第三四話 Steel of dignity (1)

『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』

 スカイ・ゼロを無事に送り出した直後、意識をモリガンへと戻した。俺がその場を離れている間は、各種マクロ群が操艦や応答を行っている。現場で知覚するより解像度は落ちるが、マクロ群の作動ログが状況を俺に教えてくれていた。



「パドゥキャレの諸君、準備はよろしいか?」

『『応ッ!』』

 スカーの呼びかけに、商う武人たちが応じる。

(頼むぜ、スカー!)

 主従で無ければ、こんな言葉を投げかけたい。今、この場を最も理解しているのは……彼女だと信じている。あっという間に結束した武人たちが心底頼もしく、それを為し得た我が主が誇らしく思えた。

『ハイパードライブ、阻害電波を検知』

 システムログの表示と共に、警告音が鳴った。

(何をするッ!)

 こちらのハイパードライブ損壊を狙った、悪質な阻害電波照射だ。立腹しつつも、帝国哨戒艦隊の蛮行を記録に収める。

『貴様を領域侵犯の不審艦として……』

 〝逮捕、拘束する!〟……とでも続くであろう宣言は、その半ばで掻き消された。

 エスカレーターを下るような挙動のモリガンから、パドゥキャレ艦隊が一斉に垂直離艦したのだ。モリガンの艦尾主推進機メインスラスターをスレスレでかわした殿しんがりが、素早く電子妨害機雷を射出していた。帝国哨戒艦隊は、阻害電波照射を中断させられた。

『貸しておくぞ、色男・・

 ジム代表が余裕たっぷりに告げてきた。……流石さすが荒事あらごと慣れしている。が、この貸しは高くつきそうだ。

「ハイパードライブ起動」

 スカーがそう宣言し、ドライブがうなりを上げ始める。俺は反射的に制動を解除し、加速へ移行する。今のモリガンは制御権の規定が曖昧あいまいだ。だからこそ実現できた連携とも言える。

「取り立てに来てくれ。楽しみに待っている」

『ぬかせ!』

 短いやりとりを交わし、ジム代表……いや、戦友ジムに心からの感謝の念をささげた。

(AIではなく、人間として扱ってくれて……ありがとう)

「発、アイセナ王国王太女エシル・アイセナ。宛、哨戒艦搭乗員諸君」

 哨戒艦隊に電子妨害がかかったタイミングで、エシルが堂々とした通信を始めていた。

「我は停戦の使者なり。貴国本拠への路往みちゆき、阻むべからず。……追伸、パドゥキャレ諸君、忠勇見事也ちゅうゆうみごとなり

 この通信は、近くを航行している一般艦艇へ聞かせたものだろう。哨戒艦隊は今、電子妨害の真っ只中ただなかで聞くことができていない。

(宛が〝哨戒艦隊提督〟ではないところがミソだな)

 そんな感想とともに、ハイパードライブの過給チャージが完了した。跳躍先の設定は、スカーが宣言した時点で完了していた。行く先は帝国本拠のアイタル星系……二九一五光年の彼方だ。所要時間は一三分の予定となる。

「……三、二――」

 スカーが跳躍のカウントダウンを読み上げる。それが完了する、まさにその寸前だった。さえぎるような警告音と、緊急性の高いエラーログが吐き出される。

『警告。ハイパードライブ損傷発生。緊急停止不能』

「「……ッ!」」 

 ――何ッ!

 時既に遅く、施しる手も無く……モリガンは跳躍航行を開始した。


「さて、どうする?」

 スカーが水を向けてくる。

「現在、損傷箇所を特定中です……特定完了。跳躍制動ジャンプブレーキ機構が、動作不良に陥っています」

 悪い報告ほど、早く正確に行うべきだ。まずは事実を最優先で。

「跳躍中はシステム変更を控えるべきです。二次災害の恐れがあります」

 然る後に意見を伝える。この順序で伝えることが、円滑な危機対処の定石じょうせきだ……俺はそう考えている。

 今はボクセルシステムでの修理は行うべきではない。跳躍航行に目一杯、エネルギーを割いている為だ。

「不足する制動力を補う、跳躍解除シークエンスを構築中です……」

 俺の操艦経験とガゼルの情報を、高速でり合わせていた。

「構築完了。こちらになります」

 スカーが速読し、エシルが仰天する。

「面白い。やり遂げてみせよ」

「……この機動を、ここで耐えるの?」

 不動のスカーと動揺のエシルが、見事に対照的だ。

「ええ。しっかりと、つかまっていてください」

 俺はエシルに念を押す。我ながら酷な話しをしているが、既にさいは投げられたのだ。

「人を粗末に扱う帝国の、度肝を抜いてやりましょう」

 ブルート星系の民に、人の尊厳を取り戻させる。覚悟と決意の示威行動を段取りした。

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