第10話

ーどうしてあの時。傷を負わせたあの日。自分を止めることができなかったのか、今でもずっと後悔しています。

身勝手な嫉妬でお前を傷付けてしまった事、心の底から謝りたいです。やり直せるなら、また桃とお前と俺でずっと仲良しの友達でいたい。関係ないとか言わないでほしい。

俺は知らないところで怪我をするお前が心配で、高橋に何かされてるなら言ってほしい。俺はお前の事ずっと好きだから頼ってほしい。

                                                  ー炎

夏休み最後の日に読んだ炎からの手紙。

先生を陥れるために新聞部にお願いして作ってもらった号外を読むため学校に行き、号外を読むために別棟に入ったあの日。

手紙を見つけ、読んだら愛しくて会いたくて。でもね、次の日彼の姿を見たら怖くて足が動かなかった。

揺らいでしまった自分の心を奮い立たせるために。もう迷わない。

僕は先生のために動くんだ。


   ***


別棟旧美術室。

別棟の閉鎖が決まり入り口には立ち入り禁止のロープが巻かれている。

岡は河野黄牙に『話したいことがある』と呼び出され別棟に訪れた。長らくこの棟には来ていなかったので戸惑う。階段を登り、旧美術室の扉を開ける。

…まだいないようだ。カーテンを開け、椅子に腰掛ける。

今後の話し合いをしなくては。高校卒業まで学生寮を使ってもらって…。由香くんと話し合って、将来を考えてアパートを借りてあげよう。お父さんの事も話さなければいけない。そして、その後は高橋先生に謝ろう。頼り切っていた、私のエゴを。

