第一四話 顕現

「巡航解除用意……今! 目標宙域へ、到着を確認しました」

 俺たちは曳航えいこうの為、要塞スカイアイル管制区画が潜む宙域へと戻った。陣容は曳航役のバーボネラ級工作艦二隻、護衛役のラスティネイル級戦艦一隻と、アフィニティ級巡航艦六隻だ。アフィニティ級は電子戦型と攻撃型の混成となっている。

「スカイアイル、擬装解除。曳航準備に入ります」

「うむ。周囲警戒は任せておけ」

 俺はまず護衛役の艦を周辺に配置し、警戒はスカーに一任する。

「了解。工作艦を接舷させます。接舷マーカー起動」

 スカイアイル管制区画の誘導信号機ガイドビーコンを作動させる。信号機は、屋上と床下に一基ずつ在った。その信号を頼りに、一隻目の工作艦を屋上へ近づける。工作艦の両脇に吊ったコンテナを、大型の降着装置として使うのだ。

「接舷マーカー、受信確認。接舷コース修整中……」

 工作艦の位置や角度を入念に修整する。修整が甘いと、最悪の場合は降着装置を壊してしまう。

「接舷コース修整完了。工作艦を降着させます」

 降着と同時に管制区画全体が微かに揺れた。工作艦の慣性制御Gアシストで揺れを収め、同様の手順で床下側へもう一隻の工作艦を降着させた。

「……接舷を完了しました。曳航を開始します。ハイパードライブ起動」

 護送隊列を組む。各艦の足並みを再計算し、巡航へ移行した。

 

 それなりの示威じい効果があったか、巡航中を宙戝に襲われることはなかった。……とはいえ、今は手を出さないだけだろう。

租借そしゃく宙域へ、到着を確認しました。護衛艦群、全周警戒配置。艦隊を再編します」

「うむ。再編完了次第、スカイ・ゼロを復旧させよ」

 租借宙域には工作艦を四隻、巡航艦を六隻待機させていた。計一二隻となった巡航艦を、銅鑼どらのような立てた円状に並べる。半径三キロメートルほどの円陣となった。

「了解。……艦隊、再編完了。全周警戒中。工作艦、接舷解除」

 巡航艦群の輪の中心で、スカイアイルの管制区画を切り離した。計六隻の工作艦はその後、巡航艦群の内側に並んで二重ふたえの円陣を組む。それはストーンサークルのようだった。

「スカイ・ゼロ、復旧開始します。閃光せんこうに注意してください」

 要塞スカイアイルの中核にあたる一基、スカイ・ゼロの再建を始める。スカイアイル管制区画が、定礎石ルートブロック扱いだ。そこへ工作艦たちが持つ収蔵管理インベントリシステム、その虚数空間から資源を送り込む。工作艦それぞれの収蔵管理は、量子通信網でリンク済みだ。そのやり取りが済むと、管制区画が白く激しい閃光に包まれた。

「工作艦群、マイクロ波給電異常なし」

 今回は大掛かりの為、外部からエネルギーを補助する必要がある。その為に、六隻の工作艦を必要としていた。やがて閃光は急速に大きく膨れ上がり、一瞬の内にき消える。

 全長約二〇粁、全幅と全高約二粁。六角柱型宇宙港、最初の一基。七基で一体の要塞と成る。その巨躯きょくが、二重の円陣を貫くが如く顕現けんげんした。

「スカイ・ゼロ復旧完了。システムチェックを実行します」

 俺ことAIガゼル本体は今、スカイ・ゼロという鎧を得た。巡航艦がメインだが、護衛艦群も居る。心配事がひとつ減り、ようやくひと心地つけた。

「完了次第、情報領域ストレージを開け。我がとりでに何が起きたか、解明せねばならぬ」

 危うく忘れかけていた。かつてこの要塞は、最小限の区画のみを非常脱出させたらしい。

「了解。システムログ解析環境構築中。……構築次第、解析開始します」

 許可を得て、要塞メインAIの記憶領域へとアクセスする。そこから、システムログの圧縮保管録アーカイブを取得した。その膨大なデータを扱えるよう、システム領域の確保を行う。

 こんな大事な問題を半ば忘れかけるとは……俺が少しは図太くなったのか、問題ごとで飽和したのか、一体どっちなんだろうな。


***


 帝国軍第九艦隊提督クイント・ティリーは、とある小惑星帯に構えた監視基地に潜んでいた。そこは帝国軍が以前、採掘の場として内側をくり抜いた小惑星だ。今は小惑星表面に観測機器などを埋設し、基地化されている。基地内部に戦艦を隠し、基地の設備を稼働させたティリーたちは、交代で休養と警戒に当たっていた。

艦紋かんもん照合、完了。不明艦隊に近似しています』

 不明艦隊……氏族連合艦隊に紛れた、異質な艦隊をそう仮称している。その艦隊が放つ独特なノイズを、先の戦いでほんの少しだけ記録できた。こうした艦艇固有の痕跡を艦紋と言う。艦紋データは蓄積しつつ体系化すると、敵味方識別に使えるようになる。

「ユピテル。観測したノイズを不明艦隊の艦紋として、もっと詳しく記録してくれ」

『はい。不明艦隊の艦紋諸元を、更新します』

 ティリーは迷わずAIアシスタントへ指示を出し、考え事を始める。今、捉えた艦隊が間違いなく〝不明艦隊〟であることは、彼にとっては明白だった。

(あれは一体、何だったのだ……)

 宇宙港ほどの巨大構造物が、一瞬のうちに現れた。ティリーはそう解釈するしかない光景を、たった今間近で眼にしたばかりだ。そんな魔術のような芸当は、氏族勢に技術で勝る帝国にも不可能だった。

(……何度確認しても、やはり走査機は正常に機能している)

 観測機器の動作に異常は観られなかった。……信じ難いが、事実として受け止める必要がある。

途轍とてつもないロストテクノロジーの使い手が、氏族たちにくみしたということか……)

 ティリーはそう結論付けた。

「これは、迂闊うかつに動けなくなったな」

 参謀の犠牲で生かされた生命だ。だからこそ、不明艦隊との決着は急いではならない。ティリーは不明艦隊の性能を明らかにするべく、長期の潜伏と観測を覚悟した。

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