オオタカのオアシス 娘付きの家
牧太 十里
一 樫の梢
今も、庭には多くの大きな樹木があり、森のようだ。
私が子どもの頃。
初夏の晴れた休日、私は父と母とともに居間の床にクッションを並べ、掃き出し窓を開けて庭を見ていた。庭にはたくさんの樹木があって森のようだった。
父は、庭の樹木はお祖父ちゃんが若いときに植えた、と話した。特に大きな木の名を、樫の木、だと教えてくれた。
大きな樫の木には鳥が巣を作って棲んでいた。父が子どものときから何世代にもわたって住んでいる鳥で、オオタカだと言った。
オオタカの巣の下は糞で白くなっていた。臭いもあった。庭には鳩や烏や雀は飛んで来なかった。庭を歩きまわる野良猫も見なかった。野ネズミもいなかったと思う。私はその事を父に尋ねた。
「オオタカは肉食だから、他の動物を捕えて食べるんだ。人に迷惑をかける鳥や獣を退治してくれるんだよ。
フクロウが巣を作れば、夜に動きまわる鼠は完全にいなくなるね」
父は私の問いにそう話した。
父は、大きな樫の木の枝が伸びて大きくなっても切らなかった。
「枝を切るとオオタカは驚くんだ。そして、どこかへ飛んでいってしまう」
と説明した。どうして驚くのか、私は尋ねた。
「オオタカが、人が虐めると思うからだよ。
だけど、この辺りには、うちの庭の木のような、おっきな木がないから、巣を作るのは大変だろうね」
オオタカの住む家がなくなるんだ・・・。私は子供心にそう思った。人間に脅かされて家を無くしたら、どうなるんだろう?どこへ飛んでいっちゃうんだろう?私にはわからない。父に聞いたらなんて言うだろう?ほんとにあのおっきな樫の木の枝を切っただけで、オオタカはどこかへ行っちゃうのか、私は思いきって尋ねてみた。
「毎晩、周りの道路や家がうるさかったら、佳子はどうする?」
「眠れなくなるよ」
「眠れない日が続いたら、どうする?」
「静かなところへ行きたくなるかなあ」
「そうだね。引っ越そうとするだろうね。オオタカも同じだよ」
「でも、枝を切っただけで、オオタカは引っ越しするの?」
「あのおっきな枝は切っただけで、うるさくなる訳じゃないよ。あの巣の周りの枝を切ったら、雨や風が巣に当たるし、外から巣が良く見えるから、ほかの鳥に襲われるかもしれないよ」
「オオタカって、鳥の中で一番強いんでしょう?どうして襲われるの?」
「佳子は年上の子供とけんかしないから、分からないかもしれないけど、もしも、けんかしたらどうなる?」
「うーんとね、負けちゃうかなあ」
私よりおっきな子どもとけんかしたら、勝てないだろうなあと私は思った。
「そうだね。オオタカは親鳥になれば強いけど、雛はちっちゃいから、カラスやハトに負けるよ。だから、オオタカは、ほかの鳥が巣に入ってこないような枝の間に巣を作って雛を育てるんだよ」
「ああっ、それで枝を切っちゃいけないんだねっ。枝を切ったら、巣を守れなくなるんだね。枝は巣を守る家の役目をしてるんだね」
「おやおや、そこまで、よく分かったね」
「うん。だけど、オオタカのウンチはとっても臭いよ」
私は思わずそう言って鼻を摘まんだ。オオタカの巣がある樫の木の枝の下はウンチで白くなっている。そして、本当に臭いのだ。オオタカの巣がある大きな樫の木の周りは、学校の野外実習で行った養鶏場の匂いがする。
こんなに臭かったら、オオタカの巣もクサイだろうと思って調べたら、オオタカは後ろ向きになってお尻を巣の外へ向けて、ウンチを巣の外へ二メートルも飛ばす、と書いてあった。こんなことをされたら巣の下はウンチだらけだ。樫の木の枝の下は臭いはずだ。
「たしかに臭いね。高圧洗浄機で樫の幹に水をかけるけど、幹のウンチは落ちても、枝についたウンチは落ちないし、地面は臭いね。
だから、近頃、地面には、うんと薄めた消臭剤や漂白剤を撒くんだ。濃い消臭剤や漂白剤だと、庭の草木が枯れるからね」
「濃いのだと草木が枯れるのに、薄いのは、どうして草が枯れないの?
「説明するのは難しいなあ・・・。
佳子がサンマにたくさん醤油をかけたことがあったね。塩辛すぎて食べれなかった。醤油を少なくしたら食べれたね」
「うん、おいしかったよお。お醤油のたくさんかかったサンマは、お父さんとお母さんが食べたんだね・・・・。
あっ!そっかあ!お醤油が薄ければおいしいけど、濃くなれば塩辛すぎるんだ・・・・」
私は自分が庭の草のような気がした。父と母は庭の木々だ。
「うん、そうだね。完全には消えないけど、ウンチは匂わなくなるんだ」
「そしたら、巣の周りの枝を切らないようにして、オオタカを守らないといけないね」
「そうだね」
母は私と父の話を聞いて微笑んでいた。母も、オオタカが棲んでいる、たくさんの樹木があるこの庭が大好きだ。
その後、庭に漂っていた養鶏場のような匂いは消えた。父は庭の樹木を切らなかった。オオタカはどこへも引っ越しせずに、庭の樫の大木の梢で何世代も棲み続けた。
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