第5話 美少女、食事に舌鼓を打つ
「…キ、ユキ」
「ん…んん」
「ユキ、朝食は食べないのか?」
「ご、はん…何…」
うるさいなあ、今気持ちいいんだからそのままにしててくれよ…折角ならその聞き心地がいい声で子守唄でも歌ってほしい…
窓から差す日光が気持ちよくて枕に顔を埋めながら声に抗議の態度を示すと困ったような声で朝食のメニューを教えてくれた。
「今朝はスクランブルエッグとハーブのソーセージにクロワッサン、紅茶のブレッドに葉物のサラダと胡桃のドレッシングだ。デザートにオレンジのゼリーがある」
「うまそ…ゼリーか……ゼリー?」
ゼリー。ゼリーとはあのゼリーか?ここの食べ物は前世と基本は同じっぽいがなんというか加工技術はあまりないように思う。よく読んでたファンタジー小説みたいにスープの味が薄いとか料理が不味いとかそういう感じは全くといえるほどないが、プリンやゼリーは食べたことがない。
まあプリンはともかくゼリーやババロアといった水物っぽい食べ物に必要なゼラチンがないだけだと思っていたんだけど…まさか…まさかあるのか、ゼラチン!
カッと目が覚めて起き上がりふり向くと眩しそうな顔でレオナルドがおはよう、と声をかけてきた。
昨日と変わらず整った顔立ちに目を細める。いいなあ、ちぇっ
「おはよう」
「起きたな、朝食にしないか?」
「うん…なあさっきゼリーって言った?」
大きく伸びをしてあたりを見回す。そうだ、ここは
「ああ、海藻から取れる素材を元に作られているものでプルプルしていて美味しいぞ」
「海藻?」
「ああ、でも不思議と生臭いわけでもないし言われないと原料が海藻かもわからないくらいだ」
この世界にも家畜はいる。豚、牛、羊、鶏…もちろんその動物たちの皮も使われているしなんなら魔物がいる分向こうの世界よりうんと種類は豊富だ。確か海藻から取れるのは寒天だったと記憶しているし想像より硬いかもしれないがこの世界にゆでたりなんだりするやついるんだろうか…もしもその加工技術があるならそのうちゼラチンも開発して欲しいものである。俺は原材料が豚なのがわかるだけで作り方まではわからないのだ。
「へえ…すげえ楽しみ。とりあえず着替えるのと…水回りってどこ使えばいい?顔洗いたいんだけど」
「ん?ああそうか、ここは水回りはなかったな。とりあえず俺の部屋のを使ってくれ」
レオナルドが下に降りたのを確認して手早く荷物から着替えを取り出す。あいつがいなくなったのをきちんと確認してからじゃないと人災(ラッキースケベ)に巻き込まれるからな。
昨日と色違いの黒いノースリーブにスパッツを履いて上に膝上まで長さのある深緑のワイシャツを羽織る。黒の細いベルトを二重につけてここに小さいポシェットをつければ完成だ。小さいポシェットに何が入るのかって?前世だったらせいぜいタバコとライターが入るくらいだろうがこの世界では違う。はっはっは何を隠そうこのポシェットには乙女と漢の愛と希望と夢が詰まってるのだ嘘ですごめんなさい。本当はちょっとした四次元ポケットである。まあ入るとしても入り口の大きさのものだし大きめのリュックくらいの収納だから使い勝手はイマイチなのだけど…まあお出かけ用くらいには使える俺のお気に入りだ。
鏡がないのでキョロキョロと自分を確認してから膝上までの靴下を履いて癖のように服の下にネックレスがあるのを確かめる。
可愛い格好は嫌いじゃないがどちらかというと可愛い格好もラキスケも人のを見たい。旅をするには衣服って嵩張るしな。色違いという概念を作った人はえらいと思う。
ブーツは…出かけるまで履きたくないしこのままでいいかとそのままスリッパを引っ掛け梯子を降りた。
「悪いな、お待たせ」
「いや、ユキは支度が早…ユキ、その下は…」
「?下がどうした?」
「は、履き忘れて」
「昨日も色違い着てただろうが!!」
ガスっと脛を蹴り上げシャツを捲ってやる。レオナルドはギョッと目を見張りながらも目を離さなかった。
「俺は!ちゃんと!履いてる!!」
