第一一話 足止め
(敵の探知範囲が判らん……。どうしたもんか……)
まだ帝国軍艦艇との交戦経験が無い。敵艦の情報を持っていなかった。
「被探知距離情報が不足しています。任意の巡航解除距離を指定して下さい」
「ふむ……」
スカーも情報を持っては居ないだろう。……俺の準備不足を認め、進むしか無い。
「……ッ! ま、待って!」
エシルが慌てて口を挟んできた。
「一〇
エシルが息を整え、なおも言葉を続ける。
「あたしだって、お母様たちの戦闘記録で学んできたもの」
それを聞いたスカーの判断は早かった。
「
「了解。巡航解除用意……今! 艦停止。隠密擬装、展開します」
「隠密擬装、展開完了しました。電子戦、開始します」
『……繰り返す。
(スカーの予想通りだったか……)
艦隊
武骨な艦影が縦列隊形を組んでいる。コルツ周辺などで見たのと同型だ。旗艦は随伴艦を大型化したものに見える。その艦を中心に、一〇〇隻ほどの艦が集っていた。
「巡航再開を狙撃で妨害します」
「位置と目標はどうする?」
「このまま、七時下方から微速で浸透。距離
スカーの問いに、俺は
また艦艇は巡航のエネルギー源として、主推進機の出力を上げる必要がある。ハイパードライブを修理できても、主推進機が不調に陥れば、巡航は滞るはずだ。
「よろしい。ガゼルは狙撃実行まで、最
新たに積んだ観測鏡を使えば、この距離からでも敵艦の
「エシル。
「了解です!」
「周辺警戒、着弾観測は、私が受け持つ」
「了解。狙撃砲および観測鏡、展開完了しました。方向調整、開始します」
今は帝国艦隊の探知外に居るはずだ。戦艦と電子巡航艦の艦首方向を、慎重に調整する。戦艦ラスティネイルの狙撃砲は、大きな砲身角度を取れない。感覚的には、ほぼ艦首同軸砲だ。
「方向調整完了。前進微速。
それから艦に軽く勢いをつけ、艦の滑り止めとなるシステムを切る。……二隻は軽い勢いを維持した。空気抵抗の無い宇宙空間を、ゆっくり滑り続けてゆく。
「主推進機閉止。艦橋以外の生命維持機能停止」
電化された主推進機の電源を落とし、無人区画の空気循環や人工重力システムも切る。電子機器由来のノイズをできるだけ減らし、隠密擬装の効きを強めた。ここからは集中力と忍耐力の勝負となる。
擬装のまま、毎秒一〇
「狙撃一〇分前。計器から目を離さず傾聴せよ。手順の最終確認だ」
スカーが
「ガゼル。予定通り距離二〇〇〇で狙撃だ。弾種は
遠距離からの詳細走査で狙撃目標艦や随伴艦のデータも入手できた。狙撃砲の発射ノイズを軽減する為、必要最小限の威力で撃つには必要な情報と言える。
「発砲後、私の合図で
「了解」
このまま微速前進を続ければ、敵艦隊のド真ん中にノコノコと入り込む。補助推進機で進路変更が必要だ。その噴射ノイズを、敵艦への狙撃命中ノイズで隠そうという意図だろう。
「エシル。友軍到着まで五分を切ったら報告せよ」
「了解です。現状で二五分後到着予定です」
少し前後してしまうが、惰性で微速前進中、コルツの友軍に動きがあった。ベルファは増援を急派してくれたらしい。その巡航進捗は、ずっとエシルが見守っている。
「正念場だ。各員、
「「了解」」
「まもなく距離二〇〇〇。狙撃用意……」
俺は測距儀を見据えたまま、スカーの動令を待つ。俺の視界は、目標の主推進機周りを拡大視した状態だ。発射の寸前まで、照準の維持だけに集中する。
「
砲弾が反動無く撃ち出される。目標艦のシールドと干渉し、青い閃光を放った。狙撃の戦果確認はスカーに任せ、俺は垂直下降に備えた。
「命中。下降、今!」
砲弾が
二隻はゆるやかな前進の動きが変化し、下りエスカレーターのような動きに変わる。外から見れば、バイクが前輪を浮かせて走るように見えるだろう。俺たちの姿勢は敵艦隊の底面を仰ぎ見て、進路は敵艦隊の底面と並行に進むコースとなっている。
『
敵艦隊にも動きが出る。旗艦にそれなりの痛手を与えたようだ。俺たちは擬装で隠れたまま、静かにゆっくりと……帝国艦隊の真下を潜り抜ける。
