第7話 美少女、幼馴染と再会する

 

「大丈夫かい?顔真っ青になってきたよアンタ」

「いや~マジでこんなんなるの久しぶりなんだけど…あいつら何付与したんだよ~」

「鑑定とか持ってないのかい?」

「うーん…やろうと思えばできるけど今その魔力がない」


 鑑定ってのはちょっとした特殊技能の一種である。男女関係なく個人の適正で扱える技能でその技能が高い奴がその専門職についたりするからこの世界の専門職には世襲制ってあまり関係ない。

 ちなみに俺やレオみたいな妖精の愛し子ならできないこともない。適性がなくても愛されているが故に使えるズルだけど。俺は必要がなければ使わないけど…いまいちコスパ悪いし。あとはお金はかかるけど専門の魔道具使う手もある。


「んー…あ、そっかアイツならできるわ」

「アイツ?」

「第一王子」

「イケメンの?!」

「イケメンに食いつきすぎだろ」

「当たり前だろ。こちとらいいとこのご令嬢だからね。本来なら外なんか出ないで守られた家の中でぬくぬく育てられて親の言うこと聞いて、顔もろくに覚えてないような奴に嫁に行くんだ。外に出てる今、高位のイケメン見つけて捕まえときゃこの先の未来あたしの生活は明るいの!わかるか?」

「あ~~~貴族の闇~~~」


 俺が寝てるソファの横に椅子を引っ張ってきてスーツがしわにならないように背筋を伸ばして座ったルイーダの顔はさっきとは違って暗い。


「確かにくいっぱぐれる心配なんてないに等しいし、いろんな恩恵も受けてるだろう。でも、それと引き換えにあたしの未来に自由はない。どんなに貧しくても、あたしは好きな人と一生を添い遂げられる民が羨ましいさ」

「ルイーダ…」

「ま。第一王子なんて恐れ多くて近寄りがたいがね~でも王族の騎士あたりなら高爵位だし狙い目じゃね?」

「そういうやつらって若いときから婚約者とかいるんじゃねえの?」

「そうとも限らないね。騎士やってるやつらに長男て少ないんだよ。んでもってこの国のご令嬢はプライドが高いわけ。王族の護衛騎士を狙えるような高爵位の女たちはこぞって王子を目指す。んで、お近づきにすらなれないご令嬢たちはまず王族の護衛騎士に接触することもない。だから王子の相手が決まらないうちは割と王族の護衛騎士ってのは婚約者じゃない方が多いんだ」

「はぁ~んなるほどねえ」


 だから小さい頃から第一王子(アイツ)の周りにいるやつらに女の影がないのか。


「まあ、今はレオに夢中だけど」

「ああ、そこも本気なんだ?」

「まあね~?あ。狙うならジャンにしてよ?そうじゃなくてもあの腹黒聖女のせいでやりにくいったらないんだから」

「狙わねーよ。こちとら一般市民だっつの」


 そもそもこいつらが王都目前で倒れてなければ本来スルーするわい。


「ユキ!大丈夫か?!」

「どわーうるさい」

「レオ~一応病人みたいなもんなんだから静かに」

「す、すまない」


 ソファの背もたれ側から顔を覗くように伺うレオはなんというか…王子様みたいだった。


「…すげー何個あんのそのボタン」


 シャツのボタンが尋常じゃないし、髪型も決まってる。ちょっと足の方まではわかんないけどなんかいっぱい重ね着しててこりゃ時間もかかるわ


「すげーなお前」

「そんなことより体調は?」

「大丈夫大丈夫。ジャンが聖水もってきてくれるから」


 少し遅れてジャンが聖水を持って走ってきた。


「おまえなあ…先に行くなら聖水もっていけよ、レオだけ行っても意味ないだろうが」

「う、すまない先走った」

「レオに説明してたら遅くなった、すまん。ほら、ぐいーっといけよ」


 重い頭をあげて聖水をグーっとあおる。うん、ただの水。ただのプラシーボ効果なんじゃないかってくらいただの水。だが冷たくなっていた指先や頭の重さが引いていく。


「ん~…うん、ありがと楽になった」


 感覚的には三割くらい楽になった気がする。ちょっと気だるいけど動くには十分だ。

 本来聖水は他人にあげるにはちょっとお高い代物だ。勿論平民の俺たちにも浸透してるけどよっぽどのことがない限りは口にしないな~高いし。大体は自己回復を待つか自家製の聖水を使ってる。効力は点滴と栄養ドリンクくらいの差があるんじゃないかな


