第12話

【みなと中学校 2学年まるわかり新聞  号外

大変お騒がせ致しました!最近、号外で掲載していた新聞は全て真っ赤な偽情報でした。T先生から謝罪もいただき、岡先生に関する情報も全くのデタラメとわかりました。近々行われる2学年集会にて岡先生から話があります。全ての方へ。この度は申し訳ありませんでした。今後はしっかりと調べて偽の情報を鵜呑みにしないで新聞にしたいと思います。申し訳ありませんでした。苦情などある場合は新聞部へ直接きてください。何度も言いますが、この度は誠に申し訳ありませんでした。   記事/新聞部一同】


   ***


2学年集会の前に、職員室で岡先生と高橋先生の処分の検討会が行われていた。

校長が二人を座らせ「先生たち、いかがでしょう?」と処分内容が書かれた紙を先生たちに見せる。

一ヶ月の出勤停止、半年間給料半分カット。拍子抜けするくらいそれだけだった。

「河野黄牙くんはどうしましょうか?生徒たちが戻るまで休学させますか?」

昂先生が校長に打診すると、高橋先生が「待て。」と割り込む。

「あいつは何も悪くない。俺なら何でも受け入れるからあいつだけは…。」

校長は久々に見る真剣な高橋先生の顔を見て優しく笑って見せた。

「そうですね。河野くんには一週間の休学にしましょう。反省文を書いてもらってください。それから…。」

校長はまた別の紙を先生たちに見せる。

「これでいいですか?岡先生、高橋先生も。」

全員頷いた。


5組も全員集合の異例の2学年集会だ。

体育館に行くと先生たちはすでに集まっていて、2学年全クラス揃うと岡先生の挨拶から入った。

登壇早々「すまなかった!」と謝罪から始まる。

「みんな、まずは申し訳ない。この度は監督不行届きだった。この学校は生徒一人一人自由に育てるをモットーにしいていたので新聞部の記事も顧問のサインがあれば私たちは確認せずスルーしていた。しかし、今回は生徒だけの行き過ぎた正義でこのような事態になってしまった。申し訳ない。」

岡はマイクから顔を離すと深く頭を下げる。他の生徒も「頭を上げて!」と騒いでいるが岡は構わず話を続ける。

「私は…高橋先生を高く評価し5組を専属担任にしてしまった事、この場を借りて改めて謝る!自分勝手なエゴで高橋先生の事を良かれと思い推薦した。俺を煮るなり焼くなり好きにしてくれ!この学校から辞めてくれと言うなら…。」

生徒や先生もざわつき「辞めないで!」の声が聞こえる。ようやく岡は頭を上げ「私は教師失格だ!」と叫ぶ。

「岡先生、そんな辞め…。」中嶋が擁護しようと制止した時だった。

「ふざけんな!」

当事者のくせに、大きな態度で足を組み座っていた高橋が立ち上がる。

「お前、この学校が好きなんだろ?なんで辞めるんだよ。」

「高橋先生…ですから、それは…。」

「お前は校長になれ!校長になってこの学校を守ってくれ。それから…。」

高橋は生徒達の前に立つと、頭を下げ謝罪の言葉を言い出す。

「俺の、勝手な岡先生への嫉妬でこの学校をめちゃくちゃにしてしまった事、5組を、別棟を私物化した事、生徒への暴力、本当に何から謝っていいかわからないが謝る。すまなかった!」

体育館内がシン…と静まり返る。

「河野を使ってお前達の心を弄んだ。汚い大人だ。全部俺が作り上げたデタラメなんだ。俺がこの学校を辞めれば済む話なんだ。責任を持って…。」

そう言った時「だめ!!!」と黄牙が叫ぶ。

「辞めたら何の意味もない!僕を利用するだけしていなくなるなんて許さない!だめだよ、高橋先生。この学校にいなきゃだめ。岡先生と一緒じゃなきゃだめ!」

高橋は困った顔で「いや、俺が…。」と引かない。

「岡先生、そうだよね?高橋先生が他の学校で暴れたら誰が面倒見るの?僕がいるから任せて。」

それを聞いた岡がクスリと笑う。

「みんな、申し訳なかった。私と高橋先生には一ヶ月の休職と半年間の減給。河野くんは一週間の休学。新聞部には部費カット、これでいいか?」

「異議なーし!」とあちこちから聞こえて来る。新聞部部長だけ悔しそうだが。続けて岡は話す。

「長らく封鎖していた別棟だが、今年いっぱいで取り壊すことが決まった。それに伴い5組は本棟に戻す事になりました。定時制の制度も見直して生徒の登校もさせようと考えています。」

