第一〇話 ベルファ
***
開戦から九〇分ほど経ったか。俺はコルツ管理局から、連合軍の通信コードで通信を受け取った。制圧はどうやら順調らしい。……声の主は女王の参謀役、ベルファだ。
『こちら強襲作戦本部。経過報告です』
「こちら遊撃部隊。伺いましょう」
『あら、貴方なの。……まぁいいわ』
この通信は暗号強度が低く、傍受の恐れがある。互いに名乗らず、話を進めた。先の展開に備え、スカーとエシルは今のうちに軽食を摂っている。今が仕事の山場なベルファに、わざわざ伝えるのは酷だろう。
『市街の主だった施設は占拠しました。あとは残党狩りね。もう少しかかります』
「敵兵に投降を呼びかけましたか?」
何の気無しに尋ねたこの問いが、美女の
『……それはAI
端麗な容姿の奥深くに仕舞い込まれた、彼女の憎悪の片鱗を味わった気がした。音声だけの通信が、それを際立たせていた。
『生命には生命で報いるものよ』
――これはまずい。
『そちらの経過はどうなの?』
ベルファを怒らせたことは、俺の明らかな失策だ。……だが、ベルファに再考を促さなければ、もっと大きな失策を招く予感がしている。考えなければ。
時が停まる。お
(……帝国の残党は退路を絶たれ、死物狂いになるはずだ)
ドック区画を連合軍が抑えた今、帝国軍が宇宙港コルツから脱出するのは難しいだろう。そこに降伏を認めぬ厳しい切先が向けば、必死に反撃せざるを得なくなる。
(すでに宙戦で消耗した以上、戦力はできるだけ温存する方が良い)
近くには第九艦隊も控えている。……長引けば挟み撃ちだ。どうにかして、ベルファたちを思い止まらせたい。しかし、根深い感情の問題だ。
(……発想を変えてみよう。感情を我慢させるのではなく、安全に爆発させよう)
俺は一計を案じ、元の世界へと帰還する。
「
『そんな暇は無いのだけれど?』
態度の硬化には敢えて構わず、俺はベルファの知性に働きかけることにする。
「死兵に
『……』
ベルファの揚げ足を取ってしまったが、彼女は認証で応えてくれた。敵を死物狂いにさせてはいけない……これは軍を指揮する立場なら、骨身に染みているはずだ。
「認証確認。期限付きで降伏を呼びかけ、敵に迷いや対立を作りましょう」
『……続けて』
「降伏した者には罰を。降伏し、情報をもたらした者には恩赦を。降伏しなかった者には死を。条件で裏切りを誘発させましょう」
ここは努めて非情になりきろう。より多くの連合軍将兵を守る為に。
「恩赦を受けた者は、罰を受けた者の反感を買うでしょう。あとは――」
『そこまででいいわ』
ベルファの制止に、俺は素直に従った。
『たしかに。兵力はいたずらに消耗させては駄目ね。……少し頭を冷やすわ』
「それは何よりです」
連合軍が苛烈に力で攻めるほど、帝国軍は団結して抵抗するだろう。それは避けたい。まして相手は
『そちらの経過は?』
おっと、説得に必死で忘れていた。俺は改めて最新の情報を取得する。
「宇宙港コルツへの
コルツの状況が第九艦隊に知られないよう、コルツからの通信は開戦とほぼ同時に妨害し続けていたんだが……。
「たった今、接近を検知しました」
『……笑えない冗句だこと』
第九艦隊はコルツへの連絡を試みたらしい。連絡の不通を怪しんで、いきなり艦隊を動かし始めたようだ。
「我々は第九艦隊の足止めに赴きます。貴艦隊には降伏勧告か、講和締結を提案します」
『降伏勧告の方がまだましね』
協力関係にあるとはいえ、指揮系統が異なる艦隊だ。これ以上口を出すのは、さすがに越権行為だろう。
『こちらは任せて。行って。速く』
「了解。通信終了」
第九艦隊との距離は約六八〇光秒ある。動き出しを観測できた時点で、既に一二分近く後手に回っている。だからこそ俺たちは即座に切り替え、次の行動を起こすのだ。
俺は電子巡航艦を一隻だけ戦艦に伴わせ、巡航に入る。もう一隻は引き続きコルツの通信妨害に従事させる為だ。
(ひとまず、スカーとエシルに連絡だ)
危険な先駆けだ。しかも規約や契約で守るべき二人が居る。俺は気を引き締め、二人を艦橋へ呼び寄せた。
「状況は?」
エシルを伴い、スカーが艦橋に入ってきた。彼女たちはすぐにシートへ向かう。
「約五分前に、第九艦隊の接近を検知しました。電子巡航艦一隻と接敵巡航中です」
現在は亜光速に抑えて巡航し、ハイパードライブ機構の負担とノイズを軽減している。ただでさえ、巡航中は
「一〇分後に停止。第九艦隊を一度やり過ごし、背後を突きます」
随伴中の電子巡航艦は計四門の砲座を持ち、巡航阻害装置と電子妨害装置を二門ずつ搭載している。対艦攻撃兵装は無しだ。巡航阻害は普段なら宙戝行為だが、今は軍事作戦として女王の承認を得ている。
「うむ。
事前情報より三倍速いペースで、第九艦隊が一丸となって接近していた。約一〇分後、コルツとロンドのちょうど中間ですれ違うだろう。
「航路の中間で停まるの? それって、待ち伏せに向かないんじゃ?」
エシルの指摘は一理ある。巡航は航程
「案ずるな。……ま、結果を
スカーがやけに自信ありげに応えた。
「艦停止。ハイパードライブ、アイドリングに移行します」
間髪を入れずノイジーなハイパードライブ機構の出力を絞る。数分も経たぬうちに、俺たちの眼前を帝国艦隊が駆け抜けていった。だが突然、その航跡は途切れてしまう。
「第九艦隊、巡航解除しました。緊急停止です」
走査機は巡航解除の余波をノイズとして観測していた。それによれば、巡航解除の前には減速の痕跡が無い。つまり、巡航は意図に反して停められたことを物語っていた。
「過ぎたる拙速は、留まるが如きもの」
スカーは急がば回れ、それを違えた結果だ……と言いたいらしい。一方で、俺は接近に気づかれた可能性があると観る。こちらも結構なノイズを出しつつ巡航してきたからだ。
「
艦を後ろへ振り向けたところで、俺はひとつの見落としに気がついた。
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