第9話 美少女、契約を結ぶ

「精霊の力を借りた契約があるのは知っているな?」

「精霊の契約?!待ってくださいそれではユキは…」


 国王は慌てて立ち上がったレオナルドを片手をあげて制すと話を続けた。


「精霊の契約であれば不履行はその身を以て罰せられる。こんなに確かな契約はないだろう。報奨金は必ず払うし、ユキは魔王を倒せば罰せられることもない」

「……わかった。それでいいよ」

「ユキ!」

「まあそろそろ年貢の納め時だったってだけだよ、レオ」


 多分レオナルドは途中で俺を逃がそうとか考えていたんじゃないだろうか。

 でも手を貸さなかったことでこいつらや両親や村の皆が死んじゃったなんてことがあっても嫌だというのもまた本心なのだ。正直行きたくないけど。行きたくない三割、報酬があるなら…四割、皆に死んでほしくない三割…乙女心は複雑なのである。


「それじゃ善は急げじゃな」


 国王陛下は立ち上がり自分のマントで全身を覆うと一瞬マントがぎゅっと締まり、中から隣の王弟殿下とそっくりな髪色で短めの髪をオールバックで撫でつけた、顔のパーツと配置がクリスの数十年後を見ているような美丈夫が出てきた。

 小さい頃に一度だけ見たことがあるとんでもないイケオジがこの国の国王の真の姿でありクリスの父親である。


「…?なんだなんだお前たち生気を抜かれたような顔をしおって」

「こ、国王…陛下?」

「そうだが?」

「兄上の素顔をみるのは久しぶりですね」

「ん?そうか?さすがのわしも変装しながらの精霊契約は骨がおれるからのう」

「その姿でその話し方はやめてください兄上」


 勇者一行…特に女性陣が国王に見とれている。そらそうだわな、顔はいいんだこのおっさん

 そんな中レオナルドは戸惑いの目を俺に向けた。


「ユ、ユキは驚いていないのか?」

「ああ、まあ…国王陛下が変装の達人だとは知ってたし…」

「はっはっは、ユキには顔を見せたこともあったな!どうだユキ、そろそろ観念してうちの子にならないか?」

「絶対に嫌。死んでも嫌」


 隣で顔の作りがそっくりなクリスが顰めていた顔をとうとう抱えてしまった。


「どうした?我がむす…息子でいいか?」

「口調がコレなだけで私が好きなのは女性です」

「おおそうか父は安心したぞ。どうだそろそろユキを嫁に欲しくないか?」

「微塵も欲しくないし私の事はいいのでさっさと話を進めてください」


 お年頃なクリスは国王パパとあまり仲が良くない、というか距離を測りかねている節がある。まあ色々あるんだろう、親子の関係性に悩むのはどこの世界でも同じだ。


「あ、契約するのはおっさんだけど契約対象はおっさんじゃないから」

「ほう?誰だ?クリスか?」

「まさか。『国王になる人間』だよ」

「……?ああ、そういうことか」


 レオナルドは不思議そうに首を傾げたが隣にいたジャンは納得したような顔をする。女性二人もぽかんとしているところを見ると頭が回るのはジャンだけか?

 周りを見回しても王弟殿下もエドガーも不思議そうな顔をしているしクリスに至っては話を聞いてるのか聞いていないのかよくわからない。

 自信満々に決め台詞っぽく言ったつもりだったけどこの部屋の半分が理解してない顔をしてるから慌てて解説する。ドヤ顔で発言した分すごい恥ずかしいんだけど…渾身のギャグを丁寧に説明してる気分だ。


「よ、要はな?国王陛下やクリスじゃダメなんだよ、わかるか?」

「わ、わからない…何が駄目なんだ?」

「妖精の契約は不履行になると自分に相応の罰が返ってくるのはわかるよな?」

「ああ。その契約の大きさによっては生死に関わることだってあるだろう」

「そう。でも逆を言えば『罰を受ければ不履行のままでいい』んだよ」

「あ…?」


 言わんとすることが理解できたレオナルドは目を大きく見開いた。


 たとえばクリスと俺が契約したとしてクリスを見殺しにすれば国は俺に金を払わなくていいわけだ。国王陛下が死んだとして次の国王はクリスだし、そのクリスが使い物にならなくなったところで代わりを立てようとすればいくらでも立てられる。王族の人間が一人でも残っていればそれでよいのだ。

