第16話 美少女、メイドに遊ばれる
結局、収納バッグと靴は持ち帰れたもののローブは少し時間がかかると言われて二日後に屋敷に届けてもらうことになった。
平民御用達の武器屋ではメンテナンス以外はその場で持ち帰りしかしたことがなかったからちょっとしたカルチャーショックだ。貴族街ってこういった小さな違いもたくさんあるんだなあ。
店の前で待機していた馬車にじゃんけんで勝ったやつから乗り込んでいった結果、奥にレオナルドが座り正面と横をエリーとルイーゼが勝ち取り、俺とジャンが入り口側に座った。そこはさぞ見晴らしがいいことだろう。羨ましい…
一度屋敷へ戻ることになり、話題はこの二日どう過ごすかで盛り上がった。
「メンテナンスも二日ほどかかるみたいですし、この二日は完全にお休みですね!」
「だね。とりあえずあたしは一回実家に顔出してくるかな~…エリーも教会戻るだろう?」
「そうですね、司祭様たちにご報告しないと…レオ様はご実家に帰られますか?」
「いや、俺は…」
「帰るに決まってるだろ。お前、前回帰らなくて奥様泣かせたの覚えてないのか」
「う…わかった…ただし日帰りだ。明日顔をだしてすぐ帰る」
「じゃあ私も夕方には帰ってきます!何するか分からない野蛮な人もいるし」
「だってよジャン」
「もれなくお前だろ、大食い娘」
皆一度実家や教会に顔を出すらしい。俺はもう
「ユキはどうするんだ?」
「俺はすることないしアイテム整理とちょっとした小遣い稼ぎでもしてくるよ。出先で気兼ねなく美味い物食べたいし」
旅と言えば地方の美味い飯!いわゆるB級グルメめぐりだ。
「美味しい物と言えば、この時期は教会主催の春祭りじゃなかったか?」
「ああそういえばこの時期は下町がにぎわってるねえ」
「ああ、あのやたら舞踏会や茶会が多くなる…」
「春祭りってなんだ?」
地方では実りの多い秋ごろに収穫祭をやるものの、祭りというより物々交換会に近い。
布ものや他の作物やアイテムなど硬貨以外で交換するのだ。
他にも祭はあることはあるが地方の小さな村でやるお祭なので規模は小さい。前世で言う神社のお祭を想像してほしい。アレくらいだ。
「春祭りは王都の教会主催で執り行われる春を迎えるお祭りで、一週間ほど下町が賑わうんです。色んな地方や国から行商がやってきて、様々な異国のものが集まるんですよ」
「他にも夏、秋、冬と季節ごとに祭りが開かれてるぜ。地方だと収穫祭くらいか?
「花まつり?」
「花が咲く頃に町単位で日をずらしてちょっとした出店がでたりするんだよ。町の先端から
「そりゃ祭りの元が花の精霊が春になった祝いに花を咲かせながら町から町に渡り通るって信じられてたからだな。花の精霊は楽しいのが好きだから精霊を喜ばせるために祭りを開いたのが最初だよ」
「そうなのか、詳しいなジャン」
「まあな、うちは元々
「地方は季節のたびにお祭をやったりしないのですか?」
「地方の教会は自給自足で生活してるところが多いから祭より収穫や手仕事でいっぱいいっぱいなんだよ。そのかわり収穫祭や花祭りは参加してるけどな」
「ユキも参加したことがあるのか?」
「花祭りや収穫祭ならあるぞ、収穫祭なんかは物々交換したりするから大賑わいだよ」
「そうか、行ってみたいな。楽しそうだ」
羨ましそうな儚げな笑みを浮かべてるところ悪いが俺は賛成しない。
収穫祭前なんかはどこもかしこも収穫期のせいで老若男女問わず上から下から大忙しだからだ。タッパも筋肉もある器量のいい男が行ってみろ、あっという間に取り囲まれてあっちこっち駆り出された挙句やれ婿に来いと言われ続け肉食系女子の皆様に群がられるに決まってる。ちなみに女性も例外ではない。特に華やかな女性なんかは田舎にはなかなかいないので競争率がぐんとあがるのだ。
ジャンもげんなりした顔で遠い目をしてるところを見るとなかなかハードな体験をしていそうである。