「いっ…すまない!」
「今度間違えたら金玉潰してやるからな!」
「女性が金玉はやめた方がいいと思うぞ!」
この世界のどこにそんな痴女がいるっていうんだ!俺だって見たい……あ、そうだ道中ビキニアーマーで戦う痴女はいたんだった……
気を取り直してレオナルドの部屋を開けてもらって洗面所を借りる。部屋はシンプルなものでソファにテーブルが置かれた他には武器や防具が置かれているだけだった。机やベッドは隣なんだろう。シンプルだけどひとつひとつの家具は高級品なのはわかる。本物の金持ちは持ち物もいちいちゴテゴテしないものなのだ。
「おわ、さすがお金持ち温水もでるのか〜羨ましいな」
洗面所の蛇口が二つあってひねればお湯か水が分けられる仕様になっていた。前世でよく見た蛇口も洗面台も今世ではまず見ないものだ。
大抵金持ちの家はこうして洗面所があったりするけど庶民はまず井戸である。なぜかっていうと純粋にこの蛇口からでる水は井戸からひいた水じゃなくて魔石を使って出す水だからで、魔石は所謂高級品だから。
水の魔石だけでも高級品と言われてるけどお湯が出るということは火の魔石も使っていて単純に水を出すよりお湯を出す方が二倍金がかかる。俺はありがたや〜と蛇口に手を合わせてからお湯で顔を洗った。ついでに寝癖もチェックして濡らした手でさっと髪をすいて完成。うん。今日も美少女だ。
「は〜さっぱり!ありがとうな!」
「どういたしまして。もしかしてユキは本当は貴族の出なのか?」
「へ?なんで?」
レオナルドがよこしてくれたタオルで顔を拭いながら首を傾げた。俺は生まれてこの方庶民だし前世も庶民だったぞ。
「洗面台と蛇口を使ったことがあるんだろう?説明する間もなく温水を出して顔を洗ったし…周りに水も落ちてない。初めての人間はまず洗面台や蛇口の使い方を知らないしもれなく水が腕を伝ってあたりがびしょびしょになる」
「あーそういうことか」
そりゃ上手く使えるのは前世で散々使ったからだ、なんて言えないもんな〜言ってもいいけど、もれなく頭のやべーやつだ。
「あー俺は庶民だよ。ちょっと昔とった杵柄ってね」
「キネ、ヅカ?」
「あー…俺がここにきた理由覚えてるか?この国の第一王子に会いにきたって話」
「ん?ああ、覚えてるぞ」
「あそこで教わったんだよ。数年前に何日かお世話になったんだ」
実はこれも本当。いやもう本当あの大きな城に住んでるって本当気が狂う。部屋が広すぎてマジで落ち着かないのだ。レオナルドは成る程と納得してくれ、その手に顔を拭ったタオルを戻して今度こそ食堂に向かった。
「おはよう」
「おはようございます。レオナルド様、ユキ様」
「おはようございます、グラムさんベッドありがとうございました!」
「いえ、高さが足りず申し訳ありません」
「俺あれ好きです!あれのためにもう少しいたいくらい」
「いくらでもいていいぞ、ユキ」
「私共も大歓迎ですよ」
「あはは、考えとく」
食堂にはあの金持ちの家でよく見る(前世に漫画でしこたま見た)長いテーブルが置いてあってそこにすでに五人分の朝食が並べられていた。ラキスケ対策でメイドさんが出てこれない分こうしてすぐ食べられるように配置しておいてくれているらしい。
昨日、散々揉めに揉めて(女子二人が)決めた席順がレオナルドを誕生日席にして両サイドをエリーとルイーダが、その奥に俺とジャンが座る形だった。コの字になっているからテーブルが割と余っててなんだか物寂しいものだ。女子軍がまだだったけど自分たちはさっさと自分の席に座る。折角のご飯が冷めるのはもったいないんだよ。美味しいのに。
「おはよう、ジャン」
「おはよう、よく眠れたみたいだな」
「うん、秒で寝た」
「……この席順すごく寂しいんだが」
「そのうちやかましくなるからまっとけ」
「俺が居なかったときはどうしてたんだ?」
先ほどとは打って変わってしょんぼり肩を落としたレオナルドがこちらを羨まし気に見ていた。すでに朝食を取り終えていたジャンが食後のコーヒーを飲みながらふいと目をそらして口を開く。
