第2話 山北浩二との出会い

2001年6月、私が社会に出てから二回立て続けに職場を追われ意気消沈していた頃のことだ。

私は一時の糊口をしのぐために東京都品川区八潮の東京貨物ターミナル内にあるY運輸南東京ベース店の荷物の仕分けのアルバイトをはじめた。


南東京ベース店は全国に拠点を設けるY運輸の東京都内における世田谷区、大田区、渋谷区、目黒区の荷物を取り扱う物流センター。

そこでは、管轄する四つの区から昼間に集荷した荷物を全国のベース店と呼ばれる物流センターごとに仕分けて送り出す発送作業、それが終わると、今度は各地のベース店からの荷物がトラックで運ばれてきて、それを夜勤と日勤に分かれて各営業所・住所ごとに仕分ける到着作業が主な業務となっていた。


言っちゃ悪いがそんなところで働く羽目になってしまったという敗北感と、新しい環境への不安感でバイト初日を迎えた私が配属されたのは大田区の夜勤到着仕分け。

当初、こういう肉体を使った単純労働の現場には気の荒い奴がうようよいるか、はたまた学生バイトばかりで私のような二十代後半のフリーターは浮くのではないか、と懸念していた。


実際現場に入ってみると、若者が過半数で中年以上の方が少数派だったようだ。

もっとも、荒くれ者ばかりのすさんだ現場で怒鳴られながらやる方が嫌だが。

追い出された会社でもそうだったが、学生時代に経験した色々なバイト先でも私はよく怒られていた。


大田区担当の社員の指示をおっかなびっくり拝聴しながら始めたこの作業だったが、それはベルトコンベアで流れてくる荷物を大田区のコーナーに引き込んで、伝票に書かれた住所を見て営業所ごとに荷物を仕分けるだけの単純作業。

社員の人たちも意外と親切だし、同じ現場で働く若者たちも悪そうなのは少なく、和気あいあいとした雰囲気である。


ここなら続けて働けそうだ。

そう安心して作業していた時、私は不意に鋭い声で叱責を受けた。


「おい、花を横にするなよ!」


横柄な口調のその男は、年の頃が私と同じくらいのイケメンもどきのキモ男。

一見色男風だが、決して異性にはモテなさそうなくどい顔をしており、何を狙ったのか異様に伸ばした濃いもみあげがいかがわしい。


それが山北浩二との出会いであり、第一印象だった。


名前がすぐわかったのは、アルバイトが着用を義務付けられている名札が瞬時に目に入ったからだ。

山北はその顔にピッタリのねちっこいイヤミを続けた。


「ナニ横に置いてんだよ。花だぞ。水がこぼれるだろがよ」

「ああ、そうっすね」

「そうっすねじゃねえよ。天地無用ってシールが貼ってあるのが読めねえのか?見ろよ」

「ああ、気を付けます」


偉そうに!何なのだ、こいつの態度は!お前だってアルバイトだろう!ナニ社員みたいな態度してんだ?

ムカついて、ここなら楽しくやれそうだという期待が一挙に冷めた。


この山北は現場を仕切っている社員に親しげに話しかけたり、休憩時間に若いアルバイトたちの大きな輪の中に加わったりしているから、それなりのベテランバイトに見えた。

こういう職場で顔が利く人間にバイト初日から楯突くのは得策ではないことくらい私にもわかる。


私は一気にムカムカしながら作業を続行。

この日は早朝六時まで作業し、慣れない肉体労働とムカつく奴が存在したことにより、どっと疲れて家路についた。


あのモミアゲ野郎ムカつくな。

口ききたくねえな。


その時はあと何日かしたらそのモミアゲ野郎、山北と口をきくことになろうとはまだ予想してなかった。

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