らはフィルマンが王籍を抜けて一領主となった今も、彼に仕えたいと栄えある王宮使用人の座を捨ててまで、付いてきてくれているのだ。




 その仲間達が、彼女に対し何か不満を抱いたとしても、短絡的に彼女の命を狙うとは思えなかった。


彼女が殺されたとするならば、犯人は外部の者だ。それは断言できる。フィルマンは忠義者の執事に訊ねた。




「誰か怪しい者を見かけなかったか?」



「特には。ただ──、庭の木が剪定されておりましたので、庭師が来ていたように思います。その庭師に何か事情が聞けないものか探らせております」






 執事は庭師を疑っていると言っていた。確かに庭師ならば植物のことに関しても詳しいだろう。その庭師が何らかの手を使って彼女を騙し、毒入りの植物を食べさせたのではないか。そう推測が出来た。




「あの御方は食事のマナーが全然出来てなくて、常にお腹を減らしている状態でした。側付きの侍女が時々、サンドイッチや、お菓子を部屋に差し入れておりました」



 言われてみれば彼女は、食堂でフィルマンのようにナイフやフォークを上手く扱えないことに苛立ちを覚えて、すぐに癇癪を起こし、「もういらない」等と言い、食堂から出て行くこともあった。有能な執事はおりを見て、侍女に軽食を運ばせていたようだ。




「面倒をかけたな」


「いえ。それよりも庭師に連絡が付かないことと、タイミング良く引取先が現れた事が、どうにも上手く行きすぎているように思われるのですが……」




 今更だが、執事やメアには彼女の世話を任せきりにしてしまい、申し訳なかったとフィルマンは思っていた。そのフィルマンに「老婆心ながら……」と、執事が言う。


 この後、何も無いといいのですがと。




「庭師は契約している者か?」


「ああ。庭師に在中してもらうほど、我が屋敷はそう広くないからな」



 フィルマンは元王子でありながらも、質素倹約を心がけていた。使用人達もそのような彼だから付いてきたようなものだ。他の王族や、貴族達が毎日、宝石や衣装を新調して夜会に繰り出すのを冷めた目で見ていた。彼にとってそれは無駄な贅沢にしか思えなかったのだ。


 そのような贅沢は本当に必要な事なのかと、5歳にして執事が侍従長時代に聞いた事もあった。




「さすが倹約家。そのおかげで怪しい者も絞れるな。その庭師が何か関係しているに違いないだろう」



 この屋敷に仕える者は、フィルマンへの忠義者しかいない事は、ノルベールも知っていた。



 偽者サクラを毒殺した可能性が高いのは今のところその庭師だ。あとはその庭師を連れてきて、背後の人間を吐かせ、この屋敷に自称サクラを送り込んだ目的などを調べる予定が、すぐに暗礁に乗り上げてしまうことになろうとは、この場にいた誰もが予想していなかった。


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