第三章 施政

第一七話 事故調査

『余計な施しは受けねぇ。再戦を覚悟しておけ』

 ゴード隊へ、修理資材の提供を申し出た返信がこれだ。ゴードには敗北の鬱憤うっぷんを、オールブ攻略戦での先陣で晴らしてもらう。そういう落とし所を狙っていたのだが……。

(あれが規定違反の、戦闘出力でのレーザー砲撃だったとはなぁ……)

 故意であれ過失であれ、女王が定めた模擬戦の規定をゴードは破った。しかもこの模擬戦開催の発端が、ゴード自身にあるのも始末に悪い。……女王自らの提案にケチをつけたゴードを、これ以上調子づかせない為だったのだから。

(その上で口答えなどされた日には、ケジメをつけさせたくもなるか……)

 俺は密かにディセアを思いる。今頃彼女は予定より少ない兵力で、宇宙港オールブ攻略の指揮をっているはずだ。

 ゴード隊はトルバ氏族に属し、総勢五〇隻ほどの大所帯だ。その隊が丸ごと謹慎している。ディセアの即位を同盟で後押ししたトルバ氏族は重んじるべきだが、軍規違反を見逃してよい理由にはならない。ディセアを仰ぐ他の氏族に対し、示しがつかないからだ。

 ロンド守備隊として、ディセア直属の艦隊を幾らか割いてもらう。……事前計画は、ご破産になってしまった。善後策として、自前の艦隊戦力を拡充する必要がある。

『ほうこーく。スカーさんを医療ポッドに入れ終わったよ』

 居室から元気の良いエシルの声がする。今回は戦闘機動マニューバがキツかった上に、不慮の衝突事故まで起きた。スカーの脳や頚椎けいついに異常が無いか、念の為に検査する必要がある。その介添かいぞえを、エシルに頼んでいたのだ。

「居室医療ポッドの作動を確認しました。ありがとう、エシル」

『いいってことよー。あたしもスカーさんに看護してもらったし』

(そんなこともあったなぁ……)

 俺はふとディセア母娘と出会った日のことを懐かしみ、エシルとほんの少し言葉を交わす。その締め括りに、介添えの続行を頼んで回線を閉じた。


『AIガゼル、ノード〝スカイアイル#A〟、セクション〝スカイ・ゼロ〟に接続完了』

 システムログが俺の頭の中に書き出され、俺は再建中の要塞へ戻ってきた。スカーのアツいモーニングコールで目覚めたのも、今や昔なこの場所だ。

 俺がこの世界へやってくる直前、この要塞は何らかの事故に見舞われた。その解析が一段落したらしい。俺はそのレポートと再現データを確認する為、リモートで動かしていた戦艦からこの要塞へと、意識を戻したというわけだ。

『バーボネラ級工作艦群、建艦作業開始』

 事故調査レポートを閲覧する前に、防衛戦力の建艦を指示しておく。赤星鉄せきせいてつを除いた簡素版巡航艦を、とりあえず六〇隻だ。赤星鉄を欠き、制式版よりエネルギー周りが弱体化してしまうが、運用でカバーしようと思う。

『スカイアイル事故調査レポート、展開完了』

 ファイルの長い読み込みが終わった。俺はさっそく中身をあらためることにする。


(なん……だ、これ……)

 そこには信じ難い再現映像が展示されていた。この要塞は本来、七基の六角柱型宇宙港を束ねた外観で、内部構造は直列つなぎになっている。それを一基ずつ順番に内部から攻め落とさなければ、完全攻略はできないよう設計していた。

(丸ごと擦り潰された……だと……?)

 まるで角砂糖がコーヒーに溶かされるかのように、要塞は外壁から中心へ向かって損耗が一気に進んでいた。しかも、シールドは健在なままでだ。

(警報や迎撃装置が起動していない? 外部からの侵入があったのか?)

 要塞内外の電子工学的な防御機構は、何一つ動作していなかった。独立した機械式の最終防衛機構が辛うじて働き、要塞中枢だけを非常脱出できたと示されていた。

(……)

 俺がこの世界に来る前の話だが、スカイアイルは熊本城なみの難攻不落を自負し、数年がかりでゲーム内仮想空間に建造した要塞だ。そんな要塞が実在するこの宇宙で……容易たやすく弄ぶような壊され方をしたのを知り、流石さすがにショックが大きかった。

 要塞に侵入した外敵は、要塞内監視カメラにその姿を残していた。全体像としては、葉巻状の岩塊のように見える。全長は三〇メートルほどだろうか。……その表面は、大小さまざまなつぶてを押し固めたようだった。そんな物体が大群で飛び回り、要塞を喰い荒らしていた。


(敵は俺よりも卑怯技チート満載ってワケか……)

