第8話 美少女、巻き込まれる

 俺たちは中庭から城内に入って案内人、クリス、俺、エドガーの順で歩いていく。

 最初は数人の使用人が通りかかっていたのに徐々に人気がなくなっていく。そのくせ置いてある調度品や扉の作りが重厚な物になってきていて嫌な予感に背筋に悪寒がはしる。

 幾度となくさっさと逃げ出そうとしてもその度にエドガーが静かに肩を掴んできて逃げられないのだ。


「頼む。今回は本当に困っているんだ」

「そりゃクリスがか?それともこれから会う人間か?」


 耳打ちしてきたエドガーは本当に切羽詰まった声で一言すまない、とだけ結ばれた。

 この男は真面目で無口で何考えてるか分からないやつだけど行動理由は常にクリスの為だ。ちなみにデキてるんじゃなくて小さいときに拾われて命を助けてもらった恩人なのだそう。そんな男が今の質問に答えないあたりなんか裏がありそうで嫌だなあと思う。

 確かに俺はその時々で地主の貴族相手にちょっと森に巣を作った魔物を蹴散らして、とか商売敵を潰…ちょっと脅してきて、みたいなちょっとした依頼を受けることはある。旅行資金が足りなくなったときとか。

 けど大体お貴族様の依頼って根本的に価値観が合わないからあんまり受けたくないんだよなあ…

 最初の頃は実入りがいいからとよく依頼受けてたんだけどお家騒動に巻き込まれたり、上から目線でお礼だけ言われて報酬を払わないとか、寝首を掛れそうになるとか何度か大変な目にあってからは必要最低限にしてるくらいだ。

 これが王族の依頼だとしたらまず間違いなくめんどくさい。王族が秘密裏に動くことにいいことなんて一つもないのだ。

 親友の悩み事なら助けてやりたいけど、俺は嫌なことは嫌っていうからな…

 俺は半ばぶすくれた顔でクリスの背中を睨んだ。






 使用人が案内した先は予想とは裏腹にただの会議室だった。正直、謁見の間に連れていかれて国王陛下に勇者と一緒に世界を救え!とか言われるのかと思った。

 …というのも俺がむかーしむかしの幼少期に勇者うんぬんの話を断ったからなんだけど…いやだっていくら精霊の愛し子だろうがなんだろうが魔王を戦ってくれって言われて、はいやります!なんて言えないだろ?ゲームじゃないんだ現実見てますよ、これでも心は大人なんでね。

 勇者は数人いるんだから気概のあるやつが頑張ってくれ、応援してる。


 でもなんだろうなあ、クリスが助けてっていうくらいだからクリスでも歯向かえない国王うえの指示なんだろうなと思ってんだけど…もしかしてとうとうクリスも結婚か?隣国の姫様がとんでもない娘で波風立たせずに縁談を潰したいとか?いや、さすがにそこまで行くと素人には任せないか…


 会議室の扉が開いて一番最初に見えたのは…さっき別れたばかりの顔色の悪い勇者一行だった。


「あれ?どうしたんだよそんな暗い顔…し、て…」

「相変わらずであるな、ユキ・スッド。息災であったか?」


 部屋の奥、長い机の短辺…お誕生日席に座っていたのはサンタもびっくりな容姿の陽気な国王(おっさん)だった。その横に深緑の髪を長い三つ編みにして前に垂らした美丈夫が座っている。このたれ目気味のおじさん…知ってるぞこの人…


「…また、この国一の豪勢なご兄弟がお揃いで…」

「ユキ、挨拶」


 横から肘で小突かれて慌てて頭を下げる。


「あ、お邪魔してます。こんにちは」

「はっはっはよいよい、元気そうで何よりじゃ」

「顔をあげなさい、ユキ。気を遣わなくていいようにこちらへ移動したのだから」

「はあ…じゃあ、まあ…遠慮なく…」


 顔をあげると人の好さそうな笑顔を見せる二人にげんなりする。

 前世で年に一度必ず目にする赤い服にふっさふさのひげを蓄えたおじいさんにそっくりなこの国の国王は、見た目爺だが確か歳はまだまだ四十台くらいで隣で微笑む王弟殿下と違うタイプのナイスミドルだったはずだ。…変装術が得意なこのおっさんの素顔を見たことがある人間は少ないと聞いている。なんでも奥さん…皇后陛下が亡くなった後からあのような恰好になったらしい。クリスが小さいときだからもう10年以上昔の事である。


 で、俺的にはあのサンタによく似た見た目の国王陛下はつかみどころがイマイチ掴めなくて苦手だ。俺は陰でうなぎじじいと呼んでいる。

 王弟殿下に至っては顔を知ってるだけで話したこともない。


「私は何故呼ばれたのかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「おう勿論じゃ。お主じゃろ?勇者一行を助けた奇特な少女というのは」


