第六話 正体

(どうして……こうなった)

 偽りのない、今の俺の気分だ。ありのまま、起こった事を話そう。できるだけ手短に。

「話をつけて来るわ。一時間ほど時間を頂戴。……その間、娘を預けます」

 ドックに艦を停めるなり、ディセアがそう告げてきた。

「それは人質という意味かの?」

「ええ。そうしないと、アタシが悪巧みをする余地ができてしまうでしょう?」

 サラっと……とんでもないことを言っている気がする。だが、お互いに秘密を抱えている以上、仕方のないことなのかもしれない。秘密を明かさず、相手の安全を保証する為に。

「その時は悪巧みとやらを砕くのみ。……しかし、ここは其方そなたの心を受け取ろう」

 そう話がまとまる。ディセアはスカーに見送られ、艦を降りていった。エシルは今頃、スカーと居室で二人っきりだ。震えて無ければ良いが……と思っていた矢先にコールが入る。

『ガゼルさん。スカーさんがお風呂の間、お話しをしませんか?』

 そのエシルからだった。母親のガードが無い今、彼女から情報を引き出せと規約プロトコルうずく。俺は主人を守る規約に従い、音声で通話を試みる。母娘の秘密を暴くことは、俺たちを守る為の必要悪だ。

「了解。私は艦隊運用AIです。お手柔らかにお願いします」

 数分も経たぬ内に、俺は自分の見積もりが甘かったことを思い知る。いや訂正しよう。甘すぎた。仮初かりそめの予防線は鎧袖一触がいしゅういっしょくの如く、いとも軽やかに吹っ飛び失せていた。

 称賛、質問、からかい、恋バナ。変幻自在な話題の切り口に、早々に白旗が上がる。

『あはは! ガゼルさんって、面白いね』

 ……などと、有り難い評価を頂いた。逆に情報を抜かれそうな有り様だ。

『あはは……。うっ……』

 突然、エシルが涙声に変わり始めた。俺は何とか彼女をなぐさめようと試みる。

「士気の低下を検知。対処のようみとむ」

 もう少しマシな表現はないものか。自分でもツッこみを入れたくなる。たまらずエシルが吹き出した。

『あははは!……ありがとね。あたし、なにもできなくて、ホッとしたら泣けてきちゃって』

 それは無理もない話しに思えた。こんな年端も行かない子供が、戦闘や交渉で生命のやりとりにさらされてきたのだから。俺は救援を求める、彼女の懸命な叫びを思い出していた。

「エシル。貴官は、救援要請に成功しました。その功は、母君ははぎみの助けになったと推測します」

 AIガゼルの偏った語彙ごいライブラリと格闘しながら、俺は何とか言葉をひねり出す。

『主の居ぬ間に女を口説くとは、お主もなかなかやりおるな?』

 そんなタイミングだ。スカーが通話に混ざってきたのは。もう勘弁してくれ、と思う。


『おまたせ。使いを送ったわ。場所を変えて、改めてお話ししましょう』

 ディセアから連絡が入り、間髪を入れずその使いの来訪を受ける。ドックの隣にある会議室のような場所へ、スカーに手を引かれたエシルが招かれていた。俺は会議室の監視カメラへのアクセス権を借り受け、皆の様子を見守る。スカーには無線機として、携帯端末を持ってもらった。

 会議室に居るのは四人。一番奥の席にスカーが、その横にエシルが座っている。テーブルを挟んだ反対側に、ディセアが一人で座っていた。横手には先程の使いの女性が立っている。その手には情報共有端末が携えられていた。スカーの位置からは部屋全体が把握しやすい。一方でスカーの退路には、使いの女性が立ちはだかる位置関係だ。

「改めて、自己紹介させてね」

 ディセアが思い詰めた様子で口を開きはじめた。

「アタシの正式な名は、ディセア・アイセナ。このアイセナ王国王位継承者として、これから即位します」

 驚く間も与えず、ディセアは言葉を続けていく。

「その子の正式な名は、エシル・アイセナ。次期女王として、アタシの名をもって指名します」

 スカーは形良い顎をアドミラルコートに埋めたまま、微動だにしていない。

「その上でアナタには、アタシにできる最大限の報酬をお約束します」

 ディセアの言葉がだんだんと熱を帯びてくる。気が高ぶってきているようだ。

「その条件とアタシたちの事情について、これから説明させてね」

 ディセアの眼差しはいつになく真剣だ。スカーにすがる気配がした。……この為の歓談だったのかもしれない。

「陛下、ここから先は私からお伝えいたします」

 使いの女性がきっぱりと意思表示をする。

「あはは……『陛下』って、随分と気が早いなぁ。……うん、説明お願いね。あと、自己紹介も」

御意ぎょい

 使いの女性がディセアに一礼し、スカーに向き直る。

「ディセア陛下が直参じきさん、名をベルファと申します」

「ダンスカー艦隊提督、スカーである」

 白いフードが下ろされ、癖の強いボリューミィな金のロングヘアがあらわになる。白磁のような色白の肌。知性を感じさせる美しい顔立ちから、蒼い瞳が注意深くスカーを見据える。身の丈は一八〇センチメートルはありそうだ。明るい青のボディスーツの上には、上質な白地のポンチョが重ねられている。その裾の群青の刺繍ししゅうが印象的だった。組紐くみひものような模様をしている。

