第15話 美少女、防具の値段に尻込みする
三階の屋根裏部屋の荷物出しが済んでメイドさんたちが掃除を始めた頃、俺たちは食堂で昼食を頂いていた。朝よりもしっかり、それでいてあっさり。栄養管理がきちんと行き届いていて美味しくて、これがタダだってんだから中々悪くないかもしれない…
「ユキ、アンタ午後はどうするんだい?」
「んー部屋はメイドさんたちが掃除しておいてくれるっていうし道具みにいくかな~あの道具用に買っておきたいし」
「んじゃついでに防具と武器屋にもいくよ、アンタの装備じゃ不安だし」
「そんな金は…あそうか勇者一行の武器・防具って安くなるんだっけ?」
「ものによってはタダになる…まあ一級品をそろえようとすると自分でも出すけど」
そりゃ多数いる勇者一行全員が一級品を国の金で揃えりゃ国が傾くわな。俺の金貨10000枚なんか可愛いもんだ。
「とりあえずうちの一行御用達に連れてってやるよ。エリーはどうする?」
「…行きます、杖のメンテナンスしたいですし」
「おっしじゃあ決まりだね!レオとジャンはどうするんだい?」
「俺たちも行こう。剣を見てもらいたい」
「じゃあ俺も行くかな、そろそろブーツのメンテナンスしないと」
こうして俺たちは街へ繰り出すことになった。
そして俺は店の前で倒れそうになる……俺が想像してたのは貴族がいかない下町のことだったんだけど連れてこられたのは貴族街ど真ん中のお高い武器屋だったから。
……あー盲点だった…そうだよ俺たちの間には越えられない壁があるんだったよ…
想像してみてほしい。ちょっと街に3000円くらいの鞄を買いに行こうとラフな格好で外出したら超有名なハイブランドの店に連れてこられた、みたいな…
「ユキ!この防具なんかいいんじゃないかい?」
「なんだその革張りの黒いビキニアーマー?!それルイーダが着てたやつより際どいだろ!」
「いいじゃないかどうせ上からローブ着るんだろ?見た目はコレでも耐久性と防御力はアタシが保証するよ!この左右とパンツ部分にある魔石が魔力増幅になってるんだって!アンタにぴったりじゃないか!」
「だまらっしゃい!そのアーマーにローブなんか着たら変態度が増すだろうが!」
「これ以上うちに痴女増やさないでくださいルイーダさん!!」
「なんだい仲間はずれが嫌ならエリーには白いのもあるよ!レオにアプローチもできて防御性にも優れてるわ魔力増幅にも優れてるわなんだからこんなにお得な防具は他にないだろ?」
「その分大事な何かをなくしてるけどな」
人としての品性とか、尊厳とか、情緒とか。
「変に恥ずかしがるから悪いんだよ。防具として売ってるんだから堂々としてりゃいいんだ」
「…まあそれは一理あるけど」
「流されないでください!」
防具コーナーで女子三人がわあきゃあしてる頃、男性陣は所帯なさげにしながらメンテナンス待ちをしていた。
「あれを、ユキが…?」
「絶対着ないだろうから安心しろよ、むっつりスケベ。つーかアレ服の下に着るんじゃだめなんか?」
「ああ、それはやめた方がよろしいかと。アレは一部金属でできておりまして、通気性が良くないので服の下の着用はお勧めいたしません。あとああいった防具の愛好家は一癖二癖ある方々が多いので邪道だなんだと目を付けられます」
防具店のコンシェルジュの男が会話に参加した。この店を贔屓にするようになってからずっと勇者一行の担当をしている男である。
貴族街ど真ん中にあるこの防具・武器店は基本的に客は個室に案内して物を持ってこさせるのだが、勇者一行が訪れる際は店を貸し切り状態にして好きに店内を見てもらうようにしている。
元々予約なしでくる輩はいない店なので調整は簡単なものである。
コンシェルジュの男は新たに仲間になったという少女に目を向けた。他二人の女性よりも小柄ではあるものの、服の上から見えるスタイルはバランスがよく、特に足の筋肉の付きが大変よろしい。健康的で程よく締まり、ロングブーツなのがもったいないものだ。
「…ユキさまの防具はお決まりになられたのでしょうか」
「いや、ユキは多分値段にしり込みするだろうから見立ててやってほしい。彼女は平民の出なんだ」
「なるほど、見た目のご要望はございますか」
「…基本はユキに任せるが…なるべく露出は控えてくれると助かる。支払いを別にして金に糸目はつけないでくれ、『最初の防具』として俺から送りたい」
「かしこまりました」
『最初の防具』とは、貴族内で昔から行われている願掛けの一つだ。
旅に出る、あるいは騎士になる等防具を必要とする職や場面に出くわした時、貴族の家族は裏地に戻りのまじないをかけた防具一式を用意するのだ。どこかで死んだとき防具だけでも帰ってくるように…特に戦争がひどかった時期…もう何百年と昔のことだが未だに受け継がれている貴族特有のまじないだ。
「まじないはいかがなさいましょうか、こちらで掛けさせていただくことも出来ますが…」
「…そうか、ではお願いしてもいいだろうか。自分は身体強化しかできないので」
「かしこまりました」
コンシェルジュの男は一礼してその場を離れ、入れ替わりにジャンが横について口を開く。
「防具一式は高いぞ~?」
「だろうな、だが殿下もおまじないはしてなかったようだしいいだろう。くれぐれもユキには内密に」
「はいはい。こっそり自分で買った服を惚れた女に着せるとか…愛が重い男はやだやだ」
「服じゃない。防具だ」
「似たようなもんだろ。ま、一応応援はしとくから犯罪者だけにはなってくれるなよ」
メンテナンスが終わったと声を掛けられたジャンはレオナルドの背中を数回叩いて離れていく。こちらの金で防具を仕立てたことは生涯黙っておこうとひっそりと誓った。
「…で?それなんだい」
「見てわかるだろ?ローブだよ」
フード付きのローブは腕の部分に穴が開いていてそこから腕を通すタイプの為袖なしで、くるぶしよりちょい上の丈なので歩くのに向いている。短いと雨の日や寒い日に役に立たないのでなるべく長く、かつ歩きやすいベストサイズを選んだんだけど…女子二人の顔が超微妙。え、なんで?だめ?
