第8話
夏休みが終わり、朝の通学が戻ってきた。
通い慣れた坂道も、この日は重く感じて少し息切れしてしまう。まだ9月。蝉の鳴き声があちこちから聞こえてきてまだまだ夏真っ盛り。
久しぶりの制服は懐かしくて、スカートを揺らす。このみなと中学校にきてまだ半年もいないのに、早くクラスメイトに会いたい。そう思いながら桃は歩くスピードを早め校門を潜る…と、校内にいる生徒が大声を上げ何かを発している。
それを聞いた生徒が続々に昇降口に押し寄せた。
その光景を不思議に思い、桃は急いで上履きに履き替え大勢な人が押し寄せている職員室に目を向けた。
【みなと中学校2学年まるわかり新聞 号外】
『昔、この学校に研修生として来ていた河野先生(5組の河野黄牙の父親)は研修中に女生徒と身体の関係になった際に岡先生が庇い事件そのものは無くなってしまった!
岡先生のせいで事件は有耶無耶に、当事者の女生徒は精神を病んで自主退学してしまったとの事でした。河野先生はその後就職した学校で同じような事件を起こし地方に飛ばされた。隠蔽され今になって告発した勇気あるT先生には感謝です。岡先生は校長の座を狙っています。気をつけてください!(記事/部長)』
職員室前で新聞部の部長が岡先生を指差し「この先生、何かあると思ったのよ。ひどい先生だわ。」と群がる生徒たちに号外を配っている姿が見えた。
「みんな、落ち着いてくれ!違うんだ、これは嘘なんだ!」
岡先生に続き、中嶋先生、昂先生が「教室に戻りなさい!」と対応している。
「5組を別棟に追いやった張本人が岡先生なのよ。高橋先生を悪者にしてね。ねえ、どう思う?どっちが悪い先生か。もうわかったわよね!」
部長が生徒たちを煽ると「そうだ、そうだ!」と野次にも力が入る。
騒動を聞きつけたのか、右腕くんが寂しそうに見つめている姿が目に入り、思わず「ねえ!」と、部長に声をかけてしまった。
「…金子桃。なによ。」
桃の姿を見て部長は一瞬怯むが「金子桃、アナタここでも良い子ちゃん振るの?」そう言いながら桃に号外を手渡す。
「優等生ぶりっ子。アナタ、本当は気に入らないんじゃない?金子炎の心が揺れて。」
生徒が岡先生を非難する声がする。止めなきゃ。わたしも昂先生と中嶋先生と一緒に止めなきゃ。そう思っているのに部長の言葉に気持ちが奪われる。
「アナタ、人の事言えないんじゃない?金子炎の気持ち知ってて弄んで。河野黄牙と付き合って、楽しい?」
耳元で囁かれ、力が抜けて床にへたりと座り込んでしまった。
「良いわね、男に囲まれて可愛がられて。」
「ち、違う!黄牙とは…。」
伏せた顔を上げると、目の前に高橋先生がニヤニヤした顔でこちらを見ていた。高橋先生は背後に隠れていた黄牙を引き寄せ、肩を抱き寄せる。
「おいおい、優等生も男好きだったのか。そういえば、言ってないよな?」
高橋は黄牙を盾にしたまま「金子炎、金子桃、こいつ河野と幼馴染なんだってな。金子炎が原因で逃げてきた河野を、無理やり追いかけてきたんだってさ。」と大声で喋りだす。
「人の気も知らないでなぁ?なぁ、河野。この優等生も河野をフッたくせにな?」
「僕は…。」
今にも泣きそうな桃の顔を見て胸を痛める黄牙。何も言えない自分に苛立つ。
「岡もこの事知ってるくせに、入学許可したんだろ?ひどい大人だろ。俺や河野をどこまでコケにすればいいと思ってるんだ?この、暴力教師。」