「早速ですが本題に。我々アイセナ王国は、アモル帝国の藩属国はんぞくこくとなっています」

 藩属国……形式上は独立し、実質的には支配された国を指す。

「崩御された先王陛下は、エシル殿下を後継と定め、その契約を帝国と結んでおられました」

「お父様……」

 エシルがポツリと漏らす。生前のエシルの父が子孫を思い、帝国と交渉した結果なのだろう。

「しかし帝国は契約を一方的に破棄しました。先王陛下の崩御と時を同じくして」

 実にわかりやすい征服者ムーブに、思わず俺は項垂うなだれる。これは恐らく、特大の面倒事だ。

「故に我々はディセア陛下を推し戴き、帝国へ叛旗はんきひるがえします」

 要約すると〝帝国さんへ。子孫の為に耐え忍びましたが、ナメられたので倒します〟……といったところだろうか。

 実効支配し、無理矢理に後継者が居ないことにしたこの国を、戦火を交えず丸ごと奪いる。帝国とやらの思惑はそんなところだろう。そんな不義理には、誰だって怒りは募る。俺がディセアたちの境遇でもそう思う。問題はその不義理への報い方だ。

 ディセアたちの態度には、帝国とのいくさによる決着を望む様子が見て取れた。そこに俺たちを巻き込むつもりだろう。

「其方らは帝国へ、武勇をもって報いんとするのか?」

 スカーが重く口を開いた。だが、語気には喜色がにじむ。

「……ええ。これはアタシらの意地よ」

 ディセアがいつにも増して神妙に応じる。その言葉には覇気が込められていた。

「その意気や良し! 力を貸そう。……だが、決して侮るでないぞ?」

「加勢ありがとう。アナタの言葉どおりね。……心得ていますとも」

 スカーが力強く口角を上げ、ディセアも気の強い笑みを返す。特大の面倒事が確定し、俺は天を仰ぎたくなった。

 我が主は勇猛を尊しとする。それは察していたはずだった。その度合が俺のモノサシでは足りなかったのだ。

 スカーの言葉の真意。それは〝帝国を軽蔑する心に囚われるな〟か、それとも〝私らをチョロいと思うな〟か。あるいはその両方か。

 対するディセアの言葉の真意。それはスカーへの惜しみない称賛と同意か、それともスカー自身の言葉――難あらば加勢するは、戦場のならい――を逆手に取れた勝利宣言か。

 俺はグルグルと悪い思考ループに陥り、例の〝白い世界〟へと落ちていった。


 時が停まった〝白い世界〟にて、俺はこれから取るべき行動方針を必死に考えていた。高確率で俺の精神的ストレスが発動条件となっているこの世界に、正直なところあまり長居はしたくない。が、これも生き延びる為に必要だ。割り切ろう。

(もしディセアへの協力を拒んだら、自由に航行はできなくなるだろう)

 不本意だが、俺には既に無許可採掘・・・・・の事実がある。ディセアはこれから強権を手に入れるのだ。この事実を捨て置くとは考えにくい。刑罰として参戦の線もあるだろう。

(……協力する姿勢を示し、利用されすぎないように。指揮権の確保は必須だな)

 俺はそう結論づけて大まかな行動計画を立て、元の世界へと帰還する。


「……それで、報酬の条件なのだけれど」

「こちらをご確認ください」

 ディセアの目配せにベルファが応じ、情報端末の画面が表示される。

「ふむ……心得た。この条件で良い」

 速読したスカーが早すぎる判断を下す。内容を知らされていない俺は、気が気ではない。

「私からも其方らに条件……というより、提案がある」

「聴きましょう」

 ディセアがベルファを制するように答える。

「其方らの戦に、我らが出しゃばり過ぎるのは外聞が悪かろう」

 俺が心配していた指揮権について、スカーが先手を打つようだ。俺はほんの少し安心する。

「作戦がまとまり次第、我らに知らせるが良い。我らはそれを見て、影から即応する。その目付役と連絡役を兼ね――」

 緊張気味のエシルの肩に手が置かれる。もちろん、隣に座るスカーの手だ。

「エシルは我が艦隊で預かろう。それでどうか?」

「……ええ。エシルのこと、よろしくお願いするわ」

 ささやかな安心は跡形も無くなった。母は可愛い娘に旅をさせる。その精一杯の笑顔が切ない。俺は緩みかけた気を引き締めた。

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