第一三話 侵攻

 明くる日の戦艦ラスティネイル艦橋にて。俺たちは映像通信で、作戦会議の場を設けた。

『第九艦隊は、全軍でコルツへ急行した公算が大きいです』

 ベルファの落ち着いた報告が続く。

『ロンドを巡回する守備隊は確認できず。第九艦隊はロンドとは別方向へ遁走とんそうしました』

『第一四艦隊の動きはどうかな?』

 説明が一段落したのを見計らい、ディセアが問う。

『噂の域を出ませんが、外縁小惑星帯のゾーン〝モーナ〟方面へ侵攻中とのことです』

「その『モーナ』までの距離や如何いかに?」

 スカーが意気込むように問う。

『……ロンドから二七六〇光秒ほどです。第九艦隊のような強行軍は、どうあがいても出来ないでしょうね。侵攻で消耗した艦隊なら尚更です』

 俺はすぐさま星系図と照らし合わせ、モーナ方面の観測に移行した。

「みんなの様子は? 怪我とか、疲れとかは大丈夫?」

 復活したエシルも元気に質問する。

『皆、至って元気ですよ。連勝で士気が高まっているようですね』

『うんうん、元気が有り余ってるようだねぇ』

 ベルファとディセアが、含みのありげな笑みを浮かべる。俺は思わず身構えたくなった。

(昨日の続きは勘弁してくれ……)

 そんな心配をしていると、真顔のスカーが口を開く。

「攻め時だな。して、ロンドへはいつ攻め入る?」

『すぐにでも。朝食と点検の済んだ艦から、順に集めさせるよ』

 スカーの直球な問いに、ディセアの強打な答えが返る。俺は別な意味で身構えた。

意見具申いけんぐしん。我々は先行偵察ていさつとして、即時出撃を提案します」

「うむ。ディセア、それで良いかな?」

『ええ、お願い。エシル、頑張ってね』

『ご武運を』

「頑張ります!」

 速さが肝要かんような局面だ。優速の俺たちが先行し、ロンドの虚実を改めて探っておこう。からの城とみせかけて、待ち伏せがあるかもしれないからな。


***


 帝国軍行政長官デキア・カッツは、宇宙港ロンドのドックで出港準備を進めていた。数日がかりの星系間航行に備え、既に艦への生活物資搬入を済ませている。今は出港の機をうかがうべく、操縦席の端末で情報収集を行っていた。行政長官権限を使い、ロンド管理局が収集済みの機密情報を閲覧する。

「第九艦隊、敗走……だと?」

 カッツは宇宙港ロンドへと逃れる途中、ザエトの子飼いどもに出撃を促した。首尾よく第九艦隊が出払うのを見届け、密かに入れ違いつつロンド入りを果たす。ここまでは、ことは上手く運んでいたのだ。

「あの、ボンクラ武官どもめッ!」

 思わず殴りつけたモニターがちらつく。

「出港を急がねばならん……」

 カッツはロンド管理局との音声通信をリクエストしていた。

『ロンド管理局です。ご要件をどうぞ』

「ブルート星系、行政長官のデキア・カッツだ。急ぎ確認したいことがある」

『長官閣下で有らせられましたか。……どのような事柄でしょう?』

 露骨に態度が素っ気無くなる担当者に、カッツは苛立ちをこらえて要件を伝える。

「ゲイル星系に発たねばならん。直近の船団出港予定はいつだ?」

『確認中です。……約一時間後に出港の、輸送船団があります』

「その船団に便乗する。手配せよ。それから――」

 念には念を。カッツは殊更ことさらに語気を強めて伝える。

「この渡航は極秘事項だ。この遣取も含め、記録を削除しておくように。以上だ」

『……かしこまりました、閣下』

 不満を取りつくろおうともしない了承に嫌気がさし、カッツは乱雑に回線を閉じた。


***


 大型宇宙港ロンドまでの航路を巡航していた。所要時間は約五分。陣容はラスティネイル級戦艦一隻、アフィニティ級電子巡航艦二隻だ。

「巡航解除用意……今! 宇宙港ロンドへ到着を確認しました」

 ロンドは直径約八キロメートル、長さ約二四粁の円筒型構造体を有していた。緩やかに回転しており、遠心力を擬似重力として利用しているのがうかがえた。

「隠密擬装および観測鏡、展開完了しました。情報収集を開始します」

 俺はロンド周辺の交通や通信、ロンド自体の構造などの把握に努めた。行き交う艦艇は商用仕様のものが多く、出港傾向が強かった。第九艦隊の敗報を受けての避難と考えれば、一応辻褄つじつまは合う。問題はその避難の目的だ。放棄か籠城、どちらになるかだ。