ぼんやり考えていると、階段の方から大きな物音がして急いで向かうと黄牙が階段から落ちたらしい。顔を痛みで歪めうずくまっている。

「河野くん!!!大丈夫か!!!」

岡は介抱しようと黄牙に近づくと、岡のクラスメイトである1組の女子生徒と目が合う。

「ああ!いいところに!河野くんが階段から…。」

「キャアアアアアアアア!!!!!岡先生が河野くんを突き落とした!!!」

女子生徒は大声を上げ本棟まで走っていく。

「岡先生が河野くんに暴力を!!階段から突き落としたところわたし見たの!!」

黄牙は疼くまったまま囁く。

「…高橋先生、僕やったよ。これでいいよね。」


騒動を聞きゾロゾロと生徒達の野次が別棟に殺到する。

炎たちが駆け寄り岡に近付こうととするが、野次が邪魔で中々前に行けない。ようやく群れの先頭に出ると、黄牙がうずくまり痛みで動けないままだ。

「あいつ…!」

炎が黄牙に近寄ろうとした時、背後から威圧的な声が響いてきた。

「あーあ。こりゃまずいな、岡先生。別棟立ち入り禁止じゃなかったですっけ?」

ズボンのポケットに手を入れ、相変わらずタバコ臭い高橋が野次を飛ばす。炎を足でどけると、岡に近寄り胸元を掴み立たせる。

「おい、岡、なんとか言えよ。こいつを突き飛ばしました、って言えよ。俺の痛み思い知れ!!お前なんかこの学校から居なくなれッッ!!!」

赤い瞳に何も言えなくなってしまう。こんなに私は高橋先生に恨まれいるのか。

「高橋先生、やめなさい!君達もクラスに戻りなさい!君も、君も!」

背後から騒ぎを聞きつけた副校長が現れ生徒達を散らばせ、青山先生が持ってきた車椅子に黄牙を乗せ運ばせる。副校長は岡を呼び「話があります。」と伝える。

「ちょっと待って!岡先生は…!」

炎は副校長の前に出て制止しようと声を荒げる。

「炎、すまん。心配するな、俺は何もしていないからな。それだけは信じてくれ。」

「岡先生の処分は追ってこれから職員会議で決定します。君たちは教室に戻りなさい。」

副校長に腕を引っ張られ連れられてしまった。それと同時に野次馬生徒たちも散り散りと消えて行った。

ー岡先生、やっぱり暴力を…。ー

ー新聞部がこの前岡先生への謝罪新聞出してたけど嘘じゃねーか。本当は悪い先生だった!ー

ー信じられない…。ー

生徒達は口々に岡の悪口を言う。それを今は止めることができなくて悔しい。

背後で笑い声がする。木造の校内だというのに、高橋はタバコをふかし始め炎たちを見下す。

「残念だったな。あいつは俺の息子だからな、俺のために尽くしてくれるんだよ。『何でもする』って言ったろ。」

炎は高橋を睨む。今すぐ殴ってどうにかしたい。

でもそれでは黄牙にした事と一緒、今高橋がやった事と一緒。暴力で解決なんてしてはいけない!

気に入らないから、思い通りにならないなら相手を傷つけていいなんて、そんなことは許されない。

「…人の心の隙間に入り込んで自分の思い通りに他人を洗脳する。嫌いだから他人を迫害していい理由にならない。俺はお前が許せない。」

「俺もお前が嫌いだよ。正義のヒーロー気取りで大嫌だよ。ああ、お前の大好きなお姫様は籠の中。」

高橋はふざけて演技をしながらうっとりした顔で炎に言うが、すぐ舌打ちをして炎を睨みつける。

「今日の放課後、何時もの面子でここに来い。決着つけようぜ。林間学校の時みたいに俺が勝ってお前達を新しい学校に転校させてやるよ。」

笑っている。何がおかしいんだ。炎は静かに聞いている。

「お前が負けたら俺がこの学校の新しい校長になるんだ!!!あはは!!!!あははははははは!!!!支配してやる、こんな学校壊してやる!!!!!」

炎も弱い心だったからわかる。弱いからこそ他人を恨み妬む。だけどそれは傷つけていい理由にならない。

「俺は絶対に負けない!卑怯なお前には負けない!」

高橋は炎を睨み舌打ちするとそのまま本棟の方へ消えて行く。

悔しい気持ちが込み上げる。

あんな奴に負けないんだ、絶対に!炎は誰も居なくなった別棟を見回してクラスに戻ろうと振り向いたら海、緑が待ち構えていた。

「全部聞いたで。高橋はんをいっちょ戻さないとなぁ!毎回暴言吐かれるのキツいでぇ。」

「高橋先生の情報なら任せてください。モブ子さん、新聞部のみなさんが協力してくれてたくさんありますよ。」

…頼もしい言葉に思わず目頭が熱くなるが泣いてる場合じゃない、と歯を食いしばる。

「決戦は放課後!!!あいつを正気に戻すぞ!!この学校を救うのは俺たちだ!!!!」

おーーーー!!!!と4人は天高く腕を上げ誓い合った。


   ***


目が覚めると保健室で寝ていたらしく、身体全体に新しい包帯が巻かれていた。

まだ痛い。それもそうか、2階から落ちたのだからば

これで僕の役目は終わった。高橋先生が優位に立てるなら本望だ。岡先生なんていなくなればいい。僕のお父さんの居場所も言わないあんな意地悪な教師。

「うっ…ううっ…。違う…こんなんじゃ…。」

幸いにも骨折はしていないみたいで、骨は大丈夫そうだが身体のあちこちが痛む。心も。

声を押し殺し泣いていたら、カーテンが開き桃が現れた。

「ばかっ!ばかばかっ!心配させないでよっ!」

わぁぁと大声を出して、僕に抱きつき子供のように泣き喚く桃。この前の病室での泣き顔とは違う、本気の涙に心が震える。彼女のこんな姿見た事がなくて、上辺だった付き合いが情けなくなる。僕は桃の何を見てきたんだろう。幼馴染なのに情けない。