事件を全く知らない5組の生徒は、不満を漏らし納得行っていない様子だ。無理もない、ゆっくり話してわかってもらうしかなさそうだ。これからが大変だ。本当のみなと中学校を作らなければ。周りを見なかった私の責任だ。

「それから…。河野黄牙くんだが。来年から高橋黄牙くんに苗字が変わります。高橋先生の養子になることになったので来年からみんな仲良くしてくれな。」

岡に紹介された黄牙はにっこり笑うから、炎たちは立ち上がり

え?えええええええええ!!!!!!

と声を合わせて大声を上げた。


学校の騒動がひと段落した2学年集会が終わった後、炎達は初めて校長先生に呼ばれた。

林間学校、みんなでやり直しなさい。と。

岡先生、高橋先生が長い休みに入る前に、仲が良い人と行ってきなさいと言われて喜んだ。

炎はこのやり直しの林間学校で黄牙に謝るんだ、と心に誓った。


   ***


「おはよう、炎!」

昂先生が運転する車が現れた。

車内には寮メンバー、緑と黄牙、高橋が既に乗って「おはよ!」と声をかける。

「炎はん、黄牙はんわい苦手や!たこ焼き頭とか言うんやでぇぇ!」

「だっておんなじなんだもん…。」と、本物のたこ焼きを口にしながら楽しそうだ。炎を見るなり目を逸らし小声で「おはよう。」と遅れて伝える。

…言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ…。

そう意識すればするだけ緊張で何も話せない。隣に座るが気まずい。

車の揺れに身を任せているうちに、見覚えのある場所についた。


「あっ!きたー!おはよー!」

岡先生が運転する車の中から、海、桃、委員長、新聞部の部長、右腕、が現れる。

後から高橋の娘の由香も来ると聞いた。

「さ、みんな!今日明日は林間学校のやり直しだ!来年は受験生。その前に心に残ってるモヤモヤを晴らして進学しような!特に炎と緑!林間学校終わったら勉強しっかりな。」

「げえー!」

昂が学年主任らしく統率する。

「お昼はバーベキューだ!準備するから役割分担を決めるぞ!えーっと…。」

ふと周りを見ると海と黄牙がいない。海の事だから叱ってないか不安だ…。


   ***


「河野さん…。おはようございます。身体の怪我はどうです?」

金子海くんに挨拶され、初めて喋った。

「ありがとう、怪我は順調だよ。えっと…確か、炎と同じクラスの…。」

「はい、金子海です。海、でいいですよ。」

海くんは噂通り王子様のよう。美しく整った顔。

「いきなりすみません。あなたと話したくて。」

海は手で「座ってください。」と椅子に手を差し伸べる。お言葉に甘えて座ってみたが何故か緊張する。

彼とゆっくり話すのは始めてだ。テスト結果が貼られてる場所で何度か姿を見たことはあるけど。遠い存在が近くにいる。

「私、あなたの事誤解していました。すみません、私、本来なら5組に入る予定だったんですよ。私が1位なのに。学年、いや、全学年で1位なのに!何故あなたが転入早々5組に入れたのか、理由がようやくわかりました。」

サラサラな髪の毛を揺らしながら、海はにっこり満面の笑みで笑う。

「…すみません。嫌味じゃないんです…。私、炎さんと会うまでこういう…その、友達…がいなかったんです。」

海くんは少し顔の表情を崩し、僕をまっすぐ見る。

「だから、あなたが。えっと、変な話なんですけど。あなたがこの学校に来てくれて感謝してるんです。炎さんって凄い人ですよね。自分がしてしまった事をしっかり考え努力してるんです。あなたにしてしまった事は到底許されない行為です。ですが、大事なのはその後で…。あなたが炎さんの事好きな気持ち、よくわかります。」

「えっ?ちょっと、海くん?!」

この人、なんでもお見通しなの?

