第一二話 殺到

『全軍、突撃!』

 ディセアの号令一下、連合軍艦艇が突出する。その数、およそ三〇〇。三隻一組でくさびの如き錐行すいこう陣を敷き、肉迫しつつ対盾レーザーを浴びせていた。連合軍艦艇に電子妨害ジャミングが及ばぬよう、敵レーダー波だけを妨害する。

 対する帝国軍艦艇一八隻は、最も防御が薄い艦底部を砲火にさらしていた。

『い、いかん! 索敵隊、本隊へ帰投せよ!』

 敵将が慌てるのも無理もないことだった。艦艇は飛びたい方向に向かって艦首を上げる時、もっとも速く回転できる。上下左右、ランダムに蛇行する俺たちに付き合う内、帝国勢は次第に平衡と統率を欠いていたのだ。

 俺が描く逃走の円弧の内へ、帝国軍は艦首を上げていた。その外から、連合軍が襲いかかっていた。

「前進へ転じます。女王陛下を、敵将のもとへご案内いたします」

「エシル、あと少し辛抱せよ。母が観ておるぞ!」

 帝国軍索敵隊は帰投がかなわず……全滅した。見届けた俺は予告し、無言のエシルをスカーが叱咤しったする。

 ――手荒な操艦ですまない。あと少し、我慢してくれ。

「先遣隊より本隊へ。われ、敵本陣へと先導す」

 ディセア座乗の旗艦きかんへ連絡を入れ、随伴艦と共に急速前進をかける。誘導信号ガイドビーコンを打ち続け、解析済み通信暗号鍵も送りつける。

『追撃に移る! 我に続け!』

 荒ぶるディセアの叫びを背中で聞く。俺は今までの必死な逃避行の跡を、今度は勢い良く取って返していた。

『第九艦隊全艦に告ぐ! 現刻をもって任務解除! 各自判断で生還を図れ!』

 敵将は平文ひらぶんで広域通信を発していた。おそらくまだ合流できていない後続艦に、少しでも速く簡潔に宛てる為だろう。なかなか思い切った判断をする。

 残存していた一〇〇足らずの第九艦隊は、それぞれ巡航で離脱しようとしていた。片肺となった主推進機で、敵旗艦も必死に飛んでいた。

「先導完了。武運と勝利を」

 俺はディセアにそう言い残し、彼女たちへ進路を開けた。


***


 帝国軍第九艦隊提督クイント・ティリーは、厳しい撤退戦の渦中に居た。

「……ッ! 巡阻じゅんそ反応あり!」

「諦めるな! 何としてでも振り切るぞ!」

 隣席で回避機動を行う操縦手を励ましつつ、ティリーは自ら巡航阻害への防御措置を取る。後方から向けられる阻害電波を解析し、位相を逆にした干渉波を応射し続けていた。

 早さを取った敵前での任務解除宣言……その代償に、無秩序な撤退に陥ることを覚悟していた。だが練度十分な兵たちは、ティリーの意図を正しく理解してくれたようだ。自主的に小隊規模にまとまリつつも、互いに干渉しない方角へ撤退し、ある程度追手を分散させることに成功していた。

(ザエト閣下へ、必ず情報を届けねば!)

 たったの二隻で、自分たちを手玉に取るほどの艦隊だ。消えるも同然な擬装、ほぼ射撃不能の電子妨害、軽快な機動性……どれをとっても、帝国軍艦艇の性能を凌駕りょうがしていた。

(このブルート星系侵攻計画を、根本から揺るがしかねん脅威だ……)

 ティリーの懸念をよそに、追手の追撃は続いている。片肺となった主推進機メインスラスターが、限界に近づきつつあった。


 氏族勢の艦艇は足が早い。おまけに、数でも勝っている。ティリーたち帝国軍艦艇は次々と巡航阻害に捕まり、落伍らくごしていった。落伍艦は数的不利かつ背後を取られた状態から、絶望的な交戦を強いられることとなる。

「巡阻反応、多数!」

「……ッ!」

 たのむべき僚艦は最早少ない。その空隙をい潜る敵艦隊が、数隻がかりで巡航阻害電波を浴びせて来る。

『帝国風情が! 普段の威勢はどうした!』

『我らトルバが怖いか? 臆病者めが!』

『逃げ首は納得いかねぇ! 潔く戦え!』

 巡航は星系内での迅速な移動実現と引き換えに、強力なノイズを生む。追手はそれにも負けない、強力なレーザー通信で悪口を並べ立てていた。その執念深さは、彼らの好戦的な気質に負うところが大きいようだ。

 トルバ氏族を名乗る追手の、一際大きな艦艇が陣頭に出る。強制巡航解除と同時に、敵将自ら突撃する構えだ。

(狙いは、それがしの生命か)

 ならば、自らおとりとなって時間を稼ぐ。その隙に参謀のリックデルさえ逃げおおせれば、ザエト閣下への情報伝達はかなう。ティリーははらを括り、参謀への命令を下そうとした……その時だった。

