第五話 寄港

「アナタたちは気軽に、とんでもないことをやり過ぎているの」

 それがディセアの評価だった。俺は天井の艦内カメラから、成り行きを見守っていた。

「単艦で敵艦隊を殲滅せんめつし、その場で手際よく救助までこなせる。この時点で並外れているわ」

 スカーはさして意に介してはいないようだ。ディセアの指摘は続く。

「そのうえ、空気や水の生成を氷の採掘から? それらしい装置も積んでいないのに?」

 どうやらディセアの目には、分解機リゾルバー収蔵管理インベントリを使った採掘は異質に見えるらしい。

「そんな万能戦艦・・・・を駆る人が、基本の星系図すら持っていないなんて……信じ難いことだわ」

 最後の指摘は耳が痛い。手持ちの航法データが謎の機能不全を起こしていたのは事実だ。

「我らの星系図が使えぬ理由は調査中だ。情報を必要とする理由のひとつではあるな」

 張り詰めさせた気を緩め、スカーがようやく応えた。なおもディセアが畳み掛ける。

「全ての艦艇は建造された後、持ち主にIDつき星系図データと一緒に引き渡されるの」

 なかなか面倒なことになった。正確な星系図を持っていないこと自体が、大いに問題があると見なされるようだ。俺たちの見え方・・・は、不明な艦を何処どこぞで強奪した疑いあり……といったところか。

「このままどこかへ入港しようとしても、発覚して不審がられるでしょうね。そして――」

「要らぬ関心を招く、ということか」

 スカーが先回りする。余計な注目や勘繰りを集めてしまうのはまずい。無防備な要塞を隠し通さねば。

「それを踏まえ、其方そなたは何を望む?」

 スカーがディセアに先を促す。ディセアはひと呼吸おき、望みを口にする。

「アタシたちの母港へ、娘と無事に帰還すること」

「その代価が、其方の口利きという訳だな?」

 ディセアが大きくうなずく。娘のエシルは体を強張らせたままだ。

「よろしい。請け負うとしよう」

「交渉成立ね」

 スカーの果断にディセアのうれしげな声が呼応した。二人は立ち上がり握手を交わす。エシルもよろめくように立ち上がり、見届けていた。俺もひとまずホッとする。そう、ひとまずは。

「母港に戻ったら、改めてお礼をさせて?」

「戻るまでに、刺客の数個艦隊でも引き受けようか?」

 神妙なディセアに、スカーがおどける。ディセアたちの事には触れていないが、何らかのトラブルを抱えているのはほぼ間違い無いだろう。初めて出会った時、彼女たちもまた単艦だったのだ。少なくとも国軍としては。

「その時はまたお世話になるわ。その分のお礼も、母港へ帰れてこそだけど」

 若干だが気圧されるようにディセアが応じる。俺は段々と母娘が気の毒になってきた。

「して、其方の母港の名は?」

「ノーフォ」

 俺はすぐにノーフォへの航路を確認する。その後で、心配事について主へ意見を試みる。

「ガゼル」

「航路設定完了。意見具申いけんぐしん。当座の資金源として、別途資源を採掘すべきと判断します」

 今の俺たちは無一文なのだ。何らかの鉱物資源を手に入れて売却したい。

「それも、アタシが何とかするわ。というより、何とかしないとまずい。ね? エシル」

 ディセアが意味深なことを言う。話を振られたエシルが、軽くせき払いをしてしゃべり始めた。

「……資源採掘は登録事業者制なんです。このブルート星系では」

 既に無許可採掘の現行犯となっていた事実に、俺は頭を抱えたくなった。

「アタシの許可証で、代行して採掘してもらった……って話にもっていくわ」

「これはまだ、いろいろ話し合う必要があるようだ」

 ディセアの決意に、スカーが襟を正す。交渉は実はこれからが本番なのだろう。

「続きは私の居室で話そう。ガゼルは別命あるまで待機せよ」

「了解。待機します」

 スカーが自身のプライベートスペースへ母娘を連れ出した。AIガゼルが俺に関連情報を告知する。いわく、そこはAIガゼル自身もスカーからの招待を受け、初めて立ち入ることのできる領域とのことだ。


 三人の女性が賑やかに歓談する声が、スピーカーから伝わってくる。ディセア母娘の巧みな話術を、俺は密かに恐れた。気難しげな我が主を、いったいどんな手管で懐柔したのかと。

 話はほんの少しだけさかのぼる。思わぬ自由時間を得た俺は、ディセアから譲り受けた星系図を詳しく読み解くことにした。

(この星系は、外装修理資材の調達に向くようだな)

 星鉄せいてつはさまざまな能力を秘める架空の鉱石だったはずだが、それが紛れもない現実の産物として記録されている。大別して赤、緑、青の三系統の色を持ち、その色で凡その特性を知ることも出来る。この星系は青い星鉄こと〝青星鉄せいせいてつ〟――軽さ、固さ、しなやかさなどの、物質的な特性に秀でる――を産出するとされていた。

(だが青星鉄だけでは不足だ。いずれ他の星鉄の調達方法も見つけねば)

 星系内それぞれの港の需給バランスも記されている。その横には情報取得日時もあり、恐らく入港の度に情報が自動更新される仕組みだろう。それが星系図不所持をあぶり出すのも兼ねると予想される。とはいえ、今後の活動指針として大いに役立つ星系図だと言えた。採掘や取引をうまく使い分けて立ち回るとしよう。