サラッと気持ち見透かされて、恥ずかしい。

「あなたは本当凄いですね。私より頭いいです。尊敬します、いろんな意味で。」

ニヤリと笑いメガネを直す海。

…なんか悔しい。だからずっと学年ナンバーワンとして君臨しているんだろうな。

「別に凄くなんか…。これからよろしくお願いします。」

「はい、河野さん。」

彼の爽やかな笑顔があまりにも綺麗。

もっと仲良くなったら彼の事知れるのかな?そうぼんやり考えていたら背後から「河野くんっ!海くんっ!準備手伝って!」と1組の委員長が話しかけてきた。

「すみません、モブ子さん。初対面で彼とどうしても二人きりで話したくて。」

「河野くんずるーい!あのね、海くんと話すにはお友達にならないとだめなのっ!」

海と黄牙は顔を見合わせて「もう友達!」と声を揃える。


   ***


お昼のバーベキューを終え、先生達は片付けをしている。

「相変わらず緑くんの料理は美味しいな。」

岡先生は満足そうに緑の頭を撫で「偉い偉い。」と笑顔だ。

「わい、岡はんの事クールやなぁ、って思ってたんやけど。意外とお茶目なんか?」

「そんな事ないさ!アニメも意外と好きで…ね、高橋先生、昂先生っ?」

ゲ…という顔で高橋は「こっちに振るなよ。」と、手に猫ロボットのフィギュアを手にしていた。

「俺!高橋先生の洗脳が解けて、また一緒にフィギュア交換できるの嬉しいんです!!!」

昂は泣きながら新作のガチャガチャのフィギュアを手に持ち「高橋先生、休み終わったら買い物行きましょう!久々にあの店行きたくて!」と楽しそうだ。

「そのアニメ、わいが生まれる前からやっとるやつよな?どんな話なん?大阪居た頃は放送時間合わなくて中々観れなくてなぁ…。」

「そうだよ、緑くん!あのね、内容は…。」昂がウキウキで話そうとした時、高橋が横から「仕方ねーな。あのな、こいつは主人公を助けるロボットだ。遥か遠い未来からやってきた猫型ロボットでな。主人公のあらゆる災難を守ってくれるんだ。で…。」止まらない。

「この主人公には5人の仲間がいるんだ。クラスメイトでいつもは主人公をバカにして笑うんだけど。いざ主人公が他の奴に笑われた時、いざって時に助けてくれるんだ。猫の力を借りずに立ち向かうんだ。劇場版はほんっと傑作で…あ。」

ようやく高橋のオタク特有の早口が終わり、昂先生だけが拍手している。

「高橋先生〜〜〜!!!久しぶりにあなたのオタクトーク聞けて感動しましたよっ!そうそう、いつもの先生だ!」

岡も涙を流し「久しぶりにこれ!やりましょう!キックベース!」と、いつの間にかジャージに着替え目を輝かせる。

「そうですよ、林間学校やり直しなんですから!!生徒も先生も関係なく遊びましょうよ!ボール取ってきます!」

昂は嬉しそうに倉庫へ走り出す。

「なんやなんや、先生達だけで盛り上がって!わいもやるで!」

「準備運動しっかりな。以前、肉離れ起こして救急車で運ばれた先生いるからな。」

高橋はそう言って楽しそうに笑った。


   ***


洗脳されていたとはいえ、どうしてアタシが!

両手をモジモジさせ「あのね…。」と上目遣いで見つめるこの相手、河野黄牙をアタシが好きだった?ううっ!吐き気がするわ止めてちょうだい!

