第6話 美少女、見せ場を取られる

 


 グラムさんも食堂を後にしてしまってひとりでお茶を飲むのも正直一杯で満足してしまった。うーん屋敷を勝手に動き回るのもなあ…


「失礼いたします」

「は、はい!」


 突然の女性の声に背筋を伸ばすと濃紺のワンピースを着た年配の女性が入ってきた。その姿に俄然テンションが上がる。


 クラシックメイドさんだーーーー!!!


 シンプルな濃紺のワンピースに白いエプロンはとても上品でその女性にとてもよく似合っていた。


「お初にお目にかかります。私メイド長のメアリと申します」

「あっユキと申します!」

「まあ、ご丁寧にありがとうございますわ。ユキ様、よろしければ大広間の方へご案内させて頂きます。中庭のお花がとても美しいのですよ」

「はい、ありがとうございます」


 メアリさんはおっとりしたしゃべり方で動きも急いでいる様子があるわけではないのに動きに無駄がなくてこれが本物のメイドさんかと感動してしまった。

 いやグラムさんもそうなんだけど!メイドさんて存在に感動してしまうというか…はい、前世はメイドさんすきでした。というか男なら一度くらいは人生のどこかでツボるよね?え?ツボ。らない?そっか…そっかあ…


 中庭を見る前にメイドさんで感動した俺はこれ以上の感動はないだろうなと思っていたけれど中庭もまたすごかった。

 草花の名前はよくわかんないけどとにかくきれいだった。花ってこんなカラフルなのかおもうくらい。メイドさんは目をまんまるにかっぴらいた俺を気遣ってくれたのか、外にでても大丈夫ですよ、と窓まで開けてくれた。あほみたいにポカーンと口を開けたまま外に出てみたらゆるゆると風が吹いていて気持ちがいい。こんな日は外で大の字になって昼寝したくなる。


 流石に人んちの庭先で大の字になるわけにはいかないのでグッとこらえて中庭に敷かれたレンガの小道をたどるようにして中ほどまでいくと周りを花で囲まれる。


 おお、これはなんというかファンシーだ…ここできゃっきゃしてるエリーとルイーダがみたい。


「ん?」


 花壇の周りを囲むように植えられた植木の花に見覚えがあった。故郷によく咲いていた花だ。確か花を吸うと美味いんだよな~小さい頃よく吸ったわ。


 懐かしく思いながらきょろきょろしてしゃがみこんで一輪摘んで口にくわえる。軽く吸うと仄かな甘みが口内に広がって…あれこんなに甘かったっけ?


「ユキ、いないのか?」

「んー?」


 呼ばれたから顔を出したら詰襟の騎士服を着たジャンと白いジャケットに黒いワイシャツと七分丈の…前世でいうパンツスーツっぽい服を着たルイーダがこちらを見ていて、がっつり花を咥えたままの俺と目が合った。静かに頭を下げてみる。ワンチャンばれてなくね?


「アンタもう腹減ったの?朝あれだけ食ったろ」

「ユキ、なにか軽食を用意させようか?」

「違う!腹がへってたわけじゃないって!」


 やっぱり駄目だった。あああ部屋の中でメアリさんまで笑ってる!


