第一六話 名乗り上げ
ベルファの合図と同時に、互いが接近していた。俺は
『甘えよ!』
ゴードは上から覆い被さるように、艦首を下げて来る。その瞬間に、俺は艦首を跳ね上げた。急速反転と同時に最大推力を掛けつつすれ違う。強引にゴードの背後上方を取った。そのまま
ゴードは見事に
(対
俺がゴードの目前で背後を見せた際、ゴードはこちらの主推進機をまともに視てしまったようだ。最大推力の閃光は、さぞや
「……作戦を忘れるなよ? ガゼル」
「心得ています。心を攻める、でしたね?」
予告していた
『やるじゃねぇか、あの地味艦』
『なんだあの変態機動は!』
『ゴードの坊や、甘えのはお前さんじゃねぇの?』
周りからも野次が飛ぶ。血気盛んそうな、若い男声ばかりが耳についた。少し無理を通した主推進機の回復に、エネルギーを集中させる。その間も、ゴードの直上を正面に捉え続けた。宙戦において、艦艇はシックスドフ機動――前後左右上下への直線運動と、艦首の〝
「そのまま維持せよ。私が
「走査権、委譲」
ただでさえ、艦の詳細走査は嫌われる。まして今は模擬戦闘中だ。
『
案の定、怒り心頭なゴード君が出来上がる。俺は修練を重ねた戦闘機動を披露し、その後始末をしていただけなのだがな。
「走査完了だ。攻勢に転じよ」
「諸元受領。交戦開始」
俺はデータを受け取り、レーザー砲にエネルギーを戻す。ここからは、実力行使の時間だ。
ゴードが逃げ、俺が貼り付く。運動性能で勝るこちらが一方的に、直上からのレーザー砲撃を浴びせ続けていた。だが決して慢心はできないことを、スカーのデータが示している。ゴードの艦は、シールド容量と推進機の瞬発力に優れている……そう判明しているからだ。
「演習出力のレーザーでは、ちと手間取るぞ」
スカーの指摘の横で、俺は目標の艦橋付近を
『ずっと喰らい付いてやがる……』
『おいおい、勝負になってねぇぞ』
『ゴードの奴、達者なのは口先だけかぁ?』
外野も随分と騒がしい。ある程度は、実力を示せたようだ。
『まだだ! オレはまだやれる!』
『やっちゃえ、ガゼル!』
一方的被弾による戦意喪失で試合終了……そう裁定されるのを恐れたのか。
「ガゼル、境界に注意せよ」
スカーがあくまでも冷静に指示する。リングアウト負けは勘弁だ。俺は気を引き締め直し、ゴードの周りを公転するように、素早く
『クソがッ!』
ゴードは悪態をつきつつも粘り、土俵際の攻防が続く。気がつけば、観衆のすぐ間近まで来てしまった。土俵際から観衆の最前列までの距離、約二〇〇
『調子に……乗るな!』
真下に居る俺を目掛けて、ゴードが強引な
思わず気を囚われた俺は、反応が遅れてしまう。再び俺と正対する瞬間を見越すように、ゴードが閃光を背負っていた。閃光の源は全開の主推進機。奴は真っ向から突撃する気だ。
――しまった!
思わず声にならない叫びを上げる。なぜなら、俺の真背後には観衆が居たからだ。俺は
「……ッ!」
『砲手! 撃てぇ!』
スカーが息を飲む。衝突への備えだと信じたい。ゴードが放つレーザーと、俺のシールドの干渉で視界が
『衝突警報発令』
ログと同時に警告音が響く。艦どうしが交錯するように激突した。
『それまで!』
ベルファが叫び、試合が止められる。観衆から上がっているのは非難か怒号か……それとも狂喜か、俺に感じ取る余裕は無かった。
『皆に改めて紹介しよう。我がアイセナ王国特務艦隊々長、スカーである!』
興奮冷めやらぬ観衆へ、ディセアが勝ち名乗りのように叫んでいた。
『……スカー。アイセナ女王の名において、
「心得た!」
ディセアは公人として威厳を示し、スカーは盟友として勇壮に応えてみせていた。観衆にどよめきが生じている。どよめく理由はスカーが女性だと初めて知ったからか、それとも最重要任務がロンド防衛とされたことか。
『ゴード、アナタの敢闘は見事でした。しかし――』
お
『将たる者は軽挙を慎み、軍規を守りなさい。別命あるまで、ロンドで謹慎するように』
『断じて軽はずみじゃねぇ! オレは――』
『見苦しいぞ! そのザマで将のつもりか!』
ゴードの
『……諸君、勇敢と蛮勇を履き違えるな。その
浮き足立ちかけた場に、ベルファが訓示で収拾をつけた。
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