張本人たちは聞き流しているのだろうか、それとは正反対に盛り上がる生徒たちが次第に高橋の肩を持ち出す。
反応しないのがムカついて「あの時、河野努を階段から…。」そうボソッと呟くと岡と目が合う。
黄牙も父親の名前に反応して高橋を見上げる。
「高橋先生…まさか…。」
そう言ったと同時に背後から炎が「他人が口出しするな!」と高橋向かって突進してきた。それを止めようと岡は慌てて炎を取り押さえる。
「うわっ!ヒーローようやくおでましかよ!ほらよ。」
高橋は嫌がる黄牙の肩を力一杯掴み、前に差し出し盾にする。身体が震えているのがわかる。そりゃそうだろう、今一番会いたくないし話したくないよな。
「おい、黄牙!おまえ、桃の悪口言われて見てみぬふりかよ!!!また前みたいに桃を守れよ!」
黄牙は顔を伏せたまま何も言わない。その姿に腹が立って「俺、その時知らなかったんだ。おまえが桃を守った事、だから俺おまえに…!」大声を出して岡に力づくで止められる身体を前に出す。腕を前に伸ばし「おまえ、卑怯な事してるのわからねーのかよ!俺が守るから戻ってこいよ!」手を伸ばすが、その手は届かない。
「もういいよ、炎。庇ってくれてありがとう。」
桃は炎の胸元に手を置き優しく宥める。そのうちに冷静さを取り戻して大人しく「…ごめん。桃、大丈夫だった?」と優しく桃の頭を撫でる。いつもの優しい炎だ。桃は嬉しくて涙を流す。
「ちょっと!高橋先生、話が違うわ!」
「チッ。うるせー奴だな。部長、あとは任せた。」
震えて動かない黄牙の腕を無理矢理引っ張り、高橋は別棟の方へ消えて行く。その後を昂が追いかけてその内姿が見えなくなった。
「なによ、なんなのよ!あ、アタシのせいじゃないわよ!」
部長は慌ただしく言い訳を始める。高橋先生が、黄牙くんが、と。アタシは悪くない!と何度も騒ぐ。
「部長、やめなさい。あなた、新聞部の代表でもあるんだから。自覚を持って…。」
中嶋先生が部長が持つ号外に手を伸ばそうとした時、たまたま振り上げた手が中嶋先生を叩く寸前、岡先生が中嶋先生を庇うように抱きしめる。
「あっ…。せ、先生、ご…ごめんなさ…。」
その瞬間、部長の頬にパシン!と鈍い痛みが走る。その痛みの原因が何か目で追うと右腕くんの左手だ。その左手は天に高く挙げられたまま動かない。
「部長のばか!あほ!先生に手をあげるなんて、部長のやる事じゃ…新聞部の名誉に傷がつく!」
部長の瞳の色が赤から紫に変わったと同時に「あれ…?アタシ何して…。」と、人が変わったように右腕を見つめる。
「右腕くん、アタシ何を…?」
「何を?じゃない!!部長、いつもの部長だあああああデスク…先生、ごめんなさい!!!!!!」
右腕は部長の頭を掴み、一緒に床に膝をつくと土下座をする。
「お前たち、追って連絡する。全員解散だ、教室に戻りなさい!新聞部、配った新聞は回収だ、いいな?」
見た事ない怖い岡先生。中嶋先生を大切に抱いたまま職員室の中に消えた先生。
部長は何の事かわからなくて辺りを見回すと、泣いている桃の頭を撫でる炎と目が合った。
「…お前、黄牙に洗脳されてたんだぜ。ほら、号外回収急ぐぞ。」
そう言って炎は号外の回収に向かった。
「俺たちも行きますよ、偽号外自主回収です!」