 怒りやストレスが頂点に達すると、よく〝頭が真っ白になる〟と聞いてはいた。それをこんなかたちで体験するとは、夢にも思わなかった。……〝白い世界〟のオマケまでつく始末だ。

(……問題はこのバッタ野郎共が、今どこで何をしているかだ)

 思わず毒づいてしまっていた。俺は荒れる気持ちとなんとか抑え、この先為すべきことを必死に考える。ディセアやベルファも、積年の恨みと向き合いながら進んでいるのだ。俺も彼女らを見習うべきだろう。……だが、妙だ。俺が感情を抑えようとすればするほど、沸々ふつふつと怒りが湧いてくる気すらしている。

(……ひょっとして、お前も怒っているのか? ガゼル)

 AIガゼルは必死に何かを示唆サジェストしようとし、演算エラーを繰り返していた。よくよく考えれば、俺はガゼルにとっては、プログラムの不具合バグも同然の存在だ。ガゼルからみれば、あのバッタもこのバグも、等しく害悪な存在だろう。……まさに五十歩百歩だ。そんな自嘲じちょうが自重の呼び水となり、俺はガゼルにびる気持ちを込めて念じていた。

(不自由させてすまない。一緒に要塞のあだを討たせてくれ) 

 そう繰り返していた。気づけばガゼルの演算エラーは止まり、俺は元の世界へ戻っていた。

『工作艦群、建艦作業完了』

 俺はログを合図に、要塞防衛艦隊を再編する。防衛艦隊を二分させ、一方はこのまま要塞を守る。もう一方はロンド防衛の為に派遣した。戦力の分散は手痛いが、背に腹は代えられない。俺は主に報告するべく要塞を後にした。


『AIガゼル、ノード〝ラスティネイル#A〟に接続完了』

 システムログを読み、馴染なじみの戦艦に戻ってきたことを確認する。艦橋内に視界を移すと、そこにはスカーとエシルが居た。スカーの早すぎる復帰に驚くと同時に、席順の奇妙さに首を傾げたくなる。操艦担当の前席にエシル、情報処理担当の後席にスカーが居たのだ。

「「……」」

 戦艦はロンド付近の宙域に停まっており、二人は真剣な眼差しで何かに取り組んでいる。俺は邪魔をしないよう、暫くその様子を見守った。エシルは操艦訓練用のシミュレーターに取り組み、スカーはロンドの軍事や行政に関するデータを吟味しているようだ。

「状況報告。分遣艦隊の到着を確認しました」

 先程要塞から派遣した艦隊が到着した。報告と並行して、俺はこっそりと要塞の事故調査データをスカーに提出した。機密情報ゆえに、エシルには伏せている。

「うむ。……質がそろわぬか。まぁ、致し方あるまい」

 スカーは分遣艦隊の一覧を確認する傍ら、何食わぬ顔で事故調査データを受け取った。分遣艦隊の陣容は、制式版の巡航艦が六隻、工作艦が二隻、簡素版の巡航艦が三〇隻となる。新造艦はエシルに登録してもらい次第、防衛戦力として稼働させるとしよう。

「今後の資源調達進捗に合わせて、制式版への改修を順次行います」

「赤星鉄の取扱量を増やさねばな。我らの需要に、供給が全く追いついておらぬ」

 半ば自動化している宙戝狩りで、その残骸から赤星鉄を抽出するだけでは不足だった。このブルート星系での採掘が見込めないならば、他の星系から輸入するのが良さそうだ。

「通商護衛艦隊を編成します。ロンドに居る帝国の商人たちに便宜をはかり、貿易での資源調達を行いましょう。彼らの支持を得ることは、ロンドの治安回復にも寄与するかと」

 宇宙港ロンドは、帝国がこのブルート星系を侵す為に作られた。そこに集う商人たちは、帝国領な隣接星系から、戦争特需を見込んで遥々はるばるやってきた者も居るだろう。

 帝国軍の敗走で彼らは損失を被り、連合軍を恨んでいるはずだ。だからといって、治安の悪化を招く非合法な商いを許すわけにもいかない。彼らの敵意を削ぎ、帝国領との交易路を俺たちの艦隊で守る体裁を取る。そうして帝国領からの増援を警戒しつつ、あわよくば敵情視察もしてしまいたい。

「うむ。布令ふれを出しておく。艦隊の編成、運用の委細いさいは任せるぞ」

「了解。……エシル。その訓練が済み次第、艦艇の登録をお願いします」

 俺たちは対外的にはアイセナ王国所属扱いだが、実態はダンスカー艦隊を名乗るワンマンフリートだ。かくまってくれている女王には、疑いを持たれるわけにはいかない。そのため艦艇の増産は秘密裏には行わず、従来どおりエシルを窓口に艦艇ID登録を行っている。

「はーい。いくつ登録するの?」

「六〇隻です」

 いけない、その顔は。俺は口をつぐみ、前席で固まるエシルの名誉を守った。

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