「あー…。いいの、アタシが悪かったわ。アンタ達の悪事を暴こうとして墓穴掘っただけだから。記者失格よ。」

部長は軽い吐き気を悟られないよう「気にしないで。両成敗したじゃない。」と彼の肩を叩く。

「だめ。ちゃんと謝らせて。僕のせいだから。ごめんなさい。洗脳しちゃってごめんね。」

ごめんね、って。軽く謝るわね。

「嘘の付き合いとは言え、部長と話せて楽しかったな。本棟と関わる事なかったから。僕の事怖がらないで本音で話してくれたの部長だけだよ。」

「アタシ、記者だからね。怖がってたらスクープ取れないもの。」

二人は顔を見合わせプッと笑う。

きちんと謝る事ができる人は大きくなる、っていつだったかテレビの中に映る芸能人が言っていた気がする。彼はしっかり謝ってくれた。自分の非を認めて。噂では色恋だ、なんだって嫌な噂しかなかったのに。

「いざ話してみたら、意外と自信家で嫌味も言うし。ま、これからよろしくね。」

河野黄牙は頬をピンク色に染めて、嬉しそうにアタシの手を取る。

「部長、これからよろしくね!」

彼の近くにいれば、金子桃の裏事情もわかるかもしれないし良い事だらけね!おほほほほ!貪欲な握手に彼は戸惑ったまま、下心に想いを馳せ長い間握手を続けた。


   ***


食堂。

「はぁ?どうやったら金子炎に告白できるかですって?アナタ、そんな事でウジウジしてるの?」

部長は大きなため息を何度も吐いてうるさい桃のアドバイスを一刀両断。

「部長、ひどーい!ずっと悩んでて…。ずっと黄牙の事で頭いっぱいだったし…どうしようって…。」

「そうですよ、部長!人類皆俺みたいに勢い余って告白なんてできないっすよ!」

「アナタ達ねぇ…。はぁ。金子桃、アナタも人間なのね。」

部長はペットボトルに入った水を一口飲み、一呼吸置いて話し出す。

「アナタは思いやりが凄いのよ。河野黄牙の気持ちを想って、でしょ?」

桃は「うっ…。」と図星を突かれ、胸に手を当て痛がる。

「実はね。わたしも黄牙に一度洗脳された時があって。去年の夏前、かな。付き合ってたんだ、黄牙と。」

新聞部二人は「なんだそんな事…。」と言いかけ「えええええええええ!!!!!!」と驚く。

「結局は洗脳だったし、お互い気がなかったからさ。すぐ別れたんだけど。でも、今思うとあの時、わたしの気持ち揺らいでた。幼馴染だし、本音は3人仲良しでずっと居たかった。けど、わたしは炎が好きで…。」

懐かしい記憶が蘇る。

「恋愛感情が芽生えるとだめなのね。嫉妬が生まれちゃう。わたし、薄々気づいてたんだ。炎が本当に好きな相手ってわたしじゃなくて…。」

「ばかっ!金子桃のばかっ!」

ビンタしてやろうかと思ったけど、机を思い切り叩く事だけにした。

「アナタ、いつもの自信はどこ行ったのよ!何にでも自信たっぷりで、クラスメイトたちの要望にも応えちゃって。頭も良くて、運動神経も抜群で。美人で頼り甲斐あって…男子生徒からも告白されて。そんなアナタが告白できないって…。」

ハッ…と我に返る。

「部長、さすがっす。桃ちゃんを転校してきてからずっと追ってますからね。好きなんですね!」

カァァァ!!!と顔を真っ赤にさせる部長。二人から少し距離を取り小声で「だ、だからね…。」と続ける。

「あ…アタシ、全然っ…!金子桃なんて好きじゃないし…早く偽善の尻尾を掴みたいだけよ。そ、そうじゃなくて…。アナタに欠点なんかないと思ってたの。でも、いざ話してみたらドジだし絵は下手だし、料理や裁縫は壊滅的に下手だし、好きな人に告白できずに落ち込んでる普通の女の子だった。アタシ、そんなアナタを見てきたから応援してるの。」

部長は真っ直ぐに桃を見て「アナタの気持ち、金子炎に伝えられる日が来たらアタシ嬉しいわ。河野黄牙より綺麗だもの。応援してるわ。」と、言ってから顔を真っ赤にさせ顔を逸らす。

「部長、告白じゃないっすかそれ!俺への返事まだなのに!」

右腕は悔しそうに桃にブーブー文句を言う。

「や、やだっ!もーっ!部長ったら…嬉しい。ありがとう。卒業するまでには…わたしのこの意気地なしな気持ち鍛えて頑張る。」

いつものスマイルを浮かべると「よーし!まずは胃袋掴まなくっちゃだよね!料理教えて、部長!」と目を輝かせるが「…アタシ、料理できないわよ。」「あ、俺も無理っす!桃ちゃんファイト!」と、二人から断られる。

…がんばれ、桃!


