第一一話 足止め

(敵の探知範囲が判らん……。どうしたもんか……)

 まだ帝国軍艦艇との交戦経験が無い。敵艦の情報を持っていなかった。

「被探知距離情報が不足しています。任意の巡航解除距離を指定して下さい」

「ふむ……」

 スカーも情報を持っては居ないだろう。……俺の準備不足を認め、進むしか無い。

「……ッ! ま、待って!」

 エシルが慌てて口を挟んできた。

「一〇キロメートル。パッシブなら、それだけあれば探知されないはず」

 エシルが息を整え、なおも言葉を続ける。

「あたしだって、お母様たちの戦闘記録で学んできたもの」

 それを聞いたスカーの判断は早かった。

一〇テンだな? ガゼル、一〇ひとじゅう粁で巡航解除せよ」

「了解。巡航解除用意……今! 艦停止。隠密擬装、展開します」

 戦艦ラスティ電子巡航艦アフィがシールドを弱める。逆位相電磁波発生装置ノイズキャンセラが作動し、二隻の艦影が暗灰色のかすみと化した。

「隠密擬装、展開完了しました。電子戦、開始します」

 電子巡航艦アフィニティはコルツでの経験則が働き、第九艦隊の通信暗号鍵を容易たやすく取得する。

『……繰り返す。われ、巡航装置故障。修理完了まで大休止せよ』

(スカーの予想通りだったか……)

 艦隊旗艦きかんらしき大型艦から、命令が出されていた。腹の座った男声だ。叩き上げを思わせる。……軽微とは言い難い不調で、復旧に三〇分はかかりそうだ。落伍らくごした艦が追いつくのを待ち、艦隊をここで再編する意図もあるのだろう。

 武骨な艦影が縦列隊形を組んでいる。コルツ周辺などで見たのと同型だ。旗艦は随伴艦を大型化したものに見える。その艦を中心に、一〇〇隻ほどの艦が集っていた。

「巡航再開を狙撃で妨害します」

「位置と目標はどうする?」

「このまま、七時下方から微速で浸透。距離二〇〇〇ふたせんで、敵旗艦の主推進機メインスラスターを狙います」

 スカーの問いに、俺はよどみなく応える。艦隊は転進に右旋回を多用する。艦は上面前方に走査機スキャナーを置きがちだ。これらを逆手に取る為の選択だ。

 また艦艇は巡航のエネルギー源として、主推進機の出力を上げる必要がある。ハイパードライブを修理できても、主推進機が不調に陥れば、巡航は滞るはずだ。

「よろしい。ガゼルは狙撃実行まで、最限の敵艦諸元データを集めよ。それと――」

 新たに積んだ観測鏡を使えば、この距離からでも敵艦の詳細走査ディティールスキャンが可能だ。ギリギリの出力で時間をかければ、逆探知も難しくなるだろう。大休止中の今が好機と言える。

「エシル。其方そなたは友軍に動きがあれば報せよ」

「了解です!」

「周辺警戒、着弾観測は、私が受け持つ」

「了解。狙撃砲および観測鏡、展開完了しました。方向調整、開始します」

 今は帝国艦隊の探知外に居るはずだ。戦艦と電子巡航艦の艦首方向を、慎重に調整する。戦艦ラスティネイルの狙撃砲は、大きな砲身角度を取れない。感覚的には、ほぼ艦首同軸砲だ。

「方向調整完了。前進微速。慣性補正Gアシスト停止」

 それから艦に軽く勢いをつけ、艦の滑り止めとなるシステムを切る。……二隻は軽い勢いを維持した。空気抵抗の無い宇宙空間を、ゆっくり滑り続けてゆく。

「主推進機閉止。艦橋以外の生命維持機能停止」

 電化された主推進機の電源を落とし、無人区画の空気循環や人工重力システムも切る。電子機器由来のノイズをできるだけ減らし、隠密擬装の効きを強めた。ここからは集中力と忍耐力の勝負となる。


 擬装のまま、毎秒一〇メートルほどでゆっくり進む。最小限の補助推進機サブスラスター噴射で、微かな軌道修整を加えながらだ。

「狙撃一〇分前。計器から目を離さず傾聴せよ。手順の最終確認だ」

 スカーがおごそかに口を開く。俺は狙撃目標――エシルによれば帝国の六〇米級戦艦、スクトゥム級とのこと――の左舷側主推進機を見上げるように、光学照準したままだ。火器管制システムでのロックオンは使わない。システムが出すレーダー波を探知されるからだ。

「ガゼル。予定通り距離二〇〇〇で狙撃だ。弾種は浸盾榴弾しんじゅんりゅうだん。なお――」

 遠距離からの詳細走査で狙撃目標艦や随伴艦のデータも入手できた。狙撃砲の発射ノイズを軽減する為、必要最小限の威力で撃つには必要な情報と言える。

「発砲後、私の合図で垂直下降リフトダウンを掛けよ。転進後、惰性で離脱する」

「了解」

 このまま微速前進を続ければ、敵艦隊のド真ん中にノコノコと入り込む。補助推進機で進路変更が必要だ。その噴射ノイズを、敵艦への狙撃命中ノイズで隠そうという意図だろう。