 だから基本的に国が保たれればいいと考えてるこのお偉いさん(国王)は俺を引っ張って縛れるのなら妖精の契約を使うって魂胆なんだと思う。ぶっとんだ話だけど、この人は人である前にこの国の王なのだ。理解はできても納得できないところではあるけど…このおっさんは絶対やる。現にこのおっさんはその昔、それで皇后陛下を亡くしているのだから。


 本当に根本的に価値観の合わないやつらだよ王族ってやつは。


「わかったか?だから契約する対象は人間じゃだめなんだ。『国王になる人間』っていう立ち位置自体が対象じゃないと」

「あ、あの…」


 エリーがおずおずと手をあげた。


「あの、お話はわかりましたが…そんな契約ができるのですか?いくら精霊の力を借りるとはいえ人対人でないと契約は成功しないのでは…」

「まあ一般的にはな」

「私たちであれば出来る。よし、そなたらも証人として傍につくことを許そう」


 国王陛下が部屋の真ん中に立って手招きする。しかしなんでだってこんなうれしそうなんだこのうなぎじじいは


「…クリス、お前のとーちゃん何考えてるわけ?やけに物わかりよすぎで怖いんだけど」

「……さあ…でも気をつけなさい。私にも何を考えてるか分からないわ」

「…ま。考えても仕方ないか…」

「ごめんなさいね、アンタを巻き込んで…私は見てるだけだっていうのに」

「さっきから頭抱えてたのそれ?もー…気にすんな!シャキッとしろ!」


 クリスの背中をバンバン叩いて席を立つ。レオナルドの心配そうな顔がじっと見つめていた。そんな顔するなよ~また俺の愛犬思い出すじゃないか。


「……実はさあちょっとラッキーだったなーって思う節もあるんだよ」

「ラッキー?」

「だってグラムさんのご飯食べ放題じゃん?」


 だから気にするなよ、と思いを込めてウインクかまして席を離れて国王陛下と対峙する。ふくよかな身体は跡形もなく締まった腹筋と高い身長が大変腹立たしい。…いいなあ。


「なーんでそんなにうっきうきなわけ」

「ん?…そうだな、ユキも恋すればわかるさ」

「はあ?」


 国王陛下は立ったまま床に向かって手をかざすと複雑な魔方陣が現れると同時に激しく風が吹き荒れた。胸元のネックレスが顔面にぶち当たって慌てて両手で握りしめる。鼻が痛い!


「ユキ、お前が信用できる精霊を一人だけ召喚しなさい」

「…水氷すいひょうを司り清濁全てを飲み込み流せし水の精霊ヴェレよ。我と汝の名の下にここに姿を現せ」

 《ごきげんよう、ユキ。私を呼んでくれてありがとう八つ裂きにするのはこの男?》

「今日殺意高くない?」


 宙に水流が現れたと思うと上半身だけ男性体の人魚のようなフォルムで現れたヴェレは普段より数オクターブ低い声で国王陛下を睨んでいる。なんでこんな殺意高いんだ?


 《ユキに無理強いを強いてるんだもの八つ裂きくらい当然じゃなくて?》

「一応雇い主になるのでそこらへんで…大丈夫大丈夫納得してるから」

 《……いいわ。ユキに免じて許してあげる。感謝しなさい》

「ああ、肝に銘じよう」


 どうやら俺がごねていたのを気にしてくれてたらしい。ありがとう…でもヴェレが怒るとちょっと辺りが寒いんだよなあ。

 国王陛下は小さく頷き両手を上にあげた。詠唱しているようだが声はいまいち聞き取れない。精霊を呼び出す時は大体呼び出しの口上がいるんだけどそれは人によって様々だ。

 短い口上で呼べる精霊は低級の精霊で長くなればなるほど階級は上がるのが一般的で、ヴェレが最上級に近い精霊である。口上の長さからすればうなぎじじいの精霊も近しい階級だろうか


「おいで。シャッツ」


 ヴェレが幕を上からかぶせるように薄いヴェールのような防護壁を張ったと同時に周りを強風で襲った。


「な、なんだ?!」

 《…本当に殺してやろうかしらあの男》


 ヴェレの恨み節を聞きながら国王陛下の呼んだ精霊を見上げる。頭からヴェールを掛けた精霊は顔は見えないものの女性体だということがわかる。精霊は慌てたようにあたりを見回し小さい声でごめんなさい、と呟いた。


 《ごめんなさい、まさかこんな室内だなんて思っていなくて…》

「大丈夫だよシャッツ、久しぶりだね会いたかった」

 《私もよ!ねえみて、今日は登場に花びらを散らしてみたの。きれいでしょう?》


 国王陛下はそこら辺の女性がうっとりするような笑顔で精霊に手を伸ばしてしばらく二人で語り合っていた。なんだ?何で急にイチャイチャし始めた?!