失態を犯した部長は、炎の言葉で察し全てを把握した。思い出して毛穴が全部開き「…き…キモいわ。」と呟く。
そうしてウエストポーチから回収袋を取り出して、2人の後に続いた。
***
「先生っ!高橋先生っ!」
高橋と黄牙を追って別棟まできた昂、2人の歩くペースが早く中々追いつけない。
5組の扉が開く。鍵を掛けられる前に一緒に入らなければ!と、バレー部で鍛えた身体に鞭を打つ。間一髪、締まり掛けた扉に手を滑り込ませる。
「やっと追いついた!」
大きく舌打ちをされるが気にしない。話をしなければ。
「河野くん、心配していたんだよ。林間学校、最終日高橋先生と学校戻った、って聞いたからさ。」
高橋は大きく聞こえるように舌打ちをして、黄牙を突き放す。よろけた身体を昂が支え「先生、危ないじゃないですか。」と伝えるがまた舌打ちされた。
「高橋先生、先週のスターキャッ…「黙れ。」」
言葉は遮られ、冷たく鋭い視線、赤く瞳の色が揺れ初めて見る高橋の姿に恐怖すら覚える。
「お前、学年主任だからって大変だよな。どうせ岡に無理矢理やらされたんだろ?」
まだ黄牙を支えたまま昂はその場に立ち尽くして、ずっと高橋の顔を見つめたまま動かない。
「いい子ぶって去年アピールしてたもんな?学年主任やります、なんて大袈裟にアピールして。」
ポケットからタバコを取り出し、火をつける。火気厳禁なんて彼の頭にはないんだろう、煙を被って目が染みる。
「林間学校の件は書面で謝罪出したろ。こいつの面倒は俺がやるから口出しするな。」
「あ…い、いやっ!そういう事じゃなくて!えっと、ほら、これ新作ガチャのフィギュア!今朝、コンビニ前で見つけて高橋先生の分も回して…。」
そう言ってカプセルを高橋に渡そうと手を伸ばしたが、カプセルは宙を舞い投げ飛ばされ、床に落ちると教室の奥に転がっていった。
「うるさいな、うるさい!俺はそんなもの知らないッ!!出て行ってくれ、ここは俺の教室だ。」
カプセルを追いかけ、床に落ちたカプセルを手にとる。
「…河野くん、岡先生が話がっていたから…。たまには本棟に来てね。それじゃ…。」
俯いたまま顔を見ずに教室を出る。きっと顔を見たら泣いてしまうから。カプセルを胸に抱きしめて、昂は職員室に戻って行った。
別棟の出入り口の扉が閉まったのを確認して黄牙が口を開く。
「先生…さっきの話…お父さんを階段からって…。」
その瞬間、鈍い痛みが頬に伝わる。頬を殴られ、血が床に滴り落ち、そのせいで滑って上手く立てない。治りかけた傷口が開いたのか、口の中に鉄の味が一気に溢れ出る。
「どいつもこいつも!!!!お前の親父なんか嫌いだ…嫌いだ…。」
そう言って高橋は力無く黄牙の胸の中で泣き出した。初めて見た高橋の涙。何も言えず何も出来ないまま、泣く高橋を胸に感じる。高橋の頬に血が伝い、涙と混ざる。
この人は一体何に怯えているのだろう。ゴツゴツと硬く、大きな身体が震えている。
優しく抱き締めてあげる事しか出来なかった。
いつの間にか眠ってしまったのか、起きたら頬には新しいガーゼにテープがされていた。
「起きたのか。飯、買いに行くぞ。」
洗濯したのか、新しいTシャツを渡されたので着替えるとサイズはぴったりだった。
「…似合ってるな。」
そう言って高橋は笑った。
行きつけの弁当屋の前に来ると、中で米村先生の知り合いのパートの姿が見えたので一人で行ってこい、と高橋に言われ店に入る。