「エシル。友軍到着まで五分を切ったら報告せよ」

「了解です。現状で二五分後到着予定です」

 少し前後してしまうが、惰性で微速前進中、コルツの友軍に動きがあった。ベルファは増援を急派してくれたらしい。その巡航進捗は、ずっとエシルが見守っている。

「正念場だ。各員、奮励努力ふんれいどりょくせよ」

「「了解」」


「まもなく距離二〇〇〇。狙撃用意……」

 俺は測距儀を見据えたまま、スカーの動令を待つ。俺の視界は、目標の主推進機周りを拡大視した状態だ。発射の寸前まで、照準の維持だけに集中する。

打ててえ!」

 砲弾が反動無く撃ち出される。目標艦のシールドと干渉し、青い閃光を放った。狙撃の戦果確認はスカーに任せ、俺は垂直下降に備えた。

「命中。下降、今!」

 砲弾が防盾シールドに微細な穴を穿うがち、進む。遅発信管タイマーで起爆したようだ。起爆の余波と当時に、スカーの号令が飛んだ。一瞬だけ、俺は二隻に垂直下降する勢いを与えた。

 二隻はゆるやかな前進の動きが変化し、下りエスカレーターのような動きに変わる。外から見れば、バイクが前輪を浮かせて走るように見えるだろう。俺たちの姿勢は敵艦隊の底面を仰ぎ見て、進路は敵艦隊の底面と並行に進むコースとなっている。

陣変じんぺん方円ほうえん! 周辺警戒を厳にせよ!』 

 敵艦隊にも動きが出る。旗艦にそれなりの痛手を与えたようだ。俺たちは擬装で隠れたまま、静かにゆっくりと……帝国艦隊の真下を潜り抜ける。

 敵艦隊は旗艦を中心に、円陣を敷くようだ。円周上へと移る随伴艦は、円の外へと艦首を向けつつあった。


『前衛右翼、艦隊下方索敵さくてき。一時から二時方向まで。かかれ!』

 一筋縄では行かないようだ。彼らが今から探す範囲に、こっそり離脱しつつある俺たちが居た。

 敵右翼一八隻が三隊に分かれ、ゆっくりと広がってゆく。

「……ッ!」

 エシルも今の無線傍受で、敵の見立てが正しいことが理解できたのだろう。

「見つかり次第、遅滞ちたい戦闘へ移行します」

「うむ。電子妨害ジャミングも併用せよ」

「了解」

 電子妨害とは、敵にだけ電子ノイズな目隠しや耳栓を強いるようなものだ。コルツでは遠距離通信を封じる為に使った。今回は火器管制システムを欺く為に使う。ロックオン不能に陥らせるのだ。首尾良く効けば、動きながら照準しての射撃は難しくなるだろう。

 追手の帝国艦隊前衛は、ご丁寧に艦の上下をひっくり返していた。艦の走査機や兵装は、上面前方に重点的に配置される傾向がある。その状態で各艦艇が、熱烈に能動探査アクティブスキャンを繰り返している。俺たちの狙撃に対する、強固な報復の意思を感じた。

『感あり! 第二索敵隊、攻撃準備! 他隊は包囲を狭めよ!』

「主推進機始動。擬装解除、防盾出力最大。狙撃砲格納」

 帝国軍に見つかった瞬間、逃亡から迎撃へ操艦を切り替えた。主推進機に電源を入れ、システムチェックが走る。その間、艦は僅かな硬直を強いられた。

『兵装、ピルム! 各個射撃! ブチかませ!』

「前進全速、三秒。急速反転」

「耐G動作!」

 俺の予告にスカーが応じ、エシルへ指示を出す。この急場で伝わっていれば良いが。

「魚雷接近。本数、六。迎撃開始」

 戦艦と電子巡航艦を全速前進させる。いつもの急速反転で、追手を正面に捉えた。艦の上下が敵と揃い、全速後進の状態となる。

 対宙機銃群が連射を始める。加速性能の違いが響き、電子巡航艦に魚雷が集中していた。

「随伴艦に至近弾」

 迎撃された魚雷は、赤くまばゆ死花しにばなを咲かせる。……シールドには、忌むべき花の色だった。最後の一本に、至近で爆発を許してしまう。悔やまれる限りだ。

「随伴艦、防盾喪失。電子妨害、開始」

 随伴艦のシールドが霧散する。やはり対盾魚雷だ。戦艦を前に押し出して殿しんがりとし、随伴艦を後ろへ下げた。随伴艦には、電子戦を開始させた。


 逃げる俺たちの電子妨害と、追う帝国艦隊の能動探査……電子工学エレクトロニクスの殴り合いだ。数隻がかりで走査スキャンを補えば、それなりに魚雷誘導はできるだろう。だが魚雷にこだわるあたり、こちらの電子妨害は効いているようだ。

『臆病者を逃がすな! 追い討て、者共!』

 敵将が配下に激を飛ばす。勝機を逃すな……という思いのほとばしりだろう。その執着が、時として足元をすくうことになる。

「……小癪こしゃくな」

 スカーの矛先は敵将か俺か、今問うのは止そう。俺は後ろ向きに蛇行しつつも、全体としては緩く弧を描くように逃げていた。弧の内側の一隊は、足並みが乱れている。追撃に夢中な中央の一隊に、進路を阻まれ気味なせいだろう。一方、弧の外側に居た一隊は、大回りがたたって落伍しつつあった。結果として包囲が頓挫とんざし、ゆがんだ一列になりつつあったのだ。

(ここが踏ん張りどころだ……)

 長いようで短いような逃避の末に、走査機が数多あまたの反応を示してきた。ほぼ真横に近い左後方からだ。それは巡航解除時に生じる痕跡と、その持ち主たちだった。

『ディセア・アイセナ、推参すいさんッ!』

 待ち人来たれり。好機到来だ。さぁ、反撃といこう。

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