第八話 臨戦態勢

 工作艦一隻ぶんの資源が集まった。尚も採掘を続けていると、スカーの居室からコールが入る。毎度のように、音声のみで回線をつないだ。

『ガゼル、状況報告を』

「現在、青星鉄せいせいてつの採掘中です。バーボネラ級工作艦、建艦準備を完了しています」

『よろしい。早速、建艦にかかれ』

「了解。採掘中断。バーボネラ級工作艦、建艦準備」

『エシル、新造艦ID発行は、其方そなたに任せるぞ』

『……りょ、了解です』

 エシルが観ている前だが、命令を遂行しよう。建艦風景は機密なのだがな。


『ボクセルシステム、起動完了』

 ログが切り札の発動を告げる。〝ダンスカー艦隊保有艦艇〟データベースから、目当ての艦データを拾い上げた。

定礎石ルートブロック、復元実行』

 ボクセルシステムを使った建艦を行う。定礎石は旅行鞄大スーツケースサイズの量子電算機コンピューターだ。戦艦ラスティネイルの収蔵管理インベントリが出力したそれを、自動制御のドローンで艦外へ持ち出した。

『定礎石、仮設完了。ドローン帰艦完了。バーボネラ級工作艦、建艦準備完了』

 建艦実行……定礎石にそう呪文を唱えた。艦外の宇宙空間から、呪文への反応が返る。俺はボクセルシステムを後にした。 


「建艦開始します。各員、閃光せんこうに注意してください」

 定礎石に量子通信網と収蔵管理を介し、原料と設計図データを送り込む。定礎石が白く激しい光に包まれた。その様は、燃焼するマグネシウムを連想させる。閃光は次第に大きく膨れ上がり、最後にはき消える。そこには、新たな艦が現れていた。

 全長約一〇〇メートル。全幅約四〇米。四本のコンテナをく宇宙のトレーラー。中心に据えられたスリムな本体が、その両肩と両脇で計四本のコンテナを抱えていた。他のダンスカー艦隊所属艦艇同様、暗灰色で塗装されている。巨体ゆえに停める港を選ぶが、これから行う要塞修理には、この艦を一定数必要としていた。

「バーボネラ級工作艦、建艦完了しました。ID受領後、採掘運用を開始します」

『うむ。……どうした、エシル? 其方の役目を果たせ。ほうけとらんで、しっかりせい』

 やはりなぁ、とは思う。過日の母親の評価から、娘の反応はある程度予測できた。だが自重する余裕は無い。少しでも早く、要塞スカイアイルに防御力を取り戻す。卑怯技チートの見せびらかしは避けておこう。


 フルタイムで資源を集めては建艦し、増やした艦でさらに資源を集める。そんな日々が暫く続いた。ある日、俺たちはディセアに呼び出され、宇宙港ノーフォへと寄港した。

 バーボネラ級工作艦は四隻に増え、自動航行で採掘を続けている。異変があれば警報アラートが上がり、オーバーライドする構えだ。

「……相変わらず、驚かせてくれるねぇ」

 即位を間近に控えたディセアが茶化す。エシル名義のID発行申請のことだろう。

 ここはいつぞやの会議室だ。ディセアとエシルが和み、ベルファが静かに控え、スカーも口元をほころばせていた。俺は変わらず監視カメラ越しに、彼女たちを眺めていた。

「ん? 愛娘まなむすめの働きっぷりのことかな? 大いに助かっておるぞ」

「ま、そういうことにしておこうね。さて、本題だけど――」

 スカーがとぼけ、ディセアが苦笑する。

いくさを始めるよ。ベルファ、説明をお願い」

御意ぎょい」 

 主君への一礼で金髪が垂れる。眼光鋭く、ベルファが口を開いた。

「敵主力を担う第一四艦隊は現在、星系外縁部へ遠征中との情報をつかんでいます。この隙を突く為、我々は近隣のトルバ氏族との同盟を結びました。同盟の見返りとして彼らの故郷、宇宙港コルツを帝国から奪還します」

 投影型情報端末に、星系図が浮かぶ。滔々とうとうと流れるような説明だ。敵主力は出撃して久しいらしい。聞く限りでは、妥当な作戦に思える。

「宇宙港コルツの防備は脆弱ぜいじゃくです。装備の更新が遅れがちと判明しています」

 この短期間によく調べられたものだ。問題はどの程度確かなのか、だが。

「貴方がたは遊撃戦力として、我々の援護をお願いします」

「ふむ……」

 ベルファが説明を締めくくり、スカーが思案する。

「周辺の敵の配置はどうか?」

「少々お待ちを」

 スカーの問いを受け、ベルファが端末を操作する。想定内の質問なのか、その操作に迷いは無い。

「コルツから六八〇光秒の位置に、第九艦隊が居ます――」

 その艦隊の側には、大型宇宙港ロンドがある。

「仮にこの艦隊が来援する場合、艦隊巡航で二時間半ほどかかるかと」

(……ん?)