「こんにちは。予約した河野です。」
小さな身体を一所懸命背伸びし、会計をしようと腕を伸ばす。
「いらっしゃいませ。あら、高橋さん家の子?」
パートのおばさんがうふふと笑って「いつもありがとうね。」と会計した。
「えっと…。」
黄牙は困った様子で伝えるがおばさんは首を横に振る。
「前に写真見せてもらったもの。あなたよ、あなた。可愛い息子が出来た、って喜んでたんだから。高橋先生、優しいわよね。いつも由香ちゃんとあなたの分のお弁当買って帰るのよ。」
パートのおばさんはとびっきりの笑顔で「本当、優しいお父さんよね。」と続ける。
「最近は由香ちゃんが来てたんだけど、どうしたの?高橋先生身体大丈夫?あまり無理しないでね、って伝えておいてもらえるとおばちゃん嬉しいわ。また来てね。」
お店を出て、高橋に袋を手渡すと二人学校の寮の方面へ歩き出す。
通り道に大きな広い公園があるので「少し寄り道したい。」と高橋に伝える。
走り出して、公園のベンチに腰を下ろす。さっきの言葉が胸から離れない。ちゃんと見ててくれた事。
優しさに触れてしまった。
「僕…救ってあげたい…。」
何かを決心したのか、しっかり高橋を見つめ力を分け与える。
「僕、先生のためならなんでもする。」
もういい。桃、炎と会えなくても。今目の前にいる弱ったこの人を助けてあげたい。
「だから、もっと僕に命令して。なんでもするから、頑張るから。」
次第に高橋は薄れていた力を取り戻したのか「そうだな、息子。」と笑いだす。
「俺のためになんでもしてくれ、息子よ。」
高橋は黄牙の手を取りその場から消えた。ベンチにはお弁当だけが残ったまま。
***
新聞部の号外をほとんど回収して、関係者先生と炎、桃たちが保健室で部長へのお叱りが始まっている模様。
「本当にこの度はすみませんでした!!!!」
部長は大きく頭を下げ、岡や他の生徒に誠心誠意頭を下げ謝罪する。顧問の新聞部デスク、中嶋先生は「あんな記事出して、次回は謝罪一面で…。」と真面目に部長に怒っている。
「アタシ、5組のスクープ欲しくて高橋先生にしつこくメール送ってたのよ。そしたら、いつだったか河野黄牙と直接話せる時があって…そこでやられたっぽいの。記憶無くて…。本当、迷惑かけたわ…。」
「部長、しっかりしてくださいよ!河野と付き合ってる、ってのも嘘ですよね?」
右腕はグッと力を入れ、部長に迫る。
「アタシ、そんな事も言ってたの…。自分で自分を殴りたいわ…。無いわ、ありえないわよ。ごめんなさい…。」
「でも、無事でよかった。私の事は気にしなくていい。君たちを守るのが私たち、先生の仕事だ。ね、中嶋先生。」
優しく岡先生はいつもみたいに豪快に部長の肩を叩く。そして、心なしか中嶋先生の顔が赤いのが気になる。
「元に戻ってよかったな。」
いつもみたいに茶化してこない炎に、今は桃との関係がどうなんて言えなくて素直に「号外回収、手伝ってくれてありがとう。」と素直に謝り感謝した。
「部長、わたし本当に心配したの。よかった…。」
桃が泣きながら部長に抱きつき号泣する。彼女の甘いシャンプーの香りに少し戸惑いながら。
「部長が無事でよかったよ、おかえり。」
「…金子桃。ありがとう。アタシ、アナタのスクープ取るまでしつこく付き纏うんだから。」
これで本当に一件落着だ!