   ***


剣道室。

高橋先生に呼び出され、炎は待ち合わせ場所のあの日以来の場所に来た。苦い思い出が蘇る。ここで高橋から『黄牙の新しいパパだよ。』と言われ動揺し試合に負けた、あの日。

「もう来てたのか、待たせたな。」

高橋が姿を現す。一体何の用事なのだろうか。

「何だよ、先生らしくないな。俺に話って?」

「まぁ俺の話でも聞けよ。」

高橋は練習用の木刀を炎に投げ渡し「付き合え。」と誘う。

二人は木刀を交互に振り下ろし、高橋から口を開く。

「生徒に過去がバレて本当恥ずかしいぜ。クズだろ、俺。そんなクズ野郎が先生になれるなんてな。お前と違って頭は良かったから教員試験楽だったぜ?」

「嫌味かよ…。」

「色々重なってな。河野…いや、黄牙の父親の彼女との事、物凄く後悔している。結局俺は嫉妬だらけで自分に自信が無かった。だからお前達に散々暴力して傷つけたんだろうな。自分が優位だって、解らせるために。」

高橋の振り下ろす木刀に力が入る。炎はその力に対抗するのに必死だ。

「俺の人生、なんて酷いんだろう。誰にも受け入れてもらえない。大学時代に無責任で作ってしまった娘の世話に追われ、どんどん追い詰めたよ、自分を。」

木刀を振り下ろすのを止め、炎の木刀を掴み引き寄せる。

「すまなかった。」

高橋の目から大粒の涙が溢れ、炎は言葉を失う。

「何度でも謝る。お前には暴力たくさんしてしまった。人気者で周りから愛されてるお前が羨ましかった。自分がした罪を背負ってこの学校にきたお前が、俺は羨ましかったんだ。」

「高橋…。」

「炎、お前を傷つけて申し訳なかった。許してもらえるなんて思ってない。せめて卒業までの1年と少し、俺が責任を持って…。」

「俺、別に気にしてないですよ。」

ケロッとした顔で笑顔で話す炎に、呆気に取られる。

「俺も高橋先生と同じだから。嫉妬してあいつを傷つけた。だから…!」

炎は木刀を高橋の顔の目の前まで振り下ろし「これで終わりです。他の生徒に暴力しない、って約束な?俺ならいい…ってわけじゃないけどいつでも相手になるぜ!せっかくお前のチョークに対抗できる技編み出したからさ、試したくて。」と楽しそう。