偽りだったけれど、一度は好きになった相手。彼女の何も知らなかった。

「桃…ごめん。ごめんなさい。」

泣きじゃくる桃の頭を撫で、額に軽くキスをして「心配かけてごめんね。」と伝える。その言葉を聞いた桃はまた泣き出す。

「あ、起きた?イチャついてるところ悪いんだけどあんたに聞きたいことあんのよ。」

由香が雰囲気関係無しに割り込む。ずっと泣いていた桃が顔を真っ赤にさせ黄牙から離れ「いっ…いちゃついてませんから!」と慌てて答える。…可愛い。


「あんた…河野努、お父さんの居場所探ってこの学校きたのよね?」

由香の問にコクリと頷き、質問が続く。

「居場所知ってるから、ってパパに言われて手を貸したんじゃない?岡先生を陥れるために。違う?」

黄牙の身体がピクリと反応する。由香はそれを見逃さず「やっぱりね。」と小さな声で納得した。

「あなたのお父さん、パパから陰湿ないじめを受けてたの。」

「ひどいっ!」

桃が立ち上がって由香の言葉を遮るが、由香は桃の口に触れ「あたしの話まだ続くのよ。」と静止する。

「それで一度は精神的に体調を崩してしまうのだけど…。それから少ししてかしら。あなた達の前の中学校の先生として復帰したの。」

そして数年が経ち…。

「あなた達が入学して、例の騒動が起きる。あんたの力を知っていた母親が炎に怪我をさせたのは自分のせいだ、と病んでしまって。自分の息子は大火傷を負ったのにずっと炎を心配していたそうよ。」

由香はベッドに座り背を向ける。

「それに耐えられずあなたのお父さんは逃げてしまったの。岡先生に投げ出して。だから許してあげて、あなたのお父さんは元気にしているから。」

酷な事を言っているのは分かっている。でも知りたいと切望した結果を伝えたまでだ。

「これ、あなたに、って。」

白衣のポケットから一通の手紙を取り出し黄牙に渡す。

差出人は…河野努、黄牙の父親からだ。

「……ッ!!」

黄牙は由香の手から奪うように手紙を手にし、手紙を見つめる。

「あたしは…。パパの娘だから。娘だから…少し嬉しかったの。あなたがパパを信じて受け入れてくれた事。河野先生を憎んで前を見ないパパを…見捨てないでくれた事…。何度も何度も暴力を受けたのに…ごめんなさい。ありがとう。」

