第二二話 アイセナ氏族

「女王として……か。同胞はらからに本当の自由と尊厳を残す。それがアタシの使命だよ」

 ディセアは淡々と語りだした。

「帝国の侵略を許したのは、アタシら大人たちの責任だね。だからこそ――」

 俺はやりきれない気持ちをこらえ、ディセアの言葉をみしめる。

「第一四艦隊を率いている、ガイウス・ザエト総督を討ち取る。いくさの終え方を考えるのは、その後だね」

 柔らかな笑顔に気圧された。

(帝国にも面子メンツがある。仮に俺たちが表立って加勢し、成し遂げたとしても……報復の大侵攻を招く恐れがある)

 帝国主義を掲げて、星系をまたいでやってくる相手だ。しかも、戦略拠点ロンドを築いてまで。それを退けられたとあれば、威信を賭けて、復讐戦に来るだろう。その様を、他の藩属国に対する見せしめにする。そうして、武装蜂起が連鎖するのを防ごうとするのは想像がつく。

彼我ひがの痛手が増えれば、遅きに失します。外交の余地を残す為、どうかご再考を」

「んー……いくらガゼル君のお願いでも、それはちょっと難しいかなぁ?」

 帝国に奪われた宇宙港コルツの奪還、再奪還に来た第九艦隊の撃退。……ここまでで、連合は帝国の侵略に対する意地の抵抗を示せたはずだ。交渉を持ちかけても、そう侮られることはないだろう。その一方で、帝国は補給を絶たれた第一四艦隊救出の為という体裁で、交渉に応じる面目が立つ。今が外交の好機だと信じ、俺は食い下がろうとする。

「その辺にしておけ、ガゼル。武人の覚悟を汚すものでは無い」

「……出過ぎたことを、申し上げました」

 我が主には逆らえない。俺は歯噛はがみする思いだ。

「でもでも、ガゼル君がアタシらの事情に興味を持ってくれて、嬉しかったよ? だけど、今日はこれぐらいにしよっか。ベルファも疲れているだろうし」

「うむ。宿屋ラスティネイルでもてなそう。疲れを癒やしてゆくがよい」

 困惑する金髪長躯ちょうくの参謀殿をよそに、女王陛下は無邪気な喜びを体現していた。

「あ、そうだ。エシル」

 流れで解散となるその去り際、母親が愛娘まなむすめを呼び止めた。

「良い機会だから、ガゼル君にアタシらの事情を詳しく教えてあげなさい。アナタの言葉でね。……これは次期女王としての訓練よ。いいわね?」

「……はい、お母様」

 エシルの表情が曇る。これは絶対に良くない事情だ。


『AIガゼル、ノード〝バーボネラ#E〟に接続完了』

 バーボネラ級五番艦に戻ってきた。エシルの訓練に使っている工作艦だ。俺はエシルを艦内へ招き入れ、艦橋内監視カメラ越しに彼女と対面した。

「エシル。貴方の話しは報告の為、録画します。あらかじめご了承願います」

「……わかったわ」

 エシルは浮かない顔で単座操縦席にゆったりと腰掛けている。俺は彼女が話したいように話させた。

「あたしらアイセナ氏族は、帝国と同盟を結んでいたの。でも最初から友好的じゃなかった。後になって解ったのだけど……帝国に有利な商取引ができるよう、お金の使い方を制限されていたわ」

 一見して魅力的な貿易を持ちかけ、不平等条約などで経済的な戦争を仕掛ける。よくある図式のようにも思えた。

「気付けば借金だらけで奴隷扱い。……あたしらは自由をレンタルする為に毎年、身代金を払っているの。帝国に言わせれば、これが『藩属国への寛容な態度』なんですって」

 人権をカネで貸す……なかなか、聴くに耐えない仕打ちに顔をしかめたくなる。

「あたしらは、死ぬことにも支払いを求められるの。いったい自由って……なんだろうね?」

 ――こんな図式、あってたまるか!

「お母様は、帝国の奴らを一人残らず滅ぼしたいはず。でも、ギリギリで踏みとどまってる。……スカーさんに諭されていたからね」

 この戦を始める時、スカーはディセアへ〝帝国を侮るな〟と告げていた。或いはそれ以前に、居室へ招いた際に、何らかの遣取があったのかもしれない。あったとすれば、それはきっとAIおれ相手にすら他言がはばかられるような、深く苦しい胸の内だったのだろう。

「……お願い、ガゼル。奴らをこの星系から、追い出す力を貸して。でないと、いつかお母様は……自分の怒りに飲まれる予感がするの」

 そう乞われた途端、俺は時が停まった〝白い世界〟に捕らわれていた。長考を重ねても活路は見出だせず、元の世界に帰るには、もっと長い思考放棄時間を要した。

「……エシル。私はスカー提督の為に造られた存在です。今はそれ以上言えません」

 ――すまない。

 第一四艦隊を武力で退ければ、帝国との全面戦争に向かうだろう。それは俺に下された最優先命令〝要塞復旧〟を、大きく遅らせてしまう。要塞を喰い荒らす脅威にも備える必要がある。だからこそ、時間や資源を浪費するわけにもいかない。そして、これらの事情はエシルたちには明かせない。ダンスカー艦隊の機密に該当する。

