第13話 美少女、イケメンに殺されかける

 

 今日は皆、精神的疲労が凄かったのかグラムさんへことの次第を話したあと美味しいご飯食べて、でっかい風呂に入ったら各々自室に戻ったみたいで屋敷は静かなもんだった。

 中庭に繋がっていた部屋は浴室から近かったらしい。俺が寝かされたソファに沈んで目を閉じる。俺も現実逃避よろしくあの寝心地のいい布団にくるまって寝たいところなんだけど…


「…エールデ」


 思ったより小さかった声に疲労が滲む。いや~いくら10代の身体だといっても精神的にはおっさんに変わりないんだから物事はひとつひとつゆっくり潰したいものである。

 それでも精霊エールデは答えてくれた。頭上からひらひらとウェーブのかかった金の髪が流れて小麦色の健康的な肌の腕が両頬を撫でる。


 《まあ、ひどい顔色…だからついていくの?と聞いたのですよ…お人好しも大概になさいな》

「あー…今日はもうお説教は勘弁して…何度も魔力枯渇したからちょっと食傷気味でさ」

 《自業自得です。相変わらず女の子にあまいんですから…それで?その状態でわたくしを呼び出したんですもの、理由があるのでしょう?》

「うん、あのさ、庭にあるあのアザレアってなんか特殊なものだったりする?」


 エールデのお説教を強制キャンセルして中庭のアザレアを指さした。エールデは目尻の吊り上がった黄緑色の瞳でじっと庭を見つめて目を細める。命の精霊エールデは大元は大地の精霊で植物と縁が深いからか植物を操ることや命に係わること…主に回復魔法や防御魔法に優れていることから女性と仲がいいことが多い精霊であり、大体包容力のあるおっとりしたタイプが多い。

 …エールデは説教が始まると長いけど。


 《……特に何も感じませんが…外へ出ても?》

「うん、大丈夫」


 事前に中庭に出てもいいかグラムさんに許可はとっている。グラムさん曰く、俺はもう勇者メンバーの一員なのだからこの屋敷を好きに出歩いていいのだそうだ。改めて部屋の打診もしてくれたけどとりあえずあのままにしてもらった。屋根裏気に入ったんだもん。


 今日合ったことを簡単に説明しながら窓を開けて中庭に出るとエールデはアザレアの木がいたく気に入ったのかアザレアの上に陣取った。


 《…成程、この木は大層愛されたのですね》

「愛された?」

 《たくさんの子供たちと人間に囲まれている様子が見えます。子供が大人になり、人が減り、それでもこの木は大切にお世話されて……貴方たちがやってきた。この子は生来人が好きなようですよ。ユキに自慢の蜜を吸ってもらえて…花を捨てずにいてくれたのが嬉しかったのだと……》

「へえ…そっか」

 《詳しい話はヴィレに聞き及んでおります。この子はこのまま生を全うすればのちに精霊になるんじゃないかしら。元々精霊とも相性のよい木なのでしょう…ユキの魔力を受け入れやすかったのもこのためかと。具体的にいえば…そうね、器を壊さないように魔力で器を包んだ…といったらわかりやすいかしら》

「……神業がかったラッキーだったってこと?」

 《それでいいです…もう》


 エールデがちょっとむくれて薄く透け始めた頃に後ろから扉の開く音がした。


「ユキ、眠れないのか?」

「レオ」


 昨日は女の子の寝間着に気がそれていたけど男性陣の寝間着も肌触りのよさそうな上下だ。

 …イケメンは下がステテコもどきでも様になるらしい。えええ本当に納得いかない。

 今日はいまいち空気だったくせにひとりになると途端に存在感だすのやめてほしい。


 レオは初めて見る精霊に目を丸くして会釈した。エールデも会釈を返して興味津々と言った体で様子を伺っている。


「あーあの時みんな気絶してたからはじめましてか、お前らの怪我を治してくれた精霊のエールデだよ。エールデ、こいつはレオナルド。ヴェレから話聞いてるならざっくりわかってると思うけどこれから一緒に旅をする仲間のひとりだ」

 《ええ、存じておりますわ。かの有名な愛し子ですわね》

「レオナルド・アドルナートです。怪我を治してくれてありがとう。これからよろしくお願いする」

「あーやっぱ有名なんか~その割にはヴェレといいエールデといいおとなしいよな、俺、もっと皆メロメロになるんだと思ってたよ」

 《あら、わたくしにはユキがいますし…ヴェレ程とはいかなくとも貴方がまだまだ小さかった頃に出会ったのですから情も深くありますよ。まったく心外な》

「ごめんごめん、ありがとうなエールデ」


 エールデはスッと頭を下げた。これは頭を撫でろということだ。髪をとかすように優しく撫でると満足げに佇まいを直した。可愛くね?可愛くね?俺の精霊!