先生たちが「それじゃあ解散しますか。」と声を上げた時だった。委員長が慌てた様子で保健室に雪崩れ込んできた。
「ほっ…炎くんっ!大変、海くんが…海くんが!!!」
今にも泣きそうな声で助けを求める委員長。炎は急いで1組に向かうと、そこは修羅場と化していた。
***
海と男子クラスメイト数人が取っ組み合いの喧嘩をしているではないか。
女子たちは悲鳴をあげ中には泣いている子もいる。海の上に馬乗りになり男子クラスメイトは胸ぐらを掴んだり髪の毛を引っ張ったりとやりたい放題。
「炎くん、海くんを止めてほしいの。お願い。」
泣きながら炎の腕を掴み、懇願する委員長を見て仕方ないな、と乱闘を見るが止められるのか俺に?と不安になる。
海は乱れた髪の毛を直しながら、飛んだメガネを手に取ろうと探るが中々掴めず諦める。
「いいですか、聞きなさい。ほんとしょうもない人ですよ。幼馴染に怪我させて自分はのうのうと生活していたような人です。クズですよ、大嫌いです。ですが、謝りたい一心で離れ離れになった親友を追い、バカなりに努力して偉いじゃないですか!」
「あいつ、おれたちにずっと嘘ついてたって事だろ?ひどいだろ、クラスメイトなのに。」
さっきの職員室でのあれか…。言わなかったもんな。
「わかってたら…。あの河野と幼馴染だったなんて…聞いてたらあんな話しなかっただろ!」
「あなた…河野さんの事好きなんです?」
男子生徒の顔がみるみる赤くなる。海の制服を掴む力が強くなった。他の生徒のざわつきが大きくなる。
「うっ…うるさいうるさい!!!男が男好きになるわけないだろ!!これだから頭がいいお坊ちゃんは…。」
はぁ…。大きく海はため息をつき馬乗りになる男子生徒を突き放す。
「痛っ…!」
男子生徒は突き放された勢いで炎の足元まで滑り、うずくまったまま顔を上げない。
「おい、大丈夫かよ。海、やりすぎ…。」「私は炎さんが好きですよ。」
炎がしゃがみ男子生徒の介抱をしようとした時、フラフラとした足取りで海が炎の目の前まで近づいてきた。乱れた制服や髪の毛すら美しく男でも見惚れてしまう。
ぼぅと海に見惚れていた炎、海は炎の腰に手を回し炎の頬に軽くキスをする…と同時に隣にいた委員長はあまりの衝撃に倒れてしまった。突き飛ばされた男子生徒もその光景に釘付けだ。…いや、1組全員が2人に釘付けになっているではないか。
硬直して動かない炎。頬から唇を離し、海は話し出した。
「…私は炎さんが好きです。いいですか、好きにもいろんな意味合いがあるのですよ。私は炎さんの事を人間として尊敬し、友人として好きです。私の初めての何でも話せる親友なんです。」
乱れた髪の毛を直し、落ちたメガネを拾い掛け直しながら男子生徒の身体を起こす。
「よーく聞きなさい。男が男を好きで何が悪いんですか?不安なんですよね、好きな気持ちに自信を持ちなさい。私、あなたのこと尊敬しました。好きだからの嫉妬心ですよね、いいじゃないですか、好きな気持ち大事にしてくださいね。誰かを好きになるって凄い事なんですから。」
にっこりと笑い、見守っていた生徒たちに向かって話を続けた。
「いいですか、よく聞きなさい。あなたたちだって聞かれて嫌なことあるでしょう?私知ってますよ、あなたたちの関係とか、あなたのこと…。クラスメイトだからって何でも話すと思ったら大間違いですよ。」
名指しされた生徒たちはバツが悪そうに全員静かに聞き入っている。もう誰も海の言葉を遮ろうとは思わなくなっていた。
「私は過去を悔い改め努力する炎さんが大好きです。黄牙さんに謝れるまで私はずっと炎さんを見張りますから。だから、皆さん。炎さんを悪く言わないでください。お願いします。」
海は深々と頭を下げる。
まさかあの人嫌いな海が頭を…嘘だろ…。教室中がざわつきどうするか悩んでいるようだ。