「…隣と向かいをとっかえひっかえだったな」
「……よかった、三対一じゃなかったんだな」
「ラキスケ対策で既に料理は並べられてるからな」
用意されている食事を移動したりはしないらしい。行儀いいんだか悪いんだかわからんな。
なんとなく女子軍が来るのを待っているものの目の前のご飯がとても美味しそうで気分はまてをさせられている犬状態である。
「…先食べていい?」
「おう。くえくえ。多分お前もいるし朝も起きてくると思うけどいつになるかはわからんよ」
「え?そうなのか?すでに用意されてるからてっきり」
「冷えたらアレンジされて裏方の昼食になるらしいぞ」
「無駄がなくてよかった。でもこんな美味そうな朝食食べられないのはもったいないなあ俺なら絶対起きる。というかもう食い終わってるあたり早いな?」
「俺は本来グラムさん側の人間だからな。主と食事を共にすることは本来ありえない」
「ただの護衛じゃないのか?」
いただきます、と手を合わせて手に取ったクロワッサンは温かくて割ってみるとふわっと湯気がでて頬張ったらサクサクじゅわっと香ばしい。しまった話を区切らせないといけなかった。パンに意識がいってしまう…
「俺はレオの家に仕えてる一族の出でね。護衛兼世話役なわけ」
「…ああ、それで目を覚ました時レオを探したのか」
ああ焼きたてクロワッサンのなんたる美味しいことか!あっという間に一つ食べてしまった。
しまったもっと味わって食べればよかった…
「ユキ様、パンのおかわりはいかがですか?」
「いいんですか?!頂きます!」
「お前人の話聞いてる?」
「さ、三割くらいは」
「…飯うまいもんな…いいよ、たくさん食べて大きくなれよ」
こうして朝食をたっぷりとってお楽しみのゼリーを堪能していたところでようやくエリーとルイーダが姿を現したのだった。
軽い挨拶をすませて再度ゼリーを頬張る。ぷるぷるの触感はやっぱり前世で食べていたゼリーよりはしっかりした歯ごたえであるものの生臭いということもなくオレンジがしっかり感じられるとてもおいしいものだった。むしろむっちり感が前世のものよりすきかもしれない。
「んー!ふふふふ」
「気に入っていただけてとても嬉しゅうございます」
「これもグラムさんが作ったんですか?」
「僭越ながら。レシピ自体は隣の国からあるものですが…最近になりようやく食材が手に入りやすくなったので作っていたんです」
「すっごい美味しいです!隣の国って食に精通してるんですか?」
「ええ。隣の国は食の国、家畜の国と呼ばれておりまして様々な調理方法がさかんに行われております」
「…ふうん…なるほど隣の国に行くのもありか…?」
二個目のゼリーを頬張りながら結構本気で考えていると渋い顔したエリーがゼリーを一口食べて匙を置いた。
「私は少し苦手です…この、なんともいえない触感が…」
「ん?じゃあ食ってやろっか」
「一度口をつけたものですよ?」
「気にしないよ、エリーが嫌じゃないなら頂戴?残す方がもったいない」
どうぞ、と差し出された三つ目のゼリーを貰ってご機嫌だ。鼻歌でも歌いそう。
「ユキは朝から元気だな」
「俺、朝型なんだ~代わりに夜はすごい眠い」
「はははいるいるそういう子供」
ひとりになるのを気にしてくれていたのかずっと向かいにいたジャンの脛を思いっきり蹴って許してやる。今日の俺は心が広いんだ。
「ユキはやたらとゼリーに食いつくが食べたことがあったのか?」
「ん?んーいや?名前を聞いたことがあるだけだよ。食べてみたかったもののひとつだな」
「俺のも食べるか?」
「食べないなら貰う」
レオナルドのゼリーも貰って四個目のゼリーにテンション上がりまくりだ。
「俺はこれ好きだな、甘すぎなくて。これしょっぱいのがあったら酒と飲むのにな~」
「ああ、いいね。あたしもしょっぱいのならもっといけそうだよ」
「ん?ああ、煮凝りな」
「にこごり、ですか?そちらはどういったお食事なのでしょうか」
あれ、煮凝りってこっちなかったっけ?