 戦艦ラスティネイルの全速なら、一〇分足らずで駆ける距離だ。足並みを揃える為だとしても、時間を掛け過ぎている気がする。相当な重武装なのかもしれない。

 推測になるが、第九艦隊の任務は第一四艦隊の増援か、大型宇宙港の警備と思われた。もう少し詳細が知りたいが、調べ過ぎは情報の賞味期限切れを招く。ある程度の見切りは必要だろう。

「うむ。短期決戦で臨まねばな。我が艦隊もひと働きといこう」

 スカーが大らかに、気負いの欠片も見せずに承諾する。俺たちはディセアに、とあるお願いごとをしたい。その為に、それなりの功績を立てる必要がある。あくまでも援護として。それなりに……だ。

「作戦開始は三日後。それまでは、このノーフォに待機をお願いします」

「心得た。装備換装を先に済ませておこう」

「エシル。スカー提督の戦いぶり、しっかり学んで来なさいね?」

「……はい、お母様」

 そんな四者四様の会話が交わされる。……その影で、俺は万全を期して暗躍した。


***


 宇宙港コルツの執務室にて。モニターに映し出された機密電文を前に、デキア・カッツは苛立っていた。

「ザエトの奴め……肝心なところで、しくじりおって」

 機密電文は、要人暗殺失敗を暗号で告げていた。それを見たカッツは忌々しげに、右胸の飾緒しょくしょを弄ぶ。華美なそれは、着用者が行政長官であることを示していた。

「捕らえたアイセナ族長母娘なぞ、さっさと見せしめにすれば良かったのだ」

 それをとがめた総督の顔を思い出し、カッツは毒づく。その傍らで、秘匿通信をリクエストしていた。

「……わしだ。お前たちに、ひと仕事頼みたい」

『おやおや。長官殿ともあろうお方が、こんな老骨に何用ですかな?』

 音声通話相手の態度に舌打ちしたくなる。

(なんのための秘匿通信だと思っているのだ、莫迦者ばかものめ!)

「……トルバどもの借金取り立てを急がせろ。支払いの遅れた者には、懲役を課せ。男どもならば、いくら使い潰そうが構わん」

 トルバ氏族は生まれ育ったこの宇宙港に執着する。カッツはそこを逆手に取り、彼らへ重税を課していた。

『路頭に迷う、トルバの女が増えそうですなぁ』

「そこはいつものように、慈悲を与えてやれ。然る後、我らアモルの〝市民〟として、奉仕させるのだ」

 ただし、頭に〝二等〟が付く。先住氏族を、政略でアモル帝国の支配下に置くのだ。カッツはそれを為すべく、行政長官としての辣腕を振るっていた。

『いつものように、ですな?』

「いつものように、だ」

 下卑た口調の念押しに、カッツも同調する。

「貴様ら退役兵には、目をかけてやっているのだ。役得の為に働け。異論は無いな?」

『やれやれ、骨が折れますなぁ』

「くどいぞ。経過報告を待っている」

 二の句を告げさせず、回線を閉じた。

「……アイセナが調子づく前に、トルバを見せしめにせねばならんな」

 アモル帝国への根強い抵抗を示してきた、この二つの氏族は必ず屈服させる必要がある。カッツは当初、捕らえたアイセナ族長母娘の公開処刑を企てていた。

『氏族長の処刑は、必ず報復を招く。秘密裏に葬るべし』

 などと、総督ガイウス・ザエトはぬるいことを抜かしていた。その提案を受け入れてやり、暗殺へと計画を変更した経緯がある。一方のトルバ氏族は、族長を賞金首として手配済みだ。あとは残された男は苦役で使い潰し、女は囲ってしつければ分断が進む。

(氏族どもの婚姻を妨げ、帝国への同化を促す……我ながら妙案だ)

 二等市民として生まれた私生児は、帝国の自由市民権で釣れば良い。自由欲しさに氏族への帰属意識を捨て、こぞって帝国への忠義立てに励むことだろう。

(ザエトのしくじりは、奴の子飼いどもに償わせるか)

 扱いづらい武官どもを、これ以上増長させるわけにはいかん……カッツはそう考えつつ、画面上の星系図を見やる。画面には遠く離れた主星付近に展開中の、第九艦隊の布陣が映し出されていた。


***


 帝国軍第九艦隊提督クイント・ティリーは、ある問題についての艦艇間映像通話を行っていた。

「ザエト閣下からの指令だ。アイセナ氏族の動向を警戒せよ、とのことだ」

『宇宙港ノーフォを拠点とする氏族ですね。……帝国への編入準備が進行中と伺いましたが』

 通話相手は、参謀のオスカー・リックデル……彼は若年ながら、いつも苦楽を共にしてきた。短く整えた茶髪にブルーの瞳。性格は謹厳実直そのもの。目端が利くいさめ役として、ティリーも高く評価していた。

「うむ。位置の近い、カッツ長官が仕切っている」

 相変わらず情報にさといものだ。ティリーはそう嘆息しつつ、操縦席に深く身を預けていた。ティリーの座乗艦は現在、隣席の副長の指揮の元で周辺警戒にあたっている。随伴するリックデルの艦も同様だろう。

『カッツ長官ですか……』

「何か、気掛かりがあるのか?」

 難しい表情を浮かべる参謀がふと気になり、ティリーは問い質していた。

『長官と退役兵との癒着ぶりは、市民の間でもよく取り沙汰されています』

 リックデルは率直に語り始めた。

『長官は退役兵を取り立て役とし、高利貸しで私腹を肥やしている……そう吹聴する者も居るようです』

「うむ」

 カッツ長官の金遣いの荒さは、ティリー自身にも心当たりがある。だがその様は、行政長官職に位負けしたくない一心の、哀れな虚勢に見えていた。

此度こたびの指令、カッツ長官の動向にも注意を払うべきか……と考えます』

「たしかにな……」

 アイセナ氏族の不穏な動き……この原因が、カッツ長官のやり方だという可能性はある。だがそれを監査するには、ティリーたちは権限が足りない。迂闊うかつに実情を探るのは、さすがに躊躇ためらわれた。

「だが我々の任務はあくまでも、ザエト閣下の指令に即応することだ」

『心得ております』

 応じるリックデルの表情が幾分晴れる。悪評高きカッツ長官に、深く関わるのを良しとせず。……そんな思いを彼も抱いているのだろう。

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