第三七話 砲艦外交

「大事無いか? エシル」

「なんとかねー」

 折り重なるスカーとエシルは、互いの無事を確認し合っていた。エシルは肘や膝を曲げた仰向け姿勢のまま、てのひらと足裏の電磁石で床に貼り付いたようだ。その上にスカーが覆い被さっている。まるで抑え込むように。……よく観ればスカーは、床すれすれの側壁を杖で突き穿うがっていた。その杖に足裏を電磁石で着け、足場としたようだ。

「鍛錬の成果だな。よくやった」

「ありがとー。……でも、あんまり揺すらないでぇ」

 微笑ましい光景を目にし、ふと気持ちが和らぐ。彼女は〝ひと味違う〟操艦に耐え切った今、我が主から祝福の抱擁を受けている。

「お二人共、ご無事で何よりです。……作戦の最終段階へ、移行します」

「うむ」

「あいさー」

 モリガンの走査機スキャナーに、最大出力での能動探査を実行させる。対象は三六〇度で連続照射だ。これは大声を張り上げ続けているようなもので、周辺を航行する艦艇すべての注意をく。

『アフィニティ#Gへ、映像通信接続……完了』

 スカーたちの居場所とは反対側の側壁モニターに、映像をカットインさせた。……望み通りの画が撮れている。第一四艦隊とゴード隊との間に、我らがスカイ・ゼロ艦隊が立ちはだかる画だ。そう知るのは俺とガゼルだけであり、その見え方・・・は幾らでも料理できる。

『ええい! 耳障りな能動探査アクティブスキャンを止めよ! 貴艦の危険行為について、すぐさま査問にかける! 貴官の所属と官姓名を明らかにせよ!』

 宇宙港アモルからの通信が入る。流石さすがに肝を潰したらしい。……では、もっと驚いてもらうとしようか。


 過熱が酷い。その苦しみにのた打ち回るのをこらえ、これから外交タイムだ。俺は眼前の宇宙港アモルのゲートを見据える。

『映像配信、開始』

 第一四艦隊と連合艦隊が対峙たいじする映像を、最大出力で公共通信チャンネルに放送した。そこには勿論、スカイ・ゼロも映り込んでいる。

「発、ダンスカー艦隊母艦モリガン。宛、アモル国政府首脳」

 先ほどの通信手は無視し、公共通信を最大出力で続ける。

「貴国の艦隊が、我が艦隊を不当に包囲している。即刻、停戦を命じて頂きたい。……委細いさいは我が艦から配信中の、中継放送に在る」

 スカイ・ゼロ艦隊は不慮の事故で、惑星とリングの間で立ち往生した。その脇を突くように、手前には第一四艦隊が、奥には輪郭のぼやけた連合艦隊が包囲している。……そんなストーリーに映ることを狙った放送だ。

「我が艦はこの不当なる包囲に対し、貴国の判断を促す為に急派された」

『注意。後方から帝国艦隊接近中』

 付近の哨戒しょうかい艦隊が異変を察知したのだろう。あまりのんびりとはできなくなった。

「我が艦に対する一切の艦隊行動は、我が要求に対する拒絶と判断する。貴国首脳には、回答のみを求める」

『注意。前方から帝国艦隊接近中』

 恐らく、主星付近で誰何すいかし損ねた哨戒艦隊だろう。こちらの所属云々うんぬんの前に、速度超過や危険操艦でとがめる必要があり、追いすがって来たようだ。

「我が要求に応えず、拒絶するのであれば……この事実を、貴国全領域へ知らしめたうえ――」

 続く言葉に若干の躊躇ためらいを感じる。……が、今更だ。俺も投げた・・・賽子サイコロの目だけ進もう。

「貴国に宣戦を布告する」

 流石に心がざわつく。

「貴国首都は、既に我が射程内に在り」

 周りの艦もざわつく。

「繰り返す」

 だがスカーたちには、動じる気配が無い。

「貴国首都は、既に我が射程内に在り」

 主の命令を履行してるのだ。その自覚に後押しを受け、最後の口上を述べる。

「五分だけ待とう。賢明なる判断を願うや切である」

 ……もちろん、そんな巨砲も弾道魚雷も積んじゃいない。ブラフだ。強いて言えば、このまま吶喊とっかんするぐらいはできるか。主推進機メインスラスターはまだ生きている。

 今のモリガンは、力走の過熱でノイズがバッチバチだ。あちらさんの走査機には、さぞかし恐ろしい姿に映っていることだろうよ。

(これも、ディセアを救う為……だまして悪いが、主命しゅめいなのでな)

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