第一六話 名乗り上げ

 ベルファの合図と同時に、互いが接近していた。俺は目標艦ゴードの下を潜るよう、艦首を微かに伏せて肉迫する。その傍らで、スカーが身構える気配がした。

『甘えよ!』

 ゴードは上から覆い被さるように、艦首を下げて来る。その瞬間に、俺は艦首を跳ね上げた。急速反転と同時に最大推力を掛けつつすれ違う。強引にゴードの背後上方を取った。そのまま主推進機メインスラスターを吹かし続け、後進から前進に転じる。

 ゴードは見事に陽動フェイントに引っ掛かった。遅れて艦首を上げている。しかし遠心力を軽減しきれず、円弧の外へと膨らむコースを取っていた。俺はゴードの直上に位置し、艦首を向けている。そのまま垂直下降リフトダウンをかけ、ゴードを追い続けた。

(対閃光せんこう防御を、怠ったようだな)

 俺がゴードの目前で背後を見せた際、ゴードはこちらの主推進機をまともに視てしまったようだ。最大推力の閃光は、さぞやまぶしかったことだろう。

「……作戦を忘れるなよ? ガゼル」

「心得ています。心を攻める、でしたね?」

 予告していた戦闘機動マニューバが決まり、構えを解いたスカーが口を開く。いつもの急速一八〇度後転に加えて、後進を完全に打ち消した上での急速前進だ。事前に説明しておいたとはいえ、彼女の負担は相当なものだろう。

『やるじゃねぇか、あの地味艦』

『なんだあの変態機動は!』

『ゴードの坊や、甘えのはお前さんじゃねぇの?』

 周りからも野次が飛ぶ。血気盛んそうな、若い男声ばかりが耳についた。少し無理を通した主推進機の回復に、リソースを集中させる。その間も、ゴードの直上を正面に捉え続けた。宙戦において、艦艇はシックスドフ機動――前後左右上下への直線運動と、艦首の〝うなづきピッチかしげロール振りヨー〟の三軸回転運動との組み合わせ――を取る。ゴードは藻掻もがくように機動するが、目立つ塗装は眼で追い易い。俺はゴードの姿勢変化に合わせ、位置関係を保ち続けた。

「そのまま維持せよ。私が詳細走査ディティールスキャンを行う」

「走査権、委譲」

 艦の詳細走査は嫌われる。それなりに時間も要する。そんな行為を――たとえ模擬戦とはいえ――戦闘機動中に達成されたら……どうなるだろうか。

めやがって! やる気あんのかテメェ!』

 案の定、怒り心頭なゴード君の出来上がりだ。俺は修練を重ねた戦闘機動を披露し、その後始末をしていただけなのだがな。

「走査完了だ。攻勢に転じよ」

「諸元受領。交戦開始」

 俺はデータを受け取り、レーザー砲にリソースを戻す。ここからは、実力行使の時間だ。


 ゴードが逃げ、俺が貼り付く。運動性能で勝るこちらが一方的に、直上からのレーザー砲撃を浴びせ続けていた。だが決して慢心はできないことを、スカーのデータが示している。ゴードの艦は、シールド容量と推進機の瞬発力に優れている……そう判明しているからだ。

「演習出力のレーザーでは、ちと手間取るぞ」

 スカーの指摘の横で、俺は目標の艦橋付近を執拗しつように狙い撃つ。実害は抑えられているとはいえ、被弾の様子を間近で見続けるのは辛いだろう。

『ずっと喰らい付いてやがる……』

『おいおい、勝負になってねぇぞ』

『ゴードの奴、達者なのは口先だけかぁ?』

 外野も随分と騒がしい。ある程度は、実力を示せたようだ。

『まだだ! オレはまだやれる!』

『やっちゃえ、ガゼル!』

 一方的被弾による戦意喪失で試合終了……そう裁定されるのを恐れたのか。いまくじけぬ戦意を見せるゴードと、あおるエシルの対比が印象的だ。そう感じられる程度には、俺は冷静に試合運びが出来ていると思う。

「ガゼル、境界に注意せよ」

 スカーがあくまでも冷静に指示する。リングアウト負けは勘弁だ。俺は気を引き締め直し、ゴードの周りを公転するように、素早くたいを入れ替える。俺はゴードをを正面に捉えたまま、ゴードのほぼ真下に回り込めた。相手からは、俺をほとんど視認できないだろう。

『クソがッ!』

 ゴードは悪態をつきつつも粘り、土俵際の攻防が続く。気がつけば、観衆のすぐ間近まで来てしまった。土俵際から観衆の最前列までの距離、約二〇〇メートル。ゴードのシールドも霧散寸前だ。……まさにその時だった。

『調子に……乗るな!』

 真下に居る俺を目掛けて、ゴードが強引な急速艦首下げプッシュオーバーを仕掛ける。乗員は上半身への強い遠心力を受け、眼に障害を負うかもしれない。それほど危険な機動に映った。

 思わず気を囚われた俺は、反応が遅れてしまう。再び俺と正対する瞬間を見越すように、ゴードが閃光を背負っていた。閃光の源は全開の主推進機。奴は真っ向から突撃する気だ。

 ――しまった!

 思わず声にならない叫びを上げる。なぜなら、俺の真背後には観衆が居たからだ。俺は咄嗟とっさに艦首を左に振り、推力を全開にする。ゴードの助走が勢いづく前に阻み、できるだけ衝撃を軽く逸らす為に。

「……ッ!」

『砲手! 撃てぇ!』

 スカーが息を飲む。衝突への備えだと信じたい。ゴードが放つレーザーと、俺のシールドの干渉で視界がくらんだ。

『衝突警報発令』

 ログと同時に警告音が響く。艦どうしが交錯するように激突した。やじり型をした俺の艦がシールドをまとう刃のように、ゴードの艦を斬りつける。すれ違い様に、黄色い破片が舞った。ゴードの艦は、シールドが衝突に耐えきれなかったようだ。

『それまで!』

 ベルファが叫び、試合が止められる。観衆から上がっているのは非難か怒号か……それとも狂喜か、俺に感じ取る余裕は無かった。


『皆に改めて紹介しよう。我がアイセナ王国特務艦隊々長、スカーである!』

 興奮冷めやらぬ観衆へ、ディセアが勝ち名乗りのように叫んでいた。

『……スカー。アイセナ女王の名において、貴女きじょをロンド防衛の役に任じる』

「心得た!」

 ディセアは公人として威厳を示し、スカーは盟友として勇壮に応えてみせていた。観衆にどよめきが生じている。どよめく理由はスカーが女性だと初めて知ったからか、それとも最重要任務がロンド防衛とされたことか。

『ゴード、アナタの敢闘は見事でした。しかし――』

 おとがめなし、とはいくはずもない。ゴードは明らかにやり過ぎていた。

『将たる者は軽挙を慎み、軍規を守りなさい。別命あるまで、ロンドで謹慎するように』

『断じて軽はずみじゃねぇ! オレは――』

『見苦しいぞ! そのザマで将のつもりか!』

 ゴードのわめきを、ディセアが一喝した。

『……諸君、勇敢と蛮勇を履き違えるな。そのいしずえは軍規の遵守じゅんしゅにある。全軍、隊伍たいごを整えよ。すぐに出陣する。諸君らの勇敢さ、オールブの者共に見せつけるのだ』

 浮き足立ちかけた場に、ベルファが訓示で収拾をつけた。

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