「か、海くんっ!頭上げてっ!そうだよ、そんなに必死に好きになれるってわたしは凄いと思うし尊敬する!」
委員長は鼻血を拭いて海に言うが説得力あるか?それ。
「ごめん、海。おれたちが悪かった…。」
「ごめんなさい。」
「海、ごめん!」
続々と生徒たちの謝る声が届いてくる。その言葉に「大丈夫ですよ、私も言いすぎました。」と海も謝る。
「…私の好きな親友を悪く言う人は容赦しないですからね。覚えておきなさい。」
言い切って満足したのか、フラフラとした足取りで教室を出ていく海。
「なんか…怒涛な展開だったけど一件落着?炎くん、なんかごめんね。でもありがとう!」
委員長は炎に抱きついて「今だけ特別に炎くん好きになってあげる!ホントにありがとっ!」嬉しそうに海の後を追った。
炎の存在に気がついたクラスメイトたちが海に続いて謝り出すので「いいよ、俺も内緒にしてたし。悪かった。」と謝る。
この学校は居心地良いな。心がポカポカ温かい。
背後で見ていた担任の岡先生が嬉しそうに泣いて、俺たちを抱きしめた。
残りの問題は…。
脳裏に高橋と黄牙が浮かび、どう話したら良いのか頭を抱える。
***
高橋先生がどうしてこんなにひねくれ、暴力教師になったのか。
それはまだ高橋が大学生時代、みなと中学校に来る前に遡る…。
アニメや漫画が好きで、大学のサークルでは漫画研究会に入っていた。
SF作品が好きで宇宙戦艦モノやロボットなど、特に宇宙で戦う作品が好きだった。
仲間からは美少女ものもいいぞ、なんて言われたがお構いなしにロマンを追い求め、自分で漫画も描いて投稿する毎日を送っていた。
大学生活も慣れてきて漫研に入り浸っていた頃、一人の女の子が漫研に入部してきた。
彼女は黄実と名乗った。
この春この大学に入学し、念願だった漫研に入ったという。この大学は年に2回あるコミケにも参加しており本を出してみたい!と意欲たっぷりだった。
国民的な猫の形をしたロボットアニメ『STAR★CAT』が好きとの事で、自宅にはフィギュアや漫画もいろんな言語の種類を揃えてコレクションしていると言っていた。
その国民的なロボットアニメは泣き虫主人公のために未来からやってきた猫の形をしたしっかりもののロボットが、主人公を助けるというほんわかアニメである。
彼女が好きだというので気になって観てみると、1話完結の起承転結がしっかりしている作品だった。
最初は子供向けだ、と馬鹿にしながら視聴していたのだが彼女から感想を毎回聞いていたら毎週楽しみな大切な時間になった。
自身もロボットのフィギュアを集めるようになり、黄実に会って話すのが楽しくて楽しくて仕方なかった。
そんなある日。
いつものように大学へ行き、サークルの部室へ入ると仲間達がコソコソ噂話していた。
『黄実ちゃん、アルバイト先の塾で付き合ってる男いるんだって。』
サークル内が不穏な空気に包まれた。
確かに、漫研は男子率が多く女子は数少なく貴重な存在だ。現にサークル内で彼女を狙っていた人はほぼ全員だと思うくらい狙っていたと思う。
漫画研究会ってどうしてこうも陰湿なのだろうか。
男がいるとわかった途端、黄実への態度があからさまに悪くなり、シカトをするようになっていく仲間達。黄実を汚い女だと罵りコミケへの参加が突然禁止になった。
彼女は次第にサークルに寄り付かず、暫くしてから辞めて行った。
だからと言ってアニメ作品自体を嫌いになった訳ではなく、彼女がいなくなった後でも俺はアニメを毎週楽しく観て、相変わらずフィギュアを集めていた。普通に生活をして、普通に親の金で大学に行き、他の生徒と他愛もない会話をしてこのまま大学生活を終えるのだろう。
そんな俺の夢は美術の先生になることだ。
深い意味はないけれど、昔から美術館巡りが好きだったし、そんなに知識もいらないかなぁ、と思って決めた。
