50話・王太后陛下の愚痴



「もうね、息子は駄目ね。可愛げが無いもの」


 ベネベッタ王太后陛下が延々と愚痴るのを、わたしは苦笑を浮かべてやり過ごすことしか出来なかった。


 ベネベッタ王太后陛下は、よほど鬱憤がたまっていたようだ。ここぞとばかりに息子(陛下)の悪口を言い出した。わたしにとってはお会いしたこともない御方。ゲームの中でも、フィルマンの義理の弟。棚ぼた式に国王の座についたと、簡単な説明で終わっていたので、陛下とはどのような性格の男性かも良く分からない。


 あの後ヴィオラ夫人は、王太后陛下に付いてきたアージアと話があるからと、二人で部屋を出て行ってしまい、その場には王太后陛下と、その護衛の顎髭の男性が残された。


 男性が話をすることはなく、もっぱら話すのは王太后陛下で、わたしはその話を聞きながら、適度に相槌をうつのが精々だった。


「酷いと思わない? 父王の死去に伴い、王位についたからといって、母親をサッサと王宮から追い出すなんて」


 ベネベッタ王太后陛下は、喉が渇いたようでティーカップを持ち上げ、喉を潤すとまた語り出した。


「……こんなことなら義理でも、親として慕ってくれたフィルマンを王太子に推すのだったわ。実の子、可愛さに目が眩んだわたくしが馬鹿だった」


 はああ。と、王太后陛下が深いため息を漏らす。こんな話をわたしにしてしまって良いのだろうか? 気になって陛下の後ろに立つ、顎髭の護衛に目をやると「誰にも話すなよ」と、釘を刺すような鋭い目線が飛んできた。



──誰にも話せませんよ。話そうにもわたしには、話す相手すらいませんからね。



 護衛に向かってへらっと愛想笑いを返せば、護衛は無表情になった。顎髭の護衛はわたしのことをまだ警戒しているようだ。主人の尊い身を思えば仕方ないことだと思う。


 わたしが異世界人だということは、この屋敷ではヴィオラ夫人しか知らない。記憶を取り戻したことを、この屋敷の皆には伝えていないからだ。その為、皆にはわたしは記憶喪失の女性ミュゲであり、ヴィオラ夫人に保護されている女性と思われている。

 


 そんな素性の良く知れない相手を前に、べらべらと個人的な話をする王太后陛下には、ヴィオラ夫人以上に、危険なものを感じる。これで人の上に立つ者としてどうなのかと思うが、その為にこの眼光鋭い護衛が控えているのかも知れない。


 都合の悪いことを聞いた者を、斬って捨てるために。そう思ったら背中がゾクゾクしてきた。



「あら。どうかなさったの?」

「あ。いえ……」



 眼光鋭い顎髭護衛を前に、下手な事も言えずに笑って誤魔化すことしか出来ない。そんなわたしに、王太后陛下は怪訝な顔をした。



「こんな話、あなたにはつまらなかったかしらね?」

「あ。いえ……」


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