 ティリーの座乗艦と敵艦隊との間に、不意に割って入る小艦隊があった。反射的に識別信号を確認し、ティリーは驚愕きょうがくとともに目を見張る。

「リックデル! 止せ!」

 逃がそうとした参謀率いる小隊が、身を呈して巡航阻害電波を阻んでいた。

『我、殿戦でんせんようみとむ。貴艦の避退を援護する』

 リックデルは言葉少なに、されど力強く別れを告げる。虚を突かれたティリーは、応える機を逸してしまった。


***


 戦艦ラスティネイルの艦橋は、ひとときの静寂に包まれていた。

『お疲れ様。第九艦隊は壊滅、そう言って良さそうね』

 そこへ追撃戦から戻ったベルファが、上機嫌に映像通信を入れて来た。

「無事でなによりです。早めの増援、ありがとうございました」

 俺も会話が少し円滑になった。ディセア母娘のおかげだ。彼女らの言葉を記録し、意味や品詞を俺が定義する。それをAIガゼルの語彙ごいデータベースに、地道に入力してきたのだ。

『固ったいなぁ。もっと気楽にいこ? さて! これからのことだけど――』

 気さくな女王も混ざってきた。先程までの猛りっぷりがうそのようだ。

『今夜はここで陣営キャンプを張るよ。第九艦隊の残党と、宇宙港ロンドの動向を調べさせてる』

『宇宙港コルツから補給艦隊が向かって来ています。ひと通りの補給も行いましょう』

「その補給艦隊に、我が艦隊の電子巡航艦を同行させている。心配は無用だ」

 前席で瞑目めいもくしていたスカーも会話に混ざる。コルツで通信妨害を行っていた、もう一隻の電子巡航艦を呼び寄せるついでだ。

『場合によってはこのままロンドへ攻め込むよ。しっかり休んでおいてね』

「うむ。第一四艦隊にも伝わる頃だ。連戦に備えるとしよう」

『ははっ、頼もしいねぇ。それはそうと……エシルは元気してるかなぁ?』

 肝心要かんじんかなめの連絡を済ませた女王は、母親としての心配顔をのぞかせていた。

「エシルはな……今は、戦艦酔いを治療中だ」

 スカーが沈痛な面持ちで言う。俺はそっと目を逸らしたくなった。エシルは、今は緊急用医療ポッドの中で眠っている。後席に備え付けられたポッドだ。

『そっか。娘が手間かけてゴメンね』

「いいえ」

 俺はいたたまれずに口を挟んだ。

「エシルは我々に、適切な情報を共有しました。我々の狙撃を支援したのです」

『狙撃成功が猛追を招きましたね。能動探査アクティブスキャンの使いすぎで、巡航の良い目印でしたよ』

 人をなぐさめる語彙力はまだ乏しい。言い回しに苦しむ俺に、ベルファが助け舟を出してくれた。

「うむ。エシルの学びが、此度こたびの勝利を引き寄せたと言えよう。褒めてやってくれ」

 スカーも神妙に賛辞を送っていた。

『そっか……みんな、ありがとね』

 ディセアの気持ちが上向いた様子に、俺はほっと胸をで下ろす。あの時、エシルが教えてくれた位置は適切だった。位置が悪ければ、狙撃前に察知されるか、敵を取り逃がしていただろう。

『ところで――』

 不意にディセアの語気が、茶目っ気を帯びた気がした。

『そちらのガゼル君、うちの子と随分親しげだねぇ?』

 ――へ?

『そう言えば、呼び捨てでしたね?』

 ――あ、いや。

「私が居ぬ間に、口説いておったようだぞ?」

 ――ちょっと待ってくれ!

 俺はまだ他人をさん・・づけで呼ぶところまで、AIガゼルに教えきれていない。

『あらぁ~?』

『お堅いAIだと思わせて……まぁ!』

 答えに苦しんでいると、時が停まった〝白い世界〟の中に居た。人間にすぎない俺が、これのおかげでAIらしく即断即決が出来ている。出来てはいるが、その使いどころが……ほとんど女性絡みな気がしている。宙戝や帝国よりも、女性を脅威に感じているのだろうか……。そんな己に苦笑しつつ、俺は正解の無い自問をさっさと切り上げた。

「私は艦隊運用AIです。お手柔らかにお願いします」

 元の世界に戻った俺は、そう繰り返すのが精一杯だった。


***


 連合軍を率いる女王ディセアは、参謀ベルファの報告に耳を傾けていた。二人は座乗艦の居住区画の片隅で、ごく小さなダイニングテーブルを囲んでいる。

「漏れ聞いた話しでは、深入りしたトルバ族長が討たれたとのことです」

 ベルファは表情も変えず、淡々と告げていた。

「そっかぁ。……でも、今は追求しないでおこう。全軍の士気に関わるからね」

「……快勝が、あだとなりましたね」

 確かに、勝ち過ぎた。勝ちに勢いづいた矢先の凶事に、ディセアは不安を覚えそうになる。

「かもしれないねぇ。トルバが浮き足立たないよう、こっそり助けてあげて」

御意ぎょい

 連合の盟主だが主従ではない。ディセアは不安に囚われる前に、然るべき手を打った。氏族間の結束が損なわれぬよう、まずはベルファに水面下で動いてもらう。

「アタシが直接動くのは、もう少し段階を踏まなきゃだ。彼らの望みをかなえたばかりだからねぇ」

「ええ。露骨にトルバばかり、贔屓ひいきする訳にはいきません。ほかの氏族の不満が募るでしょう」

 宇宙港コルツ奪還……氏族間同盟締結にあたって、彼らトルバが望んだ見返りだ。皆の協力のもとでそれを果たした今、彼らには働きで報いてもらう必要がある。にもかかわらず、彼ら自身の結束が乱れては困るのだ。