 

 これを見るのはきついだろうなあ…クリス…


 ちらっとクリスを見ると無表情で腕を組み、ゴミでも見るような目でこちらを見ていた。

 やばい。クリスがぶちぎれてるし、全く同じ顔をヴェレもしてる。

 オネエマジこえぇ…


「……あの!話が進まないんでそろそろいいですか」

「あ?…なんだ空気の読めないやつめ…シャッツ、精霊の契約をしたいんだ。助けてくれるね?」

 《まあ、初めての事だけれど頑張るわ》

「ヴェレもよろしくな」

 《…さっさと終わらせるわよ。契約がなくてもこの男殺しそうでイライラするわ》

 《ヴェレ様、よろしくお願いいたしますわ》

 《気安く名前呼ばないでくれる?三下風情が。不快よ》


 国王陛下が静かに眉を顰めたのが見えた。これからの付き合いに影響でるからやめてほしい。


「すごい殺意高くない?」

 《…仕事はちゃんとするわよ……そこの男。貴方の契約はなに?》

「…ユキ・スッドに魔王討伐を願いたい。倒した暁には報酬に即金で金貨10000枚を『国王の座についている人間』がそれを支払う」

 《そこのお方、貴方の契約は何でしょうか》

「魔王討伐にいく。倒した報酬に即金で金貨10000枚を『国王の座についている人間』に支払ってもらう」

 《…その契約に主様は関係ありますの?》

「今の国王がおっさんなんでね」

 《無駄口を叩かないで。いいわ、ならばそれが果たされなかった場合、貴方とその人間に私がこの名を以て制裁することを約束しましょう》

「二人に制裁か?随分重い罰だな」

 《貴方が裏切らなければいい話。安心して命までは取らないわよ、それにこんな契約する人間が制裁を受けないなんて馬鹿げてるもの》

 《あ、あのこの方の場合亡くなってしまったら不履行で制裁という形が取れないのですが…》


 どうしましょう?と首を傾げる精霊は何故か俺に聞いてきた。えっどうしましょうってどうしましょう?


「お、俺に聞かれても……どうしましょう?」

 《精霊は死んだ人間には何もできないわ。死んだらそれでおしまいよ》

 《そうなんですか…命を懸けるのですもの、仕方ありませんね》

 《これでいいかしら?》

「…まあ仕方あるまいな、構わんよ」

「俺もそれで構わないよ」

 《じゃあさっさと始めるわよ。汝、名を》

「アレッサンドロ・スペランツァ」


 《汝アレッサンドロ・スペランツァの契約を我、ヴェレが見届けよう。流れる水に、降り積もる雪に我の目があると知れ》

「肝に銘じよう。水氷の精霊よ」

 《……誠実に、懸命に、今を生きなさい》


 ヴィレの足元に跪いた国王陛下の頭にそっと手を置いたヴェレは先ほどとは打って変わって優しい声で諭すように囁いて身体を離した。それを真似るようにシャッツも俺の前に立つ。俺は両膝をついて胸元の前で手を組み祈るように頭を下げる。


 《汝の名を》

「ユキ・スッド」

 《汝、ユキ・スッドの契約をわたくし、シャッツが見届けましょう。野を吹く風に私の目があると思ってくださいね》

「はい」

 《…貴方に幸せが訪れますように》


 おずおずと頭に手が伸びて頭を撫でられる。興味本位で顔をあげると人の好さそうな目尻の下がった女性の顔と目が合う。


 …あれ。この精霊何処かであったか?


 シャッツは申し訳なさそうに笑うとそっとその場を離れた。お互いの精霊が戻ってきたところで魔方陣が消えた。


 《これで精霊の契約はおしまいよ。口約束のように見えるけど決して口だけではないからお互いに心してね》


 じゃあまたね、と呟いたヴィレはあっという間に消えた。シャッツも消えたようで名残惜しそうに虚空を見つめる国王陛下はまるで舞台にたっているかのような存在感だった。

 舞台に立ってれば大人気まちがいなしなんだけど、ここでやっても周りの視線はとても冷たいものである。


「…これで契約は終了じゃの、行く先は触れを出す。それまでしばし身体を休めよ。失礼」

「…皆はすこし休んでから帰りなさい、では失礼するよ」


 いつのまにかじじいに戻った国王陛下はさっさと下がっていき王弟殿下もその後に続いていった。


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