かく言う俺も毎年他の地方の収穫祭あたりは町に入らずクリスのところに厄介になっていた。襲われたところで負けない自信はあるがやれ使い物にならなくなった男の責任をとれとかいうやつもいるし、夜安心して寝付けないことが一週間は続く以上近づかない方が吉である。
「まあ一度体験してみてもいいとは思うよ…収穫は楽しいし、収穫は」
「お前ら三人なら家や教会を盾に逃げられるしな」
「なんだい物騒だね…」
空気を換えようとしたのかエリーが明るい声でパンパンと手を叩いた。
「そ、そうだ、まだお昼前ですし、春祭りにいってみませんか?レオ様♡」
「な…っレオ~行くならあたしと行こうぜ♡おすすめの店があるんだ!」
「ちょっと!邪魔しないでください!私が最初にお誘いしたんですよ!」
「へっどっちを取るかはレオしだいだろ」
「いや俺は…」
すぐに負けじと声をあげるルイーダにつられて顔をあげる。そういえば話は春祭りだった。
「花祭りってそんなに規模でかいの?」
「腐っても王都の祭りだからな。貴族たちは珍しい宝石や貴金属を手に入れて舞踏会や茶会をする一方でやっぱりメインは下町のめずらしい屋台やアイテムも多い。
「楽しそうだな!」
「ならユキも行こう、ここ数年は俺も下町の春祭りに参加したからある程度案内できるぞ」
レオナルドの誘いと共にギンッと2人分の殺意が至近距離で射抜いてきた。勘弁してください馬車の中は近過ぎます。
「お、俺は別に1人でも…」
「い、一緒に行くかユキ」
「いいいいいな!あまりもの同士で!」
「奢ってやるよ!な!」
「ジャン…」
今どこから響いたかわからないような低い声と心臓を射抜くような冷たい殺意が馬車内を満たした気がする。ゾッと下っ腹が冷えた。う、トイレ行きたくなったじゃないか
喧しかった2人も時間が止まったんじゃないかというくらい口をつぐんでいる。
「…皆でいかないか?一緒に。平等に。なあ?みんな」
「そ、そうですね!」
「いいんじゃないか?!ねえユキ!」
「そ、そうだな!俺初めてだし!迷子になるかもだし!」
「手!手引いといてもらえよ、春祭りはそれなりに人がいるし!」
ジャンは俺のこと嫌いなんだろうか?わざとかと胸倉掴みたくなるくらい迂闊な発言に今度は肉食女子達の目が座っているのにお気づきでない??こいつ今までこうしてレオナルドを盾にして逃げてたな…こうなれば…
「…ハイ!あの!2人1組1時間で遊ぶ時間作るとかどうですかね!!!」
「2人1組1時間…ですか?」
「そう。ただし全員1時間づつ回ること」
「1人余るのはどうするんだい?」
「そこは1人の時間を楽しむ…ん〜あ、1人ひとつお互いにお土産渡すのはどうだ?1人の時間の間に探す!値段は銀貨一枚まで!担当は後でグラムさんに作ってもらってさ」
「へえ楽しそうじゃん」
「変に取り合って喧嘩するよりいいだろ?俺もみんなと交流できるし」
「それはいいな、楽しそうだ」
「乗った!楽しそうじゃないか!」
レオナルドとジャンとルイーゼは乗り気になってくれた。がひとりむくれたやつがひとり…まあ参加は確実なんだけど。
「え〜!それってルイーゼさん達とも2人で歩き回るんですよね?私怖いですぅ…」
「んじゃエリーは不参加な〜お土産は買って来てやるからお留守番な!」
「なっ…なんで私だけ…!」
「じゃあ参加するか?ジャンは参加するってさ」
「…わかりましたよ!参加します!すればいいんでしょ!」
「みんなとも1時間づつ遊ぶんだぞ!お土産もな!」
「わかってますったら!」
ぷいっと顔を背けるエリーを横目に皆でガッツポーズしたのだった。
***
「くじ引きでございますか?かしこまりましたお任せください」
屋敷に戻ってからグラムさんに簡単に説明すると快く頷いてくれた。流石グラムさん仕事ができる男は違うな〜〜〜!
