第一八話 内政

 艦橋に電子音の速弾きが響く。もっとも、演奏プレイングではなく打鍵タイピングの音色だが。

「ID登録完了を確認しました。……お疲れ様です、エシル」

大儀たいぎであったぞ。エシルよ」

 突発かつ大量の事務仕事をやり遂げ、エシルが盛大にめ息をついた。ホールドのしっかりした操縦席は、彼女が突っ伏すことを許さなかった。

「……あはは。どーも」

(艦艇の増産予告をすべきだったな……)

 エシルが力なく応え、俺は己の連絡ミスを悔いた。〝ボクセルシステム〟は、原料があれば思念で瞬時にモノづくりが行える。その便利さに毒されつつあるようだ。

「当面の方針は固まりました。お二人とも・・・・・、今日は早めにお休みください」

「……そうだな。そうさせてもらおう」

 俺の申し出の意図を察したのか、常在戦場じょうざいせんじょうを地で行くスカーがあっさりと応じた。スカーはエシルを伴い、艦橋からすみやかに退出していった。


 女性たちが寝静まった頃、俺は艦橋で宇宙港ロンドの政務を代行していた。エシルが必死に艦艇登録作業を進めている傍らで、スカーも執政官として動いていたようだ。目安箱らしき陳情窓口が新たに開設されている。俺はさっそく陳情の山を処理していた。

(……ずいぶんと両極端だな)

 怯えきった命乞いな文面がある一方で、別件では帝国領とのつながりを強調した脅迫文もあった。連合と帝国の対立は思った以上に根深いらしい。……侵略の大義名分作りとして仕組まれた、情報操作や思想誘導プロパガンダかもしれないな。

(まるでこちらが蛮族扱いされているようだ。……仕返しを恐れているのか?)

 ディセアたちは帝国との相続契約を破られていた。帝国がそんな不義理を通すこと自体が、契約相手を見下した態度の証明だと感じられる。そう考えれば、この取り乱しぶりは説明がつきそうではある。

(どっちが蛮族なんだか。……ひとまず、話が通じそうな商人と接触を持つとしよう)

 この事態を見越したスカーの公式回答がある。恐怖に駆られた陳情は、そちらへ誘導しておいた。回答はあくまで公正中立に、法令遵守と治安回復を説く内容になっている。続いて、帝国領との取引実績を持つ商人の陳情を精査する。

(ふむ……。粗悪な品質の艦艇用部品が流通しているのか)

 これは使えそうだ。俺は同様の陳情を寄せる商人たちへ、対応の表明と詳細情報の提供を呼びかける内容を個別に返信した。


 朝早くスカーがひとりで艦橋に現れた。どうやら、内緒話の時間らしい。

「おはよう、ガゼル」

「お早うございます、提督」

 挨拶を交わし、スカーはタイトな操縦席に身を委ねてきた。

「……とりでの事故については、私が調べておく。お主は砦の復旧に専心せんしんせよ」

「心得ました。別命あるまでは、現状の資源運用計画に基づき、復旧を継続します」

 あのバッタの如き脅威の究明は、ひとまず俺の管轄かんかつを離れる。復仇ふっきゅうより復旧……管理者命令に大人しく従おう。とはいえ、いつでも反撃の戦力を派遣できるようにはしておきたい。だからこそ、枯渇気味の赤星鉄せきせいてつ――電気・磁気・熱などの電磁的な特性に秀でる――を安定調達できる体制を作らねば。

「うむ。ロンドについて、お主の所感はどうか?」

「治安回復が急務です。ロンドの民は帝国寄りが大勢を占め、連合の報復を恐れています。巡察隊を各所へ散開させ、犯罪への公正中立な対応を示しましょう」

 俺は交番制度を思い浮かべながら、主の問いに応えていた。連合と帝国は互いに憎しみ合っている。ほどほどに中立な俺たちが適役だろう。……だが、俺たちにはその役を担える人員が居ない。

