第12話 美青年、走馬灯(?)を見る

 

「そうだクリス、ルイーダの花飾りの鑑定してくれない?」

「?…ああ例の花飾りね」


 ルイーダはジャケットの襟に飾られていた花飾りをクリスに手渡した。

 エリーは興味津々にそのブローチを見ているしジャンは何故か微かに肩を震わせながら俯いていてそれに気づいたレオナルドは不思議そうにジャンの背中をさすっていた。


 どうやらジャンはあの小人の精霊(おっさんず)のやり取りがすべて見えていたらしい。あの妖精はクラフトの好きな精霊だから多分ジャンは加工業を営んでいたら大儲けしてたと思う。精霊付与付きの小物は老若男女問わず人気が高いものだからだ。


「…ちょっとしばらく話しかけないでね…」


 クリスは目を細めじっと花飾りを見つめる。じんわりと、しかし段々とブローチが輝いていく。眩しい。


「……?」


 クリスは困ったように首を傾げ何かぶつぶつと呟いていた。後ろでエドガーがポーチから濃い色つきの眼鏡を取り出しクリスに差し出して何度かスカりながら眼鏡を受け取ってようやく眼鏡をかけた頃には輝きはほぼなかった。いや先にかけとけよまぶしいだろ


「…だめね…なにか膜が覆うようにして邪魔してる」

「はあ?なんだそりゃ」

「よくあることにはよくあることなんだけど…これ作った精霊たちはなんて言ってたの?」

「えっと…『ふよいっぱ~い!』『こうかはわかんな~い』って」


 流石にぱいおつかいでーって言うと怒られそうだから言わない。口調を真似て言ったらやっと落ち着いてきたジャンがまた震えだした。レオナルドは不思議そうにまた背中をさすってた。


「あーなるほどね。多分勢いで付与を掛けた時に一緒に見えないようにしちゃって自分たちでも確認できなくなっちゃったのよ」

「あーのおっさんずー!!!」

「まあでも多分なんとかなるわ。エドガー」

「はい、クリス様。失礼いたします」


 エドガーはクリスの両肩に手を置き詠唱を始めた。


「天空に輝くひと柱の精霊よ 汝の欠片の縁に従い我が力 我が名を以て彼の者にさらなる力を与えよ」

「え…?白魔法?」


 エリーが呟いた小さな言葉は俺以外の勇者一行が目を丸くするくらいには聞こえていたらしい。


「どうして…白魔法は教会の…」


 エリーがぶつぶつ言ってる間に詠唱をおえたエドガーがクリスから手を放しクリスも詠唱を始めた。


「万物を見通す目を持ち生ける精霊ブリック、精霊が与えし祝福を我が目に晒し、並べ、展開せよ」


 手のひらに乗せたブローチが浮いてくるくると回り始め、二人の後ろに金色のローブを目深にかぶった精霊が現れた。これがクリスの契約している精霊のひとりで鑑定が得意なブリックだ。物凄く目がよくて色々なものを見通す力のある精霊である。

 だけどその分代償が大きいのが問題で、決して少なくないクリスの魔力をほぼほぼ使ってしまう。こうしたちょっとてこずるような鑑定をしてもらうくらいが精々だ。


 実はあのうなぎ爺が俺とクリスと結婚させたがっている一因がこれじゃないかなーと思っている。クリスよりも魔力がある俺がクリスに魔力を提供すれば有意義に使えるとか思ってそうだし。

『…またけったいなものを持ち込んだものだ。小娘、あまりクリスを使うな』

「悪かったと思ってるよ…まさかサクッと鑑定できないと思わなかったんだ」

「……見えた。ありがとう、ブリック」

『困ったらいつでも呼びなさい。いつでもお前の力になろう』


 ブリックはクリスの頭をひと撫でして消えていった。

 あの精霊じじい絶対クリスの事孫かひ孫くらいに思ってるぞ。目にいれても痛くない感じだ。


「で?結果は?」

「…まずそこらの鑑定じゃわからないようになってる目隠しの魔法が一点。これは鑑定をさせにくくしてるだけだから特に影響はないわね。もう一つは守護。でも生半可な守護じゃないわよ…一度だけ、持ち主が死ぬような怪我を負う時、持ち主を守る魔法が付いてる」

「はあ?!」


 皆の目が見開いた。そんな魔道具買おうとしたらとんでもない額が掛かる。こいつらが持ってる装備は逐一高そうだがそれらをかき集めてやっと買えるかどうかな代物だ。


「あとね、」

「まだあんの?!」

「これ、花が三つあるでしょ、そこにひとつづつ付与されてるのよ…もう一つは花を生み出す魔法…だと思うわ、これ何に使うのかしら。珍しいわね」

「なんだそりゃ…つーか俺の魔力がなくなるわけだよ」


 花を咲かせる事態は出来るがそれをして何になるのか…一個目の付与が目ん玉飛び出るくらいのものだったから落差がひどい。

 はっはーんさてはあいつら俺の魔力のペース配分間違ったな?


