第三一話 襲名

 宇宙港ロンド付近へ巡航解除した。入出港ゲート真正面に向かい、やや右脇に外れた位置につける。丁度、ロンドから出港してきたばかりの輸送艦が、こちらから遠ざかるように面舵おもかじを切っている。……驚かせてしまったようだ。

「宇宙港ロンドをご利用の皆様。当艦の寄港で驚かせてしまい、大変申し訳ございません」

 敢えて丁寧な口調で公共通信を入れる。

「当艦はブルート星系法に則り、ID受領の為に寄港いたしました。手続き完了まで、こちらで待機いたします」


 周辺の宙域が多少ざわついている。野次馬が集まり始めたようだ。衆人環視の中、立ち入り検査として、アイセナ王国特務艦ラスティネイルを受け容れた。あとは検査のフリをしながら、ひたすらパドゥキャレ同盟の集結を待つ。

「ほう? いかにもな、急拵きゅうごしらえっぷりよの」

「わぁ……なんだか、宇宙に立ってるみたい」

 スカーとエシルを、オリエンタルの艦橋に招いた。広々とした艦橋内の中央付近には、二基の仮設シートが横並びしていた。そこには、楽団指揮者の譜面台の如き情報パネルと、座面の高いシェルチェアがある。艦橋内は天井や床も含め、総鏡張りならぬ〝総モニター張り〟となっていた。そこへ、周辺宙域の映像が投影されている。

「はしゃぐのは結構ですが、素敵な艦名を頼みましたよ? エシル」

「大丈夫! もう考えた」

 スカーの右隣に腰掛けたエシルが、自信たっぷりに応じる。彼女は持ち込んだ作業端末に眼を落とし、必要な事務処理を再開した。一方のスカーは耳元の髪を掻き上げるような仕草で、情報パネルを確認している。

「パドゥキャレからの連絡だ。……始めるぞ」

「「了解」」

 応答に頷き、スカーは映像通信回線を開く。彼女の前方の艦橋内壁に、先方の映像がカットインされた。

『こちらパドゥキャレ同盟アリオンス。招集に応じ、ただ今到着した』

「こちらアイセナ王国特務艦隊。隊長のスカーと申す。其方そなたらの奮迅に見合う、特別便を用意した。陣容は揃っておるか?」

『申し遅れた。同々盟の代表、ジム・アンドラムだ。当方に落伍艦らくごかん無し。……大船おおぶねだな。世話になる』

 俺が商談をした、あの男声の持ち主だった。流れるようにスタイリングした、アッシュブラウンの短髪。彫りの深い、精悍せいかんな顔つきの伊達男だ。しっかりと蓄えられたひげが、威厳をプラスしているようにも観える。

 驚いたことに、ジム代表は戦闘艦向けのシートに身を預けていた。この内装は、商人が使う輸送艦には珍しい。

「うむ。其方らは当艦の右舷後方五〇〇にて、隊列を維持して待機されたし。然る後、当艦から招待状を送る」

『招待状?』

「自動着艦誘導だ。時間が惜しいゆえ、こちらでまとめて誘導する。積み荷の固定は十分だな?」

『無論だ。我々は皆、予備役よびえきだ。多少の機動にたじろぎ・・・・はせん。存分にやってくれ』

「よろしい。王太女殿下御自おんみずから、当艦へIDと艦名を下賜かしされるのだ。其方らはその証人であり、初めての乗客だ」

『そいつは名誉なことだ』

 スカーは漆黒のアドミラルコートをまとい、アイセナ王国幕僚のフリを、完璧に演じ切っていた。場をつなぎ、彼我ひがの関係性を温めてゆく。一方のエシルは、肩紐かたひもを通した端末を構え、忙しく操作し続けていた。母のものに似せた純白のストールが、彼女を気高く魅せていた。やがて処理が完了し、二人の女性がうなずき合う。スカーが画面越しのジム代表に向き直り、おごそかに語り始めた。

「今より其方らを招き入れる。拝領せし当艦の名は、『モリガン』。……我らが戦女神いくさめがみの御加護、其方らにもあらんことを」

 ここに仮称オリエンタル級改め、モリガン級が進宙した。俺はパドゥキャレ艦隊へと招待を飛ばし、彼らの一斉制御にかかる。モリガン直上から、急降下爆撃を仕掛けるような一斉機動だ。各艦が割り当てのドッキングセルに降着する寸前で、姿勢を水平に戻しつつ降着させた。そのまま、モリガンの中へと格納する。……コマンドひとつでそう動かせるよう、並列な連続処理を行えるマクロを組んでおいたのだ。


 周辺の宙域が更にざわついている。突如現れた謎の巨艦に、総勢三〇隻もの輸送艦が一斉に降着したのだ。それも、戦闘艦の如き機動で、だ。……図らずも、センセーショナルなデモンストレーションとなった。

「宇宙港ロンドより、IDを受領いたしました。当艦はダンスカー艦隊所属、モリガン級航宙母艦一番艦、モリガンと申します。アイセナ王室からの要請を受け、これより通商護衛の為、出港いたします」

 礼節が人を作るという。謎の巨艦を駆る者が、アイセナ王室に敬意を払う姿勢を強くアピールした。

「お騒がせいたしました。皆様もどうか御安航ごあんこうを」

 母の窮地を救うべく、娘が困難に立ち向かう。それを遂げる為の艦は、母娘が奉じる戦女神の名を継承した。絶対に沈めるわけにはいかない。俺は気を引き締め、モリガンを悠々と出港させた。

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