「懐かしかったんだよ!これ!この花!」

「ん?アザレアか」

「ああ、そっかスッドにはよく生えてるな」

「でも食用花じゃないだろ?」

「花を食ってるんじゃなくて、蜜を吸ってんの」

「吸う?」

「ほら」


 ジャンが二輪摘んでひとつをルイーダに渡し、ひとつは自分で加えて見せた。ジャンが軽く吸って見せてルイーダもそれを真似すると、ルイーダは軽く目を見開いて笑った。


「ん、甘い」

「ん!この木は特別甘いな」

「だよな?育て方がいいのかなー…っていうかごめんなさい…勝手にむしりました…」

「ん?ああ構わないだろ、この庭は昔のまま維持させているだけだから」

「あ、そうなの?」

「今はこの木が一番の古株だな~」


 花を持ったまま部屋に戻るとメアリさんが部屋の隅で気配を消しながら楽しそうに目を細めていた。一応こっちにもあやまっとくか…


「…あの、ごめんなさいお花摘んじゃって…」

「あらあらいいのですよ、すみませんなんだか懐かしくて」

「懐かしい?」

「あの木は前の旦那様たちがたくさんいるお子君の皆様のために植えたんです。小さいときはみんなアザリアの木に群がって花を摘んでは吸っていました」

「へえ~」

「わざわざ蜜の甘い木を取り寄せたんですよ」


 メアリさんは若いときにここの屋敷で働いていたらしい。子育ても一段落したところで働き口を探していた時にこの屋敷の募集を発見したのだとか


「そうだったんだ…」

「ふふ、お庭もそのままで…私この中庭がとても好きだったんです……すみませんおしゃべりが過ぎましたね、グラムも戻ったようなので私はこのへんで下がらせて頂きます」


 メアリさんは一礼するとグラムと入れ替わりで部屋から出て行った。


「お待たせいたしました。全員は…まだのようですね」

「そうみたいです」

「今一度お待ちください」

「はい、お世話になります」


 ルイーダはじっと吸った花をみてくるくると遊んでいた。


「ルイーダはアザリアの花吸うの初めてだったのか?」

「あたしはこれでも高位貴族の出身でね。つい最近まで籠の鳥だったのさ」

「えっマジで?!」

「あっはっは!まあ籠の中で好き勝手やってたけどねえ!まわりにこんなこと教えてくれる人はいなかったよ」

「酒場のねーちゃんみたいだよな」

「うん」

「おい」


 いやだって高位貴族の姉ちゃんがこんな砕けた口調で下着同然の恰好してうろうろしてると思わないだろ。いや本当に世も末だ。


「…今余計な事考えただろ」

「いひゃい!ふみまへんれひひゃ!」

「ほーよく伸びる頬だこと。このちんちくりんがあ」


 よく見たら高いヒール履いてるから身長差がえぐい!ちょっと!このねーちゃんレオ並みにあるぞ!


 満足したのか頬を離したルイーダは花をくるくる回しては何か言いたげだった。


「どうした?ルイーダ」

「ん、いや、この花どうするのかなって」

「ああ、吸った後は捨ててたなあ」

「…ふうん」

「女の子は髪にさして髪飾りにしたりして遊んでたな」

「好きな子にあげたり?」

「そうそう。花弁も大きいし虫食いもないしルイーダも差す?」

「あたしがあ?そんな玉かよ。こういう可愛い花はあたしみたいなやつよりアンタとかエリーとかのが似合うだろ」


 ん?なんか違和感。そこらへんにある生花を差すのが嫌なんじゃなくて可愛い花なのを気にしてるのか?


「…ユキ」

「ん?」


 ジャンが屈んで教えてくれたのはちょっとした乙女心だった。


「…前にレオが一輪だけ持ってた花をルイーダの前でエリーの髪にさしたことがあったんだよ。それ以来ルイーダは可愛いものはあたしには似合わないからっていうようになってな」

