第4話 暑い男

「お笑い芸人になりたいんだとさ」


山北の目標は私がいつも話すアルバイトの一人、兼田遼があっさりと教えてくれた。

なんでも、福岡の大学を卒業してから四月に上京して、吉本興行のお笑い芸人養成学校東京校に通っているらしい。


もしかして、意識的に不自然な関西弁を混ぜていたのもそのため?

そしてあのムカつく言動はボケかツッコミのつもり?


それにしても自分の目標を頼りがいがありそうな外見の兼田には話して私には話さなかったということは、相手を見て対応を変えているということであり、不愉快な男である。

が、そう思っていたのは私だけではなかったようだ。


「そのワリには話が面白くないんだよな、ていうかウザイ」

「ケータイに登録してある連絡先が百人超えてるとか、自分の実家は年商一億の工務店だとか、どうでもいいこと自慢してきやがるしよ」

「パチンコで二万スッたって愚痴ってたら、スロットで三万勝ったとか横から口出してきたりして空気読めない野郎だからさ、話しかけるなオーラ出してんだ」


話題が山北に及ぶと兼田はじめ他のアルバイトたちは口々に山北を酷評した。

最近山北が兼田たちに近づいてこないのは嫌われているのが明らかだったからのようだ。

それがわかるとちょっと滑稽な奴に思えてきた。


山北は暑い男だった。


「熱い」のではない、「暑い」のだ。

くどい容貌もさることながら、その存在感のうっとうしさと空気の読めなさ、いつまでも続くズレまくったトークが暑苦しく、精神的湿度の高さをヒトに感じさせて不快感をもたらす。

同性の我々ですらそう感じるんだから異性にはなおさらだったようだ。


南東京ベース店は七月を迎えて毎年恒例のお中元繁忙期が始まり、臨時で作業員を増員。

その中には若い女性も少なからず混じっていた。


このうれしい状況を、人見知りしないというより図々しい山北は放っておかない。

入ったばかりで一番見栄えのする女の子に早速話しかけ始める。

その子も愛想がよく、いきなり話しかけてきた山北にも時々笑顔を見せて相手をしてくれてはいた。

私はそんなズケズケとしたキャラではないので「お手並み拝見」とばかりに眺めていたのだが、ほどなくして私の目から見ても彼のやり方はちょっとまずいのでは、と思わざるを得なくなる。


しつこいのだ、非常に。


ぴったり張り付いて作業中も話しかけているし、休憩時間はなおさら離れない。

会話が部分的に聞こえてくるが、山北が一人でしゃべって一人でウケているのがわかる。

やがてニタニタ笑いながら話しかける山北の横で、女の子から笑みが消えて表情が険しくなり、そして翌日から彼女は職場に姿を見せなくなった。


次の日からは別のギャル系で派手目の女の子二人組にターゲットを向けたものの、こちらの女の子たちは二人とも端っから冷淡そのもの。

相手にしないだけではなく眉間にしわを寄せて舌打ちすらし、知らん顔でケータイを見たり、片方の子とばかり会話をしたりの完全シカト。

後日、その女の子二人組と親しくなったのは我々の方で、彼女たちが語ったところによると、山北は「くだらない話を延々続けるし、キモいくせにイケメンぶる」のだそうだ。


それでもめげずに話しかける山北の相手の女は、より地味に、より高齢になっていったが、そっぽ向かれるどころかセクハラだと事務所に訴える女まで出てくる始末。

事務所に呼び出され、厳重注意を受けた山北は反省するどころか「ブスのくせに」だの「ここに来る女はクソばかりだ」と怒り心頭だったが、むろん誰も彼の方に理解を示す者はいなかった。

せせら笑う者はいたが。


山北という男は無意味に自信満々で嫌な奴だと思っていたのが、実は己を知らなさすぎる極めて滑稽な奴なのでは、と私が思い始めたのはこの頃からである。

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