そもそも教員免許を取っていれば安泰だしな。頭だけは良かったので簡単に教員免許証を取ることが出来た。
漫研に入ったのも大好きな漫画を通して何かしら学べると思ったからだ。
黄実ちゃんがサークルを抜けてから数ヶ月後。堕落し切っていた俺の目の前に、黄実ちゃんが再び現れたのだ。
少し離れた繁華街で黄実ちゃんを彼氏と一緒に居るところを見かけたので後を尾ける。会話が気になって、今になって思えばストーカーだったかもしれない。
彼女のカバンにまだ猫の形をしたロボットのキーホルダーがぶら下がっていて、まだ好きなんだと嬉しくなる。
二人はカフェに入ったので二人の会話を聞くために隣の席にわからないように自分も着く。
すぐ飲み切れるように、アイスコーヒーを頼んだ。
「黄実ちゃん、どうして漫研抜けたの?いつも大好きなアニメの感想言い合える男の子好きだって言ってたのに…。」
俺のことだ!心臓が高鳴る。
黄実ちゃんは苦笑いを浮かべながら彼氏を見つめて大きくため息を吐いた。
「うん…。彼氏がいるのバレて居心地悪くなっちゃって…。本当はコミケも出てみたかったなぁ。」
しょんぼりする姿がやっぱり愛らしい。
「それなら自分一人で参加してみればいいじゃん。何も誰かと、漫研で参加する必要なんて…。」
「えっ。だって大変じゃん…。自分の時間減るの嫌だし…。漫研で参加すれば少ないページ数で参加できるからいいかなぁ、と思って!」
「…そう言うならいいんだけどさ。」
「だって河野くんとのデート削られるの嫌だもん!」
彼氏は照れながら頭をかいて俯いている。河野…っていう苗字か。
「…仲良くしてた男子も若干キモかったし。いいの。あのサークル全体的にアニメオタクだらけで…。」
二人の会話を最後まで聞く事なく、頼んだコーヒーの事を忘れてお店を出ていた。
俺たちは彼女に使われていただけだったのだ。
サークル内唯一の女性に胸をときめかせ、自身に少し気があるんじゃないかとさえ思った事もある。
何という勘違いだ。
やけになった、という言葉を使いたくはないが、それ以降は俺自身も漫研を抜け勉強に専念した。
筋トレを始めたのもこの頃で体型が変わると女性が寄ってくる。顔はそこそこいいと思っていたので簡単に彼女が出来た。…まぁちょっと誤算もあって大学4年の時に彼女が妊娠してしまい責任を取って俺が子供を育てることになったのだ。人生やけになりすぎた。人生一番の失敗点だ、なんて思った時期もあったが成長していく我が子を観ていたら仕事も頑張るしかないと考え直すのである。
それからしばらくして彼女とは別れ、アルバイトをやりながら教員免許をあっさり取得。楽勝。勉強はしとくに限る。研修も終え単位も無事に全て取れ大学卒業後はみなと中学校に行く事が決まった。
この学校は私立なのだが、生徒への気配りが行き届いており、親がいない生徒への学生寮も完備されていた。もちろん独身先生への配慮も素晴らしく、学生寮と同じ建物内には生徒とは間取り違いで専用の寮がある。
この施設を作ったのは同じ時期にこの学校に来た岡晃という男。
校長とは昔からの顔馴染みで、この学校にも多額の寄付をしていると噂で聞いた事がある。
いけ好かない野郎だとは前々から思ってはいたがここまでとは。同い年なのに金持ちアピールかよ、ご苦労なこった。
「へぇ!!このアニメ好きなんですね!俺も好きでほら、これ!携帯の待ち受け限定配布された壁紙使ってるんです
よ!これ持ってます?」
授業終わり、職員室で隣の席の岡に話しかけられた。ニコニコ笑顔で、岡は携帯の待ち受けを見せてきた。
…ムカつく。笑顔の岡の顔を見ると虫唾が走る。順風満帆なお坊ちゃん。
「いや…俺携帯持ってなくて…。」
こいつと連絡先交換したくない。ポケットに入る携帯を触りながら答えた。
「そうなんですね…、ごめんなさい。俺、高橋先生と仲良くなりたくて…実はその。高橋先生が持ってるそれ…。気になって検索して調べてアニメ観てみたら自分がハマってしまって!変な話ですよね、はは。」