「はあ?」

「き、聞こえてるぞ!ジャン!別にあたしは…可愛いものが好きなわけじゃ…」

「でもルイーダも悪いんだぞ?エリーより先に花の話してたくせに強がって欲しがらなかったからレオは本気にしてエリーにやったんだから…本当は可愛いもの好きなくせに」

「うるさいな!いらないなんて言ってなかっただろ!ちょっと言い淀んだだけで……いんだよあたしは!……大人の色気でレオを落として見せるんだから」


 あーなるほど?言い淀んでる間にエリーに割って入られたと…ふーん…なんだ年相応でかわいいとこあんじゃん


「なるほどねえ…なあ、あいつらまだ降りてこないんだろ?ちょっと物広げていい?」

「貴族も女性も着付けには時間がかかるもんだからなあ。構わないぞ」

「もしかしてあたしに喧嘩売ってる?」

「はいはい喧嘩しない。そーら余興にお前たちにも見せてやろう。この俺の自作魔法!」


 ポーチの中から次々とアイテムを取り出しては広げていく。昨日から立派なもの見せてもらったお礼と思っていたより意地っ張りで可愛い女の子にちょっとだけサービスだ。


「自作の魔方陣を縫い付けた布にルビーとサファイヤとエメラルドの屑石を数個、鈴の葉、朝露に浸けておいたステンドガラスのかけらが数個…今回は緑が多めで…」

「何を始めるんだ?」

「秘密~ん。その花頂戴。ルイーダも」

「え?ああ…」


 自分のと合わせて三つのアザリアの花はどれも濃いピンク色をしていた。前世で見たツツジより花弁の襞がひらひらしていて華やかだ。


「…とりあえずまずは消毒。口付けたのそのまま使うのはばっちいからな」


 割とポピュラーな洗浄魔法を丁寧に掛けていく。こっちの世界にアルコールやらなんやらはないのでとりあえず深く考えない。これで良し。


「…ちいさくなあれ、ちいさくなあれ」


 本来この世界の魔法というのは精霊の力を借りるわけだけど、その種類は多かれ少なかれ多種多様でいちいち数えていられないくらいいる。それこそ人間の比じゃないくらいに。

 だから妖精に頼んで手伝ってもらえればできないことって実はそれほどない。


 ただそれなりに代償は必要だし、難しいことは妖精の方が理解できないのだ。

 そこら辺に居る小学生に名門大学の問題を教えてやるから解けっていってるのと一緒である。な?そんなの教える方も教わる方も難しいだろ?


 でもそれを教えることさえできれば、妖精が理解できれば。


「ちいさくなあれ、ちいさくなあれ」

『お花ちいさくするの~?』

「うん。これくらいにしたいんだ~できる?」


 魔方陣の周りから出てきた手のひらサイズの妖精たちがわらわらと集まってきた。この子たちは物を大きくしたり小さくしたり物を加工する技術に長けている妖精たちだ。名前はわかんないけど。


 指で輪を作って見せると皆であーでもないこーでもないと言いながらアザリアの花を触ってくるくる回りだした。


『ちいさいの~ちいさいの~』

『これくらい?』

『高さはぁ~?』

「あんまりたかくないほうがいいかな~ピンブローチにしたいんだ」

『ブローチ!』

『ぴんぶろ~』

『ぴんぶろ~』

『誰がつけるです?』

「こっちのねーちゃん」


 チビたちが一斉に机を覗いて首を傾げてるルイーダを見た。


『びじーん』

『ぱいおつかいで~』

『んは~たまらんにゃ~』

『がんばっちゃうぞ~!』

『てきせいないのが玉に瑕~』

『くっころてんかいをしょもうする~』

「おいこら俺の時と反応が違いすぎないか。ピンで刺すぞこのやろう」


 飲み屋のおっさんみたいなノリになった妖精たちのテンションが俄然上がった。くそかわいい顔して言ってることが最低だ。


『イイモン作るからゆるしてちょ~』

『はっするはっする~』

『ぱいおつ~!かいで~!』


 かわりに作業が凄く早くなった。三輪ともばらばらのサイズで小さくなった花に満足げにしながら三つ並べてバランスをみた妖精たちはこっちをみてどう?と聞いてきた。


「…くそう。俺が思ってたよりかわいくしてくれてありがとよ!」

『これキラキラさせる?』

『ガラス溶かせてこーてんぐーしよ~!』

『みどりがあるから葉っぱもつくろ~!』

「お、俺の仕事…!」

『ぼくたちがやった方が可愛くできるとおもわない?』

「うるさいわい!よろしくお願いします!」

『まかせろ~!』

『かわいくするぞ~!』

『つんでれぱいおつかいでーねーちゃんには~かわいいものが~にあうでよ~!』


 微妙に趣味趣向があってるのが悔しいんだけど。

 くそ~俺が作ってあげようと思ってたのに!いいけど!かわいいのが出来るならいいけどさあ!お前らこの美少女に初めて会った時よりテンション高くね?!