 向かいに並んでいる勇者一行を横目に首を傾げすっとぼけてみる。


「いいえ?私は昨日の夜この街にたどり着いたばかりなので」

「あっはっは謙遜はよいぞ、ユキ・スッド。使用人が馬車から降りてきたのをみておったでな」

「…チッ」

「開口一番馴れ馴れしい時点でもう遅いわよ」

「…ええいだまらっしゃい」


 やっぱり別々で来るんだった。


「ふふふ、そうですか。お恥ずかしいですわ」

「はっはっは。さてユキ・スッド、本題じゃ。そちこの者らと一緒に魔王を倒してきてくれ」

「お断りいたします」


 ぎょっとした顔で勇者一行の視線がささる。なんだよう。


「…寒気がするわい。猫を被るのをよさんか」

「魔王討伐とか絶対にいや♡」

「ユ、ユキ!相手は国王だぞ」

「よいよい、ユキはこーんな小さいときから知っとるんじゃ」


 こーんな、とひざより下に手をやりながら目を細めてふぉっふぉっと笑う。そんな小さいときにあったことないだろ。


「ま、まってください、ユキは…どういう…」

「先に言っとくけど親戚とか隠し子じゃないからな」

「ふぉっふぉっふぉっ話す前に…それ、とりあえず座りなさい」


 立ちっぱなしだった俺たちも勇者一行の向かいに促されて着席する。

 レオナルド、ジャン、ルイーダ、エリーゼの順で座っているところにクリスに促されてレオナルドの正面に俺、クリスの順で座り護衛のエドガーはいつの間にやら壁際に。


「レオナルドとジャンは知っておろう。10年ほど前に各地から勇者と言われる様々な能力値が高い子供たちを集めたのを」

「はい。自分はそこで勇者になるときめましたから…」

「ユキはその勇者候補のひとりだったんじゃよ」

「断ったけどな」


 10年ほど前に国の端から端まで王族からの使者が来て先に起こると言われていた魔王復活を阻止するための英才教育を施そうと能力の高い子供を集めた。うちの村も町長夫妻が俺を連れて王都に出向いた。

 なんで親じゃないかと言えば、まあ体のいい人質みたいなものだったんだろう。王都までは人の足じゃいけないような距離だしそのまま王都に移り住まわれたら息子の嫁候補がいなくなるわけだからな。両親も心配していたもののそんな裏があるから俺を手放したりしないだろうと送り出してくれたのだ。


 その時にちょっとごたごたがあって王城を逃げ回った時出会ったのがクリスとエドガーだ。


「…端的に言うでな、しっかり聞けよユキ」

「おう。魔王を倒しに行け以外なら聞く」

「魔王を…これ先に言うんじゃない」

「いやいやいやその話ならとうに断ってるはずだろ。なんで今更蒸し返すんだよ」

「…そうも言ってられないのよ…ユキ」


 苦虫を潰したような顔をしたクリスが拳を握りしめながら口をはさむと斜め向かいでぎょっと目を見張るルイーダが視界に入った。やめてください笑いそうです。


「どういうこと?」

「…勇者一行が彼らだけじゃないのは知ってるわね?」

「うん」

「全滅したのよ」

「は?」



「数人の勇者のパーティーで生き残って帰ってきたのは、彼らだけなのよ」



「…は?え、だって簡単だったって…?」


 レオナルドと目があう。しっかり頷かれた目はそれでいて困惑の色が浮かんでいた。


「確かに普通の魔物を倒すよりは遥かにてこずったのは確かだが誰も大けがすることもなかったし、余力があったのは事実だ」


 そうだよな、確かにぼろぼろになってたのはその後の女子軍の仲間割れだもんな。


「俺たちが倒したのは別の魔物だったのかと思ったけど持ち帰った魔石は確かに魔王のもので間違いないと言われたよ」

「まだ帰ってきてないだけとかじゃないのか?」


 国王を見ても静かに首を横に振られてしまった。


「……皆には伝えていないが、勇者の証として渡してあるエンブレムには王族秘伝の魔術が仕込まれていてな。居場所こそ把握できないが、存在しているかどうかの判別くらいはできる代物じゃ。その反応が、すべて消えた。あれがあればこの国のどこの村でも融資が受けられるものだから手放すことも全員が壊すこともないはずじゃろうて…」