「高橋先生、おかえりなさい。」

炎の満面な笑みを見て心がふわふわ軽くなった。


  ***


ー…その日の夜。

食堂で夕食中、ようやく高橋の娘である由香が到着した。

あれからずっと泣き止まず、炎の側を離れない高橋先生を由香と黄牙がようやく引き離し、ようやく一息つく。

「仲直りできたみたいね。こんな先生だけど、あたしの大事なパパだからさ。よろしくね。」

由香は嬉しそうに笑い、高橋先生を抱きしめる。

学校内の事件は全て解決し、これから新しい生活が始まるのだ。

その前に炎にはやる事があった。

夕食後、一人になった黄牙を外に連れ出す。

今度は逃げない。そう胸に誓って。


「思い出すね。前もここで話したよね。…楽しくない話しだったけど。あの時は…。」

外に備え付けられているベンチに座り、空に広がる星空を眺める。

「ねえ、炎。」

黄牙は星空を眺めながら話す。その横顔はあまりにも綺麗で見惚れてしまうほど。

「僕の元お父さん、酷いよね。勝手に離婚してさ。俺じゃ無理だからみなと中学校行きなさい、って。おかしくない?退院した日にそんな手紙見せられてさ。ほら、読んでよ。」

黄牙は炎に手紙を渡し、深くため息を吐く。

「泣いちゃった、たくさん。それでさ、学校きてみたら高橋先生に捕まって、僕は学校の悪者になっちゃった!ね、笑っちゃう!」

「でもね、不思議と辛く無かった。お見舞いに来てくれない炎、僕の事嫌いになった炎を想ったらそっちの方が辛かった。痛かったよ、物凄く。」

炎と目を合わせゆっくり口を開く。もう瞳は赤く光らない。真っ直ぐ炎を見つめる。

「僕、炎と離れたくない。ずっと一緒にいたい。あの日、大火傷負って生死彷徨ったのにそればかり考えて。再会できた時、補習で5組来た時嬉しくて…。」

炎は黄牙を強く抱きしめる。

「ごめん、ごめん。俺、おまえが嫌いだった。俺が桃を好きだって知ってる癖に、って。付き合ったって聞いて悔しくて…でも、おまえを傷つけて満足したかって言われたら全然で…。後悔ばかりだった。会って謝ろうって…ずっと…。」

抱きしめる力が強くなる。戻れるならやり直したい。殺意が湧く前の自分に。

「ごめん…。辛い思いばかりさせて。痛い思いさせて。もうどこにも行かないでくれ。」

「もうどこにも行かない。離さないで、ずっと。僕だけのヒーロー、大好きだよ。」

頬に伝う涙の跡が、まるで二人のように流れていく。

生きていれば、悔しさも後悔もいつか思い出に変わる。

全て大切な思い出に変わった、その瞬間だった。


その日の夜は、剣道室に布団敷いて男子揃ってみんなと並んで寝た。

緑のいびきがうるさくて中々寝付けなかったけど。高橋と昂先生が布団の中でずっとスターキャットの感想を言い合うもんだから、岡先生が呆れてしまって。

俺は片腕に黄牙の体重を感じながら、剣道室の屋上の窓から見える星空を見て眠りについた。


   ***


やり直しの林間学校を終え、高橋先生と岡先生は一ヶ月休職へ。黄牙も同じく一週間の休学になった。

少し寂しくなるがこれで全部終わったのだ。

それから時は流れ…俺たちは受験生の中学3年生になった。


   ***


4月新年度。

「お前達はもう3年生だ、後輩の見本になるよう、先輩として慎んだ行動をするように。特に今年はお前ら受験生だ。悔いの無いように勉強に励めよ。以上。校長に変わる。」

高橋が校庭で3学年全体集会で自分の話しを終わらすと、岡校長へマイクを渡す。

「みなさん、今年から校長になりました、岡です。昨年度は大変お騒がせしました。が、今年からは気を引き締め、責任を持って君たちの指導をしていくのでよろしくお願いします。さて、一つお知らせがあります。3年6組担任の小澤先生が赤ちゃんを授かりましてしばらく代理の先生に担任をお願いしてもらいます。碓井先生、どうぞ。」

案内された碓井先生がマイクに向かって話し出すが、慣れてないのかキーンと音を出す。

「し、失礼しました。えっと、2学年の体育を担当していましたが今年しばらくの間、3年6組の担任代理を務めます碓井優太です。体育担当、陸上部顧問です。みなさん、よろしくお願いします。」

小太りで、横に広い体を動かしペコペコお辞儀する碓井先生。

先生の話しを聞かずクラスメイトたちと笑い合う炎を見つけると、高橋はチョークをエプロンの中から取り出して炎向けて投げつけるが、炎はジャンプしてそのチョークを見事掴み得意げに笑って見せる。

「高橋せ・ん・せ!無駄ですよ、俺は学年一番の運動神経の持ち主なんですから。」

おおお〜!と得意げの炎を他の生徒が関心しながら拍手を送る。更に炎は得意気だ。

「チッ!お前な、先生の話をしっかりきけバカ!」

岡校長や昂先生が「高橋先生、また暴力困りますよ。」とタジタジだ。…俺もタジタジしてる。今日は暴言絶好調らしい。

学年集会が終わると、6組の海と桃が集まって来た。

そう、今年から海とはクラスが離れてしまい寂しいのだ…。俺、緑、右腕とは同じクラスの2組!