「…ユキは本当に愛されているんだな、自分で決めた道だが…たまに羨ましくなる時もある」


 レオナルドは一歩離れた位置で眩しそうに目を細めた。そりゃそうか、本来であればレオナルドにも精霊がついて生涯の友人か家族のような存在と生きていくはずだったんだもんな。


「…そうだよなあ、お前まだ19だもんな」


 一歩距離を縮めて背伸びして手を伸ばしきれいに伸びた髪を撫でてやる。大丈夫。お前はちゃんと愛されてるよ。でもそうだよな、傍に居なきゃ伝わらないこともたくさんあるよな。どんなに修行しても、鍛えても、強くても。まだたった19歳だ。


「…例えば、目の前にバナナの皮があるとするだろ?」

「ばなな?」

「んあ、あー小石!小石にしよう!いいか?想像力膨らませろよ!レオはそれに気づかなくて、このままいけば転ばなくても滑ってしまうかもしれない」


 レオナルドは腑に落ちなそうな顔でこくんと頷く。素直な奴。


「それに気づいた妖精たちはレオに気付かれないようにその小石を取り除く。お前が滑らないように、転ばないように。お前が生きてきた19年、そうやって精霊たちはお前を守ってきた」

「え…いやでも俺は何もして…」

「うん、精霊たちは抜け駆けしないように取り決めをしただろ?だからお前が転んだ時に手を貸してやれない。手を貸すということは手を貸すお礼に魔力を貰わなきゃいけない。物に宿ってる精霊は多少なりともこの世界で動けるけど、誰かのために何かをするときは絶対に対価を貰わなきゃならない。精霊がそれを望んでいなくても…それが精霊の掟だから。でも例えば精霊自身がその小石をたまたま自分の為に拾ってそれがたまたまレオの身を守ることに繋がっただけなら、それはただの結果だ。そうだろ?」

「それは…そう、だな」

「な?お前の前に現れなくても、皆お前のこと大好きだよ。ちゃんと見守ってるよ」


 だからお前はひとりじゃないよ。みんなの思いが届けばいいなと願いを込めてもう一度頭を撫でてやる。今だって枝の上から、屋敷の中から、皆が心配そうにこちらに顔を覗かせている。

 そんな二人を見守っていたエールデはポンと手を叩いた。


 《小さい子たちは甘いものがすきなの。クッキーを焼いてあげたらどうかしら》

「クッキー?でもそんなことしたら他の精霊に怒られるんじゃ」

 《そうねえ…小さなクッキーを山盛り作ったらお皿にどれだけ乗るかしら?それを競ってみたらいかが?テーブルを汚してはいけないわね、お庭で大きなお皿を地面に置いてやりましょう?たくさん積んだ方の勝ちよ》


 エールデの言いたいことがわかってきた。未だに不思議そうにしてるレオに向き直って目配せする。


「地面に転がったクッキーを食べるのははしたないから後は精霊に食べてもらおうぜ!」

「ああ、なるほど」


 物の陰から様子を伺っていた精霊たちからきゃー!と喜びの声があがった。我慢できなかったか~


「あくまで勝負の一環な!」

「ああ、折角だ色んな味をつくりたいな」

「チョコと抹茶と紅茶と…チョコチップ混ぜるか!」

「たしかグラムが美味しいドライフルーツを仕入れたと喜んでいたから分けてもらえるか頼んでみよう」

 《わたくし達にも作ってくださいね、ユキ》

「おう!」


 エールデは満足げに頷いて帰っていった。俺たちは白熱しすぎて渇いた喉を潤すべく室内に戻ってお茶を頂いた。というか部屋に戻ったら飲み物が置かれていたのだ…恐るべしメイドさん…もう休んでくれていいのに…


「そういえばユキは結局何をしていたんだ?」

「ん?ああ…なんであんな付与が出来たのかなと思ってエールデに相談してたんだ。エールデは命を司る精霊で…植物とか詳しいんだよ。まあ結局奇跡だったって話はまとまったけど」

「そうか。まあどんなものでもアレがルイーダを守るだろう。…感謝する。普段はなるべく自分が前に出るよう心掛けてはいるのだが、数がいるとどうしても標的は散ってしまうから…前衛職を選んだのが本人なのも、そのセンスがあるのもわかってはいるがそれでもやっぱり彼女は女性だ。目立つ傷をつけさせたくないんだが…本人の趣向があれだからなんともな…」

「あっはっはルイーダは豪快だもんな~でもいいんじゃない?そういう気持ちは伝わってると思うよ。今度からは俺もサポートできるし」


 どうしても前職は敵の気をひかなきゃいけない分、大小関係なく怪我する職である。変に守りに特化させるとヘイトが後ろにいくから加減も難しい。

 特に今までは回復に特化した魔法使いが居ても支援出来る魔法使いがいなかったあたり、やはり生傷は絶えなかったのだろう。いくら強くても、回復魔法が使えても、傷を負い負わせた事実は変わらず心に蓄積していく。