「そもそも手放しただけなら反応が消えることもないしね」

「…魔力切れとかいうオチでもないんだな?」

「ああ、ありえぬ。アレはわしの命が尽きるまで動き続ける代物なんでな。現にレオナルド一行に持たせたエンブレムの反応は無くなっておらなんだ」


 その秘伝の魔法がどういったものかはわからないし、抜け道もあるだろうけど全ての反応が消えたってことはそういうことなんだろう。


「…じゃあまだ魔王のかけらは倒せてないんだな?」

「そういうことじゃな…お主が地位も名誉も興味がないことはわかっとるがそうもいっていられないのだ…すまぬ」

「ちょっとまて。なに俺が承諾したような空気だしてるわけ?まだ了承してないんだけど」


 国王の眉がぴく、とあがった。王弟殿下も困ったような顔をする。


「ユキ、アンタね…」

「……そこまで聞いて誰もやらないとは言ってない。けどまず一つ聞いておきたいんだけど他のかけら倒すのにこいつらだけじゃダメなわけ?」

「ふむ…正直にいえばわからぬ。だが念には念を入れたいところじゃな」

「なるほど、保険ってことか」

「だがわからぬのだ。確かにレオナルド一行は頭一つ分飛びぬけてはいたが他の者たちが早々全滅するほど弱いというわけでもないはずなのだが…」

「……んー…」


 なんかきな臭い話だな……やだなあ関わるの

 もう少しごねてやろうかと思ってたけど周りの雰囲気が思っていたより不穏だ。先ほど部屋に入った時のこいつらの顔色が悪かった理由がわかった。


「………ん。まあいいや、じゃ報奨金の話をしようか」

「報奨金?」


 王弟殿下が目を見開く。それもそうだ、本来勇者一行は旅をするにおいて支援を受けることがあっても報奨金などを貰うことはない。タダなのだ。ありえないよな?!命かけてはるばる遠くまで行って戦ってタダなんてありえないよな?!


「わざわざ報奨金より戻ってくれば国から褒賞される方が魅力的ではありませんか?」

「褒賞ねえ…たとえば?」

「そうですね、貴族であれば実家の爵位は確実に上がりますし、市民だとしても自分で爵位を賜ることだってできます。土地持ちになりたければ分け与えることだって出来るでしょう。それだけ魔王討伐とは大それたことなのです」

「じゃあその頂いた土地とか爵位とかって売れます?」

「うっ?!売れるわけないでしょう!ですが土地を統べ、民と生きていけば報奨金なんてものよりうんと富も名声も上がるでしょう。民に愛され、よりよい街が作れれば貴方の次の世代のためにもなります」

「はあ…全く興味ありませんね。権利なんていらないし、家を裕福にしたいという気持ちもありません。余りある金銭をもつと碌なことがないと言われて育ったんで」

「ふむ…では結婚はいかがですか?確実に今より裕福になれますし将来安泰ですよ!あなたが望めばそこにいるクリスとだって…」

「こいつはただの親友だし、王族と結婚とか冗談じゃないですね」

「ユキ、あとでちょっと話し合いましょうか」


 至極不思議そうに首を傾げる王弟殿下ににっこにこなのが隣で話を聞いている陛下である。じーさん楽しそうだねえ…


「な?めんどくさいおなごじゃろ?」

「簡単だろ、お金を積んでくれればお仕事しますよって言ってるんだから。変に権利だの褒賞だの言わないだけ後腐れないし安上がりじゃん」

「こっちから言わせればこれほど信用できない人間はいないのよ、おバカ。よそがもっとお金積んだら裏切りそうじゃないの」

「あーそらそうだわな。んじゃなんか契約でも結んだらどう?こっちは最後にきっちりお金がもらえてにっこり、そっちは裏切られる心配が減ってにっこり」

「ふむ…どうじゃクリス?」

「まずは金額を聞きましょう?」

「んじゃさくっと即金で金貨10000枚!」

「馬鹿じゃないの。有り余る金銭を持つと碌なことがないって言われて育ったんでしょ」

「それはそれ、これはこれ。売れない土地より使えるお金。先立つモノは持っておいて損はないから」


 この国見て回ったら隣の国にも行ってみたいし。食い倒れツアーとかしたいし。


「ははっ国が傾いてしまうよ」

「あははこっちは本気ですけど。頂けないのであればこの話はおしまいですね」


 夢を語る子供を諭す大人のように優しく笑う王弟殿下に笑って返す。

 周りが時を止めたかのように固まってしまった。隣のクリスの息遣いさえ聞こえない。あたりを見回すと俺が本気で言ってると気づいた面々が目を見開いて口をぽっかり開けてたり頭を抱えていたりしていた。いいぞいいぞ、流石に金貨10000枚程度で国は傾かないだろうけど、金額に驚いてる間に断りたい。


「じゃあ話はおしまいだ。失礼しまー…」

「はっはっは全く愉快なやつじゃ…その話乗ろう」

「はあ?!」

「兄上?!」

「この国が掛かっておるというのに金を出し惜しみしてどうする。そのかわり支払うのは全て終わった後、契約の形は精霊契約じゃ、よいな?ユキ」


 相変わらずにこやかな国王陛下ににっこり笑みを返してやる。どうせ引き返せないなら自分で泥船に乗ってやろうじゃん?


「その話乗った」


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