「ではこちらをどうぞ」
ポケットからサイコロを取り出してみせた。…この世界ってサイコロあるのか。
実はこの世界は時間の概念や四季など前世と似たような習慣がところどころにある。多分だけど多かれ少なかれ俺やクリスみたいな前世の記憶がある人間がちらほら居たんじゃないだろうか
クリスも先祖の残ってる資料を見てまわったらしいけどそれらしい記載はなかったそうだ。手記や私的な手紙なんかは大体燃やされてしまうことが大概だから仕方がないのだが…でも多分、あると思うんだよなあ…まあ人に話したところで変な人認定されるだけだから俺たちも話してないんだけどさ
「サイノメを二回振った合計数が高い順に並べて誰のお土産を買うか決めましょう」
こちらではサイコロの事をサイノメというらしい。サイコロとか言わないように気を付けよう。
皆初めて触るのか興味津々でコロコロと転がした結果、ルイーダ→ジャン→俺→エリー→レオの順番になった。レオは一周回る為ルイーダにお土産を用意するのだ。
すごいな、女子二人の執念…ものの見事レオナルドの前後を引き当てたのだ。恋する女は強いのだ。
「で、あとは誰が最初に組むんだ?」
「ん~どうしようかな」
「とりあえずどういう組み合わせになるか書き出すか」
「原始的だな…」
「俺、頭よくねーの。書き出してからサイコロ振って順番決めようぜ」
「サイコロ?」
「サ、サイノメ!あはは小さいとき間違えて覚えてて今でも癖が…」
「あーあるある。レオも昔トウモロコシって言えなかったよな」
「そんな昔の事は覚えてない」
「…あの~だったら今のうちに着替えてきてもいいですか?もう少し可愛い恰好にしてきます」
「だね、折角デートできるんだし着飾ってくるよ」
「書き出しといてやるからユキも行ってきたらどうだ?」
「いや俺これくらいしか服ないし」
「…なにか貸しましょうか?」
「いやいや!絶対色々足りないから!大丈夫!ありがとうなエリー」
ちょっとばつが悪そうにエリーが申し出てくれたけどそのナイスバディにあう服ってことは身長とかおっぱいとかおっぱいとかおっぱいとか諸々足りない。
エリーも言ってみたものの分かっていたのか納得してもらえたようで二人は自室に着替えていった。
いくらなんちゃって四次元収納バッグがあるにせよ、こちとら馬車なしで徒歩旅の身なので荷物は最低限である。ちなみに勇者一行は基本的には馬車での移動らしい。勇者の居るチームは定期的に地方へ魔物討伐に行くことが多いので屋敷に定住してるらしく、俺達が利用している馬車を引いてくれているのがその馬だ。
俺が皆と出会ったときは不測の事態のせいで馬車を待たせていた町まで戻れず、指定の日数待ったあと先に屋敷に帰っていたらしい。無事でよかったよかった。
「ユキ…」
「なんか貸してもらったらどうだ?折角の春祭りなのに」
「二人だってそのままだろ、別に気にしないって」
なぜか憐みの目を向けられているが想像して見てほしい。ぶかぶかのワンピースを着ている俺を。逆に可哀想だろう。そしてふと気づいた。もしかして二人でなんかチーム分けに小細工したいのか!
「あー気にはしないけど~…いたたちょっとお腹痛くなってきたから熊狩りにいってくる!それよろしくな!」
「熊狩り!?」
「ユキ、それはちょっと…」
全くもっとわかりやすく人払いしてほしいもんだぜ…!俺としたことが気の利かないところだったなあ
ついでにメンドクサイことを押し付けられてラッキーと思いながら廊下に出たところで何故か深刻そうな顔でメイドのメアリさんが立っていた。
「あれ、メアリさんどうしたんですか?こんなところで」
「少々よろしいでしょうか」
「え?」
***
「何もない部屋で申し訳ありません、自室なもので」
「いやいやいや!俺の方こそお邪魔します」
少し申し訳なさそうにしていたメアリさんに一も二もなく付いてきて案内されたのは住み込みで働いてくれているメアリさんにあてがわれている自室だった。
「私は旦那と男女の子供たちに恵まれて暮らしていたのですが、今は訳あってここに住み込みで働いておりまして…これ、娘が着ていたワンピースなのですが一度しか袖を通しておりません」
これ、とクローゼットから出てきたのはレースのついた不思議の国のアリスで主人公が着ているようなワンピースをもっとフリフリにさせたようなワンピースだった。
「形はオーソドックスなタイプなので型遅れでもないですし、淡い黄色ですが色焼けもありません。丈もあうと思うのです……もう着てもらえないのもわかっていたのですがなかなか捨てられなくて…ユキ様さえよろしければ着ていただけないでしょうか」
大事に仕舞っていたようで、肩のあたりのふくらみの型崩れもワンピースの上につけるフリルたっぷりの白いエプロンも染みしわ一つもなく新品と言われても納得する程で、年頃の娘だったら喜んで何度も着るんじゃないだろうか。
それでも一度しか着れなかったという事は…そういうことなんだろう。
小国ながら隣国と友好関係を築けていて戦争さえないものの、魔物の被害は段々と増えている。決してこの国は安全ではないのだ。
「…汚しちゃうかも…」
「ふふ私染み抜きは得意なのですよ!やんちゃ盛りの坊ちゃまたちのお洋服をお洗濯していたのは私ですから」
まかせてください、と胸をはるメアリさんみて腹を決めた。
「よし!腹決めた!服でもなんでも着てやろうじゃないの!」
「本当ですか?じゃあ靴と髪とアクセサリーと…あ!軽くお化粧もしましょう!任せてくださいお嬢様方の準備よりも先に済みますからね!」
あれ?思いの外やること多いんじゃ
あれよあれよとワンピースを着せられ頭をポニーテールにされてさっき買った茶色のショートブーツを履かされアクセサリーの代わりに身に着けてた青い石を服の上に出してワンピースと同じ色のリボンをつけられた。
メイクもよく分からないけど目鼻立ちが少しくっきりしたというか顔色がよくなったような…
「ユキ様は元がいいのでごてごて塗らずに顔色を整える程度に抑えました。ドレスに正装の時はもっとしっかり塗りたくりますけど、このワンピースならこの程度がよろしいかと思われますわ」
「わ、わあ可愛いな俺!?」
姿見をみてくるくると回ってしまった。えっ?うわ俺可愛い~!15、16歳くらいに見えるのは自分の育ちの悪さのせいだろう。畜生俺だってもっと色々食べたらボンキュッボンになるはずなんだ!