「そう……よね」

 激情を無理に捻じ伏せたようだ。そんなエシルの無表情に心がズキリと痛む。卑怯者とでも罵ってくれれば、いっそ気が楽だったかもしれない。他人の事情は聞き出しておきながら、自分の事情はひた隠しにしている。しかも、身につまされる搾取の窮状を推し量りながらも、保身の為に見て見ぬふりだ。そんな今の俺は、正真正銘の卑怯者なのだから。


***


 帝国軍第一四艦隊を率いる総督ガイウス・ザエトは、幕僚たちと映像通信で軍議の場を設けていた。ザエトらの遠征先はこのブルート星系の外縁小惑星帯の一部であり、帝国への抵抗を示す諸氏族が潜んでいる。地の利を活かした潜伏と奇襲を繰り返す諸氏族の討伐は、遅々として捗らずに居た。

『……宇宙港ロンドが、アイセナ氏族ら反乱軍の手に落ちました』

 参謀のグナー・ユーリスが、情報を開示する。その口ぶりにザエトは動揺を感じ取るが、黙って聴いていた。

『第九艦隊は既に敗れ、ティリー提督の安否は未だ不明です』

 幕僚らにも動揺が広がる。予備兵力を失ったことは、これで彼らも知ることとなった。

『反乱軍の次の目標は、宇宙港オールブと観るべきです。このままでは我々は補給を絶たれ、前後から挟撃を受ける恐れがあります』

 ユーリスの報告が終わるのを見計らい、ザエトが口を開く。

「聴いての通りだ。それを踏まえ、諸君らの忌憚きたんなき意見を聞こう」

 幕僚たちは発言を促されながらも、口をつぐんでいた。その表情には、焦りやおびえの色が浮かぶ。

『すぐさまオールブまで戻り、反乱軍を迎撃すべきです』

 沈黙に耐えかねた幕僚の一人が、ようやく口火を切った。

『いま迂闊うかつに動けば、背後を突かれるぞ』

『いや、眼の前の奴らは奇襲に終始している。地の利を捨ててまで、無造作に追っては来るまい』

『戦に常道は無い。安易な思い込みは危険だ』

 幕僚たちの意識は既に退路へと向いている。それが偽らざる本音だろう。

『ならば、ここの諸氏族らと講和を結べば良い』

『使者を討たれるのがオチだ。そうなれば、こちらも退くに退けんぞ』

『既に文官らがだました後だ。今更、氏族らは聞く耳持たんだろう』

 行政長官デキア・カッツが仕掛けた分断工作は、詐術まがいの強硬策と言ってよい。法外な高利貸しと見せしめを好むやり方は、既に氏族らに広く伝わり、反発を強めている。……そうザエト自身も実感している。

 アイセナ族長母娘を流刑に見せかけて葬り損なった事も、事態の悪化を招く原因となっていた。勝ちに乗じた彼女らを抑えない限り、諸氏族が帝国になびくことは無いだろう。


『いっそゲイル星系まで退き、兵力を補充すべきでは』

 討議の膠着こうちゃくとがめるように、参謀ユーリスが意見する。それは幕僚らが言いよどんでいた核心を突くようだった。

『現在の我々は、敵中深くに取り残された遊軍も同然です。分断工作が頓挫した以上、武力による討伐に切り替える必要があります。……確実な反撃の為に、一時の恥を忍んででも、本国へ救援を要請しましょう』

 幕僚たちは、異論を挟む素振りを見せなかった。

(意見は出揃でそろったか。これ以上長引かせても、益は有るまい)

 下がりきった幕僚らの士気を、再度高めねばならない。ザエトは決意の上で口を開く。

「諸君らの考えは良く分かった。……なればこそ、この星系からの撤退は不要と私は考える。その根拠を、今から述べよう」

 ザエトの言に、幕僚たちが気色ばんでいた。

「氏族らの気質は、攻撃に偏っている。連戦連勝の今、その傾向は更に強まっていよう。それこそが、我々が付け入るべき弱点なのだ」

 んで含めるような落ち着いた声で、ザエトは幕僚らに語りかけている。

「反乱軍には、まともな部将は居らぬ。若輩者じゃくはいものが形ばかりの指揮官を務め、互いに寄り合っているのだ。……そのような奴ばらの用兵など、まさに児戯じぎに等しかろう」

 加減を誤った分断工作も、今から活かすことができる。幕僚らの顔色が変わり始めた。

「それに加えて、装備は貧弱そのもの。反乱軍は蛮勇だけの雑軍に過ぎん。練度、装備、経験……これら全てで勝る我々の敵では無い。それが真実であることを、私の策で示してみせよう」

 ザエトは幕僚らへ、反乱軍迎撃作戦概要を送信した。幕僚らはそれを食い入るように読み始める。

「……諸君らの勇敢さと、私の指揮が合わされば、もはや勝利は揺るがぬ。共に栄達をつかもうではないか」

 幕僚らの眼光に、次第に力が戻ってゆく。それを見届けたザエトは不敵に笑った。

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