第二五話 苦慮

(……先ず、問題を整理してみよう)

 俺は〝白い世界〟で、時に捕らわれていた。

(最優先で果たすべきは、要塞スカイアイルの復旧だ)

 それには、膨大な量の青星鉄せいせいてつ赤星鉄せきせいてつが必要となる。前者については、安定調達の目処が立っている。その代価が、エシルの安全保証だ。……後者については、他星系との貿易に活路を見出しているところだ。その役をパドゥキャレ同盟アリオンスに頼むつもりで、関係強化を図っている。ブルート星系での採掘はかたく、残骸回収では非効率故に。

(パドゥキャレ同盟との付き合いを、今おろそかにするのは……戦略上、非常に不味い)

 帝国臣民である彼らには、帝国サイドへのパイプ役を担ってもらう目論見もある。ディセアたちがどんないくさの終え方をするにせよ、外交窓口は必ず必要になるはずだ。彼らの求める通商護衛戦力の抽出が、今の俺たちダンスカー艦隊の最優先任務に当たるだろう。

(だが今、通商護衛戦力を抽出すると……連合軍本隊への援軍を送れなくなる)

 防衛艦隊は現在、要塞スカイアイル周辺と宇宙港ロンドの二箇所に展開している。要塞の守備は言うに及ばず、ロンドの守備も疎かにはできない。要塞の周りには、宙戝が集結中だ。一方でロンドを落とされでもすれば、ディセアたちが補給を絶たれてしまう。

 現在の備蓄資源で艦隊を拡充したとしても、精々あと一方面が限界だろう。通商護衛と連合軍の増援、二方面を賄うには足りない状況だ。

(それに……これ以上、艦艇を増やすのは好ましくない)

 俺達は便宜上、アイセナ王国特務艦隊の名義で艦隊を登録中だ。同じ連合軍陣営なら、その陣容はすぐ調べられる。今は従属的な同盟艦隊として、控えめの規模感で収まってはいる。しかし、これ以上艦艇が増えれば……無視し難いいち派閥として、他の連合軍氏族とのいさかいを招く恐れがある。ただでさえ俺たちは、得体の知れない新参者しんざんもの扱いなのだ。ゴードのような手合いが増えれば、こちらの弱み探しに嗅ぎ回られる可能性もある。

(どうしたものか……)

 どう足掻あがいても、戦力の需要に供給が追いつかない。俺は途方に暮れていた。


(……ならば。戦力を必要とする問題を、一時的に減らしてみるか)

 酷な話しだが、連合軍本隊への援軍派遣……これが現状もっとも、優先度が低い案件になる。先ほど観測できた限りでは、帝国軍艦艇は約一〇〇隻。連合軍艦艇は、四〇〇隻は居たはずだ。帝国の要撃陣に付き合わず、開けた宙域で乱戦に持ち込めば良い。

(ディセアにわなの存在を告げ、長期戦に移行させよう)

 迂闊うかつに攻撃せず、まずは口撃こうげきだ。口達者な若衆を選んで帝国軍を挑発させ、陣から誘き出させよう。時間を掛けても良い。敵を陣から釣り出す前提であれば、最小限の電子戦援護で足りるはずだ。

 理想を言えば、もうこれ以上互いの痛手を増やさず、講和を締結して欲しい。だが、この案は却下されてしまった。

(こちらから停戦交渉を持ちかけるのではなく、向こうに申し入れさせる。……そのうえで、ザエト総督の生命を帝国に買い戻させれば、あるいは……)

 ディセアたちは、帝国に自由と尊厳を奪われた。その同害報復を、仇敵きゅうてきザエト総督に味わってもらう。そのうえで、帝国首脳部へ、臣下の命を盾に選択を迫る。……これならば、ディセアを説得できるかもしれない。

 ディセアの顔を立てつつ、帝国との全面戦争を避ける。時間を稼ぐほど、パドゥキャレ同盟経由の外交ルート構築が達成できる可能性もある。俺はこれに賭けてみることにした。

(とにかく、ヤケを起こしては駄目だ。冷静に……粛々と、事を運ぼう)

 俺は知恵を絞り、管理者への解をどうにかまとめ上げた。悪辣で胸糞むなくそ悪い手だが、ディセアたちの生命には代えられない。ディセアにはこれからも、俺たちの自由航行権を保証して貰う必要がある。……知恵は絞り尽くしたはずだ。だが、気持ちは釈然としない。元の世界に戻る為にはかなりの空白時間を要した。


『……返事くらいせぬか。また寝惚ねぼけておるのか?』

 スカーのなじるような声に気付く。彼女の怒りは普段であれば、冷たく研ぎ澄まされた氷の刃の如き印象を受ける。しかし今は、沸々と煮えたぎった源泉のように荒れていた。……宙蝗ちゅうこう対策で煮詰まっているのだろう。

「シミュレーション完了。ディセアに持久戦を促しつつ、通商護衛任務を優先させます」

 俺は捻り出した解を主へと伝える。

「要塞スカイアイルの早期復旧には、パドゥキャレ同盟との関係強化が、必要不可欠です。備蓄資源を使い、通商護衛艦隊を新設します」

『……』

「ディセアには罠の可能性を伝え、敵陣の強襲を思い止まらせます。まずは挑発を仕掛けさせ、宙戦へ持ち込むよう仕向けましょう。宙戦が前提であれば、最小限の電子巡航艦派遣でも、戦果が見込めるかと」

『……』

「宙戦の大勢が決する頃合いに、第一四艦隊に投降を呼びかけます。投降を受け容れた後、帝国首脳部に対して、重臣の身柄を基に交渉へ移りましょう。連合の民への辱めを彼らに止めさせるには、その悲惨さを彼らにも味わって貰うほかありません」

『……』

 相変わらず、スカーの沈黙が重い。その重さに耐えかねつつあった刹那、ようやく彼女が口を開く気配がした。

『……さて、そう上手くゆくかな? ちと、さかしらに過ぎるぞ』

 苦慮の末に導き出した解は、管理者殿のお気に召さなかったらしい。俺は苛立つ気持ちを抑え、彼女の言葉に耳を傾ける。

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