第10話 おしゃれハッカーの世界デビュー(4)

「え、らにちゃんて他の人のお洋服にもなれるの?」

「もちろんらに! マナちゃんのママはいーっぱいお洋服のデータを残しているらに」

 そっか、もしかしたらわたしが大きくなった時に着られるようにって沢山のお洋服を用意してくれたのかしら。だとしたら、もの凄く嬉しい。

「マナちゃんはロボットの僕に言ったらに、特別な子だよって……だから、僕も言うらに。マナちゃんも特別な子なんだらに」

 あーもう、わたしってば自分のことが嫌いになっちゃうところだった。自分に自信がなくて……。わたしは目立たない地味な女の子かもしれない、歌だって下手かもしれない、でも譲れないものがある。わたしは子供っぽいかもしれないけれど悪が大っ嫌いだ。ズルも卑怯もいじめも嫌い。これは譲れない。今、目の前で人を困らせている悪い奴がいる。わたしがそいつを懲らしめることができる。いや、論理的に考えて、それはわたしにしかできないことだ。みんなの前で歌うなんてとっても勇気がいることだし、もしかしたらバカにされるかもしれない……でも……それでもいい!!!


「わたし、歌う!」

 力強く一歩を踏みだした。とっても勇気の必要な一歩。

「ふたりの手を重ねて、ロジカルマジカルおしゃれにな~れ、って呪文を唱えるんだぷに!」

 ステージへと駆け上がったわたしと優海さんはしっかりと手をつなぐ。

「「ロジカルマジカル……おしゃれにな~れ!!」」

 わたしの大きいだけの声に、優海さんがあたたかくってどこかやさしさのある声を重ねてくれた。

 重ねた手が光に包まれると空高く星が舞い上がって夜空に大きな花火が開いた。放物線にひろがる光の尾は優海さんを包む。何事かと大勢の人たちがステージに注目した。それをさえぎるようにしているのはクマさんみたいな山路警部たち。

 警察のみんなが協力して交通整理をして事故を防いでくれている。そんな様子がステージから見えた。それと同時に檻に閉じ込められた珍しい動物を観察するような何百もの視線がわたしたちに突き刺さる。だけど、わたしはひとりじゃないんだって思えたよ。隣に優海さんがいてくれたから。


「あのひとイケメンじゃない!?」

「隣の子も超かわいい!!」

「なになに? ゲリラライブ? あの人たちって芸能人?」


 優海さんは……や、これ、刺激が強すぎる……。白いマントのわたしとは対照的に黒い羽がいくつもついたフード付きのコート、青いシャツの開いた胸元にはシルバーアクセサリー。下はヴィジュアル系の黒いパンツに厚底のブーツを履いていた。まるでゲームの世界から飛び出してきたキャラだよ!!


「普段の僕とはだいぶ印象の違う服だね。でも、こういうのも悪くないよ。さぁ、悪を成敗する時間だ」

 成敗だなんて、こんな格好をしていても優海さんは変わらないな。

♪ 


 いつも一緒に歩いた

 鏡に映るわたしも 消えてしまったの

 みんなといるのに いつもわたしは映らない



 こうすれば抜け出せるよと 合わせ鏡の悪魔が囁く

 硝子の少女はひとり彷徨う



 契約は大人への階段

 破り棄てた子供のままのわたし



 止まったわたしは もう誰の瞳にも映らない




 歌の力で巨大な筆箱の中にある鉛筆に引き寄せられたロボットたちが次々と宝石を落としていく。それは、空からダイヤモンドが降ってくるなんてロマンチックな現象も引き起こした。だけど、まさかこれが本物だなんてみんな思っていないだろうな。


 そのとき、蝶々がわたしの指に止まった。エメラルドに輝く幻想的な蝶。それを優海さんがゆっくりと捕まえると手品みたいに深い森の色をした宝石に変化したの!

 やった! きっとこれが虫型のロボットを操っていたコンピューターウィルスだったのね!

 歌っている最中は気が付かなかったのだけれど、みんな携帯端末をライトみたいにかかげてわたしたちのことを撮影している。これって全国に拡散されちゃうパターン?

 で、でも、そんなに注目なんてされないよね。アーティストなんて世の中にいっぱいいるんだし。こんな姿がクラスメイトにばれたらと思うと……はぁ。


「おおっ! よくやった! さすがは天才プログラマー! 大会で優勝しただけのことはあるねぇ」

 わたしの気持ちも知らないで、山路警部は満面の笑みで壇上の優海さんと握手をした。舞台セットの片付けが始まる頃になると、ステージを見ていた大勢の人たちは再び忙しそうにそれぞれの道を早足で進んでいく。見ていた人の多さに驚いて、再びわたしの胸に恥ずかしさがこみ上げてきた。

「いえ、解決したのは僕ではなく、ここにいる少女。おしゃれハッカーのおかげですよ」

「なんだって!? その若さで大したものだ、わたしは機械のことは苦手でねぇ、最近の若い子はすごいな」

 すごくなんてない。それよりもクラスメイトにばれないかが、今は一番の問題よ!

「警部、盗まれたダイヤモンドは全て回収することに成功しました!」

 若い警察官も笑顔で報告をしている。

「解決したのに、元気がないね……どうしたの?」

 ぽんぽんとわたしの頭を撫でる優海さん。これって認めてくれたっていうことなのかな。そのことは素直に嬉しい。

 尊敬っていうと大げさだけど、優海さんと一緒に歌って、わたしの中でとっても大きなものになったのは確かだ。

「ところで、これだけたくさんのダイヤモンドの中からどれが婚約指輪なのか、きみはわかるかい?」

 元気のないわたしのために、無理に話題を変えてくれているみたい。

「そんな方法あるんですか? え、あの人の年収から推理してダイヤの大きさを予測する……とか?」

「あははっ、違うよ。愛でわかるのさ」

 ええっ!? そんなの見分ける方法があるのかな? 直接本人に聞くしかないような気がするけれど。

「ナゾを解いて元気になって欲しいんだ」

 優海さんってちょっととぼけているけれど、とても優しい人なのね。

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