「あーえっとそういった食べ物ありませんでしたっけ?」
「隣国のお食事にはありませんでしたね、こちらの食材は基本的にすべてスイーツに使われておりまして、あまり重要視されておりませんでしたので…よろしければご教授願いませんか、ユキ様」
「あれー…えっと」
まってほしい。俺レシピまでしらないし下手したら煮凝りって寒天とかゼラチンとかつかわないんじゃないか?!
「いや、俺もあいまいで…あ!スープ!スープ固めたりしたら美味しそうですね!味濃いめにしたり鳥のお肉いれたりして…刻んだ野菜とか入れたら色とりどりで見栄えしそう?」
にこごりって魚とか肉とか野菜とかいろいろ入ってた気がする。適当こいてしゃべってみるとグラムが何かをひらめいたように目をカッと見開いた。
「…なるほど味の濃い…彩り…いや形が崩れるからトマトはだめだ…」
「あ。こうなったグラムはしばらく使い物にならないぞ」
「えっ俺のせい?」
「グラムはレシピを考え始めると動きをとめてしまうんだ。普段が有能だから多少止まっていても問題ないが」
なんでこの人執事やってんだろ。もういっそ転職した方がこの国の食文化が大きく発展しそうだけどな。
「ユキさんも今日は王城に向かわれるのですよね?いつ頃向かわれるのですか?」
「ん~?そうだなあ、折角早く起きておなかもいっぱいになったしさっさと行って城下を回ろうかなと思ってる」
「なら王城までご一緒しませんか?貴族街では基本的に馬車移動ですしご一緒に乗られては?」
「え、俺は徒歩で行こうと思ってたんだけど…」
「ここからだと遠回りになるんじゃないかい?」
確かに徒歩となると貴族街から行くのはちょっと御免こうむりたい。というのも貴族街は基本的に徒歩での移動をしている人間がいないからだ。
体裁的な問題もあると思うけどまあ一番の目的は防衛面だ。王都の貴族街といっても物取りや誘拐が全くないわけじゃないし。
旅人風情が貴族街をひとりで歩いていたら即刻通報か白い目で見られるか、最悪馬に轢かれるかのどれかだろう。
下町からなら歩いて行けるけどまあ正直言って遠回りではある。
「ありがたいけど…いいの?」
正直エリーからそんな話が出るとは思っていなかったのでびっくりした。
ルイーダはピンと来たのかこの意見に賛同した。
「いいんじゃないか?詰めれば五人くらい乗れるだろ?アンタ小さいし」
「俺は皆がいいならかまわない」
「俺もいいぜ」
「じゃあ決まりですね!」
「じゃあ…よろしく」
なーんか引っかかるけど楽できるならいいか。グラムが先触れを出すというので一緒に自分のも頼んで、自分は食後のお茶を楽しみながら準備があるという勇者陣をまつことにした。
うん。なんかこう、貴族のご令嬢になった気分?
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