第3話 寂しがり屋の宇宙人

 荷解きを終え、引越しの準備を終えたユウイチは、寝室のベッドに寝転がって、体を休めていた。

 タブレット端末で、電子書籍を読みながら、ただゴロゴロする時間。

 読んでいる本は、いわゆるミステリー小説。ユウイチは、幼い頃から好奇心が強く、謎めいたモノや神秘的なモノが大好きだ。

 特に、父の書斎には、ブームの全盛期に集められたオカルト本や、推理小説が山のようにあった。

 つまり、彼がミステリー小説を好んで読むのは、父の影響なのだ。


 ちなみに、柔道を教えてくれたのは、ユウイチの母である。父は体格こそ立派で筋肉もあるが、どちらかというと天性のモノという面が強く、喧嘩はあまり得意ではない。

 その上に臆病で繊細な性格なので、学生時代には『ハリボテの巨人』なんて呼ばれていたらしい。


 全くもって酷いあだ名というか、ユウイチにはイマイチ、強さを誇る人たちの価値観が理解できない。

 きっと、そういうところも含めて、自分は父親似なんだろうと彼は思っている。


 閑話休題。



「やっぱり手伝った方がいいんじゃねぇかな、歓迎会の準備……」



 ユウイチは、本を読むのをやめてソワソワし始める。彼は今、自分の歓迎会の準備を手伝うべきかどうか、葛藤しているのである。

 歓迎会の準備は、趣味でメイドをやっているめぐるが、一人で全てってくれているらしい。



『準備とは言っても、6人分の豪勢なご馳走を作るだけですよ。管理人さんも招待してね。生魚の料理もあるので、呼んだらすぐに食べにきてくださいね』



 しれっと言ってのけるめぐる。それはかなり大変なことのような気がするが、彼女が一人で料理をすること自体は、はいつものことらしい。



『わたくしの超能力と、脳の処理能力があればそのくらいは簡単ですよ。母星こきょうにはもっとすごいことができる人なんて、山ほどいますが』



 めぐるは、こともなさげそう言っていたが、やはりそれでも1人で全てやらせるのは忍びない。なので、手伝おうかと提案したのだがーー



『頭の悪い人だとは思っていましたが、ここまでとは思いませんでしたよ。自分の歓迎会を手伝う人間がどこにいるんです? ユウイチ様は休んでいればいいんです』



 とまあ、にべにもなく断られてしまったのだ。



「そりゃ、めぐるさんは宇宙人だし、超能力使えるし……。俺の基準で変に気を使うのも、逆に失礼かもしれないけどよ……。それでも、やっぱり落ち着かねーよ! よし! 決めた! そんなに余裕なら、どのくらい涼しい顔でやってるのか、見学させてもらおうじゃねえか!」



 めぐるがいるであろう、キッチンに向かって、ユウイチは歩き出す。彼女がキッチンに向かって歩くところは見ている。

 その時だった、隣の部屋から出てくる、穏やかそうな老人に遭遇したのは。青い瞳に、彫りの深い顔立ちをした彼は、恐らくは海外の出身だと思われる。



「あら、新入りさん。こんにちは」

「あ、こんにちは。さっき、ツインテールの子とチェスやってたおじいちゃんっすよね?」

「そうですよ。彼女とはたまにああして、ゲームに興じる仲なのです。しかし、それがどうかしましたか」

「仲良いのかな、って。それよりその、めぐるさんのことなんすけど……」



 ーー1人でやらせて、大丈夫なんすか?