黄牙は何かを決意した表情で、由香を真っ直ぐ見つめる。

「僕、嬉しかったから。高橋先生に息子だ、なんて言われて嬉しかった。本当だよ。僕、高橋先生大好き。」

由香はその言葉を聞き瞳に涙を浮かべ、小さな声で「ありがとう…。」と呟いて保健室を後にした。


「ねぇ、桃。」

彼女は優しく振り向き「ん?」と答える。

「僕ね、桃の事大好き。ずっと仲良し幼馴染でいたかった、って夏休みにお見舞いに来てくれた時、言ってくれたよね。」

「うん。」

「炎が桃の事好きだって聞いて、友達じゃなくなっちゃうって思ったら途端に悲しくなって…。」

身体はまだ痛むがそんなことはどうだっていい。言わなきゃいけない、大切な人に大切な事を。

「僕ね…。」

話しの途中で保健室の扉が開いて炎が現れた。眉を吊り上げキョロキョロ辺りを見回す。

「…何してんのよ。入ってきなさいよ。」

桃が呆れたように促すとようやく入ってきた。

「あ…えーっと。心配で見にきたんだけど…。」

そう言いながら保健室の隅で気まずそうに頭をかく炎。…こういうところが大好き。

「ありがとう。ごめんね、炎。」

いつもすぐ泣く僕を守ってくれて、助けてくれたのに。僕は彼にひどい事をした。

桃の耳元で「僕、炎が大好き。桃に負けないくらい。」と囁く。

ずっと考え、悩んでいた気持ちがやっとわかった。やっと見つけた、この気持ち。

その言葉を聞いて安心したのか、何か吹っ切れたようにとびっきりの笑顔を見せる。

「わたしも負けないんだからっ!」

と、言いながらスカートをギュッと握ると何か硬い物が手の中で押されたような気がして、ポケットの中を見ると紋章バッジだった。

「やだ、ここに入れっぱなしだった…。」

炎は桃に「え、何。どうしたの?」と聞くが桃は「しーらないっ!」と返す。

「…変な2人。」

炎は苦笑いしながら僕たちを見守る。この幸せな時間をずっと続けたい。

「あのね、二人とも。これ、一緒に読んでほしい。お父さんから僕宛の手紙。」

あの日、一人病院から帰宅して離婚届のコピーと手紙を読んで悲しくて涙が止まらなかった。辛い時に頼る人がいなかった。

でも、今は違う。今は二人が側にいてくれるから大丈夫。

封を切り、便箋を開くと当時が蘇り懐かしい記憶が蘇ってくる。


   ***


「みんな!!!申し訳ありませんでした!!!」

新聞部では部長の謝罪会見が始まっており、デスクの中嶋顧問、記者の右腕、1年の後輩数人が参加している。本日の新聞部は関係者以外立ち入り禁止である。

「アタシが5組に夢中になりすぎた結果でした。結果としては洗脳されて岡先生の有る事無い事書かされました。申し訳ございませんでした!!!!!」

何度目かの謝罪をしてマイクを机に置く。右腕が挙手をするので「はい、右腕くん。どうぞ。」と部長が言う。

「2年3組、記者の右腕です。えっと…本当に、河野とは何もなかったんですね?」

中嶋先生が「そういう質問はぁぁ。」と顔を赤め静止するが部長は「はい、何もないです。」ときっぱり答えた。

「そうですか。では言います。俺…右腕は正直苛立ってました。河野に先越された、って。どうして俺は行動が遅いんだ!と。」

右腕は演技を止め、新聞部の紋章とノートを机に置き部長の元に詰め寄る。

「部長!俺は、部長が好きです!!!!記者として素晴らしい考え、洗脳されるくらいどっぷり浸かってしまう…言ってしまえば騙されやすいそんな部長が好きです!!!!!」

部長はまぁまぁと右腕の肩を撫で、数秒考える。

「…好き?」

身体が固まり右腕を見つめる。

「はい…。俺、去年一緒に新聞部に入部した時から部長の事が好きです。2年になって同じクラスになれて本当に嬉しくて…。すみません…告白するつもりなんてなかったんですけど…。勢い余っちゃいました。」

新聞部全員がワァァァと歓喜に溢れる。

「ちょっ…ちょっと…待ちなさいよ…アタシ…。」

その時だった。職員室と繋がっている部室の電話が鳴る。

「あ…はい。新聞部中嶋です。どうしました?」

しばらく中嶋は「はいはい…。」と冷静に対応して、少ししてから受話器を置く。

「皆さん、大変です。別棟で事件があって…岡先生が冤罪なのに学校辞めさせられるなんてそんな事態らしいです!」

新聞部出遅れた!!!!部員達が慌てて準備を始める。

「たまたま校庭での授業だった3年部員が一部始終記録したみたいだけど…。部長、右腕、同じ2学年。岡先生の無罪、勝ち取りましょう!」

いつもは頼りない中嶋先生の口調が変わり、生徒の誰よりも気合いを入れて支度する。

愛用のカメラを手に取り、右腕の手を取る部長。

「行くわよ!」

新聞部の底力、見せつけてやるんだから!