(一時的に人口を減らして持久を図り、第一四艦隊の来援を待つつもりかもなぁ)

 これほど大きい宇宙港を制圧するとなると、相当な数の歩兵戦力と時間が要りそうだ。手間取れば外縁小惑星帯から第一四艦隊が駆けつけ、ロンドの内と外から挟み撃ちになる恐れもある。

(援軍が第一四艦隊だけとは限らない。星系をまたいでやって来る可能性もある)

 帝国の本拠となる星系は別に存在する。このロンドは征服の橋頭堡きょうとうほとして、帝国に新造された宇宙港らしい。星系間の移動は、その星系で最も重い主星を目印とする。目印めがけ、過給チャージ圧を高めて跳躍ジャンプするのだ。ロンドは確かにそうした目的や事情に沿った、主星間近の大規模宇宙港の様相を呈している。

 宇宙港ロンド、外縁小惑星帯のゾーン〝モーナ〟方面、ブルート星系主星周辺……俺はこの三宙域の監視を行う。それは、ディセアたち本隊が到着するギリギリまで続いた。


 監視を始めてから一時間は過ぎた頃、ディセア率いる連合軍本隊がロンド周辺宙域に到着した。総勢で四〇〇隻ほどの艦艇が、宇宙港ロンドの入出港ゲート前を三日月状に包囲する。一方、帝国軍らしき艦艇はついに現れなかった。宇宙港ロンドは、連合軍へ降伏を申し入れて来た。

 女王ディセアは、参謀ベルファ率いる歩兵戦力と共に入港する。ほぼ無条件でロンドの降伏を受け容れ、連合軍は湧きに湧いていた。

『帝国の連中に、目にものを見せてやれたよ。……ありがとうね』

 ディセアが映像通信に応じた。長時間に及ぶロンド管理局との話し合いで、流石さすがに疲れが隠せない様子だ。俺が若干の気まずさを感じる傍ら、スカーはお構いなしに本題を切り出す。

「礼には及ばぬ。領域は拡張よりも維持が肝要だ。……その一助も兼ねて、ディセアの許可を願いたいことがある」

『どんなことかな?』

「この宙域を租借そしゃくしたい。そこで我らの母艦を構築する」

 指定した宙域は、ディセアたちアイセナ氏族の本拠ノーフォ、協力関係にあるトルバ氏族由来のコルツ、今回攻略したロンドを結ぶ航路と、第九艦隊の逃走方向や第一四艦隊の遠征先との間に位置する宙域だ。岩石質のリングを持つ惑星の近くで、金属資源採掘に向いている。

「数的不利に陥った軍勢は、糧道りょうどうの破壊を試みるものだ。我らはその見張りも兼ねる位置に陣取り、これを防ぐ。同時に、我らの目的も果たすのが狙いだ」

『なるほどぉ……でも』

 ディセアは感心しつつも、心配がぬぐえない顔をする。

『そのあたりは昔から、宙戝が出没しがちだけど……それでも良いのかな?』

「問題ありません。むしろ、好都合です」

 俺はすかさず補足する。本音を言えば……宙戝艦を狩り、赤星鉄せきせいてつを手に入れるのが狙いだ。しかし、ここはディセアに対するメリットを、前面に押し出すとしよう。

「アイセナ王国所属として、宙域の治安維持活動に貢献します。ロンド市民の懐柔もしやすくなるでしょう。帝国の管理下よりも、良い政治を実感させることが重要かと」

『確かにねぇ……じゃあ……』

 ディセアは思案顔だ。……しかし、乗り気ではあるようだ。

『一応、確認はさせて。どんな母艦を造るつもりなの?』

 母艦・・と言葉を濁してはいるが、要塞スカイアイルのことを言っている。

工廠こうしょう型母艦です。我々の艦隊を丸ごと搭載します」

 要塞スカイアイルは、自律航行も可能な代物だ。……やや特殊な航法装置で、小回りは効かないが。母艦とは苦しいがうそではない、はずだ。

『……相変わらず、とんでもないねぇ』

 思わずディセアが真顔になる。

『こちらとしても助かる話だし、いいよ。完成したら、お披露目してくれると嬉しいかな?』

「うむ。約束しよう」

 ディセアの許諾にほっとした隙を、スカーの安請け合いに突かれてしまった。……まぁ、機密に関わる区画は非公開にするのだろう。

「では、さっそく作業にかかるとします」

 俺はそう宣言する。これでやっと、守りを欠く要塞スカイアイルを移送できる。

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