二 父の若い同僚

 私が二十歳を過ぎた初夏の週末、夕刻。


「雅恵!佳子!」

 父が母と私を呼んだ。庭からだ。

 台所で夕飯の支度をしていた母と私は居間へ行った。居間の掃き出し窓は開け放たれ、庭のテラスに父と父の仕事の同僚の野島さんがいた。二人はテラスのテーブルに飲み物や摘まみを並べている。

 野島さんは父が勤務している不動産会社の同僚だが、歳は親子ほど離れていて、同僚と言うより部下のような存在だ。(実際は部下だったのを後に知った)


「今日は慰労会だよ!大きな契約が取れたんだ!野島さんのおかげだ!」

 父によれば、ある地域の地主が頑固者で、老朽化したアパートや貸家を修繕しなかったため借り主が居ないまま建物は廃虚化していた。古い建物を新しいアパートや集合住宅に建て直す事を提案するも、頑として話を聞く気が無い。何度か訪問して話を聞くにつれ、地主はたくさんの盆栽と庭木などの植栽を守りたかった事がわかった。オオタカを守っている父と同じだ。


 頑固な地主に、野島さんは若い頃から盆栽を育てていると話した。父は庭にオオタカが巣を作って棲んでいるので庭木を切らずにいると話した。それで二人は頑固者の地主と気が合い、親しくなった。野島さんは父と相談して、地主が所有している庭木など植栽と盆栽を如何にして保護するか考えた。

 庭木や盆栽を守って建物を建て替える場合、盆栽は他所で管理し、庭木は他所へ移植して建物が完成してから植え直すのが常だ。

 だが、地主はこれを嫌った。盆栽は移動できるが、庭木は苗木から育ったその地に馴染んでいる。移植して植え直すなど以っての外だ。

 地主の話を聞いていると父も野島さんも地主の言い分に納得してきた。何としても地主の考えを取り入れて、地主の土地に新たな建物を建てたい、と考えるようになった。そして、建物の建て替えを、庭木を中心に考え始めた。その結果、過去にない建物を建設する事になった。


「つまり、庭木の間に建物の支柱や壁を作って、その上に建物を建てるんだよ」

「庭木の周りと上層部に、住居付きの温室を作ると思ってください。高い木の周りは吹き抜けの温室ですね。窓も多くして散水栓と地下排水施設を完備し、温室の上と周りに家を作るんです。水族館ならぬ、樹木館ですね」

 慰労会のテーブルを準備しながら、野島さんは父の説明をそう解説した。


「素敵な建物になりそうね」

 母と私は、建物が完成した後の光景を想像した。

「環境庁などから問い合せが殺到してね。これからの建物に、我が社の考えを取り込みたいと話してた・・・」

 そう言う割りに、父の顔から先ほどの感激が消えている。

「小林さん、浮かない顔になってますよ。どうしました?」

「うむ、地中の根の伸びる範囲が決ってるから、庭木が大きくなったら、どうなるのか思ったんだ。うちの庭は広いから、樹木は根を張れるが、あの集合住宅の樹木は大きな植木鉢の中にいるのと同じだ。根を張れる限界がある。頻繁に剪定する必要があるね」

「それで、吹き抜けに、樹木に手が届く位置に回廊を設計したんですね」

「そうだね。窓も樹木に陽が当たるように、風が吹き抜けるように設計したよ。さっきも話したが、水族館ならぬ樹木館だね・・・」


 父は野島さんと、母と私が運んだ料理をテーブルに並べ、慰労会の会食が始まった。母と私は、父と野島さんの話に耳を傾けながら料理を食べた。

 父は野島さんと楽しそうに話した。話は庭木から、山の植物になり、登山やスキーなどに変わっていった。野島さんは父の話に全て応えていた。ずいぶん知識が豊富だった。野島さんは建築学部を出ていたが多趣味で、たくさんの事を知っていた。特に、石や化石、植物、それらを切る昔ながらの道具に興味を持っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る