   ***


みなと中学校の男子寮にある料理室で緑と海は新作のたこ焼き作りをしている。こんな大変な時に何故って?それはまだ内緒。

「味見したってーや。」

緑は変わった食材で新しいたこ焼きの試作をしている様子だ。料理室はたこ焼きの匂いが充満している。

「…嫌ですよ。」

海は差し出された熱々のたこ焼きを片手で押し退け遠慮をするが「お願いや〜。客観的アドバイスをな〜。」と食い下がり必死だ。

緑の圧力に負け仕方なく一口だけ口に入れる。

「…美味しい。チョリソーですね、この辛味は。合いますね。」

あの海から貴重な意見を貰い、有頂天外になる緑。

「せか!辛さはどや?もっと辛い方がいいなら味付けで入れようか迷ってんねん!」

「これくらいでいいんじゃ無いですか?炎さんの舌、子供だと思うので。」

二人はプッと吹き出し笑った。「確かにな。」と緑は涙目になりながらチョリソー入りのたこ焼きを焼き続ける。

「わい、正直蚊帳の外なんかな、って不安やったんや。」

焼けたたこ焼きをひっくり返しお皿に盛り、テーブルに置き一旦機材の火を止め椅子に座った。

「わいなんて、クラスも違うし黄牙はんとなんの繋がりもないさかい。炎はんたちとは少し遅れて転校してきたわいなんてきっと…。」

普段はお調子者でクラス1の人気者。たこ焼きを作る事しか特技もない、わいの知らないところでどんどん話は進んで今こうしてたこ焼きを作っている自分。

「わい、あの3人が羨ましいねん。お互い大事でお互い求め合って…言葉以外でも伝わる何かあるんやろうな。わい…。」

珍しく弱音を吐く緑の言葉を聞きながら「何言ってんですか。」と海が言う。

「仕方ないでしょう。生まれた時からずっと一緒で、私達が入れないくらい、好き同士なんですから。3人の間に入るのは無理ですよ。」

苦手と言ったたこ焼きを再び口に運ぶと「美味しい。」と緑に向かって言った。

「無理です、と言いましたが。違うんです、聞いてください。友達でしょう?出会いも出身も違うからいいんじゃないですか?私、初めての友達が炎さんなんですよ。」

緑はびっくりした顔で海を見るが、彼は至って普通でにっこり笑って見せる。

「勉強しかしてこなかったので友達って知らなかったんです。卒業さえできればと思ってましたが。炎さんはしつこいんですよね、ロックオンされしつこく付き纏われましたよ。緑さんもそうでしょう?」

緑は炎との出会いを思い浮かべる。

そういえば…転校してきた初日…。


「俺、1組の金子炎!お前も金子なんだな、よろしくな!」

廊下で一方的に自己紹介されて手を差し出され困惑する。

「あ…あぁ…ええっと…よろしく。なんで1組なのにわいのところに?」

炎は質問の意味がわかってないのか、頭を傾けて「ん?」と丸い目を更に丸くして見てくる。

「大阪から来たんだろ?向こうの友達と離れて寂しいじゃん!」

3組の生徒が話しかけたいけど…と炎と緑の周りをウロウロしているのを炎は察知してこう続けた。

「理由がないと友達になれないの?俺もこの前転校してきたばかりで友達いなかったし寂しいじゃん!だから声かけたんだ、友達になろうぜ!ほら、同じクラスの奴もそう言ってるし!」

後を指差すと、クラスメイトたちが質問したそうにソワソワしている。

屈託なく手を差し出しニカッと笑う炎の顔を見て緊張の糸が解けたのか、緑は胸を張りどこから出したのか不明だが、たこ焼きを取り出した。炎はたこ焼きを見るや否や、目を輝かせ口から涎を垂らす。