「治りきってないか?ユキって魔力量高い?」

「まあそれなりに。別に城に行くだけだし十分だよ、ありがとう」

「魔力量の多い奴が空っぽに近い状態になるくらいってなんの付与だ?」

「まあ適性があったわけじゃないし、小さい奴らの祝福だろ?持ってくだけ持ってって大した付与じゃないと思うけど」


 この中に鑑定持っていない四人で首を傾げていると軽い足音が聞こえた。


「ごめんなさい~久しぶりの正装に手間取っちゃって~」

「ああ、構わない。俺も今きたところだ」


 申し訳なさそうな声に振り向くと、白を基調としたフリルとレースのごってごてのドレスに白地に金縁のローブを羽織ったエリーがいた。後ろが長くて前が短いタイプのローブの裏地にはびっしりと金字で何か描かれている。魔方陣か?胸元につけられているのが王都教会の紋章入りのブローチだ。


 おお~流石王都の教会がバックについてるだけあるわ…

 よその地域の教会はそんなことないんだけどなんでか王都の教会の人間て成金趣味が目立つんだよなあ…エリーの手前あんまり言いたくないけど…まあ妖精は信じても神様を信じる気はないのでただの俺の主観ではある。


「皆様お揃いですね、玄関先に馬車が到着しております」


 グラムに案内されて馬車に乗り込む…がやっぱりひと悶着起きた。そら起きるわ。

 普段は男子・女子で決まる席順が俺が乗ることでどの位置に誰がくるかでもめたのである。

 正直どこでもいいし誰でもいい。いまいち本調子じゃない俺はちょっとへたり込みそうになってしまった。

 先ほどまで意外と常識人だったルイーダもレオナルドの前だとめんどくさい女になるのだ。思春期の女子はめんどくさいものなんだなあ…男どももこの状態に慣れすぎて放っておけば決まるだろのスタンスをどうにかするべきである。


「…めんどくせえなあ…俺グラムさんの横じゃダメ?」

「貴族街を通りますからやめた方がよろしいかと」

「ですよね…おらーお前らジャンケンしろジャンケン!勝ったやつから乗ってけ!奇襲なんかされるときはされるんだから何も考えずさっさとしろー」


 結局、俺もジャンケンに参加させられてレオナルドとルイーダが一番奥に向かい合わせ、ルイーダの隣にエリー、向かいに俺、最後にジャンが俺の隣に並び扉が閉まった。


 ぶっちゃけちょっと狭い。扉側でいいから女性陣の隣がいい。

 ジャンが扉側に行かせてくれないから仕方ないんだけど。まあそりゃそうだ、扉側は奇襲になったとき一番に危ないところである。正直貴族組(レオとルイーダ)が一番奥に居るのが正しい位置だ。


「狭くてすまんな」

「大丈夫大丈夫。ああそうだ、ルイーダのブローチなんだけどなんの付与がされてるかってわかるやついるの?」

「いるにはいるが…」

「あんまり頼みたくないですね…」

「えっそんな感じ?」


 一同がうつむきがちになってしまった。え?そんなヤバげなの?


「うーん…これは口外しないでほしいんですけど…」


 エリーが眉を下げて頬に手をやりお上品な困ったわポーズをしながら話してくれた。


「私たち勇者の集まりが多数いるのはご存じですか?」

「うん、まあなんとなく」

「その集まりにも派閥がありまして…我々は陛下の弟君であらせられるエイベル様のご支持の元動いているのですが、その…姫君がですね…ちょっと…」


 エイベル様といえば今の国王であるアドルフ陛下の年の近い弟君で兄弟仲はとてもいいはずである。


 とんでもなく言い淀んでるエリーを見かねたルイーダが苦虫を潰したような顔で続きを口にしてくれる。なんか口にしたら呪われるのか?その姫君は


「とんでもない我儘姫なんだよ。傲慢知己でプライドが高くてレオナルドを狙ってるやつ」

「そう!そうなんです!ことあるごとにべたべたべたべたと…そのくせこっちにはすっごく意地悪で!こんなこと言いたくないんですけど、あんまりかかわりあいたくないです!!」


 それはもう力いっぱい否定したエリーは両手を握りしめながらプルプル震えている。

 あーそりゃ我の強いこいつらとは相性悪そう。


「こいつらと相性が悪いのもあるけど確かにあまりいい噂は聞かないんだよなあ…本人は両親への猫かぶりがうまいから、周りも何も言えなくてなあ」


 珍しくジャンもレオナルドもフォローしないあたりよっぽど腹に据えかねてるのだろう。


「はあ…そりゃ関わりあいたくないな。そもそも平民の俺があった日には首でも落とされそうな…」


 冗談交じりにいったらエリーは大きく頷いた。え?頷くの?マジで首落とされる系?


