第12話 彼はタウンハウスに戻ります

 辺境伯子息と会うことのないまま二週間が過ぎた。どうやら傷も塞がりタウンハウスへ帰る事が出来るまで回復したようだ。


今日は朝から辺境伯の執事や従者達が邸にやってきてタウンハウスへ帰る準備をしている。


「ねぇ、マリル。お別れの挨拶だけしておきたいのだけれどいいかしら?」

「奥様とヴェルナー様に確認を取って参ります」


マリルは部屋を後にした。私はその間エディットに殴りかかるフリをしてみた。エディットは私をみてドン引きしたようだ。


「えっ、えぇっ?? お、お嬢様……。それは新たな男をたらし込む戦法でしょうか?」

「えぇっ!? 違うわよ? こうしてお腹にパンチするのでしょう?」


パシパシとエディットに向けてグーパンチの素振りをみせるけれど、エディットは呆れているようだ。


「駄目です。ぜーんぜん駄目ですよ。可愛過ぎるんですよお嬢様は。猫パンチの方が強いでしょうね」


ガーン。

頑張ったのに。


地味にショック! 抉るように打つべし! これだよね!? 全然効果ないのか……。


「エディット、ブランシュお嬢様。何遊んでらっしゃるんですか。奥様からの許可が出たので玄関ホールまで行きますよ」


マリルに叱られショボンとなりながらも返事をする。


「マリル、お着換えしなくてもいいかしら?」


そう、私はズボンに生成のシャツを着ている。乗馬のようなラフな服装なのだ。


「ワンピースに着替えて下さい。そうですね、これに致しましょう」


マリルは薄ピンクのレースが沢山付いたブリブリのワンピースをどこからか引っ張り出してきた。


「こっ、これ、着たくないわ。だっておこちゃまの服だもん」

「それがいいのです。子息がお嬢様を娶りたいと言われても困りますから。それにこの衣装が似合うのもお嬢様しかおりませんよ?」


見るからに大人ぶってる子供って感じのワンピース。


私のテンションは急降下ね。シクシク心で泣きながらも受け入れる私の心の広さを褒めて欲しいわ。


ツインテールにしていざ出陣。


それでも可愛さが隠れていないのは仕方がないというもの。私が玄関ホールまで到着すると、既に母も兄もいたわ。


「お待たせいたしました」

「ブランシュ、今日の格好も可愛い。今日のテーマはあざと可愛いかい?」


あざと可愛いっていうのがテーマって何? 能面になったのは仕方がない。


「お兄様、違います。私はシンプルなワンピースが良かったのにマリルが用意したのですぅ」


兄はギュウギュウと私を抱きしめて殺しにかかっている。


「こらこら、二人ともお辞めなさい。ラーザンド伯爵子息が見えましたよ」


母が珍しく私達のやり取りを諫める。いつもなら混ざってくる母が!


「マルリアーニ夫人、ヴェルナー子息、この度は誠に有難うございました」


客間から颯爽と出てきたのはラーザンド伯爵子息。かなり回復したみたいで良かったわ。けれど顔の傷は少し残ってしまっている。


彼は私の方へ視線を向けた後、大仰な感じで片膝を付いて私に微笑む。


「マルリアーニ侯爵令嬢。私の命を救って頂き有難き幸せ。是非、我妻に迎えたいと存じます」


そう言って手を差し伸べている。うぅ、どうしよう?


「ラーザンド伯爵子息様、私は何も出来なかったのです。素敵なお顔にも傷が残ってしまわれたわ。国の要である辺境伯の大事な子息が私のような深窓の令嬢に求婚してはいけません」


 辺境伯の結婚相手は領土を守れる程の器量がある娘とされている。そのため貴族や平民を問わないらしい。時には女騎士を迎えたり、女傑と言われる程の女性を迎えたりするのだ。


私とはほど遠いわね。

気持ちは守ってやるぜ!! って思っているけれど、実際のところは守ってもらうしかできない。


ひょろっこい彼には些か荷が重いだろう。


 私は求婚されて嬉しいけれど、とても残念だわという表情をして差し出された手を両手で包み込み熱弁する。


「わ、私の事はコーウィンとお呼びくださいっ」


ラーザンド伯爵子息は顔を真っ赤にしている。


「コーウィン様っ。コーウィン様に嫁ぎたいと言われる令嬢が数多の如くいらっしゃると聞いております。縁が無くとも私は影ながらコーウィン様のご活躍をお祈りいたしますわ」


ニコリと笑って手を離し、一歩下がる。


彼は何故か胸に手を当てて苦しそう。玄関に居た他の従者達も『仕方がないよな』ってヒソヒソ喋っているし。


解せぬ。


 ラーザンド伯爵子息は確かに王子様かっていう程の容貌。王都の令嬢達から人気がありそうよね。それに確か彼は今十五歳。十歳に求婚?ないかなー。


しかも今日はより幼く見えるドレスを着ているのよ?私が十七で彼が二十二なら考えるけれどね。


私自身前世を思い出してからは王子様然とした綺麗な顔よりも何者からも守ってもらえそうな筋肉!筋肉は裏切らない!誘拐の危険が多い女だからね!


「マルリアーニ侯爵令嬢、私は辺境伯子息にも拘らず、怪我を負ってしまった。剣に自信があったのですが独りよがりだったようです。まだまだ軟弱なのだと痛感しました。どうか、強い男になって貴女にもう一度求婚させていただきたい!」


どうしよう。なんて答えれば正解なのかわからない。でも一般的な答えでいいわよね?


「コーウィン様、父達が何というか分かりませんが、また会える日がくる事を楽しみにしておりますわ」


まぁ、縁があればまた会えるでしょ。


 ラーザンド伯爵子息はクッと拳を胸に当てて何か必死に堪えていたが、執事と従者に促され馬車に乗り込んだ。頻りに執事は頭を下げている。

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