(ノーフォではまず、大量の星鉄を合法的に手に入れる算段をつけよう)


 俺が考えを巡らせていると、居室のスカーからコールが入る。アクセスは音声のみの許可だ。

「こちらガゼル。ご命令をどうぞ」

『そう畏まるな。客人たちがお主に礼を言いたいそうだ。聞いてやれ』

 何やら得意げなスカーの声がする。礼を言われるような心当たりが無いが、さて。

『良い湯をありがとう、ガゼルさん』

『ありがとう。アナタたちのやり過ぎにも、慣れてきたわ』

 エシルは無邪気に喜び、ディセアは感謝と諦めの混ざった様子だ。俺はようやく思い出せた。

(……あの、魔改造風呂のことか!)

 戦艦ラスティネイルは、容積ペイロードほとんどを戦闘用設備に割いている。居住性はあまり宜しく無い。せめてもの快適装備をと願い、風呂だけは知恵と趣向を凝らして設計していたのだ。

 異彩イロモノゆえに委細ソースは省こう。今のところは。

『宿屋ラスティネイルが自慢の家族風呂、用命は気軽にな?』

定宿じょうやどにしちゃおうかな?』

 スカーとディセアが茶目っ気を応酬おうしゅうする。俺は気の利いた答えの語彙ごいをAIガゼルに求め、またも不首尾に終わってしまった。そんなやりとりを経て、今に至るのだが……。


 尚も女性たちのにぎやかな歓談が続いている。まるで星系間跳躍ジャンプ航法のように。しかも再始動時間リキャストが恐ろしく速い。俺は目まぐるしく飛び交う話題の追跡に苦労した。

 だが苦労を代価に収穫もあった。あの謎だらけの宙戝襲撃についてだ。あの場に居た同盟軍扱いの随伴艦について、スカーがそれとなく尋ねたら……。

『もう! アイツら本ッ当に! 最悪だった!』

 エシルが興奮気味にまくしたててきたのだ。ディセアのものらしき咳払いも混ざっている。

『お母様の前だと知ってて、堂々とあたしを口説いてくるんだよ? 信じられる?』

 同盟軍扱いだったが、決して友好的な相手では無かったようだ。彼女たちがどんな目的であの宙域を航行していたかは謎だが、随伴艦としての職務はそっちのけだったのだろう。

 その後しばらくエシルを巡り、スカーがそそのかしディセアがたしなめる攻防が続いた。

『ガゼル、このままノーフォへ向かえ。入港はディセアの手腕に期待しよう』

『任せて頂戴!』

 スカーからの指示が飛び、ディセアがやる気をみなぎらせる。あっという間に親密になった女性たちの連帯感の凄さを、俺はまざまざと見せつけられていた。

「了解。ハイパードライブ起動」

 俺は短く応え、職務を遂行する。修理の資源を合法的に得る為に。


「巡航解除用意……今! 宇宙港ノーフォへ到着を確認しました」

 戦艦ラスティネイルの快速を飛ばし、何事もなく寄港先へと辿たどり着く。星系の外縁宙域から、一気に中心宙域付近まで駆け抜けた。

 宇宙で人が乗る構造体は全て宇宙船として扱われる。その内、多くの人々が暮らす為の巨大な構造体を、便宜上〝宇宙港ポート〟と呼び習わしているようだ。

 宇宙港ノーフォは直径約三キロメートル、長さ約六粁の円筒型構造体を持つ。回転が生む遠心力を擬似重力として扱い、人々が生活しているのだろう。

「では頼んだぞ、ディセア」

 スカーが促し、ディセアが頷く。艦橋の前席にはスカーが、後席にはディセアが座っていた。艦橋は定員二名ゆえに、エシルはスカーの居室で留守番して貰っている。

『こちら宇宙港ノーフォ管理局。所属不明艦に告ぐ。IDの提示と寄港目的を述べよ』

 とがめるような通信が入る。ベテランの風格漂う年配の男声だ。こちらは宇宙法に基づく識別信号を発信しているはずだが、通信の不調だろうか。

 宇宙港の円筒型構造体の底に、入出港ゲートがある。それを取り囲むよう配備された機銃座が、一斉にこちらを向く。〝そこのお前に言っているぞ?〟とでも言いたげに。

「こちら戦艦ラスティネイル。IDを送信した。確認されたし。なお――」

 ディセアがやや声を作りながら応答する。彼女は臨時乗員扱いだ。通信権限をスカーから与えられ、機器の使用法について説明を既に受けていた。

「詳細は軍機につき、今は申し上げられない。確認が取れるまで待機する」

 ディセアが続け、やや間があってから返信が入る。その声音は驚愕と困惑が交じっていた。

『IDを受信した。確認まで少々時間を頂きたい』

 こちらを指向していた機銃座が元の向きに戻っていった。通信相手の態度も幾らか柔らかくなっている気がするが、楽観はしない方が良いだろう。俺は急速反転に備えておく。

『確認した。入港を歓迎する。ドック・ゼロワンへ入渠にゅうきょされたし』

「歓迎を感謝する。ラスティネイル、通信終了アウト

 許可ではなく歓迎、明らかに態度が変わっている。俺は怪しみつつも、戦艦を入港させた。

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