第二章 従軍
第九話 開戦
***
作戦決行当日となった。俺たちは三時間以上かけて、やけにゆったりとした行軍速度で集結地点へと向かう。宇宙港コルツにほど近い宙域に、艦隊が集結しつつあった。
三つに分かたれた流線型の艦影と、
刻限を迎え、ディセアが全軍へ向けて映像通信の回線を開いた。彼女はベルファと共に八〇米級戦艦を駆り、この艦隊の中央に陣取っていた。
『
今日の彼女が
『
ディセアは帝国の権威に
『我ら一同、胸の内に念じ申す心願が
穏やかな表情をたたえ、
『帝国の収奪を拒む我らが
『『応ッ!』』
将兵たちが力強く応じ、艦艇が次々と光の尾を
***
話はほんの少しだけ
『不審な艦艇が近傍に多数集結しつつあり』
コルツのレーダーサイトからの報せだ。そう聴いたカッツは悪い予感がしている。規格化を徹底する帝国の艦艇は、レーダー手には判別し易い。にもかかわらず、〝不審な艦艇〟が多数集結しつつある……というのだ。
「当該宙域へ偵察を出せ。最優先だ」
カッツは端末越しに命を下すと、その足でドック区画へと向かった。
『目標宙域にて、アイセナ氏族艦艇を多数確認』
(やはり氏族どもが、報復に来おったか!)
偵察へ出た艦艇からの速報を、カッツは単身で出港させた巡航艦の中で受けた。すぐさまコルツ管理局への直通回線を開き、命令を出す。
「緊急警報を発令させよ! 全艦、迎撃に出せ!」
カッツは最早、平静を保てなくなっている。氏族どもに捕らえられでもすれば、なぶり殺しにされても不思議ではない。奴らに対し、それだけの圧政を敷いた自覚はあった。
コルツの守備戦力は予備役のみだ。総動員したところで、まともな抗戦は望めぬだろう。
(……貴様らには、
警報発令後のコルツ周辺は、艦艇の航行に混乱を生じつつあった。カッツはその混乱に乗じ、密かに行方を
***
俺たちは、戦場を
「ガゼルよ。練り上げし作戦を申せ。殿下が
スカーは戦には厳しい。……はずなのだが、やけにおどけた口調で命じてきた。エシルの不安を取り除いてやれ、と。エシルは大事な客人だ。ここはひとつ、俺も頑張って発言するとしよう。
「
ベルファの口癖が
「現状でもっとも警戒すべきは、第九艦隊が現れることです。
眼前では既に戦闘が行われていた。概算で敵軍艦艇が一〇〇、友軍艦艇が五〇〇。相対して撃ち合っている。友軍の後方には、更に一〇〇程の後方支援らしき艦艇も見かける。
コルツ守備隊は、既視感のある武骨な艦艇で統一されていた。ディセアたちを救助した時、随伴艦としてみかけたあの艦だ。……だが、その砲撃には勢いが感じられない。砲撃の間隔が長く、不調や不手際を
「……たった一隻で、どうやって第九艦隊を相手にするの?」
おずおずと、エシルが尋ねる。
「第九艦隊
少し離れているとは言え、ここはすでに戦場だ。だが俺は敢えて丁寧な言い回しを心がけ、エシルの不安や緊張を解すよう努める。
先日、宇宙港ノーフォでの待機中、バーボネラ級工作艦二隻に建艦させていた。建艦したのは二隻のアフィニティ級巡航艦で、電子戦仕様に改装したものだ。
全長約三〇米。全幅約二四米。
この二隻の電子巡航艦を、開戦前から派遣しておいた。目的は
「先遣隊に電子戦を開始させました。コルツから第九艦隊への通信を妨害します」
撹乱装置群はコルツを芯に、まばらなリングを描いていた。その外側で、擬装済みの電子巡航艦一隻が公転する。この艦に与えた任務は、撹乱装置群の制御だ。いざという時、撹乱装置群へのマイクロ波給電を行う備えもある。
「続いて、コルツ守備隊の暗号通信を解析します」
もう一隻の電子巡航艦は、コルツ守備隊の通信に耳を傾けていた。通信は量子暗号化されていない、古い規格の暗号のようだ。パスワードを総当りで割り出すやり方で、解析を試みている。
「
スカーがそう言う。俺の頭に、謎のキーコードが送られて来た。それは、要塞スカイアイルのメインAIへの臨時認証だった。AIガゼルの上位AIの支援を受け、俺は解析速度を更に上げる。
「暗号解析に成功しました。解析済み暗号鍵を、連合艦隊旗艦へ伝送します」
エシルの手前、要塞の事は伏せて報告を上げる。連合艦隊を指揮するディセアたちに、解析済み暗号鍵を送った。これで指揮がし易くなると良いが……。
『無理だ! 持ち
『寄せ集めの二線級だぞ! どうしろってんだ!』
『長官殿は
コルツ守備隊の通信は、混乱を極めていた。数で劣る彼らは次第に討ち減らされ、文字通り壊滅した。
『強襲部隊、入港! 市街の制圧へ向かえ!』
総大将ディセアが勇ましく指揮を
俺は電子巡航艦を二隻とも、コルツの通信妨害へ回す。その後、戦艦には第九艦隊の動向を観測させた。
***
帝国軍第九艦隊提督クイント・ティリーは、
『我、氏族どもの襲撃を受く。至急救援せよ。然らざれば、諸君らに
(助けに来ないのであれば、裏切り者として
カッツ長官の
「リックデル。何か、
『宇宙港コルツとは、連絡途絶のままです。やはり、電子妨害の類でしょう……だとすれば、奇妙です』
「推測でいい。続けてくれ」
ティリーに促され、参謀のリックデルが発言を続ける。
『記録では氏族との戦闘で、電子戦が行われた事例は確認出来ませんでした。勇猛を
なるほど、たしかに奇妙で厄介な話だ。だからこそ、できるだけ早く明らかにすべきだと考える。
『慎重を期して偵察を先行させてから、救援へ向かうべきです』
未確認勢力の暗躍が疑われる以上、リックデルの献策は至極真っ当に思えた。
「うむ。……だが、肝心の救援が遅れては、別の問題が生じるだろう」
カッツ長官の武官嫌いは、定評があるところだ。ザエト総督はティリーらの上官にあたる。もしもティリーたちによる救援が失敗に終われば、長官はここぞとばかりに総督を責めることだろう。
「……偵察狩りに備え、威力偵察小隊を組むぞ。後続は順次出撃だ」
『了解です』
ティリーは即断する。足の早い巡航艦を小隊として一定数まとめた後、自ら率いて先発した。
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