第二章 従軍

第九話 開戦

***


 作戦決行当日となった。俺たちは三時間以上かけて、やけにゆったりとした行軍速度で集結地点へと向かう。宇宙港コルツにほど近い宙域に、艦隊が集結しつつあった。

 三つに分かたれた流線型の艦影と、いびつなキメラの如き艦影がひしめく。前者がアイセナ氏族由来、後者がトルバ氏族由来だろう。集まった艦艇はそれぞれ、全長五〇メートルから一〇〇米ほどの範囲に収まるようだ。

 刻限を迎え、ディセアが全軍へ向けて映像通信の回線を開いた。彼女はベルファと共に八〇米級戦艦を駆り、この艦隊の中央に陣取っていた。

おそれ多き戦女神いくさめがみモリガンよ。貴女あなたへおつかえする、ディセア・アイセナが申し上げます』

 今日の彼女がまとうストールは、剛健さを感じさせる青い生地のものに変わっていた。

くによりきたる収奪の軍勢。これに抗うべく同胞はらから相寄あいよはかり、非才ながら我が身を王と為し、今ここに決起いたします』

 ディセアは帝国の権威にらない女王として、彼女らが奉じる神に誓って即位した。

『我ら一同、胸の内に念じ申す心願が成就じょうじゅしますよう、恐れながら申し上げます』

 穏やかな表情をたたえ、祝詞のりとのような言葉を紡ぎ終えたディセアが暫し瞑目めいもくする。再び眼を開けた彼女の顔つきは、覚悟を決めた覇気あるものへと変化していた。

『帝国の収奪を拒む我らがいくさとくとご照覧しょうらんあれ! 全軍、出陣!』

『『応ッ!』』

 将兵たちが力強く応じ、艦艇が次々と光の尾をいてく。俺たちは最後尾に続いた。此処ここから先は、独自行動の時間だ。


***


 話はほんの少しだけさかのぼる。帝国軍行政長官デキア・カッツは、宇宙港コルツの執務室に居た。

『不審な艦艇が近傍に多数集結しつつあり』

 コルツのレーダーサイトからの報せだ。そう聴いたカッツは悪い予感がしている。規格化を徹底する帝国の艦艇は、レーダー手には判別し易い。にもかかわらず、〝不審な艦艇〟が多数集結しつつある……というのだ。

「当該宙域へ偵察を出せ。最優先だ」

 カッツは端末越しに命を下すと、その足でドック区画へと向かった。


『目標宙域にて、アイセナ氏族艦艇を多数確認』

(やはり氏族どもが、報復に来おったか!)

 偵察へ出た艦艇からの速報を、カッツは単身で出港させた巡航艦の中で受けた。すぐさまコルツ管理局への直通回線を開き、命令を出す。

「緊急警報を発令させよ! 全艦、迎撃に出せ!」

 カッツは最早、平静を保てなくなっている。氏族どもに捕らえられでもすれば、なぶり殺しにされても不思議ではない。奴らに対し、それだけの圧政を敷いた自覚はあった。

 コルツの守備戦力は予備役のみだ。総動員したところで、まともな抗戦は望めぬだろう。

(……貴様らには、わしが落ち延びる時間を稼いでもらうぞ)

 警報発令後のコルツ周辺は、艦艇の航行に混乱を生じつつあった。カッツはその混乱に乗じ、密かに行方をくらませた。


***


 俺たちは、戦場を俯瞰ふかんできる位置へ来た。戦艦ラスティネイルは二門の分解機リゾルバーの代わりに、狙撃レールガンと観測鏡を積んでいる。ノーフォのドック内で〝ボクセルシステム〟を使い、積み替えたのだ。艦橋の前席にはスカーが、後席にはエシルが座っている。ふたりともボディスーツの上に耐Gサポーターを装着し、髪を束ねていた。俺の手荒い操艦への備えは十分のようだ。

「ガゼルよ。練り上げし作戦を申せ。殿下が御心みこころやすんじそうらえ」

 スカーは戦には厳しい。……はずなのだが、やけにおどけた口調で命じてきた。エシルの不安を取り除いてやれ、と。エシルは大事な客人だ。ここはひとつ、俺も頑張って発言するとしよう。

御意ぎょい。我々は擬装のまま戦局に目を配り、これに即応します」

 ベルファの口癖が了解・・の同義語だとAIガゼルに教えつつ、俺はスカーの空気にできるだけ合わせようとする。

「現状でもっとも警戒すべきは、第九艦隊が現れることです。の艦隊に動きがあれば足止めを行い、女王陛下の勝利をより確実なものとします」

 眼前では既に戦闘が行われていた。概算で敵軍艦艇が一〇〇、友軍艦艇が五〇〇。相対して撃ち合っている。友軍の後方には、更に一〇〇程の後方支援らしき艦艇も見かける。

 コルツ守備隊は、既視感のある武骨な艦艇で統一されていた。ディセアたちを救助した時、随伴艦としてみかけたあの艦だ。……だが、その砲撃には勢いが感じられない。砲撃の間隔が長く、不調や不手際をうかがわせた。このぶんでは、ディセア率いるアイセナ・トルバ連合軍が、数の差で押し切ってしまえるだろう。