『美乳もすきだけど~巨乳にまさる~ことはなし~』


 こいつらいつかぺちゃんこにして食ってやる。

 妖精たちはあっという間にガラスを溶かして花にまとわせてピンブローチの台座に固定させてしまった。色ガラスを加工して作った葉も花を強調させるように、それでいて上品に周りを囲っていた。くそこんなにちゃらんぽらんな奴らなのに仕事は早いしきれいなんだよな~~~!!!


『どう?どう?』

『さいこ~けっさくぅ~!』

『うつくしきかな!』

「うん。すげえかわいいよ、ありがとうな皆」


 こいつらが帰る前につけてもらおうとルイーダ達の方に向き直ると不思議な顔をしながら目を丸く広げたルイーダと床に撃沈しているジャンがいた。なんとなく予想がつくからジャンは放っておこう。


「あールイーダ、俺が加工しようと思ってたんだけどさ、妖精たちがルイーダを気に入ったみたいでこいつらで全部作っちゃった」

「なんか話してるから妖精がいるとは思ってたけど…すごいな、あっという間に花がブローチになってびっくりしたよ」

『ほめられまして~!』

『うれしはずかし~』

『ぱいおつ~!かいで~!』


 さっきからぱいおつかいで~しか言わねえ奴がいるけど…まあいいか


「すげえ喜んでるよ皆」

「そこにまだいるのか?」

「ああ」


 ルイーダは見えないながらに魔方陣のあたりに顔を寄せて穏やかに笑って見せた。


「私のためにこんなに素敵なものをありがとう…大切にするわ」

『んほおおおお!!!』

『でれきたーーーーーーーー!!!』

『我、精霊生に一片の悔いなし…!!』


 え?今すごい流暢にしゃべらなかった?


『んおおおお!全力全開―!!!』

『いいゆかげんー!!!』

『全戦全勝―!!!』

『いいあんばいばいー!!!』

「俺はもうつっこまないからな!!!」


 妖精たちが雄たけび(?)をあげるとピンブローチが強く輝いた。それは一瞬の事だったがしかし近場で見ていた俺とルイーダは直撃を受けるのだった。


「うわあ!!」

「うっ」

「大丈夫か?!二人とも」

「う…だ、大丈夫…ちかちかする…何が起こったんだ?」

「目が…、目が…」

『ごめ~ん』

『やりすぎちゃった♡』

『ふよいっぱーい!』

「はあ?ふよって…付与?う、」


 目が回復したと思ったらくらっと目が回り、倒れそうになったところをジャンが後ろから受け止めてくれた。


「ユキ!」

「う…大丈夫、なんかごっそり魔力引き出されて…」

『こうふんしてしもた~』

『精霊の祝福~!』

『こうかはわかんな~い』

「効果がわからん付与をすな!」


 精霊たちは反省していないようでごめんね~と笑って帰っていった。許さねえぞあの変態妖精たちめ…


「はあ…なんだったんだ?」

「いや…それが…なんか付与がどうこういって魔力ごっそり持って行きやがった…」

「ユキ、顔色が悪いぞ。ソファに横になれ」

「あ~…ほら、はいルイーダ」


 運ばれる前にテーブルで仄かに輝いてるブローチを手に取りルイーダに手渡す。


「付与って…これすごく軽い。ねえこれ本当にあたしがもらっていいのかい?魔力ごっそり持って行かれたんだろ?」

「あー何が付与されてるかわからないけど…多分悪い奴じゃないと思うし、俺ももともとあげるつもりだったし。もらってやってよ、あいつらうんと頑張ってたからさ」

「……でも」

「貰ってよ。それが似合うのはこの世界でルイーダだけなんだから」

「……うん。ありがと、ユキ」


 照れたように笑ったルイーダはジャケットの襟にブローチをつけた。うん。いいね、やっぱり女の子には花がなきゃな~!


「たは~!ルイーダは照れると可愛いな~!」

「出てくる妖精って召喚者に似たような奴がでてくんのかな…」

「ん?なんか言った?」

「いーや。聖水貰いに行ってくるから寝てろ」

「うーい」


 あーマジでくらくらする。俺、魔力値多い方なんだけどなあ…何につかいやがったんだバカタレ~!






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