「ちょっと炎!また高橋先生に喧嘩売って!先生たちも言ってたけど、わたしたち今年は受験生なんだから、しっかりしなさいよ!」

いつものようにプンプンと怒る桃。

「炎さん、勉強と他人への接し方勉強しなさい。」

海も珍しく俺を見るなり大きくため息を吐く。

「だって、あいつ洗脳解けたのにまだ俺に意地悪するんだもん…。」

シュン…としながら口を尖らせてると、先生たちの雑談が終わったのか先生たちも生徒たちと一緒に散り散りになる。

「それにしても…。小澤先生と大吉先生、結婚したんだなぁ。あの二人、接点なさそうなのに。碓井先生ってあれだろ?陸上部名物、足がマッハに早い顧問!」

炎は楽しそうに遠ざかる碓井先生の後ろ姿を見ながら「6組の担任なんだよな、いーなー。今度遊びに行く。」と楽しそうに笑った。


新学期で今日は午前中のみだというのに、運動部は今日から練習らしい。

来週から関わる碓井先生率いる陸上部だ。今まで気にもしなかったが、歌いながら走る姿が珍しいと、他校の生徒から評判がいいらしい。…だろうな。

昇降口すぐにある校内掲示板を見ると、新聞部の最新の記事が貼られていた。

『金子桃の正体を暴け!』

だってさ。相変わらず部長の桃への執念が恐ろしいくらい凄い。桃の正体?意外とガミガミうるさいし、少し頼りないとこか?

保健室から賑やかな声が聞こえてきた。

海を囲んで委員長と…漫研の女生徒の声が聞こえる。何をしているのか、少し覗いてみる。

「海くんって本当に教えるの得意なんですね。」

単位欲しさに高橋と悪魔の取引をした女生徒だ。海に勉強を教えて貰っているらしい。それが気に入らない委員長が見張っている、という構図。

「こんなことで良かったらいつでも教えますよ。ね、モブ子さん?」

女生徒を睨み、海の腕から離れない委員長。

「あなた、海くんに教われるなんて名誉ある事なんだからね!ずるいっ!」

そう言ってちゃっかり教わっているじゃねーか。海は女嫌いだけど委員長には心許してる感じだし、頑張れ委員長!と応援したくなる。

保健室を通り過ぎて元別棟への渡り廊下にやってきた。

別棟は冬休み中に解体され、新しい校舎が出来ると聞いた。別れはあっけなく早くて、惜しむ間もなかった。別棟跡地に花が咲いていたので近くまで行ってみる。

黄色いカンパニュラの花が咲いていた。家族愛、か。あいつにぴったりだな。

別棟でいろいろあった事件を思い出し、解体された瓦礫に手を触れる。

ここであった事、絶対忘れない。

背後から俺を呼ぶ声がする。

「あっ!ここにいた!緑たちもう準備して待ってるんだから!」

桃だ。早く早くと手招きしている。

今日はこれからみなと中学校の男子寮で岡先生の校長就任のお祝い、と、中嶋先生との婚約記念パーティー。

緑と海、緑の親友の真鶴先輩がこの日のために準備を進めてくれたんだ。

まさか、二組の先生たちがカップルになっていたなんて…。前の校長も知らなかったらしく職員室は大騒ぎだったらしい。

炎は外に落ちた何かを見つけ、ズボンのポケットにしまう。

「悪い、悪い!保健室で海と委員長拾ってから行くよ。先行ってて!」

「炎!」

桃が少し離れたところから炎の名を呼ぶ。

「どうした?」

「黄牙と仲直りできて良かったね!」

桃は「仲良し幼馴染復活だね!」と嬉しそうに髪の毛を触り炎に笑顔を向ける。そして「ねえ炎!」と大きな声で名を再度呼ぶ。

「なんだよ何回も。どうした?」

少し間を置いてから「わたし、炎が好き!だいすき!」と、笑顔で伝える。

咄嗟の出来事に炎はびっくりしてその場に座り込んでしまった。桃はその様子を見て笑っている。

「わたし、負けないから!ちゃんと考えなさいよねっ!じゃあね、寮で待ってる!」

炎は一人取り残され、先ほどポケットに入れた何かを取り出す。

血が付いたノートの切れ端。ボロボロで文字は読めないが、あの時別棟で書いたメモだ。もう答えは出ている。

炎はメモをポケットにしまい、走り出した。   

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KANEKO5 ゆかな @Kana2023

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