「……たった一隻で、どうやって第九艦隊を相手にするの?」

 おずおずと、エシルが尋ねる。

「第九艦隊旗艦きかんを狙撃で叩き、指揮系統を乱します。その前段階として、まずは第九艦隊への連絡を防ぎましょう」

 少し離れているとは言え、ここはすでに戦場だ。だが俺は敢えて丁寧な言い回しを心がけ、エシルの不安や緊張を解すよう努める。


 先日、宇宙港ノーフォでの待機中、バーボネラ級工作艦二隻に建艦させていた。建艦したのは二隻のアフィニティ級巡航艦で、電子戦仕様に改装したものだ。

 全長約三〇米。全幅約二四米。くさびの如き直線的で鋭角な艦影を持ち、やはり暗灰色に彩られている。

 この二隻の電子巡航艦を、開戦前から派遣しておいた。目的は撹乱装置ジャマーの敷設だ。宇宙ゴミに擬態させてある。それらは全て、コルツの長距離通信アンテナを狙っている。


「先遣隊に電子戦を開始させました。コルツから第九艦隊への通信を妨害します」

 撹乱装置群はコルツを芯に、まばらなリングを描いていた。その外側で、擬装済みの電子巡航艦一隻が公転する。この艦に与えた任務は、撹乱装置群の制御だ。いざという時、撹乱装置群へのマイクロ波給電を行う備えもある。

「続いて、コルツ守備隊の暗号通信を解析します」

 もう一隻の電子巡航艦は、コルツ守備隊の通信に耳を傾けていた。通信は量子暗号化されていない、古い規格の暗号のようだ。パスワードを総当りで割り出すやり方で、解析を試みている。

他の艦・・・も解析に回すが良い」

 スカーがそう言う。俺の頭に、謎のキーコードが送られて来た。それは、要塞スカイアイルのメインAIへの臨時認証だった。AIガゼルの上位AIの支援を受け、俺は解析速度を更に上げる。

「暗号解析に成功しました。解析済み暗号鍵を、連合艦隊旗艦へ伝送します」

 エシルの手前、要塞の事は伏せて報告を上げる。連合艦隊を指揮するディセアたちに、解析済み暗号鍵を送った。これで指揮がし易くなると良いが……。

『無理だ! 持ちこたえられない!』

『寄せ集めの二線級だぞ! どうしろってんだ!』

『長官殿は何処いずこか!』

 コルツ守備隊の通信は、混乱を極めていた。数で劣る彼らは次第に討ち減らされ、文字通り壊滅した。

『強襲部隊、入港! 市街の制圧へ向かえ!』

 総大将ディセアが勇ましく指揮をる。宇宙港コルツは、ノーフォ同様の円筒型宇宙港だ。その狭い入出港ゲートに、比較的大型の連合軍艦艇が続々と入っていく。その先のドック区画へ強引に降着し、歩兵戦力を展開するつもりだろう。先の戦闘で存分に暴れ回った小型艦たちは、入出港ゲート付近で待機するようだ。彼らの手により、入出港ゲートを守る機銃群は既に破壊されていた。

 俺は電子巡航艦を二隻とも、コルツの通信妨害へ回す。その後、戦艦には第九艦隊の動向を観測させた。


***


 帝国軍第九艦隊提督クイント・ティリーは、麾下きか艦隊の招集を急ぐ。その切欠は、カッツ長官からの緊急電だ。

『我、氏族どもの襲撃を受く。至急救援せよ。然らざれば、諸君らに叛意はんいありと告発す』

(助けに来ないのであれば、裏切り者としてるし上げる……とはな)

 カッツ長官の狼狽うろたえぶりが目に浮かぶようだ。そんな思いをよそに、ティリーは僚艦との映像通信回線を開く。

「リックデル。何か、つかめたか?」

『宇宙港コルツとは、連絡途絶のままです。やはり、電子妨害の類でしょう……だとすれば、奇妙です』

「推測でいい。続けてくれ」

 ティリーに促され、参謀のリックデルが発言を続ける。

『記録では氏族との戦闘で、電子戦が行われた事例は確認出来ませんでした。勇猛をたっとぶ彼らにしては珍しい、搦手からめてを使った襲撃だと考えます。……そうした事情にうとい何者かが、密かに寄与しているのかもしれません』

 なるほど、たしかに奇妙で厄介な話だ。だからこそ、できるだけ早く明らかにすべきだと考える。

『慎重を期して偵察を先行させてから、救援へ向かうべきです』

 未確認勢力の暗躍が疑われる以上、リックデルの献策は至極真っ当に思えた。

「うむ。……だが、肝心の救援が遅れては、別の問題が生じるだろう」

 カッツ長官の武官嫌いは、定評があるところだ。ザエト総督はティリーらの上官にあたる。もしもティリーたちによる救援が失敗に終われば、長官はここぞとばかりに総督を責めることだろう。

「……偵察狩りに備え、威力偵察小隊を組むぞ。後続は順次出撃だ」

『了解です』

 ティリーは即断する。足の早い巡航艦を小隊として一定数まとめた後、自ら率いて先発した。

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