「な、なんやぁ!仕方ないの、わいの友達になるっちゅーのはたこ焼きも付いてくるが覚悟してのことか?」

炎は「うんうんっ!」と犬のように首を振り尻尾もついでに振る。

「炎はん、これからよろしゅーな!」

「こちらこそ、よろしく!」

二人は熱い握手を交わし笑い合った。それが合図になったのかクラスメイトたちがワッと2人の周りを囲み質問責めが始まった。

思えば、このことがきっかけでその日のうちにクラスに馴染み友達がたくさんできた。


「せやな。炎はんはずっと優しいな。誰にでも優しいけどわいらには一番やったわ。」

補習仲間の炎を浮かべまた吹き出して笑ってしまう。

「私たちだって大切な友達ですよ。弱音吐いてないで新作早く作って試食させなさい。間に合いませんよ。」

海は上着の学ランを脱ぎ、ワイシャツの一番上のボタンを開けジェスチャーで早くと伝える。

…こう言う時の海はんって頼もしくて、女子にもこういう対応したら更にモテてしまうんやろうなぁ…。さっきまで茶色い食べ物は…と断っていた人の言葉ではないな、と笑ってしまった。

「あっ!せやった!パーティーの準備!ちょー待ち!急いで新しいの作るわ!」

次はあの食材を使って作りたいなぁ…。大きな冷蔵庫を開け用意していた食材を手に取り、まな板の上に置く。

その時、寮の電話が鳴る。フロントからだ。

「私が出ますよ。はい。」

海が受話器を取り、耳に当てるとキーンと甲高い声が緑にも聞こえてくる。

「りょーくーくーん!!!夏休みぶり!!!準備が間に合わないから手伝って欲しいって連絡もらったよっ!真鶴お兄ちゃんでーす♡」

「誰。」

海が真顔で言うもんだから堪えきれずに大声で笑ってしまった。


「海くん、かっこいいねえ!かっこいいーっ!ボクの知り合いで影島くんっていうワカメみたいな髪の毛の男の子いるんだけど!あ、ワカメってのは冗談でね!わははっ!影島くんに似て美形だなぁ!」

…一方的に話が進む。 真鶴は海の身体をペタペタ触り、海は表情を崩さず黙って聞いている。

「ボクね、かわいい子が好きだから海くんは大丈夫!緑くん、次は何すればいいの?」

………忙しい人だな。海は背後を向き大きくため息を吐く。正直、ウザいがこの人には言葉で勝てそうに無いので、胸に秘めてニコニコ笑顔で通そう決めた。う…吐血するかも。

「真鶴お兄ちゃん、この手伝いのために来てくれたんか?誰に聞いたんか?」

「岡先生だよっ!岡先生いい先生だよね、もうボクたちなんて先生にとっては何の関係もないのに。定期的に電話くれるんだよね。素敵な先生だよ。」

そうだったのか!と、緑は何故、休みでもない普通の日に真鶴がきた理由を今初めて知った。

真鶴は新作のたこ焼きを口に入れると「あつっ!」と声を出してあふあふと騒ぎ出す。

「岡先生、挨拶しに職員室行ったんだけど何かあったの?すっごい不穏な空気流れてたんだけど…どうしたの?何かあったの?」

海と緑は顔を見合わせ「それが…。」と話出した。

ー………

「えええええッッ!!!!生徒突き落とし事件?!しかも冤罪なの?な、なんでそんなことになったの!」

海が事の経緯を事細かく話し、わかったのか「うんうん。」と真鶴は頷いた。

「要するに、高橋先生っていう極悪先生がいてその先生がマインドコントロールされてるからそれを解く!って事なんだね!なになに、めちゃくちゃ面白そうな展開になってるのこの学校!すっっごい楽しそうでボクも転校したくなってきちゃった!」