「初めてエリーが姫君にあった時はひどかったもんなあ…あたしはまだ高位貴族だから嫌味くらいで済んだんだけど…教会からきた修道女がこんな見てくれで豪華な服着てるだろ?だからさ…」

「あーーーー」


 それはもう目の敵のような扱いされるわ。エリーボンキュッボンの美少女だし。


「第一声が『この成金教会の成金娘が!汚らしいのよこの淫乱女!』ですよ?!もう…っもう…っ!」

「やりやったのか?」

「やりあうわけないじゃないですか!相手は支持してもらっている王弟の姫君ですよ?!いくら王都教会でもたてなんてつけませんよ…本当に成金みたいなものですし…」

「なるほどねえ…で?一応聞くけどその鑑定持ちって…」

「その姫君ですわ」

「よし。やめよう。王子に頼むか魔力がたまったら俺が見るわ。元はといえば俺が原因だしな」


 全員静かに頷いたところで馬車が止まった。城に着いたのだ。

 ジャンが下りた後に続いて馬車から飛び降りると片手を出したまま固まったジャンが阿呆を見る目でこちらをみた。


「お前な~…いいか?馬車を降りるときは上品にだな」

「はいはい俺は一市民であんまり馬車にのらないから許して」


 いちいち手を取られて静々と降りれるかこちとらドレスでもないのにと思っていたけれど最後に降りてきたルイーダはパンツスタイルだがレオナルドに手をとってもらいとても上品に降りてきた。おお、こうしてみると貴族のご令嬢だ。

 ちなみにレオナルドは二人の手を取って馬車を降りるのにエスコートしてた。はー…朴念仁とかちょっと思っててごめんな。


「…かっこいいな~」

「ん?ユキもエスコートしようか」

「いや、それはいいや」


 レオナルドが俺のつぶやきを聞いてエスコートがかっこいいと勘違いしたらしい。かっこいいと思ったのはルイーダなんだけど…嬉しそうに言うから否定はしないでおこう。

 ごめんな、レオ。


「よし。じゃあここでお別れだな!じゃあ帰りは勝手に帰るから!」

「気を付けて行けよ~ここから入って追い出されないか?」

「大丈夫だよ母ちゃん」

「誰が母ちゃんだ」

「ではまたお屋敷で」

「またね、ユキ」

「ユキ、また夜に」

「おう!」


 四人と別れた俺は、ポシェットから第一王子のエンブレムの入ったバッジをつけてからこのまま中庭に回る。

 第一王子のエンブレムのはいったバッジは本人から許可をとってあるからある程度のところまでなら入っていいよっていう、いわゆる通行許可証の一種である。

 中庭の奥の東屋に目的の男はいた。

 ゆるくウェーブしたシルバーの髪は光の加減で薄紫にも水色にも見える。どういう髪質してんだヅラか?ちなみに俺は最近までヅラ説を押してた。


「おーいクリス!」

「…!ユキ!」


 ぱっと立ち上がったイケメンは嬉しそうに笑って両手を広げてこっちへかけてきた。


「ユキー!」

「クリスー!」


 まあまあ久しぶりの逢瀬に自分も腕を大きく広げる。これでも昔ながらの親友だ。


「こんの…おバカ!!!月一の連絡はどうしたのよ!!!」

「ぎゃーっ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!もう王都入るからと思って送りませんでしたァァァァァ締まる!締まる!俺の細いウエストがァァァ!!」


 ひょいと抱き上げられて命一杯おなかを締められる。でるでるでる朝食べたクロワッサンがでる!!!


「あ、相変わらずデスネ…オネエサン…」

「あら。ありがとう。美は筋肉からよ。覚えておきなさい」


 この細マッチョの超絶イケメンのオネエさんがクリスティアン。

 美は一日にしてならずをモットーに生きているこのゴーイングマイウェイを地でいく性格とその美貌のせいで未だ婚約者のいない正真正銘のこの国の王位継承権第一位の王子である。


 解放された俺はおえおえしながら東屋のベンチに座り込んだ。あーやば。さっきのでまた目が回ってきた


「…ちょっとアンタ体力落ちたんじゃないの?本当にエスト行ってた?」

「いやちょっと訳あって今魔力が三割程度しか…」

「はあ?魔力バカのアンタが三割程度って…仕方ないわね」


 クリスがテーブルの上にあったベルをちりんちりんならすと物陰から長身の騎士がひとりぬっとあらわれた。こいつも馴染みある顔で、小さい頃からクリスの側近兼護衛騎士その一のエドガーである。黒い髪に紫の瞳でカラフルな色彩のやつらがいっぱいいる中落ち着く色合いの色男である。


「お呼びでしょうか」

「聖花の蜜を持ってきてちょうだい」

「はい、ここに」


 エドガーは小型のウエストポーチから小指ほどの大きさの小瓶を取り出してクリスに差し出した。

 その小瓶の中には薄い蜂蜜色の液体が入っていた。


「何?それ」

「花の蜜よ。ほら口開けなさい」


 顎を掴まれ強制的に上を向かされて瓶を上にかまえられた。ちょっと昔馴染みに対して雑じゃね?


