第3話 保護者たちの暗闘~見下す者~
みっともねえ女。
肥田明美は、怒りに我を忘れた後一転してバツが悪そうな顔に変わっている麻希を横目で冷ややかに見ていた。
麻希に親子共々敵視されている明美の方も前々から彼女を嫌い、なおかつ見下している。
中高生の時代から男にチヤホヤされてきた明美は、昔から容姿の劣る同性を下に見る傾向があり、初めて見た時から麻希などは女のうちに入らないランク外の存在と見做していた。
それだけなら、まだここまで嫌ったりはしない。
腹が立ったのはこのブタ女が自分の息子の翔に、一番可愛がっている末っ子の誠一と遊ぶなと言っているらしいからだった。
さまざまな習い事をさせられてるくせに頭の悪い翔がバカ正直に誠一に話したため、明美はそれを誠一から聞いて知っていたのだ。
大した家でもねーくせにセレブ面しやがって。
旦那は公務員らしいが、安月給の市職員じゃねえか。
ウチの旦那は曲がりなりにも会社の社長で、お前んトコより何倍も稼いでるぞ。
それに自分の姿を鏡で見たことあるのか?男物か女物かよくわからん地味な服着て、ド下手くそな化粧のおかげでブサイクさに磨きをかけた面さらしてからに、よくそんなオジサンかオバサンか微妙な姿で人前に出てこれるな。
明美は「ヒトは見かけがほぼ十割」と考えており、相手の格もほぼルックスで判断する思考回路の持ち主だ。
高校時代は援助交際で月50万以上荒稼ぎし、卒業後は売れっ子キャバ嬢として羽振り良くしていた上に、産業廃棄物処理会社の二代目社長だった今の旦那と出会ってプチ贅沢三昧の暮らしを得たという人生経験がそれを裏付けていた。
そして、自分は今年37歳ですでに上は16歳から下は9歳の息子三人の母親なのに、未だ二十代の女と張り合えるだけの若々しさと美貌を保っていると固く信じている。
これまで参観に来た父親たちの中には授業が終わった後、キャバクラと勘違いしたのか子供や先生そっちのけで話しかけてくる者もいたくらいだ。
あの鶴島のブタ女などは教室に入って自分と目が合うなり、バツが悪そうな顔になって間隔をわざと開けている。
そりゃそうだろう、あたしの隣に立てば自分のブサイクさが余計目立って生きてて辛くなるもんな。
鶴島麻希は論外として、他の母親の中にも気張った化粧とファッションをしてくる者もいるが自分の敵ではない。
明美は心の中でそんな勝手な優越感を何の疑いもなく抱き続けてきた。
今回の授業参観までは。
そう、鶴島を挟んで自分の右隣に来た謎の美女が、今までの独りよがりな優越感を木っ端みじんに砕いていたのだ。
どこからどう見ても完璧な美女だった。
最初そんなことはない、自分の息子と同い年の子供がいる母親でこんな若々しくきれいな女などいるはずがない、と靴の先から頭のてっぺんまでなめ回すように見てアラを探そうとした。
だが顔もスタイルも、ファッションセンスも探そうとすればするほど見つかるのは自分のアラだった。
何より周りの反応がそれを物語っている。
授業中なのに子供たちはチラチラと後ろを振り返り、保護者のうちの男親は時々鼻の先を伸ばして横目で覗い、担任の男性教師は時折視線をこちらに向けては声を上ずらせる。
彼らの視線は明らかに自分ではなく右隣の美女を向いており、何よりこんな異常事態は今までの授業参観では決してなかった。
自分はここまで授業をガチャガチャにしたことはない。
負けた!レベルが違う。
その人間の女性とは思えない妖気すら漂う美しさに、いつしか明美自身がイカれて感服していた。
そんな自分の注ぐ熱視線を感じていたのか、美女が明美の方に顔を向けた。
166cmの明美も長身だが、その美女は元々背が高い上にハイヒールを履いているのでやや見下ろした形になる。
その瞳は一瞬体温を感じないほど冷徹に見えたが、ギョッとした明美の顔を捕らえると、美女は涼やかな笑みを浮かべて会釈をした。
そのしぐさが何とも自然で、あまりにも優雅であったため、明美は一瞬会釈を返すのを忘れてしまった。
できた人だ!
明美はもうすでに心の中でその美女を全面的に賞賛し始めていた。
こんな人になら負けても仕方がない。
それよりこの人とこれから仲良くなりたい!いろいろファッションとか化粧とかアドバイスしてもらえるかもしれないし。
授業の後で何とか話しかけてLINE交換しよう!
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