「もう一つは水ね、業火を鎮静させる雨を降らす…らしいけどナニコレ本当に謎ね」

「山火事などには使えそうですね」

「…?四つ付与されてんじゃん」

「多分目隠しは葉の部分ね。コレ葉の部分はガラスでしょ、多分別々で付与してくっつけたのよ」


 確かに葉用に違う素材を用意してはいたが…こんなに強い付与が掛かってて素材が駄目にならない意味が分からない。普通はそれなりの素材にはそれなりの付与しかつかないはずなのだ。


「…ユキ、なんの素材を使ったんだ?こんな付与が出来る素材を使ったならとんでもない高級素材なんじゃ…」

「なんのって…レオの屋敷のアザレアの花とルビー・サファイア・エメラルドの屑石を数個に鈴の葉と朝露に浸けておいたステンドガラスの欠片が数個…あとは俺が作った魔方陣を縫い付けた布だよ、別に錬成におかしいものは使ってない。エドガーも知ってるだろ、いつも使ってた魔方陣だ」

「…そうだな、それなら特におかしい所はない…花自体に何かあるのか…?」

「いや田舎にもあるような品種だよ、ちょっと蜜の甘い種類の」

「まあ、とりあえず考えるのやめましょ、これは奇跡みたいなブローチだってことよ。はい、ルイーダ、大事にね」

「はい…ねえ、これ本当にアタシが貰っていいのか?聞けば聞くほど貰うのためらうレベルのやばいものだと思うんだけど」


 ブローチを手のひらに乗せて眉を下げたルイーダは俺をみて助けを求めていた。


「何度も言ってるだろ?それはあの精霊たちがアンタに贈りたくて頑張って作ったものなんだからアンタのだ、大事にしてやってよ。前線で戦うルイーダのお守りになるはずだから」

「お守り…うん、わかった。大切にする」


 おっぱいに興奮して作ったことは墓場まで持って行く。絶対だ。


「じゃあそろそろ帰るわ」

「お邪魔致しました」

「ユキ!いい?引き続き手紙は出しなさいよ」

「えっ探知魔法あるんだろ?!」

「馬鹿ねアンタ単体のはないんだからちゃんと送んなさい!」

「ゲッ…もう一人じゃないんだからいいじゃん…地味に金掛かるんだけど」

「あっそう。じゃあ探知魔法使ってアンタの実家の村長にアンタの居場所を逐一教えるわよ。いいのね?」

「謹んで送らせて頂きます」

「そうなさい」


 クリスとエドガーは(ちゃっかりレシピも貰って晴れやかな顔で)帰っていった。


 ようやく爆弾のような嵐が去った。口数少なくぐったりしている皆を振り返り、改めて頭を下げた。


「これからお世話になります」

「なにかしこまってんのさ。こちらこそよろしく」

「ふふふ、なんだか心強いですね」

「同じ出身地のよしみだ。仲良くしてくれ」

「ようこそ。これからよろしく、ユキ」


 とりあえず今日はたくさん頭と魔力を使ったし、グラムさんのケーキたくさん食べようと決めた。







「クリス様、聖水を飲んで暫しお休みください」

「…ありがとう、着いたら起こして頂戴」

「かしこまりました」


 手渡された聖水を飲んで目をつむる。思っていた以上に疲れたのか思い出すのは遥か昔、まだ自分がの事だった。


 当時の自分は自分が何かわからず思い悩んでいた。こういうと厨二病はいってるみたいに見えるが本当に思い悩んでいた。男か女か自分の性癖もわからず、振り切れなかった。

 今思えば自分は自分だし、可愛いものもかっこいいものも男も女も動物も好きなだけでなにも悩む必要なんてなかったのだが…まあ当時は思い悩む可愛い青少年だったのだ。


 そんな花の高校生も二年目に突入したところで自分は死んだ。それはもうサクッと。最後の記憶は突っ込んできた乗用車に飛ばされてぐるんと回った視界だ。そのままブラックアウトしたから即死だっただろう。


 そして気づけば自分は大層美しい男だった。いや本当に。初めて自分を自覚した時は三日三晩高熱でうなされながらも自分の美を讃えたものだ。


 その頃にはまだ母上も健在で王城の中の空気も明るかったように思う。三日三晩うなされた割には自分の記憶は凄く感情移入した映画をみた時のような感覚で、ところどころ印象が強いシーンを飛ばし飛ばし覚えている位だった。有体に言ってしまえば自分はなんなのか思い悩んでることくらいしか覚えていなかった。特に思い出していいこともなかったし…それより小さい頃から始まった帝王学を頭に叩き込むことで自分の小さい脳はパンパンだった。


