第9話 おしゃれハッカーの世界デビュー(3)
月? 光? そして二つのお店の違い……。
「論理的に考えて、お店の灯りが違うのね!」
「正解、コンビニはLEDの光なんだ。この光は虫にはほとんど見えない。一方の古本屋さんは蛍光灯だね」
そういえばパパに聞いたことがある、動物たちは人間とは見ている世界が違うのだって。人の見える光を可視光っていうそうだ。うさぎさんみたいに人間に聞こえない音が聞こえる動物、犬みたいに人間にはわからない微かな匂いをかぎわける動物がいるのよね。
「もしかしたら、あのロボットは、虫と同じように人間には見えない宝石の光に反応しているのかも。だから関係のない男の人が襲われたんじゃないかしら」
「なるほどらに、って、マナちゃん! ロボットがマナちゃんの方に向かってきたらに!!」
えー、なんでわたしを襲うんだろう。わたしって宝石なんて身に着けていないよね。他にキラキラしているものなんていっぱいあるのに。わたしが持っているものに反応しているのかしら。
虫型ロボットはわたしの鞄から鉛筆をつかむと大事そうに抱えて運び始めている。え、えんぴつ!?
「なんで鉛筆なんだろう? 飴玉なら美味しいし宝石みたいにキラキラしているのに。キラキラしているものならなんでもってわけじゃないみたい」
「ふたりはダイヤモンドがなにから出来ているのか知らないんだね」
「そんなの考えたこともないらに」
「ダイヤモンドっていうのは、炭素っていうとっても小さな原子からできているのさ。ちなみに炭素でできた同じものといえば鉛筆の芯だね。ノートに文字を書く真っ黒なもの」
優海さんって博学。
「でも不思議。キレイで硬い宝石になったり、真っ黒でやわらかい芯になったり。それに鉛筆ならわたしのおこづかいでも買えるけれど、ダイヤモンドなんてとても買えないもの」
この時、わたしってばピカーンって、ひらめいちゃったんだ!
「わかった! 論理的に考えて、ロボットは炭素を集めているってことなんじゃないかな。興味深いわ!!」
「なんで敵に感心しているらに?」
「あ、いや、応用したら街のゴミ拾いとかに利用できるかなって! 新しい技術を考えるとわくわくするじゃない」
「なるほどね。愛花ちゃんの発想は面白いね。推理もエクセレントだ」
「えへへ、それほどでもないよ。悪いのはロボットじゃない。それを使う人間のこころなんだよ。使い方次第ってこと。人のものを盗むなんて許せない。それも大事な婚約指輪だなんて! 大問題よ!」
宝石店の周りには警察官が大勢いて、とてもじゃないけれど入れない。
「
口髭を生やした大柄な警部さんとその部下細身の男性が宝石店の前で口論をしていた。
「それはいかん。なんとしても捕まえるんだ。それに、あれだけ素早く飛び交う相手を拳銃で命中させられると思うか?」
そう言われると全身を覆うような盾を構えた若い警官は肩をすくめた。
「失敗したら上に責任がいくから、決断が遅いんだよ」
優海さんが耳元でこっそりと事情を説明してくれた。大人の世界って大変ね。
「しかし、ロボットの相手なんてマニュアルにないのですが……」
そう小さく愚痴をこぼすのは仕事熱心な若い警察官によるささやかな抵抗なのかもしれない。なんとかしたいけれど、それをするには上司の決定がいるのだから。
「わたし、この宝石店がなんで狙われたのかわかるわ。きっと、完全に電子化しているんでしょう」
「その通りだ。おまけに会計はカードのみ。なんでわかったんだい?」
「あのロボットは炭素に反応しているんでしょう。でも、そこまで複雑なロボットでもないみたい。わたしの鉛筆を間違えて持っていっちゃうんだもの。だから、きっとこのお店は、鉛筆のようなアナログなものがないところなのかなって思ったの。それにそういうお店ほどサイバー攻撃しやすいじゃない。電子化されたシステムは、ハッキングすれば解除することもできる。でもって、そのハッキング先もニャーちゃんの時みたいに海外からで、日本の警察じゃあどうにもできないってことなんでしょ」
推理はしたものの、すっきりはしない。だって、悪さをしている犯人を捕まえられないんだもの。こちらからは何にもできない。ただ黙ってやられているだけなんだよ。それって、自分が損しているわけじゃないのになんだか悔しい。
