第二〇話 練兵

 商談を終え、ロンドへと帰還した。エシルの採掘実地訓練について、反省会デブリーフィングを開催する。システムログとアイトラッキングデータが、無慈悲に現状を告げていた。反省会半ばで既に凹み気味のエシルが、悔し紛れに俺の口真似を始める。

「見落としではない。試したのだ。貴殿の眼と耳を。貴殿の判断力を」

「……などとのたまう様を、陛下に奏上すべきかいなか」

「わー! うそうそ! あたしが悪かった!」

 堂々とした言葉……その学習サンプルに、エシルから借りた小説を含めた結果がこれだ。反芻はんすうすると気恥ずかしい。ささやかに反撃を加えてしまった。

『訓練を観てやれ、そう伝えたはずだが。……演劇の稽古か? ガゼル』

 主の語気にあてられ、思わずフリーズする。

『ならば私自ら、武技ふりつけを仕込んでやる。く、参れ』

 ささやかでないお誘いが来た。甘んじて受け入れるほか無さそうだ。


『AIガゼル、ノード〝バーボネラ#F〟に接続完了』

 いつものシステムログがひらめく。スカーはわざわざ工作艦に乗り換え、そこに調整環境を構築したらしい。コンテナを広々と使った道場のような空間に、一ダースの機械歩兵が正座している。俺は艦内カメラ越しに、その光景を眼にしていた。

 機械歩兵は素体の全高が一七〇センチメートル、人工筋肉で駆動する機種が選ばれたようだ。外観は黒基調。簡素な兜と厚地の服を着せられている。服はコート風で、上下に分かれていた。色の違いを除けば、消防士のようにも見える出で立ちだ。兜から暖簾のれんのように垂れ下がるしころで見づらいが、スキーゴーグル風の強化型センサーユニットも備えている。教導官スカーの体術を、手っ取り早くトレースさせる意図が見て取れた。

練兵れんぺいの時間だ。構えよ」

 道場に立ち尽くすスカーがそう告げ、俺の脳内に膨大なデータが送られてくる。彼女謹製、警備型機械歩兵の基本動作や格闘術についてだった。データの奔流に運び去られる。その錯覚を自覚した途端、俺の意識は一体の機械歩兵へと押し込まれていた。

「まずは大盾の操法からだ」

 脳内への直接指示に従い、俺は立ち上がる。左上腕部には、いつの間にか透明な長方形の大盾が装着されていた。思わずそちらへ眼が釘付けになる。

「……それは武具庫アーモリーだ。器物をそのままの形で、虚数空間へ出し入れできる」

 言うが早いか、スカーも長さ一五〇糎ほどの警杖を取り出す。原理としては、収蔵管理インベントリシステムの亜種らしい。

「構造の単純なものに限られるが、な。……さぁ、始めるぞ」

 まずは単独で頭上、中段、阻止……三種類の構えを覚え、それらを主観と客観、両方の視点で行う。次は一二体総出での密集と疎開、二通りの隊形と構えを組み合わせる。

「仕上げは連鎖隊形だ。前列は阻止、後列は頭上に構えよ」

 しっかりと腰を落とし、足元も含めて完全に盾の影に収まる阻止構えの後ろから、斜め四五度に傾けた盾を被せた。

「移動と構えを迅速に、的確にこなせ。……次は組手だ」

 スカーが杖を構え、俺も対峙たいじする。残りの一一体の機械歩兵は下がらせた。彼女が今から繰り出す技と、その受け方が俺の頭に流れ込む。そう知覚すると同時に技が繰り出され、示唆された受け方を実践した。すかさず次の予告が届く。高速の約束組手が始まった。

「一点を見るな。全体を観よ」

 理想的な瞬間に受けることができず、より速度と威力が乗った突きや払いを貰う。

次第に盾がゆがみ、支える腕や防ぎ損ねた脚にもダメージがまり始めた。

「やはりプログラム通りとはいかんか。よし……」

 そこから先は丹念に、設計と実測の誤差検証としてしごかれた。

「反復し、体得せよ。丁寧にな。……他にも覚えるべき操法が待っておるぞ」

「……了解」

 交代で投入した一二体の機械歩兵は、ことごとく不調を来たしていた。修理と鍛錬を繰り返す必要がある。機械歩兵自体はともかく、装具の素材は合成樹脂や合成繊維なのが救いだ。しかし、俺の習熟が遅れる程、機械歩兵の補修に割く青星鉄せいせいてつが増えるのは明らかだ。

(こりゃ、操艦よりも数段難しいぞ……)

 俺の同化先は、あくまでも艦隊運用AIだ。体術AIではない。これも一因だろう。……前途多難だが、俺がやるしかない状況だ。スカーには、あのバッタ共の調査とロンドの執務が控えている。

(だが、型は与えられている。あとはそこに近づくだけだ)

 手探りで当て推量にやるのとでは、天と地の開きがある。おまけに今の俺は、休む間や寝る間を必要としていない。艦隊運用との並行になるが、丁寧にやれているかを確認しながら場数を踏めば、きっとできるはずだ。

 俺は整備ポッドへ機械歩兵を順次格納させ、繰り返し型を練ることにした。


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