敵艦隊は旗艦を中心に、円陣を敷くようだ。円周上へと移る随伴艦は、円の外へと艦首を向けつつあった。
***
帝国軍第九艦隊提督クイント・ティリーは、被弾した座乗艦の復旧を指揮していた。
「慌てるな。訓練通り、ハイパードライブを応急処置せよ」
ティリーの座乗するスクトゥム級戦艦には、四名が搭乗している。そのうち、居住区画で待機していた二名が修理にあたっていた。
(さすがに飛ばし過ぎたか……)
巡航は質量の影響を受ける。軽い巡航艦すら
『被弾状況解析完了。速報、送ります』
後方の参謀リックデルから、個別通信が入る。目敏い彼の眼前で狙撃されたことは、不幸中の幸いだったと言えるのかもしれない。ティリーは受け取った報告ファイルを素早く確認する。
(七時下方からの狙撃。距離二〇〇〇付近にて、推進機らしきノイズをごく短時間だけ感知か……)
現行の推進機に比べ、異質なノイズらしい。推進機と仮定した場合、総合的には艦隊の真下を潜り抜けようとしている可能性が高い。……リックデルの報告には、そう
「仕事が早いな。
ティリーは信頼のおける部下の報告を全面的に信じた。すぐさま全軍への回線を開き、反撃の号令を下す。
「前衛右翼、艦隊下方索敵。一時から二時方向まで。かかれ!」
号令を受けた前衛右翼は、ただちに行動を開始した。
***
『前衛右翼、艦隊下方
一筋縄では行かないようだ。彼らが今から探す範囲に、こっそり離脱しつつある俺たちが居た。
敵右翼一八隻が三隊に分かれ、ゆっくりと広がってゆく。
「……ッ!」
エシルも今の無線傍受で、敵の見立てが正しいことが理解できたのだろう。
「見つかり次第、
「うむ。
「了解」
電子妨害とは、敵にだけ電子ノイズな目隠しや耳栓を強いるようなものだ。コルツでは遠距離通信を封じる為に使った。今回は火器管制システムを欺く為に使う。ロックオン不能に陥らせるのだ。首尾良く効けば、動きながら照準しての射撃は難しくなるだろう。
追手の帝国艦隊前衛は、ご丁寧に艦の上下をひっくり返していた。艦の走査機や兵装は、上面前方に重点的に配置される傾向がある。その状態で各艦艇が、熱烈に
『感あり! 第二索敵隊、攻撃準備! 他隊は包囲を狭めよ!』
「主推進機始動。擬装解除、防盾出力最大。狙撃砲格納」
帝国軍に見つかった瞬間、逃亡から迎撃へ操艦を切り替えた。主推進機に電源を入れ、システムチェックが走る。その間、艦は僅かな硬直を強いられた。
『兵装、ピルム! 各個射撃! ブチかませ!』
「前進全速、三秒。急速反転」
「耐G動作!」
俺の予告にスカーが応じ、エシルへ指示を出す。この急場で伝わっていれば良いが。
「魚雷接近。雷数、六。迎撃開始」
戦艦と電子巡航艦を全速前進させる。いつもの急速反転で、追手を正面に捉えた。艦の上下が敵と揃い、全速後進の状態となる。
対宙機銃群が連射を始める。加速性能の違いが響き、電子巡航艦に魚雷が集中していた。
「随伴艦に至近弾」
迎撃された魚雷は、赤く
「随伴艦、防盾喪失。電子妨害、開始」
随伴艦のシールドが霧散する。やはり対盾魚雷だ。戦艦を前に押し出して
逃げる俺たちの電子妨害と、追う帝国艦隊の能動探査……
『臆病者を逃がすな! 追い討て、者共!』
敵将が配下に激を飛ばす。勝機を逃すな……という思いの
「……
スカーの矛先は敵将か俺か、今問うのは止そう。俺は後ろ向きに蛇行しつつも、全体としては緩く弧を描くように逃げていた。弧の内側の一隊は、足並みが乱れている。追撃に夢中な中央の一隊に、進路を阻まれ気味なせいだろう。一方、弧の外側に居た一隊は、大回りが
(ここが踏ん張りどころだ……)
長いようで短いような逃避の末に、走査機が
『ディセア・アイセナ、
待ち人来たれり。好機到来だ。さぁ、反撃といこう。
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