第一五話 悶着

***


 明くる日の朝、俺たちはロンドへ寄港していた。入渠にゅうきょしたドックで生活物資を発注していると、管理局から映像通信が入る。スカーが回線を開くと、ディセアとベルファがうれい顔を並べていた。

『ちょうど良いタイミングだったよ。急ぎで相談したいことがあるんだ』

 ディセアがさっそく話を切り出してきた。

『アタシらは寄り合い所帯でね。それが災いして、次の作戦で意見がまとまらないんだ。アタシとしては、今すぐにでも宇宙港オールブを攻めたい』

『オールブは第一四艦隊の補給拠点です。ロンドからの軍事物資を集積していました。ここを落とせば、かの艦隊は補給を絶たれるでしょう』

 ベルファの補足を聴きつつ、俺はスカーに星系図を示す。ロンドからオールブまでは二五〇光秒ほど。そこから更に二五〇〇光秒は離れた位置に、第一四艦隊は遠征しているらしい。ロンドを包囲した際、このオールブからの援軍は無かった。……と、いうことは、それほど防衛に余力があるわけでも無さそうだ。

「……確かに、く出陣するが上策であろうな。ロンドの民への宣撫せんぶあつくした上で、だが」

 スカーがおおむね同意を示す。ロンドは陥落させたばかりで、連合軍への恨みが募っていることだろう。それを政治で和らげる必要がある、とだけくぎを刺して。

『そう、それ。その役目をスカーに頼みたいんだ。ロンドの臨時執政官として』

「ほう? 私も随分と高く買われたものだな?」

 大胆すぎる頼みごとだった。攻め落とした城を、同盟相手スカーの好きにさせるなどとは。

『スカー。アナタが一番冷静で、守戦に長けてる。アタシはそう見込んでるの。……アタシらじゃ、どうしても……帝国の奴らに対しては、冷静で居られないからね……』

 熱弁を振るうディセアが、少しだけ苦しげに言葉を続ける。

『……実は、この話に強く異を唱える一派が、存在しているのです』

 言葉を詰まらせたディセアに代わり、ベルファが話しを引き継いだ。

『手腕や所縁ゆかりの不明な者に、守将は任せられない。さりとて、彼ら自身が守るのは、先駆けを欠くので恥だ……というのが、彼らの言い分です』

 口は挟むが対案は出さない……なんとも面倒臭い話しだ。どうやら派閥間の主導権争いに夢中で、ロンドの防衛は貧乏くじと捉えているようだ。だとすれば、随分と軽薄に映る。一方でディセアたちは、積年の恨みとの折り合いに苦しみながらも、皆を纏めようとしている。あくまでも大局を見据え、作戦立案や利害調整に取り組んでいるのが見て取れた。……俺はディセアたちに、心から同情したくなった。

「……ふむ。我らの力が不明と申しておるのか」

 ――あ、いかん。

「不明は我らか、それとも彼らか。証明してみせるのは如何いかがかと」

 主の言葉に微かな怒気を感じ、つい反射的に口走っていた。俺自身、憤りを感じるところもあり、はずみがついてしまった。

「ほほう。どう証明するつもりか申してみよ、ガゼル」

「模擬戦で。この要衝ようしょうを守るに相応ふさわしい力を示しましょう」

 勢いに任せ過ぎた提言だ。自分でもそう思う。しかし……。

『いいね、それ! やっぱり口先より行動だわ!』

 思いのほか、女王の歓心を買ってしまった。今更、発言を撤回できそうもない。俺たちの生存は、この星系での各種事業免許にっている。その免許は、女王が保証するものだ。それを考えれば、できるだけ女王の意向に沿う必要がある。俺たちの存在はこれまで以上に露呈するが、管理者スカーの生存こそが俺の最優先事項だ。

(艦隊の機密に関しては、存在の秘匿ひとくから性能の秘匿にシフトさせよう)

 俺はそう気持ちを切り替える。そのまま皆と少しだけ作戦を練り、解散した。


 女王ディセアの名で、出撃準備命令が下る。攻撃目標は宇宙港オールブだ。一見して奇妙な記述が、その電文には含まれていた。

『出陣に先立ち、戦勝祈念の御前試合を行う。勝者には最も重要な役目を任そう。遅参ちさんした隊には、留守居るすいを命じる。く馳せ参じよ』

 ロンド付近のとある空白宙域が、集合場所と指定された。一時間以内に集合を促し、皆が先を競って参集する。時間内に総勢四〇〇隻ほどの艦艇が集結した。

 艦艇群の正面かつ離れた位置に、訓練用の浮標ブイが設置されている。この浮標を起点とした、半径一キロメートルの球状宙域を、模擬戦のリングと定めた。このリングの中で一騎討ちを行う。……武装はレーザーのみ。しかも演習規定レベルまで、出力を絞って使っている。相手のシールドを喪失させるか、リングアウトさせれば勝ちだ。

『これより御前試合をり行う。両者、前へまいえ

 審判を務めるベルファの指示に従う。俺は戦艦ラスティネイルを、所定の位置に着ける。続いて浮標を挟んだ向こう側へ、対戦相手の艦がやってきた。互いの距離は五〇〇メートルだ。

 対戦相手は全長約八五米、全幅約四五米。元は三つに分かたれた流線型の艦影……それを敢えて、角型にゴツくカスタムした印象の艦だ。遠目にも目立つ黄色で塗装され、魔獣の横顔のようなノーズアートが更に目を引く。俺の低視認塗装ロービジとは対照的だ。

『おいおい、そんなシケた艦でオレとやり合おうってのかよ?』

 全軍に開かれた回線で、対戦相手がトラッシュトークを仕掛けて来る。

『ゴード、無駄口は控えよ』

『りょーかい、参謀殿』

 とがめるベルファに不遜ふそんに応じるこの男が、ディセアの発案に異を唱えた頭目とのことだ。声を聞く限りでは、随分と若い印象を受ける。

 艦の限界性能は秘匿ひとくすべきだ。しかし、余計な憶測や侮りを放置するのも、今後の艦隊行動が取りづらくなる。この模擬戦で俺たちが程よく実力を示し、無意味で邪魔な流言りゅうげんは黙らせたいところだ。

「なかなか、腕白ワンパク対手タイシュのようだな」

『子供っぽい。あたしが言うのもなんだけど』

(……二人とも辛辣しんらつだなぁ)

 操縦席のスカーが独りち、居室で待機のエシルがあきれている。この模擬戦では戦闘機動マニューバを多用する。エシルは慣性制御Gアシストがより強力な居室で、安静に観戦中というわけだ。

『双方、尋常に勝負せよ。試合……始め!』

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