そう考えたら今のこの可愛いさは今のうちに堪能しなければ。
「メアリさんありがと!…あ、そうだコレ三階の屋根裏整理につかって」
先ほど買ったなんちゃって四次元収納バックをメアリに手渡しておいた。コレで陰干ししてる荷物も一発で片付くだろう。
「寄付する奴はそのままここにいれてくれればいいし、屋根裏に戻す分も一旦ソレにいれて運べば一発だろ?」
「…こんな貴重なものを私に託してしまってよろしいのですか…?」
「…?グラムさんのがいい?グラムさん忙しそうだしメアリさんたちが運ぶのかなと思ってたんだけど…」
「いえ、私たちでこなす予定で…ありがとうございます、大事にお借り致します」
「あはは大げさだなあ!気にしないで。手伝わなくてごめんなさい、よろしくお願いします」
これでサクッと作業も終わるだろう。俺のわがままで仕事増やしちゃったしこれくらいはしておきたいところである。これで心置きなく遊びに行けるってもんだ
「ただいま~」
「流石に遅すぎだぞ、先にサイノメ振っちまった…おわっ?!」
「ユキ、組み合わせなんだがコレで…え」
なるだけしれっと戻ったけどやっぱり無反応は無理だったようで、ジャンもレオナルドもこっちを見て固まっていた。
「…メアリさんが準備してくれたんだよ!可愛いだろうが笑うな!」
「笑ってないわ!みろ、レオが処理落ちした」
「え、大丈夫か?そんなにか?確かに今の俺可愛いけどさ」
「あ…いや、うん似合ってる」
「頬を染めて真面目に返すなボケてるんだからちゃんとつっこめよ」
「初恋拗らせてるんだから無理無理。ほらお前らもうすぐ二人も降りてくるんだからイチャイチャするならさっさとしろ」
「しない!」
「しないのか…」
「しょげるな!後でな!!」
「後ではするんだ?」
だまらっしゃい。照れ隠しにグラムさんのケーキを頬張っているとご機嫌なエリーとルイーダが降りてきて入口で固まった。
「な、なんなんですかその恰好!?自分はこれしか服ないからとか言ってたのに可愛い恰好して!」
「あっ?メアリさんが!メアリさんが娘さんの服貸してくれたんだよ!それよりほら!二人ともかわいいよな!な!レオ!」
「ああ。二人ともよく似合ってる。こんなに可愛らしい二人を見れたのも春祭りの間に王都へ戻ってこれたお陰だな」
ルイーダは谷間が隠しきれていないオフショルダーの服に花のブローチを付けて細いくびれにコルセットとドレープのきいたミモレ丈スカートでぱっと見は下町のセクシーな姉ちゃんだが髪はハーフアップにしてあるからか手入れの行き届いた艶めく赤髪が良く映えている。そこらへんの平民の姉ちゃんが着てたら飲み屋の姉ちゃん何だろうが、ちょっとしたスカートでの所作が育ちの良さを引き立てていてとてもエレガントだ。
一方エリーは先ほどの花柄のワンピースの上にゆったりとした白のカーディガンと複雑に編み込みアップスタイルになった髪型にちょこんと真っ白なベレー帽が乗っていてとっても可愛らしい。
「…ジャン、ジャン」
「なんだ?」
「あの爽やかな台詞、何?」
「あれはな、貴族特有の女性は褒めるものって慣習の賜物だよ」
「俺の時の無言は何?」
「言ったろ、処理落ちしたって」
「あー…なるほど…?」
後ろでひそひそしているのも気にならないくらいぽーっとなった二人をサクサク丸め込んで馬車に詰め込み貴族街の入口まで送ってもらってる間に組み分けの説明を聞いて各々一時間ごとに街の大広場に集合でドタバタ組み合わせ総入れ替え春祭り巡りが始まったのだった。
折角美少女に生まれ変わったのでこの世界を楽しみたい! 朝登 優 @asat_you
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