第三六話 Steel of dignity (3)

『連合艦隊、先鋒せんぽうの到着を確認。後続部隊、僅差で追従中』

 随分と温情のあるログ記載だ。抜け駆けのゴード隊は躊躇ためらうことなく、第一四艦隊本陣へと進路をとった。仇敵きゅうてきザエト総督は、例の挑発を高出力で発信し続けている。

『スカイ・ゼロ艦隊、着弾点捕捉』

 的の小ささにも負けず、誘導レーザーは仕事を果たしてくれた。このレーザーが照らす対象物めがけ、スカイ・ゼロ艦隊は上からたたき落とすように接近中だ。

『目標、戦場中央。終末誘導開始』

 〝戦場中央〟には、読み通り機雷が敷設してあった。俺はそのうちの一つに、遠くから高出力誘導レーザーを照射し続けている。その反射光のみがスカイ・ゼロに映り、俺のレーザー発振機は見えないように。こうして〝後ろ頭を越させる〟軌道で導かなければ、発振機それ自体にスカイ・ゼロが釣られてしまう。


 意地を張るゴード・トルバと、北叟笑ほくそえむガイウス・ザエト……この戦いの序曲は、そんな曲調を取るはずだった。

かしらァ、上だ!』

 名も知らぬゴード隊の乗組員が注意を促す。威嚇いかくのような警告音を辺り一面に響かせながら、突然何かが降って湧いた。

『スカイ・ゼロ艦隊、着弾・・

 走査機の表示が乱れる。大質量の艦隊が一塊ひとかたまりで、逆落としに降ってきたのだ。その巡航解除ノイズだけでも、かなりのものとなる。それに加えて……。

『機雷原、誘爆。損害状況確認中……』

 大き過ぎる巡航解除の余波は、機雷を誤作動させるのに十分だったようだ。ゴード隊の雁行がんこう陣は大いに乱れ、散開した。多様なノイズが騒々しく積み重なり、戦場に混乱が波及してゆく。連合と帝国、共に現状把握を促すヒステリックな通信が飛び交っていた。

『被害状況確認。スカイ・ゼロ、健在。随伴艦群、防盾僅少……機関過熱なれど全て健在』

 ――っしゃ!

 とりあえず、通せん坊には成功した。間髪を入れず、俺はスカイ・ゼロに対し、作戦の第二段階を指示した。プログラムの応答を確認し、急いでその場を後にする。


『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』

 真っ先にガゼルの作業履歴を確認した。

(よし……!)

 ガゼルは予定通り、モリガンを真横に向けて航行中だ。モリガンの慣性制御Gアシスト装置は、補正する勢いベクトルへの投影面積シルエットを稼ぐと利きが強まる。全長約四キロメートルの艦は、長き舷側げんそくの慣性制御装置をフル稼働させていた。

『急速接近中の母艦! 至急転進せよ! 貴艦は宇宙港アモルへの衝突コース上に在り!』

 異変に気付いたアモル管理局から、高出力の公共通信が飛んでくる。アモルはロンド同様、大規模円筒型宇宙港だ。直径約八粁、長さ約二四粁となっている。その先端にあるレーダーサイトは、きちんと仕事をしているようだ。

「交錯まで一分」

「今度のガゼルターンは、ひと味違いそう……」

 エシルの嘆じるところは、泣きかボヤきか。どうやら俺たちの荒々しい旋回は、定評があるようだ。

其方そなたが為の航走、しかと見届けよ」

 高揚が緊張を越してゆくのを感じた。

(我らが操艦、とくとご覧あれ……!)


 宇宙港アモルをかすめるような至近距離を、航宙母艦モリガンが航行通過フライパスした。……その瞬間だった。

「うわっ!」

 不吉な金属音と共に、エシルが短い悲鳴を上げた。

「ぬんッ!」

 スカーの気勢一閃いっせん……その直後、ガラス質の破砕音と金属質の衝撃音が連続した。横揺れに耐えかねた仮設シートが壊れ、エシルはスカーもろとも側壁めがけて吹っ飛ばされたらしい。スカーはそれに動じず、側壁になんらかの一撃を加え、受け身を取ったようだ。恐らく、側壁のモニターを踏み砕いたのだろう。

 俺はスカーたちの無事を信じ、己の為すべき操艦に意識を集中させる。

『慣性制御プログラム、最終フェーズへ移行』

 モリガンの艦首部慣性制御を強めた。艦前後の制動均衡ブレーキバランスが崩れ、艦は急速に艦首を左に振り始める。……また、金属質の衝撃音がした。

「エシル! 膝を立てよ! 磁石を使え!」

 彼女らのスーツのてのひらと足裏には、電磁石が備わっている。それを使って、急場をしのぐようだ。

 全長約四粁のモリガンは横向きから、更に九〇度左へ回頭かいとうした。回り過ぎないよう、当て舵ぎゃくハンドルを切りながらだ。先ほど、ガゼルがゆっくりと艦を真横に向けた。その際の舵角だかくと運動量の記録が、今の俺の操舵に大いに役立っている。……遂に進行方向に対し、完全に背を向ける事に成功した。

前進・・全速。ハイパードライブ起動」

 主推進機メインスラスターがその推力を開放する。加速ではなく、制動の為に。惰性で勢い良く後進していた艦は、その勢いを大きく削がれ始めた。

 ハイパードライブは前に向かって、艦を巡航や跳躍させるものだ。その装置は今、自分の仕事を邪魔する多大な負圧が掛かっていることを認識した。その後ろ向きな力を相殺する為、溜め込んだ過給チャージ圧が急速に失われていく。ガゼルがしっかりと過給圧を監視し、安全に開放し切る事ができた。

「ハイパードライブ停止」

 急制動を掛けながら、最後の姿勢制御を行う。

「前進停止。……宇宙港アモルを正面に捉えました」

 入出港ゲートの機銃座が一斉に動き始めた。……盛大な歓迎に応える前に、俺はやるべきことに眼を落とす。

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