 言いかけた言葉を、ユウイチは飲み込む。それは一歩間違えれば、老人を責めていると受け取られかねない言葉だ。

 だから言えない。ユウイチは、「なんでもないっす」とだけ言い残して、めぐるのいるキッチンに向かおうとした。



「めぐるさんが、一人で料理をしているのが、気になりますか?」



 切れ長の目をさらに細めて、老人は優しく微笑んでいた。その表情には、なんの裏も感じなかった。若人を見守る、好々爺の目だった。



「彼女は、役割を求めているんですよ」

「役割、っすか……?」



 首を傾げながら聞き返すユウイチに、老人はさらに説明を続ける。滔々と、諭すような、穏やかな声色で。



「必要とされていないと、落ち着かない女性なんです、めぐるさんは。だから、彼女は常に、自分だけの役割を求めている。それに、無理なことはちゃんと、無理だと言える人です。手伝おうとするよりは、彼女に任せて、成し遂げたことを褒めてあげてください」

「そういう、もんっすかね……」

「そういうものですよ。彼女の場合はね」



 少しの沈黙が流れてから、ユウイチはおずおずと、口を開く。不思議だった。この老人になら、全ての本音を打ち明けられそうだと、この短い時間で思わされていたのだ。



「じゃあ、やっぱり俺は、めぐるさんが料理してるところを見てきます。やっぱり、確かめたいっす、彼女が本当に、無理してないかどうか……」

「そうですか。あなたは純粋で、優しいのですね。初対面の相手に、もうそこまで入れ込んでいる。……行ってきなさい。とまあ、その前に」

「……?」

「私はクロード。クロード=J•タナトス。隠居老人の死神で、かつては不死を狩っておりました……」



「自己紹介は、歓迎会の時になると思っていたのですがね」と、クロードはウィンクしながらそう付け加えた。

 


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 ユウイチがキッチンに入り、めぐるが料理する姿を目の前で見た時。そこではクロードの言う通りだったなと思わされる出来事が起きていた。


 いくつもの鍋が、フライパンが、食材や包丁が。念力によって空中に浮いた状態で、料理に使われていたからだ。

 物体を浮かせたりして、自由に動かすサイコキネシス。それを用いて、料理におけるいくつもの工程を、同時進行で行っていたのだ。


 踊るように飛び回る包丁。綺麗に切り分けられ、盛り付けられすサラダと生魚。そこにお手製のカルパッチョソースをかければ、カルパッチョの完成だ。

 それと同時進行で、ピラフやローストチキンまで作っているのだ。それも、余裕の表情で。やはり、めぐるはすごい人物だったと、ユウイチは実感していた。


 強いてダメな点を挙げるとしたら、料理の量がやたら多いことである。歓迎会に参加するメンバーに、大食いが何人もいるのだろうか?



「すげえぇ!! すごいっすよめぐるさん!! 超能力ってそんな便利なんですか!!」

「そうですね。まあ、能力でモノを動かすのも、手でモノを動かすのと同じくらいには、頭を使います。ユウイチ様の脳の処理能力じゃ、無理な芸等ですね」



 めぐるを全力で褒めるユウイチに、冷たくそして辛辣な返しをするめぐる。だが、ユウイチは今、目の前の光景に興奮しているのもあってか、全く気にしていなかった。



「えぇ……! ってことはこれ、腕を10本以上動かすのと同じくらいすげえってことっすか? マジかよハンパねぇな!」

「その程度で褒められても、別に嬉しくは無いですね」



 口ではそう言いながらも、まんざらでは無さそうなめぐる。だが、次の瞬間、また冷たい表情に戻る。



「それで、冷やかしにでも来たんですか? 気が散るから休んでて欲しいのですが」

「いや、その……一人でやらせるの、やっぱり罪悪感があったっていうか……。その、やっぱりホントに余裕でやってるかくらいは、確かめときたかったんすよ」

「……そんなことを気にしてたんですか? ユウイチ様は見た目の割に、気が使える人なんですね」

「……ひでぇっすよ」



 めぐるはそんなユウイチの様子を見て、クスクスと笑い始めた。あれ、もしかしてこの人、結構Sっぽいのかな。そんな風にユウイチが思ったその時、彼にかけられたのは、以外な言葉だった。



「元より手を抜くつもりはありませんでしたが、ここからは愛情も込めて料理しますね。期待していてください」



 ーーこの人、屈託のない笑顔で笑うことがある人なんだ。



 ユウイチは少し意外に思ったし、彼女の笑顔の理由は分からない。きっと、自分が特別だからじゃない。だからこそ嬉しかった。きっと今、自分たちは、特別でもなんでもない、ただの友達同士になれた気がしたから。

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