第4話 コアラキムチ
イルカショーの話をしたばっかりに、地球外生命体とも超常現象とも違う知られざる「加賀ワールド」が展開され、陳はそれに引きずり込まれつつあった。
「オレ動物園イクと、いつも肉食べたくなる。陳さんはドウ?」
「いやー、それはさすがに思わないな」
加賀に限らず、中国人は動物なら何でも食べると思っている日本人がいるが、それは偏見だ。
確かに広東省あたりなら一昔前まで公然と猫を食べてたくらいだからそれもありうるが、四川省出身の陳にそんな嗜好はない。
「イツモ動物見ながら、こいつウマそう、あいつマズそうってイツモ思うネ」
「へー、加賀さん的にどの動物がおいしそうで、どの動物がマズそうなんですかね?」
そんなこと考えながら動物見てる奴っているもんなんだな、と思いつつ陳は真面目に質問をしていた。
「パンダはおいしそう、デモ、ホントはマズい!」
「何で知ってるんですか?四川省出身の私ですら食べたことないのに」
「ムカシ、逮捕された中国の密猟者が言ってタ!新聞にあった」
「なら、キリンはどうですかね?あれなんかサッパリしてそうでいい感じですが」
加賀のエキセントリックな話題に辟易としながらも、陳はいつも律義に質問や返答をしているので、端から見たら二人の間で会話が立派に成立している。
「オレはコアラ、ウマいと思う!」
「いや、見かけよりおいしくないと思いますよ。硬くて臭みもありそうだし」
「料理の方法を考えヨウ」
「やっぱり、スパイスを多用すべきですね」
会話が成り立っているどころか次第に盛り上がっており、気の合う仲間同士の愉快な会話と他人の耳には聞こえていることを陳は自覚していない。
そういえば前回ワープ航法の話をした時、もしアリババグループがその特許を取得したらアマゾンやDHLを倒産に追い込めるなどと熱っぽく加賀に語ったものだ。
「コアラキムチなんてどうでしょうか?」
「コアラ…?ナニそれ」
「ほら、豚キムチってあるじゃないですか。あれのコアラ版ですよ」
「ナルホド!ウマそう!」
觉得恶心!(キモ!)
陳がレッスンを行っているスペースの外で、盛り上がっている異次元の会話を聞きながら顔をしかめている人物がいた。
陳の片思いの女性講師、何媛だ。
媛は今日午後一時からのレッスン担当だったが、学校のレポート作成とレッスンの準備をやろうと早めに来て、陳のスペース近くにあるソファに腰かけたとたん異様なワードをふんだんに含んだ会話が耳に入ってきた。
スペースはボードで仕切られているだけなので、声のでかい二人の会話は嫌でも聞こえてくる。
2002年生まれで中国のZ世代に当たる媛はイルカに限らず動物好きで動物愛護活動に関心があり、動物実験や娯楽としての狩猟なんてもってのほかと考える先進的な主義の持ち主だ。
さらには祖国中国の一部地域における野生動物なら何でも食べる習慣を嫌悪していた。
そんな彼女だからこそ、中から聞こえてくる会話にはドン引きだった。
大体自分が好きな動物五傑に入るコアラの料理法を討論するなんて、おぞましすぎる!
しかも話しているのは、流暢な中国語ながら電波話を飛ばしまくる加賀教文と前からキモい奴だと思っていた陳博芸。
お似合いすぎて、こんなお似合い見たことがない!
自国人とはいえ、媛は会うたびに自分をチラチラ嫌らしい目で見てくる陳のことをあまり好きではなく、以前から意識的に距離をとっていた。
加賀は単なる珍獣で軽くあしらう自信があったが、陳の方は同じ中国人で距離が近い分切実に気持ち悪い。
ボードに囲まれたスペース内から聞こえる話はコアラ料理から、加賀が奈良公園の鹿と戦った話にシフトしていた。相手がオス鹿だったので返り討ちに遭ったらしい。
「オス鹿はやばいな、私も相手がメス鹿や子鹿だったら望むところなんですけどね。あ、加賀さんは亀をひっくり返したことありますか?亀って、何度やっても自分で起き上がっちゃうんですよね、実は」と陳の悪ノリも止まるところを知らない。
動物いじめまでやってたなんて信じらんない!
もうだめ!これ以上ここにいると耳が腐る。
確か加賀はこのレッスンだけで、陳は午前中いっぱいのシフトだったはず。
もうすぐレッスンが終わるから、二人とハチ合わせしないように外のドトールでレッスンの準備しよう。
アーもう!ここ辞めよう!
媛は時計を確認すると、そそくさと「サンチャット」から出て行った。
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