「見てわかりますけど…他の色ないんですか?…正直ユキさんに似合ってないと思いますその色…」
「え、だめ?いいじゃん枯れ葉色。森や沼あたりなら目くらましになるし、汚れ目立たないし」
「それはいいんだけどさあ…アンタ…」
「歩きやすい長さでさ、ほら、腕引っ込めた穴はちゃんとボタン止めれば雨も入ってこないんだって!」
それでも微妙な顔をしてる二人を諦め、優雅に椅子に座って一休みしてる二人を捕まえた。
「なあ!いいよな?これ!」
「お前さあ、女の子なんだからもうちょい見た目も気にしたら?」
「いや気にした上でこれなんだけど」
「…せめてそっちの深緑にしないか?」
そっちの、とレオナルドが指さしたローブはビロード生地のようなつるつるした生地で作られた同じタイプのローブだった。貴族ご用達なだけあって俺が選んだ方も勿論上等な生地なんだけど、高級感で言えば間違いなく指さされた方だ。フードの縁や裾には金の蔦のような刺繍が施されていて、中を捲れば黒地の布に黒い刺繍がびっしりと…
「……うわ、コレ何重にも魔法がかけられてるじゃん」
俺がブローチを作った時のように物自体に魔法をかける他にもものに魔法をかける方法がいくらかある。みんな大好き魔方陣だ。描いてよし、縫ってよし。ただし正確に描けないと厨二病乙!みたいなただの飾りになるから刺繍の魔方陣は基本的に超高級品だ。
よく見れば金の刺繍も糸に何か魔法が込められている。鑑定がなくても魔方陣自体をみれば何の魔法が込められているのかわかりやすいんだけど、わかりにくいようにフェイクの飾り模様も縫われているようでよくわからない。
「そちらは裏地に防雨、防風、洗浄、耐久、防寒暖の魔法を、金の糸に目くらましの魔法が施されております」
「………うわあ高そうデスネ」
コンシェルジュの男はにこ、と微笑むだけで値段は口にしなかった。それだけつければ裏地びっしりになるわ。欲張りセットか。
「いいんじゃないか、それにすりゃ」
「はあ?国からそんな金出せるか!」
「ユキ、防具は大事だ。命に係わる。武器や防具に金銭で妥協するな。高い物にしろとは言わないが吟味して、今の自分に最良のものを選べ。こちらは値段で選んだだろう」
レオナルドに痛い所を突かれ、力なく頷いた。クリスごめん…俺反論できない…
だって今まで金銭を気にしないで買い物しなかったことなんか前世含めなかったから値段に驚くわ、尻込みするわ、この店の価格帯で安いので自分を納得させるしかなかったのだ。
「…わかった、ごめん…これにします」
「かしこまりました、ご用意しておきます」
「それではあとは杖と靴と…」
「あああ!靴だけでいい!杖は色々カスタマイズしてあるやつだから手に馴染んでるんだ、装甲とかも重くて動けなくなるから…色々小物みるから、な?」
「そうか?」
このままだと下着までごっそり変えられてしまう。
とりあえず色々と揃えようとする皆を止めながらロングブーツと収納バッグを用意してもらってあとは個人的に加工に使うアイテムを数点購入して店を後にした。
魔方陣とか大好きな俺は後でじっくり鑑賞しようと内心ワクワクさせて。
「よかったのかい、エリー?あのだっさい恰好させておけばレオの目がユキにいくことないんじゃない?」
ルイーダは最終確認をしているユキやレオを尻目にメンテナンスを終えた杖をもったエリーに声を掛けた。唇を尖らせて目をそらすエリーに苦笑を浮かべ隣にならぶ。
「別に…あんなダサい恰好で横を歩かれるのが嫌だっただけですし…」
「アンタはさあ、口が悪くて態度が悪くて、そのくせ自分が可愛いってわかってるような性悪で」
「喧嘩売ってます?」
「その上猪突猛進なところがあるせいで陰で悪口だの陰湿ないじめだの出来ない性分なんだから、はっきり喧嘩すりゃいいじゃないか」
「ほっといてくださいよ……別に喧嘩したいわけじゃ…」
「素直に羨ましいっていやいいのに」
「はぁ?!」
「自由気ままにのびのびして、魔力もあって、クリス殿下とご友人で、レオとあっという間に仲良くなって…特別なあの子が羨ましいんだろ?」
「……別に」
ポンポンと頭を撫でてやれば目元を赤くさせてキッと睨んできた。おお怖い怖い
「…痴女のくせに!」
「はいはい」
このクソ生意気な同僚もただの年頃の女の子なのだ。貴族の女に比べたら、かわいいもんだと思うようになったのもつい最近の事である。
アタシも大人になったねえ…
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