人ごとのように真鶴は楽しそうだ。

「こっちの準備ももちろん大事だけど、ボク、岡先生をどうにかしたいな!ねえねえ、二人はどう思う?」

「そりゃあ救いたいけど、副校長をどう説得するかまだ考えてないんや。」

緑は頭を抱えうねり声を上げるが、真鶴は今すぐ職員室に特攻する気満々だ。

「第一現場を発見したその生徒に話を聞こうよ!ボク、怪しいと思うな!」

真鶴はカバンから勉強用のメガネを取り出し装着する。メガネをクイッと持ち上げながら「頭のいい海くんはどう思いますか?」と質問している。

「…先輩、頭いいかもしれないですね。盲点でした。」

海は乱れたワイシャツを綺麗に着て、脱いだ上着の学ランをしっかり着こなす。

「行きますよ。」

2人は「よしきた!」と準備する。作りすぎたたこ焼きはお皿に盛り、『ご自由にどうぞ。緑』とメモ書きを置いて生徒たちの差し入れにした。


海に詰め寄られ女生徒はおどおどと行き場を無くす。

「…私、何も知らないです。」

女生徒は縁が太いメガネの位置を直し、机の上にあった漫画を手に取りその場から逃げようとする。

「その漫画、読みましたよ。漫研で評判良いと聞いたので。」

海は女生徒が持っている漫画を指差しあらすじを話し始めると、女生徒は早口で「本当?海くん、漫画も読むんだね。」と嬉しそうだ。

「もちろん。将来のプロになるかもしれない方の作品ですからね、把握しています。」

「嬉しい嬉しい!あのねこの話には続きがあって…。」と言いかけて咳払いをする。頬を赤らめモジモジとしながら海をチラチラ見ると、3人の笑顔が目に入りハッと我に返る。

「ごめんなさい。…話します。その時の事。」

観念したのか、漫画を机の上に戻し椅子に座り話出した。

「…たまたま職員室に行く用事があってその帰りに…高橋先生に…呼ばれて…。『単位増やすから別棟に行って岡先生が河野くんをを階段から突き落とした、って叫んでくれ』って言われて…。それで…。私、休みがちだからどうしても単位ほしくて…。」

話し終わると「本当にごめんなさい。」と付け足した。

「…担任を貶めるような事、単位が欲しくてやってしまった事。その話を副校長の前で話してもらえませんか?」

女生徒はおどおどと、どうしようか悩んでいる様子だ。

「単位と引き替えに手に入れる幸せってなんですか?岡先生は無実なんです。河野さんが自分で落ちたんです、証言して欲しいんです。」

後ろで見守っていた緑が「せやで。そんな卑怯な事して嬉しいんか?」と問い詰める。

「だって…高校行けなかったら…私…。勉強できなくてついていけなくて親に申し訳なくて…。」

女生徒は泣くのを堪え必死に主張する。

「大丈夫ですよ、勉強くらい私が教えますから。同じクラスでしょう?」

「でも…でもっ!ファンクラブの子が怖いし…私…証言はちょっと…。」

海は女生徒の手を取り、にっこり笑う。

「モブ子さんに文句言わせないような成績になりましょうよ。私が何も言わせないようにしますから、ね?」

……王子様みたい。と、女生徒はうっとり海に見惚れている。

「はい…。わかりました。証言します。」

「ありがとうございます!貴女の行動で助かるんです。落ち着いたら漫研に遊びに行くので続編の話読ませてくれませんか?」

女生徒は嬉しそうに涙を流した。罪の意識をようやく感じた瞬間だった。


「本当に申し訳ありませんでした!」

殺伐とした職員室内に謝罪の言葉が響き渡る。女生徒、海、緑3人は副校長の前で深々と頭を下げる。

副校長と岡は困った様子で「頭を上げなさい。」と言うばかりだ。

「今、先生たちと話し合ってる最中で…。」

と、副校長は職員室を見回すと、先ほどまで岡先生は悪くないと力説していた中嶋先生と目が合った。

「先生はっ!岡先生は悪くないんです、生徒を守るためだったんですっ!」

嘘を吐いた女生徒を守るかのように肩を抱き「副校長、私たちが生徒を守ってあげなきゃ。生徒たちを信用しましょう。この子たちは本当先生想いのいい子なんですぅ。」そう言ってポロポロ涙を流す。