 イメージは蜂蜜だったが故に時間がかかるんじゃないかと思っていたけれど中身の液体はしゃばしゃばだったらしく一口程の液量はすぐに口の中に収まった。色は薄くてしゃばしゃばだけど味は蜂蜜のような甘い液体だ。


「…うまーい」

「お気に召したみたいね。魔力はどう?」


 手を開いたり閉じたりしてみたり、身体を動かしてみる。気だるさもなく身体がぽかぽかしてきた。


「おお!元気元気!今のって何?」

「この国の国花はわかる?」

「あれだろ?あのスズランみたいな…あーなんだっけ、あの…あー」

「ムゲット」

「あーそれそれ」

「あの花を聖水で育てると花の中心に薄い膜に覆われた水泡ができるの。それがこれよ」

「へえ…また豪勢なことで…」

「その花の蜜が聖水の何倍も効くのよ。私たちはこれを聖蜜と呼んでるわ」

「へえ~」

「でね?あなたコレ、飲んだわね?」

「うわすっごい嫌な予感」


 背筋がぞっとして後ろに後退するといつの間にか背後に回っていたエドガーが無表情のまま俺の両肩をがっしりと掴んだ。


「あのね、それまだ王族も一部の人間しか知らないの」

「はあ?!そんな国家機密をなんで教え…」

「勿論ユキだから話したのよ。困ったことがあったら助け合うのが親友でしょう?」


 超絶イケメンがにっこり微笑む姿は大変お美しい。本当、この寒気がなければ完璧だと思う。100人令嬢がいれば100人うっとりすること間違いない。間違いないが、今の俺には魔王に見える。


「…ま、まおう」

「……ユキがさっさと手紙を寄越さないからこうなったのだ。腹を括れ」

「……ちょっと送らなかっただけじゃん…」

「おだまり。ねえユキ、私今とっても困ってるの。勿論助けてくれるわよね?『昔のよしみ』で」

「…はい」


 俺にこの言葉以外出来る返事があっただろうか。







「はあ?たかだかブローチの加工でほぼ魔力を持って行かれた?」


 俺は言質を取られた後、朝の出来事をかくかくしかじか詳しくクリスに話した。

 俺の魔力量を理解しているクリスとエドガーは眉を顰める。


「ユキが魔力を枯渇させるだなんてどういう付与をされたんだ」

「わかんないよ。俺だってあんなこと初めてだったんだ。そもそも曲がりなりにも妖精の愛し子だぜ?魔力効率いいはずなんだけど…」

「小さい子三人でしょう?そんな子たちが出来る付与なんてせいぜい使い捨ての魔道具くらいの威力のものしか付与できないのに…それでユキの魔力を持ってく訳ないわ」

「鑑定もちがいないから確認できてないんだけど…やっぱ確認するべきだよな」

「アンタが持ってないなら尚更ね。どうするのよ跳ね返りの付与がついてて小石ひとつ当たったせいで町が半壊、なんてこともあり得るのよ?」

「…今夜にでも借りてくるわ。あいつらには悪いけど最悪付与をはぎ取らないと」

「それも視野にいれましょ…っていうかそのブローチあげた子って王城(ココ)に居るんでしょ?会いに行ったらいいじゃない」


 なんで夜なのよ、と首を傾げるクリスを見やる。いやだってさあ…確かに超絶イケメンだし、外面は物腰の柔らかな好青年だし、頭も切れるけど、中身コレだしなあ…


「夢を崩すのはかわいそうだなあって」

「あら何のこと言ってるのかしらこの子ったら」


 ガッと掴まれた頭が痛い!!このゴリラめ!!!


「……クリス様。お迎えがいらっしゃいました」

「…まあ、夜に回収しなくてもすぐにわかるわ。いくわよユキ、私を助けて」


 二人の目線の先には一人の使用人が立っていた。

 雰囲気の変わったこいつらに胃が重くなる。あーあ、何頼まれるんだろ。




 大体金持ちの頼みは面倒くさいものだと相場が決まってるんだけども。

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