岡は高橋が机の上に置いてるフィギュアを指差しながら苦笑いを浮かべた。
笑うと白い歯が光る好青年だ。
岡は高校時代からバレー一筋で、みなと中学校では女子バレー部に自ら志願し顧問になった。
運動部ということもあり、筋肉質で頼り甲斐のある身体付きだ。
「すみません、俺、一方的に話してますよね。…話しててもいいですか?」
岡は近くまで寄ってきて、身体を近付ける。答えてから近づけよ、とは思ったけど。
「……別にいいですけど。何ですか?」
目線はパソコンの画面に向けたまま返答する。来週使う授業のプリントを作らないといけないのだ。
「よかった!あの、忙しかったら言ってください。俺、授業準備より実際身体を動かして直に生徒と触れ合うことが好きみたいでパソコン向いてなくて、あはは。」
「そうなんですね。」
「研修時代も子供たちに泣かれてお別れ寂しくて…。あ、娘さんですか?」
パソコンの壁紙を由香にしていたのをすっかり忘れ、岡に見られてしまった。
「あ…。えー…はい。校長に無理言って女子寮借りて住まわせてます。母親がいないもんで私が面倒見てます。」
急いでパソコンを閉じた。
岡は少し考えた後あっ!と声を上げ何かを思いついたようだ。
「まだ小さいですし、俺も面倒見ますよ!こっちにも連れてきてくださいよ。」
出た、お節介。
「あはは、ありがとうございます。我が家の方針で自分で何でもやらせるようにしてますのでお気遣いなく。ある程度成長すればここを出て一人暮らしさせますので。」
残念そうに岡は「そうですか。」と小声で言い気まずい雰囲気が流れる。
「色々お気遣いありがとうございます。美術室での準備が残ってますので失礼します。」
にっこり笑い席を立つ。プリントの山の上に置いてあるエプロンと美術室の鍵を手に取り職員室を後にする。
ああいう誰にでもフレンドリーな奴が苦手だ。
黄実の一件以来、『仲間』というのが嫌いになり、群れることを嫌がるようになった。学生は仲間と常に一緒、というのが普通なんだろうけど。
美術室に向かう前にタバコを吸おうと、別棟の使われていない旧美術室に行くのが日課だ。
別棟の美術室はいかにも、な雰囲気で絵の具の匂いが染み付き落ち着く。
学生時代、漫研を抜けた後一生懸命勉強してもっと美術が好きになりのめり込んでいった。当時は作家のことなど気にしていなかったが、今では暗記で答えられるくらいには知っているし、当たり前の知識になった。
人は変わるもんさ、と黄実を思い出す。
別棟は木造で昔からの学校になっている。今の校長がリフォームを推進し本棟を全て新しくした。しかし、別棟はみなと中学校の歴史として残すことにしたそうだ。今以上に生徒が増えるようであれば別棟もリフォームするかもしれないというから勿体無い。
合鍵を作り今日みたいに忍び込めなくなるじゃないか。
ギシ…
別棟入り口の床は相変わらず痛みが激しく不気味な軋みが鳴る。昔はここで生徒たちが勉強してたんだよなぁ、暗い室内を眺める。ここが全部俺の教室ならなぁ…とつい夢見てしまう。
旧美術室は2階にあるので痛んだ階段をゆっくり登り、重い木の扉で出来た美術室の扉を開ける。
油絵の具のいい匂いが身体中に広がっていく。そうそう、この匂い。まだ本棟の美術室は染み込んでなくて味気ないんだよ。
窓を開け、タバコを一本口に含み火をつける。身体中に広がるタバコの煙が心地よい。
「はーーーーー。」
別棟2階はちょうど校庭が一望でき、来客者がきたときは急いで対応できたりする。校庭を眺めていたら見知った顔が現れびっくりした。
黄実ちゃんの彼氏が校長と岡に挨拶している。
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