 生まれた頃から一緒にいるエドガーもその頃は自分の付き人として、未来の私の側近として教育を叩きこまれていてあまり顔を合せなかったと思う。


 そんな生活に慣れた頃、王城に様々な地区から子供たちが集められた。勇者候補の子供たちである。自分は社会科見学も兼ねて同席させてもらって…正直、社会科見学という名のおさぼりタイムが欲しかっただけなのだが……久しぶりに顔を合わせたエドガーは相変わらず表情筋は硬いものの、嬉しそうな気配をまとわせていた。


 無駄に着飾った貴族の子供ばかりが集まった広間の端にぼろい服をきた子供がひとり退屈そうに欠伸をかみ殺していた。夕日をとかしたようなオレンジ色の髪に緋色の瞳で猫の目のようなくりくりした目を眠そうに細めて。


 その頃の貴族の子供たちは精霊を従えている者は半数満たず、自慢するように傍に置いていた。だがその精霊たちがつい目で追っていたのがかの少女ともう一人、前世の海を思い出すような深い青色の髪の少年だった。今思えばまだまだ絆の浅い精霊たちが愛し子に目を奪われるのはある意味当然と言えば当然で…しかしそんな理不尽さを理解していない子供たちの戸惑いと怒りは当然ながら精霊ではなく彼らに向かった。

 精霊はそれにいち早く気づき、自分が付いた子をなだめたが、侯爵家の少年はその場から逃走、少女はどこか達観したような目で苦笑していたがしつこく突っかかってきた男爵家の少年に見事なアッパーを食らわせ広間から脱走した。その頃自分はそのアッパーに笑いをこらえきれず側近として後ろについていたエドガーに嗜められていたのだが。


 その後殴られた男爵家の少年を権力という名の鞭で黙らせあの少女を探した。彼女が叫んでいた言葉に聞き覚えがあったからだ。


 数時間後、少女は中庭の東屋のベンチで寝こけていた。


「起きて、ねえ、君に聞きたいことがあるんだけど」

「ん…んんん」

「んんんじゃなくて……起きろ!学校遅刻するぞ!」

「んあぁあ!?ちこくっ?!いや俺は社会人…」


 がばっと起き上がった少女はあたりをきょろきょろと見回した。


「…へっ?」

「アッパーしながら『しょーりゅーけん』は古くない?」

「ばかやろう大人から子供まで幅広く知られてる由緒正しい拳法だぞ…なんでしってんの?」

「僕、前世では16歳になる前に死んだの」

「……そっかあ…まだまだこれからだったなあ…」


 少女は目を細めてぽんぽんと頭を撫でた。それはとても小さい手だったのにひどく大きく、温かく感じて、どうしてだろう?涙が止まらなかった。


 南区スッドからやってきた少女はユキと名乗り、早々に自分で勇者候補を辞退して遠征期間の三日間、陰で色々な話をした。

 ユキは前世は男でサラリーマンをしていたこと、海で溺れて死んだこと、精霊のヴェレとは生まれた時から一緒だったこと、攻撃魔法が使えること。自分も色々話した。前世は男子高校生だったこと。自分の性や嗜好に悩んでいたこと。車に突っ込まれて死んだこと。

 自分たちがいた西暦は10年と変わらず、好きだった歌、流行っていたこと、何もかも朧気だったことが段々鮮明になっていってそこでようやく思い出せた家族の事。

 自分はなんて薄情だろうと思っていたこと。

 それを聞いてくれたユキはまた目を細めて頭を撫でてくれた。


 ユキとはそれ以来会えていなかった。それでも便箋を持たせて帰らせて手紙は頻繁にやり取りしていたし、ヴェレが何度も遊びに来てくれた。ユキはヴェレの方が相談役に向いてるだろうと判断してくれたのだと感謝していたけど、大分経ってからあれは独断で遊びに来ていたことを暴露された。ユキと一緒に。


 でもそんなヴェレのおかげで母の死も自分の前世からの悩みも乗り越えられた。だからこそ、この二人を巻き込むのは嫌だったのに。


「……クソ親父が」

「大丈夫ですか?眉間にしわが」

「ったく怒りはお肌の大敵だってのに…走馬灯見たわ」

「縁起でもない……口調が乱れてるぞ、いいのか」

「あらやだわ。私もまだまだね」

「無駄に年寄りぶるな、禿げるぞ」

「殴るわよ。私これでも精神的にはアンタより上なんだけどね~…」

「はいはい。ぶつくさ言ってないでもう少し寝ててくださいよ。寄り道したいんで」

「珍しい…横になるわ」

「靴脱げよ。おやすみ」

「…おやすみ」


 向かいの側近は昔から考えすぎると禿げるだのなんだの言うが、家系的に危ないのはお前の方だといつか言ってやると心に誓い靴を脱いで座席に寝そべり丸くなる。こんなことできるのはこいつの前だけなのは、本人もわかってるのだろう。薄目を開けると満足そうに微笑んでいた。



 どいつもこいつもあー悔しい!!!



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