「君たちは本当に…。岡先生が好きなんですね。」

副校長は「わかりました。この件は保留にします。高橋先生と別棟をどうにかしたらこの話は無かった事にします。」

わっ!と職員室が沸く。

「中嶋先生、よかったなぁ!」

泣きじゃくる担任の中嶋先生をあやしながら、緑は頭を撫でると更に泣き出してしまった。

「あなたのおかげです。証言ありがとうございます。」

海は女生徒を見つめ笑顔で返すと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせ「王子様…。」と呟いた。

「…よく言ったな、えらいぞ。」

岡は女生徒の頭をグシャグシャと撫で回す。「先生、やめてください。」と嬉しそうだ。

「緑、クラス違うのにありがとうな。さすが中嶋先生のクラスだな。ほら、こいっ!緑も頭撫でてやるっ!」

「わぁぁぁ!やめてぇなぁ!」

…よかった。岡先生の無罪が証明されて海はホッと胸を撫で下ろす。

「海、ありがとうな。海の機転か?」

岡はまだ緑の頭をクシャクシャしながら海に質問すると、海は職員室の窓を指差す。生徒ではないので校内に入れなかった真鶴が外で手をぶんぶん振っていた。

「…先輩のおかげです。第一発見者なら何か知ってるんじゃないか、と教えてくれました。」

「おおおー!小林くん!!きてくれたんだね!」

緑を小脇に挟みまだ頭をクシャクシャしている。

「わはは!先生、緑くん死にそう。」

真鶴は岡の脇に挟まれて苦しそうにジタバタしている。「ああ!すまん、すまん!」とやっと離してもらえた緑であった。

「岡先生、お久しぶりです。夏休み、呼んでくれてありがとうございました。昂先生には大変お世話になりました。」

ペコリと頭を下げ丁寧に挨拶する。

「なんや、夏休みも岡先生に呼ばれたんか!」ぷぅ!と口を膨らます緑に「違う違うっ!」とすかさず付け足す。

「ほら、家の畳屋が横浜店出すって話したじゃん?それを岡先生にも伝えたら是非直接緑くんに会いにきなさい、って交通費まで送ってくれて…。本当にありがとうございました。」

岡は「いいんだそんな事。」と嬉しそうだ。

「みんなで食べたスイカ、美味しかったな。色々、ありがとうございます。ウチの緑を末長くよろしくお願いします!」

一礼してニッコリ歯を見せて笑う。…岡先生が緑くんを見つけてくれて本当によかった。…幸せだ!

暫く談笑していると、新聞部二人が大きな新聞を抱え「できたわよ!!」と声を荒げ職員室に入ってきた。

「何よ、あんた岡先生を悪者にした女じゃない。」

部長は女生徒を睨み威圧する。

「…あ、謝りました…。ごめんなさい…でした…。」

女生徒は部長にビビりながら、海を見て会釈をすると職員室から出て行ってしまった。

「そんなことより、できたわよ。岡先生の名誉回復新聞よ!」

いつもの学級新聞より大きめで一面岡先生の記事だ。副校長も岡先生も驚いてまじまじと読んでいる。

「これで終わりじゃないわ。河野黄牙の洗脳の力をこの新聞に入れてほしいの。そうしたら洗脳されている生徒が元に戻るでしょ?…多分。」

部長も自分が洗脳されていたからか、真剣に考えてくれて有難い。岡は新聞を手に取り「わかった。」と答える。

「新聞部の二人とも、ありがとう。あとは私達に任せなさい。高橋先生は大丈夫。以前の優しい先生に戻して見せるさ。」

岡は自分のために、自分を犠牲にしてくれた事への感謝で心はいっぱいだ。この子達の気持ちは絶対無駄にしない、してたまるか。電話をどこかにかけ始める。少しして相手が出る。岡は「久しぶり。」と切り出した。

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