「もう、アンタらに余計な傷、負わせないから」

「…凛々しいな、お前は」

「まあね!あれがもう一回作れたらエリーにも渡しとくんだけどな」

「あれは奇跡なんだろう?そう何度も作れないだろう」

「そうなんだよ~でもひとりにしか渡さないってえこひいきしてるみたいじゃん?ま、あれは元々アザレア初吸い記念だったんだけど」

「なんだそれは?」

「あ、そうだレオも吸ってみろよ!ここの蜜甘いぞ!」


 ほれ、ほれ、ともう一度庭に出て花を吟味する。屋敷の中から見えにくい所で花の大ぶりな…これだ!


「ほら、こうやって…あれ」


 すでにレオナルドはアザレアの花を一輪摘んで咥えていた。暫し咥えて、甘いなと小さくこぼす。


「ん?どうした」

「レオはアザレアの蜜の吸い方知ってるんだな。ジャンに教わったのか?」

「いや、昔、街で出会った女の子に教えてもらった。街のアザレアの中でもひときわ甘いのを見つけたんだと得意げに教えて貰ってそこの家のおじいさんと仲良くなったよ」

「へえ、なんだよ~初恋?」

「ああ。王都で迷子になったところを助けてもらったんだ。……ペンダントを目印にまた会いに来るからってその子にあげたことがあるんだが…でも会えなかった。今思えば王都は広いし、どこらへんに住んでるのかもわからなかったからぺンダント一つじゃ見つかるわけないんだ」

「ふーんでも案外どっかでぽろっと会ってるかもよ?王都は広いけど世界は狭いからさ」


 自分もアザレアを一輪摘んで咥えた。甘噛みしながら吸うと甘い蜜が口に広がる。


「ひっはひ……ペンダント渡すってのは王都で流行ってんのか?俺も昔一度だけ王都に来た時にもらったことあるよ」

「…そういえばユキもペンダントをしてるな…あ、いやすまない王城で…精霊契約のときに見えたんだ」

「ああ、あの時な~うん。宝物なんだ、昔仲良くなった奴がくれてさ…あいつ勇者なんてなりたくないって泣いてたから今頃どっかで貴族として働いてるかな~そしたら会えるわけないんだけど」


 自分の人生の中で唯一ちょこっと甘酸っぱい方に分類される記憶をひっぱりだしてみる。懐かしいなあ、いい服着てたし勇者になりたくないってことは十中八九どっかのお貴族様だっただろうし、あの時は色んな所から子供たちが集められてきてたからもう会うこともないんだろう。


「……勇者になりたくない、と泣いてたのか?」

「うん、あ、ここで責めてやるなよ?充分悩んでたんだから」

「責めたりはしない…ユキは、そのになんて返したんだ?」

「なんてって…『やめたいならやめちゃえば?』って」


 レオナルドは目を大きく見開くといきなりしゃがみこんで肩を震わせながら笑い出した。


「な、なんだよ笑うなよ!」

「あははは…いや、うん、何度聞いても可笑しくて…ん、ははは」

「何度もって…俺、他人にこの話したの初めてなんだけど?!」

「いや…二度目だ。ユキ、そのペンダントは青い石だろう?見せてくれないか」

「え…ああ…まあ…ほら」


 首からペンダントを外してのばされたレオナルドの手のひらに乗せてやる。すると淡く光りだしてペンダントにどこかの家の紋章が浮き上がった。


「…このペンダントはアドルナート家の人間が魔力を通すと家の紋章を浮かび上がらせるんだ……ああ、やっと見つけた、ユキ!」


 俺はこの時、前世で聞いたことのある『とろけるような笑顔』ってフレーズが頭を過っていた。頬を赤らめ潤んだ瞳で微笑む顔は男も虜にする笑顔だと心底思ったし、世が世なら国が傾いてもおかしくないくらいだ。イケメンはクリスで見慣れたと思っていたのに、俺はその場を動けなかったし、あの大きな身体で抱きしめられたら支え切れるわけもなく、ただただ無力な俺はそのままアザレアの気の横に押し倒されるように抱きしめられてた。


 再起動にたっぷり30秒は時間がかかったんじゃないだろうか。


「…ユキ?」

「ゆ、ゆ…」

「ゆ?」

「勇者やってんじゃねーーーか!!!」


 俺はもう夜も深いというのに全身全霊で叫んだ。ああ叫んださ。それからなんか口走った気がするけど何も覚えてないし、気づけば自分の布団の中で口から心臓がでるんじゃないかと思うくらいバクバクしていた。





 もーーーーイケメンきらい!!!!

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