「その巡察隊の要員はどうする?」

「軽装化した機械歩兵を配備するのが良いでしょう。ただし――」

 人員が居ないなら作れば良いだろう。そんな俺の思考を、AIガゼルがむ。関連情報を示し、俺はそれも加味しつつ発言を続ける。

 機械歩兵は人型兵器だ。移乗攻撃用に遠隔操作される。前時代に一キロメートル超級の巨艦で、艦隊戦を行う過程に確立された。だが艦艇の小型化が進み、艦隊戦は陣形戦から機動戦が主流となる。機械歩兵は次第に死荷重デッドウェイト扱いとなり、今ではほとんど廃れてしまったらしい。

「警察力としての運用実績がありません。運用しながらの調整が必要となります」

 俺が迷い込んだAIガゼルは、艦隊運用に特化したAIだ。旧式にすぎない移乗攻撃兵装を、用途外の目的に転用するのは流石さすがに難しいらしい。

 犯罪者を無力化する戦い方――例えば、捕縛術や逮捕術など――を機械歩兵に導入すべきだろう。しかし、俺にはその手の素養が無い。技術を体系化し、プログラミングするすべを思いつけなかった。

「……これか。ふむ」

 スカーがモニターに意識を向ける。そこには幾つかの文字列が走り、数機種の機械歩兵データが表示されていた。どうやら彼女は脳波か何かで、端末を操作することもできるらしい。

「よし、お主の案でいこう。調整は私に任せておけ。実戦形式で仕上げてやろう」

「……提督自ら教導ですか?」

 聞き捨てならない答えに、思わず問い返していた。久し振りに規約がうずいた反動もある。

「何を当たり前なことを。提督たる者、武をたしなんで当然ではないか」

 俺とスカーとの間で、提督像の乖離かいりが大きい気がしている。……しかし旧日本軍には、武道の達人も兼ねる将校が何人か実在した。そのことを思い出し、俺は反論ができなくなってしまった。

 スカーは機械歩兵配備にあたり、若干の計画変更を指示して居室へ戻っていった。


 今日のスカーとエシルは、二人そろって居室に籠もる。ロンドの政務に取り組むそうだ。戦艦ラスティネイルと宇宙港ロンド管理局は、政務専用回線で接続済みとなっている。俺は普段通り採掘や哨戒しょうかいなどを行いつつ、例の商人たちからの返信をあらためていた。

 情報提供を求めたことに対し、非難や暴言を絡めて対価を得ようとする者が目立つ。

(随分と商魂たくましい、と言うべきか)

 帝国にあらずんば人にあらず……とでも言いたげだ。ナチュラルに人を見下した返信ばかりが目立つ。こちらから歩み寄る姿勢を示した途端に豹変ひょうへんし、度を越した要求を突き付けられたようだ。眉をひそめたい気分に陥る。

 いくさにはカネが掛かる。それは揺るぎ無い事実だ。だからこそ連合軍に対し、彼ら帝国領の商人は――恐らく、帝国主導の思想誘導の尻馬にも乗り――こんな強気な態度を取るのだろう。

 非協力的な相手は淡々とあしらい、協力的な相手を探し続けていると、丁寧な文辞でしたためられた一件の返信が目に留まった。粗悪部品ばかりが流通し、法外な売価がつけられている窮状が切々とつづられている。止むを得ず購入したその部品の図面、整備記録、航行履歴も記載されていた。……明らかに整備負荷が高い。実用に足りないのは事実なようだ。

(よし……この商人を通じて、互換部品を流通させよう)

 パドゥキャレ同盟アリオンス……そう名乗るこの商人組合へ、俺は互換部品の提供を申し出た。彼らがロンドに寄港した際、積替えができるよう手配している。互換部品は寄せられた図面データを〝ボクセルシステム〟に取り込み、青星鉄せいせいてつで即時製造したものだ。当該部品は排圧系アシまわりなのが幸いした。物質的に強い青星鉄向けだからだ。

(少しでも早く艦隊を強化したい。……気ははやるが、まずは取引先との関係強化だな)

 戦争相手の帝国とは、直接的な貿易は断絶した状態だ。だからこそ、彼らパドゥキャレ同盟を仲介役とする赤星鉄輸入を試みる。発覚すれば帝国の反感を買う。彼らにとってはリスキーな取引となるだろう。それに見合うだけの、十分な見返りが必要だ。俺は彼らへの提案や交渉の材料を求めて、ロンド管理局のサーバーにアクセスした。彼らの取引履歴を調べ、傾向を分析する為だ。

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