第4話 美女の正体

「えー、この一辺が1mの正方形の面積を求めるには、まず1mを100㎝とし…」

若い頃のアンジェリーナ・ジョリーとブリトニー・スピアーズを足して二で割ったって感じかな、余りはブリトニーだろう。


この4年5組の担任である森本浩也は算数の授業を進めながら、謎の美女の容貌を理系出身らしい彼独自の表現で評していた。

比較対象も彼の年代を反映している。

授業の合間に時折隙を見て「アンジェリーナ・スピアーズ」を覗う。


しかし、目が覚めるようにいい女だ。

あんなのがうちの女房だったらよかったな。

最近夫婦仲が険悪な森本は自分がやっている授業以外にそんなことを考えながら、先ほどから担任らしい疑問も頭をもたげていた。

それはどの生徒の母親なのか?ということだ。


三年生からの持ち上がりでこのクラスの生徒を受け持って、今年は二年目。

転入学する生徒もいなかったのでクラスの顔ぶれは全く同じ。

今まで従業参観や三者面談、家庭訪問などで35人いるこのクラスの生徒の保護者の顔はほぼ把握していたつもりだったが、あの「アンジェリーナ・スピアーズ」だけは見たことがないのだ。

だいたいあれほどの美女に一度会ったら忘れるはずがない。

親戚かお姉さんか?はたまたクラスを間違えているのではないかとも考えたが、森本は母親であるという線を保持して授業をしながら探りを入れ始めた。


親なら自分の子供中心に見ているはずだ。

授業の一方で「アンジェリーナ・スピアーズ」の視線の先を追ってみると、ほぼ真ん中に位置する彼女は窓側の席に視線を集中していることが分かった。


あの視線の角度からして、大体窓寄り二列分の教壇に近い方、対象者は六人ってとこか。


またしても森本は理系脳で当たりをつけて、記憶にある対象の生徒一人一人の母親の顔を思い浮かべると同時に、参観に来ている保護者の顔ぶれを確認しながら脳内でスクリーニングし始めた。


まず立石天雄の母親はあのメガネの中国人女性、教育熱心で今回も参観にやってきて猟犬のようなまなざしを我が子に注いでいる。

星野冬華、原口恵美の母親は…ああ、いたいた。あの厚化粧の肥満した女性とチンチクリンの人だ。

まったく、原口のおふくろさんはさっきからスマートフォンばかりいじっている。

袴田智樹の母親は今日来ていないが顔は覚えているし、吉本静香の家は父子家庭だから父親が参観に来ている。

作業着姿の四十男で、横目で「アンジェリーナ・スピアーズ」をチラチラ見ている。


じょあ最後に残った冨澤宏か?そういえばあいつの母親は見たことなかったような。

ん?あいつ気分でも悪いのかな?さっきからしょっちゅう下ばかり見てるぞ。


うつむいていた冨澤宏は、担任からの視線を感じてハッと顔を上げた。

だが、視線が他に移るとまた伏し目がちになってしまう。

体の具合が悪いわけではないが、気分は最悪だった。

周りの生徒たちは授業が始まってから時々後ろを振り返ったりしている。

振り返って誰を見ているかは分っていた。

宏も一回だけ後ろを振り返ってその人物を見たが、やはり異様に目立っている。

それ以降二度と後ろを振り向く気になれない。


顔が青ざめ、涙が出そうになるのを必死にこらえながら、さっきから何度も心の中で後ろのその人物に向かって叫んでいた。


「あれほど来ないでくれって言ったじゃねえか!」


その時森本は後ろの「アンジェリーナ・スピアーズ」に似た顔を家庭訪問で見かけた記憶があるのに気付き、さらに最後に残った候補者である冨澤宏の家族構成を思い出して、ハッとしていた。


あれ?冨澤宏の家って確か…、まさか!


宏の方はもう心の中で絶叫していた。


「何で来たんだよ!父ちゃん…!!」


「アンジェリーナ・スピアーズ」こと謎の美女の本名は冨澤金造。

宏の母親を強引に兼ねる父親だった。

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