第二四話 試練

『AIガゼル、ノード〝ラスティネイル#A〟に接続完了』

 ログを書き、スカーに呼びかける。彼女は今頃、居室で要塞の事故調査を進めているはずだ。

物見ものみから戻ったか。報告を聞こう』

 主に促され、敵情をありのまま伝える。事実と感想を混同しないように。規模、活動、位置、所属、時刻、装備……この六項目について、現状で観測できたことを先ず伝えた。

『……ふむ。お主の所感はどうか?』

「第一四艦隊による、反攻作戦の備えかと」

『守勢の態で、か?』

寡兵かへいであればこそです。この布陣は守勢と見せかけ、その実は包囲殲滅せんめつが狙いと観ます」

 俺は観測した地勢と、経緯から推測した敵情とを踏まえ、スカーに意見した。

「敵本陣は惑星とリングとの間を抜けた、奥まった位置にあります。この側方に少数ですが、艦艇のノイズを検知しました。分断や足止めを企図した、伏兵ふくへいと思われます」

 狭道きょうどうに伏兵は付き物だ。この惑星本体とリングの間は、艦隊行動を取るには手狭に感じられそうだ。下手をすると、惑星重力に引かれて足並みが乱れるだろう。

「対盾レーザーの射程外に足止めしたところへ、魚雷攻撃の集中打を浴びせ続ける。……以上が状況から推察した、帝国の反撃の筋書きになります」

 多分に推論が含まれるのは自覚している。しかし、攻勢一辺倒な連合軍将兵の気質と、彼らの積年の恨みが合わさると……このわなはエゲツないほどハマる。そんな気がしてならないのだ。……とくに帝国の魚雷性能には、俺も一目置いている。

「第一四艦隊後方に、工作艦群を捕捉しています。また当該惑星は、氷・石両方のリングを備えています。持久戦も辞さぬ構えかと」

 ディセアたちを救助した際、俺は固体窒素や氷から空気をこしらえた。同様に彼らも採掘や加工で、生活物資や予備弾薬の補充を行っているのだろう。

『……』

 スカーの沈黙が重い。彼女は彼女で、厄介な宙蝗ちゅうこうへの対処を迫られている状況だ。……そこへ新たな報せが入る。俺は一旦中座し、内容を検めた。


『通商護衛を正式に依頼する。当方の陣容および招集日程は下記の通り』

 パドゥキャレ同盟アリオンスからの通達だった。大小合わせて三〇隻……なかなかに規模が大きい。

(よりによって……このタイミングか。しかも、混成艦隊とはな)

 護衛対象一隻あたり、護衛は二隻は欲しい。……が、そこまでの戦力は抽出しづらい状況だ。性能にバラつきのある混成艦隊では、速度を落として足並みをそろえる必要もある。速度が落ちれば、襲撃を受ける頻度も上がる。

(第一四艦隊の移動を読み違えたのが痛い……)

 ただただ慎重に、自分の為すべき事をやってきたつもりだ。それが事実であったとしても、事が完璧に運ぶとは限らない。むしろ、上手くいかない事の方が多いだろう。……だが一度の読み違えが、二つの喫緊案件を同時に招いた。己の不運を、少し嘆きたくなる。

(ウジウジしている暇はない。スカーに報告だ)

 俺は再び、意識をスカーとの通信へと戻した。


『私からも、お主に連絡がある』

 通商護衛の件を伝えた矢先、スカーからも通達事項が入った。

『ロンド執政官宛に、連合軍への参陣を直訴じきそする者が増えておる』

 ――これは、まずいぞ。

 所謂いわゆる陣借じんがりと呼ばれる者たちだろう。戦場へ押しかけ、功名を高めて仕官先を探す者たちだ。ただでさえ、連合軍は組頭くみがしら不足で統率を欠きつつある。そこへ更に、未掌握の軍勢が加われば……まともな艦隊行動がとれるとは、到底思えない。まして敵将は、老獪ろうかい極まる謀将かもしれないのだ。

論功行賞ろんこうこうしょうの兼ね合いもあろう。ディセアにはまだ伝えておらぬ』

 陣借り者が活躍しても、報奨が払えるかは不明だ。下手をすれば求不得苦ぐふとくくこじらせ、宙戝化する恐れもある。帝国憎しで集った者だとしても、死地へ向かって突撃する未来しか見えない。

『しかし嘆願の数多き故に、既に何名かは抜け駆けておるやもしれぬな』

 現実的なれど暗澹あんたんたる見通しに、頭を抱えたくなる。

『……もうひとつ。スカイアイルの周りに、宙戝が集結しつつあるぞ』

 寝耳に水だった。確かに小競り合い目当てで、要塞で宙戝を釣っていた。しかし、自動航行中の護衛艦群は警報アラートも上げず、円滑に対処できている。

『どうやら、護衛艦群の巡回パターンを読まれたらしい』

 これは、監督していた俺の注意不足だ。AIガゼル自体は、問題なくマルチタスクをこなしている。俺がその上に、胡座あぐらをかいてしまったらしい。

『宙戝共は、小惑星帯に潜んでおる。……その中には、第九艦隊の残党も混ざっておるようだ』

 かつて狙撃で足止めし、敗走させたあの艦隊か……。もともと、彼らの見張りも兼ねているのは確かだ。しかし軍人が、宙戝と連携してまで逆襲してくるとは思わなかった。

『それらを踏まえて、お主に命を下す』

 失態を重ねて気が重い。彼女がそれを知る由もないが。

『現状への最適解を、改めて導出せよ』

 難題を前に、俺の時が停まる。〝白い世界〟で長考が必要だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る