第8話 おしゃれハッカーの世界デビュー(2)

 あなただってわたしとそんなに歳は違わないのに。

「行くに決まっているじゃない。ナゾを解き明かすんだから」

「やる気はあるみたいだね。そうそう、ネコのロボットのウィルスが何かわかったんだ」

 お姉さんは当たり前のように言っているけれど、わたしにはどうやってコンピューターウィルスの原因を突き止めたのか想像もつかない。

「逆探知をしたんだよ。今じゃそこいらじゅうに通信設備があるだろう。例えるなら……ゲームかな。どこにいても世界中の人とオンラインでつながれる。その対戦相手を調べるようなものさ」

「すごいね」

 すごいとしか言いようがない。どうやってそんなことをするのだろう。

「でも、犯人は見つからなかった」

「なんでなの?」

「わかりやすく言うと、あのウィルスは海外から送られてきたもので、日本の警察には捜査をする権限がないんだよ。外国から輸入した部品の中にウィルスが仕込まれていることもある。ICPOっていう世界の警察も事件解決に動いているんだけれど、どこの国も協力的じゃないんだ。自分の国のハッカーたちの秘密をもらしたくないんだろうね」

「そんな、じゃあ、やられっぱなしじゃない!」

「解決には世界のみんなが協力しないと難しいだろうね。どう、きみがどんな敵を相手にしているか少しはわかってきただろ。そんなスパイやテロリストみたいな連中と戦うんだからね。この国は一見とても平和に見えるけれど世界中からサイバー攻撃を受けているんだ。僕たちのお金や知的財産、個人情報、そういうものがスパイなんかにどんどん奪われているようなものなんだからね」

 スパイにテロリスト!! なんてわくわくするキーワードだろう!!!

 それに、悪い人たちがニャーちゃんを狂暴にさせたようなサイバー攻撃をしているなら、おしゃれハッカーが退治しないといけないわよね!

「うん……これは楽しみ! 世界をまたにかけたナゾを解くなんてわくわくするじゃない!」

「ものすごくポジティブなんだね。怖くはないのかい?」

 怖いか……なんだかよくわからない。でも今は怖いより楽しいって気持ちが強いかな。

「ところで、こんな夜中に出かけている不良娘の名前が知りたいな」

「まさか、逮捕するつもり!? あ、あなたが来いっていったんじゃない!」

「あははっ、違うよ。きみの名前を知らないと不便だろ。それとも内緒なのかい?」

 なんだかからかわれている気がするな。

「四色愛花よ。四つの色に愛の花って書くの」

「四色愛花ちゃんか、可愛らしい名前だね。僕の名前は千里優海せんりうみ

優海うみさんって呼んだらいいのかしら?」

「呼びやすいように呼んでくれればいいよ」

 パトカーのサイレンが遠くから波のように聞こえてくると、にこにことして親しみやすい笑みを浮かべていた中学生らしい優海さんの表情が一変する。急に凛として大人びた表情になった。

「予定より早く動いたようだな」

 小学生のわたしにも事件が起こったんだって、ピリピリとした雰囲気で伝わってきた。きっと銀行強盗だよね。わたしに捕まえられるのかしら……。

「ちょっと! その指輪を取り返してくれ!」

 羽のついた小さな飛行ロボットは、わたしと優海さんの間を素早く通り過ぎていく。すぐにあっという間に見えなくなって夜の繁華街へと消えた。スーツ姿の男性は息もたえだえに追いかけていたんだけれど、スーツのズボンが汚れることも気にせずに、力なくがっくりとその場にひざをついたわ。なんだかかわいそう。

「警察です。どうしたのですか?」

 へぇ、優海さんってちゃんとお仕事してるんだ。でも子供がこんな時間に働いているのってどうなんだろう。そもそも、警察から頼られるほどのコンピューターの知識を持った中学生なんて映画の中でくらいしかみたことがないわよね。優海さんって、もしかしてすごい人なのかも。

「はぁはぁ、プロポーズしようって用意した婚約指輪を……あの変なロボットが、ふぅ、盗んで、いってしまって……」

 よっぽど急いで追いかけたのか、息をきらせながら優海さんに答えている。優海さんは無線機で仲間に連絡をとっていた。

「こちら、千里です。宝石店に向かっている途中、窃盗ロボットの被害にあった男性と遭遇……」

 警察もののドラマとそっくりなセリフね! なんか本家をみると、おお、って思わず感激してしまった。

「あの、わたしが取り返してきます!」

 男の人は黙って、まじまじと上から下までわたしの恰好を見ている。そうだよね。真っ白いマントにおしゃれな制服というかドレス姿だもの。警察にしては派手すぎるわ。

「この子はハッカーなんですよ。コンピューターの専門家なんです。ね?」

 いじわるっぽい目でわたしを見ている。う、ここでそんなおだてるようなことを言われるとは……。

「驚きましたよ、アイドルが一日署長でもしているのかと思いました。わたくし、記者なもので」

 えええ、アイドルだなんて! そんなこと言われたの生まれて初めてかも。でも、優海さんは笑いをこらえるのに必死みたいだ。

「まあ、おしゃれハッカーらしいですからね」

「おしゃれ……ふむ、そんなハッカーがいるんですか。聞いたことないな、それにしても美男美女の組み合わせですねぇ」

 優海さん、黒いジャケットとベージュのパンツのせいか男性に間違われている。確かに美男子。女だって知らなければ、きっとわたしは惚れてるよ。だって、外見だけなら超イケメンだもん!

 凛々しい刑事姿は、まるでお姫様を守るナイトみたい!

「きっとわたしが婚約指輪は取り返して見せます!」

 事件を解決しないと! 遊びに来たんじゃない。ナゾを解くためにここに来たのだ。

「ああ、僕もあとから行く。この辺はもう警察が包囲しているけど危険がないわけじゃないんだ。それにしてもあんな小さなロボットだったとは思わなかった。小さくても油断したらだめだよ。どんな武装をしているかわからないんだから、最悪の場合、機関銃のような武器を持っている可能性もある。そんな時はすぐに逃げるんだよ」

 わたしとしては凶暴な怪獣ロボットの方が嫌だけどな。ま、流石にそれはないか。って、それにしても機関銃ってマジ? 論理的に考えてありえるだけに恐ろしい。ああいう飛行ロボットを改造して戦争の兵器にしている、なんて話なら、わたしでも聞いたことがある。


 四葉銀座ジュエリーと書かれたビルの周りにはすでに警察官が大勢いて、それをとり囲むかたちで、蝶の姿をした飛行ロボットが指輪を抱えて、いくつも宝石店の周りを飛んでいた。これが全部ハッキングされているなんてぞっとするわね。

 警官は警棒と盾で応戦するものの、なにしろ相手の数が多すぎる。それに、小さすぎて攻撃が当たっていない。

「マナちゃん、どうするらに?」

「虫には虫よけスプレーがあるみたいにあいつらの注意をひきつけられたらいいんだけど……あ、そういえばさ、夜のお店を観察していて気付いたことがあるの」

「なにらに?」

「ほら、あそこの古本屋さんには虫がいるのに、こっちのコンビニには虫がいない」

 虫とは本物の生きている虫のことだ。

「よくそんなささいな違いに気づいたね、愛花ちゃんの観察力には警察の僕でも驚かされるよ」

 優海さんの声。本当に神出鬼没だ。

「それじゃあ、ヒントをあげようかな。虫は夜になると月の光を頼りに飛んでいるんだよ。そこまでわかれば二つのお店の何が違うから虫がいるのかわかるだろう?」

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