第三三話 並行作業

『繰り返す! 直ちに停船せよ!』

「当艦は現在、制動中です。繰り返します。当艦は現在、制動中です」

 哨戒艦しょうかいかんらしきパルマ級巡航艦が五隻、こちらを追いかけて来ていた。両舷後方に二隻ずつ、背後上方に一隻が張り付いている。通信の主は背後上方の艦だ。おそらく、この哨戒艦隊の旗艦きかんなのだろう。

 ジム代表から受け取ったゲイル星系図に従い、主要航路から外れたコースへ向けて制動をかけ続けていた。念の為、録画も始めている。

『停まれと言っているのが、聞こえんのか!』

「速度計を良くご覧になって下さい。当艦は現在、制動中です」

『口答えするな! 直ちに停船せよ!』

 スカーとジム代表が、何やらうなずきあっている。エシルもどことなく企み顔だ。

「ガゼル。下降推力五パーセントだ。対正面のみ、制動を持続せよ」

「了解」

 エスカレーターを降りるように、モリガンが機動する。

「パドゥキャレの諸君、準備はよろしいか?」

『『応ッ!』』

 俺が応対に追われる横で、スカーが対抗策を練ってくれたようだ。正直なところ有り難い。俺には並行してやるべき、もうひとつの大仕事がある。今はその監督と、忙しく行き来している最中だからだ。



 話は少しさかのぼる。俺がスカイ・ゼロから、仮称オリエンタル級を出港させたあたりの時期だ。

『AIガゼル、ノード〝アフィニティ#G〟に接続完了』

 第一四艦隊の監視を続行する。

『連合艦隊接近中。当宙域到達まで、およそ六〇分』

 先ほどのバックアップで、俺はいくつかの連続処理をマクロ化した。これで俺の意に沿った並列処理が、ある程度可能となっている。

『第一四艦隊、転進中』

 敵将はリングの公転速度と会敵時刻を照らし合わせ、陣地変換を行うようだ。本陣が惑星の影から、ギリギリ見えるくらいの位置取りが狙いと思われる。惑星とリングの間――見かけ上の最短経路――を突っ切らせる為に。

(だが、実際は惑星重力で戦速が鈍る。真の最短経路は、リングの真上を航行通過フライパスだ)

 殺気立つ連合軍が、こうした罠に気づくかは疑わしい。だからこそ、俺たちが阻止する。


『AIガゼル、ノード〝スカイアイル#A〟、セクション〝スカイ・ゼロ〟に接続完了』

 今から、このスカイ・ゼロを機動させる。起動ではなく、機動・・だ。

『随伴艦隊、配置完了』

 随伴艦隊を、スカイ・ゼロのを囲むように配置した。

『巡航艦群、装備換装』

『量子重力航法準備……完了』

 巡航艦群のボクセルシステムを一斉起動し、兵装を積み替える。随伴艦隊の陣容は、電子巡航艦六隻、攻撃型巡航艦一八隻、対宙迎撃型巡航艦一二隻、工作艦四隻となった。巡航艦は攻撃型と対宙迎撃型が、赤星鉄せきせいてつ無しの簡素版となっている。

『航路設定、完了。目標、第一四艦隊近傍』

『量子重力航法……開始』

 スカイ・ゼロの両突端に配備された光索ビーム発振機群が、それぞれ一点を狙い撃つ。前方には人工ブラックホールが、後方には人工ホワイトホールが形成された。これらの形成物は質量を持たず、空間のみをゆがませるという。

 スカイ・ゼロはゆっくりと、前方へ向けて動き始めた。人工ブラックホールに引かれ、人工ホワイトホールに押されるようにして。量子重力航法とは、どうやらアルクビエレ・ドライブの一種らしい。

 遠巻きの宙戝たちは、今頃悔しがっていることだろう。去りゆく獲物を見送るしかないのだから。

 スカイ・ゼロ防衛部隊を、そのまま第一四艦隊の居場所へ向かわせる。起死回生の一手は、戦力分散の危機を無かったことにする……だ。

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