「ダンスカー艦隊についてだけど……ベルファから観て、どうかな?」

「驚嘆の一言に尽きます」

 畳み掛けるようなベルファの賛辞に、ディセアは得意げな気分になる。

「かの艦隊は、ロストテクノロジーの塊です。特に、あのAIガゼルは計り知れません」

 ベルファが珍しく気色ばんでいた。

「汎用性が高すぎます。帝国では禁忌とされる、ネットワーク型AIの一種かと」

「今は一隻に一基の、スタンドアローン型AIだけだからねぇ。一基のAIで複数の艦を同時に動かせるなんて、帝国が知ったら討伐待った無しだわ」

 ベルファがうなずく。先の戦いで、ダンスカー艦隊は性能の異なる二隻が同調し、機敏に動きつつディセアたちを先導していた。後でスカーに尋ねたところ、それはAIガゼルのコントロールだったという。

 今のAIは使用者の口頭命令に対し、所定の処理を返す特化型AIだ。命令伝達が失敗することも多々ある。

「スカー提督は、この星系事情には無頓着に観えます。戦力として取り込むべく、目的や背景を調べるべきかと」

「そこは、エシルに探らせているよ。……でも、奇妙な報告ばかり上がってる」

 一〇〇メートル級工作艦を、設備無しに一瞬で建艦した。……そんな報告は、たとえ娘の言葉だとしても信じ難い。

「瞬時建艦の件ですか? まるでお伽噺とぎばなしに出てくる、召喚魔法のような光景だったそうですが」

「そうそう。……普通は宇宙港のドックで、ゆっくり組み立てるはずなんだけどねぇ」

 二人そろって考え込んだところで、どんな仕組みか想像もつきはしなかった。

「スカー提督らは、熱心に資源採掘を行っているようです。必要な資源を集めている間は、特に問題は無いでしょう。……ですが、その先はお考えですか?」

 穿うがった問いを向けられ、ディセアは苦笑いで誤魔化したくなる。しかしベルファの眼は、それを許す素振りを見せてはいなかった。

「個人としては、スカーのことを信じているよ。でも女王としては、備えておかなきゃ……って思ってる」

 スカーに救け出された日のことを、ディセアは振り返っていた。

「今後スカーがもしも、新たな征服者として振る舞おうとした時は……お願いね、ベルファ」

「御意」

 征服者を排除した途端、新たな征服者が現れた……などという事態を起こしてはいけない。ディセアは密かに決意を新たにした。


***


 解散した皆が寝静まった頃、俺はひとり情報を整理していた。ディセアたちの戦いに同行している間も、工作艦隊による採掘や残骸回収作業――時には止むを得ず、新鮮な残骸・・・・・こしらえるところから――ならびに、救助活動と艦艇データ収集を行っていたのだ。

 バーボネラ級工作艦の護衛として、攻撃型のアフィニティ級巡航艦も増産している。自動運行や応答をさせる艦が増えてきた。しかし、AIガゼルの演算処理に不調は見られない。難点を挙げるならば、俺が同じタイミングでオーバーライドできる艦は、ひとつに限られることか。

(ひとまずは、スカイ・ゼロ復元はすぐ行えそうだな……)

 俺たちの目標……要塞スカイアイルの復旧は、ようやくその端緒たんしょにつく。要塞は七基の二〇キロメートル級六角柱型宇宙港から成る。まず、中核の一基を再建造する目処が立ったのだ。このブルート星系が銀河核――渦巻状銀河中心の超大質量ブラックホールを指す――に比較的近く、資源が豊富なことが幸いしている。

(ロンドを陥落させた後、ディセアと交渉しよう)

 ディセアへの助力と要塞の復旧……これらを並行するには、調整が必要だ。交渉の素案をいくつかまとめておく。

(それよりも問題は……帝国の対盾魚雷だな。確か、ピルムとか言ったか?)

 帝国勢と砲火を交えてみたが、旧式の印象がぬぐえないでいる。……だが、対盾魚雷の性能には驚かされた。シールド出力回復前の被弾とはいえ、アフィニティ級のシールドを一撃で持っていかれた。

(対宙迎撃特化型のアフィニティ級でも、設計しておくか……)

 俺は〝ボクセルシステム〟に籠もり、新たな艦艇の設計に取り掛かる。ボクセルシステムは、編集アプリエディタでもある。仮想空間にグリッドを引き、そのなかで図面を立体的に書けるのだ。小型艇から機動要塞まで、幅広い宇宙船の設計データを収めたデータベースに、新たな巡航艦が加わった。

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