「そうだよ。僕らでは解決できないと想定していた。ロボットに宝石を運ばせてどこかで回収する、なんていうのは想像もしていなかったけれどね……今回は僕の力ではどうにもできない事態みたいだ」
「どういうこと?」
「僕には捜査の指揮権はないんだよ。組織っていうのはそういうものなんだ……いや、僕が仲間からの信用が足らないからだね。僕みたいな中学生が捜査に加わっているだけでも例外中の例外さ。そこで、この解決したくて凄腕のハッカーに仲間になってくれたらって思ったんだよ」
まあ、いくら頭が良くても日本では小学生が先生になれないものね。教員免許っていうものが必要だもの。そういえば、お父さんが動物のお医者さんになったのも、その方が動物たちのためにできることが多いからなのかもな。
「なんだか大人って面倒ね」
「そうかもしれないね。愛花ちゃんがそんな大人びたことを言うなんて驚きだけどさ」
わたしが真面目に話しているのに優海さんは笑っている。なんだかヒカリちゃんみたいに妹扱いされているよね……あ、そっか、少しヒカリちゃんの気持ちがわかったかも。わたしもヒカリちゃんを自分よりも子供として接していたのかもしれないな。
「ちょっと、笑わないでよ!」
「いや、悪気はないんだ。それで、おしゃれハッカーはどうやってこの事件を解決するのかな?」
鉛筆、虫、捕獲……う~ん。
「筆箱で捕獲する……っていうのはどうかな」
「どういう意味?」
「いや、男子って変なものを筆箱に入れているじゃない。それで思いついたの。大きな筆箱にいっぱいの鉛筆を入れて、あの虫型ロボットが入ってきたら蓋をして閉じ込めちゃえばいいじゃない。あ、虫かごみたいな檻でもいいんだけどさ」
「……なるほど。それなら僕に準備を任せてくれないかい。愛花ちゃんはコンサートをしてくれればいいからさ。きっと愛花ちゃんは歌の力でロボットと心をかよわせることができるんだろう? なら、とびっきりの舞台でこの事件を解決しよう!」
そう言うと、すぐに優海さんは無線機で指示を出し始めた。
ええっ! もしかして、わたし大勢の前で、しかもこんな格好でマジカルハッキング、つまり歌のコンサートすることになっちゃうの!? 恥ずかしすぎるんですけど!!
それに優海さんは勘がいいな。見ていたとはいえ、説明もしてないのにマジカルハッキングのことがわかっちゃうんだから。
上空からパラシュートで投下されたのはわたしの身長よりずっと大きなドリンクボトル風のペンケースとこれまた巨大なピンク色の四角い筆箱。四葉銀座の駅前では一体が何が起こったのかとみんなが注目している。
「ステージにあがって、僕も一緒にいるから」
体育館の舞台くらい大きな筆箱。優海さんはわたしにこの上へあがれというらしい。
できるかっ! 恥ずかしくてくらくらしてきた。なんでわたしがこんな大勢の前で歌わないといけないのよ。ナゾ解きはともかくアイドル活動なんておとなしいわたしには絶対に無理! だって、わたしは特別な子じゃないもん。そんな才能なんてない……。
「マナちゃん、事件を解決できるのはおしゃれハッカーのマナちゃんだけなんだらに」
「そんなこと言われたって、わたしにはできないよ……キラキラ輝く特別になんてなれない。そういうのは神様に選ばれた子だけなんだ!」
いやいやとだだをこねる子供なわたしの涙が……優海さんのジャケットにしみ込んだ。
「無理なことばっかり頼んでごめんね。僕に愛花ちゃんみたいな力があれば、愛花ちゃんを泣かせないですんだのに……」
わたしってば優海さんにぎゅっと抱きしめられる! ええええっ! なんだか変だよ。女同士なのに胸がどきどきする。それにバニラみたいな良い匂いがする。これって、それだけ優海さんが素敵な人だからだよね。恋じゃないよね!?
「これだけは信じて欲しい。きみは神様に選ばれたから生まれたんだよ。生まれるっていうのはとっても特別なことなんだ。だから、自分に自信を持っていいんだよ」
あ、優海さんもママと同じようなことを言っている……。不思議。
「マナちゃん! 僕の力をふたりで使うらに! ひとりじゃできないことも、きっとふたりならできるらに!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます