第5話
もうすぐ夏休み!
このみなと中学校では夏休み前に2学年全体の行事、泊まりで行く林間学校があるのです!
静岡でまったり2泊3日の旅行!
1組〜6組まで基本的に全員参加、もちろん5組もだけど極力参加というしっかりした行事である。
全て生徒達が決めることになっていて、早いもの順で好きなメンバーとグループになることができる素晴らしいシステムなのだ!もちろん、クラスの枠を飛び越えてもいいのである!
炎と桃が廊下で仲良く話している。
「ちょっと事件たくさんあったけど楽しみだよねっ!わたしね、1組の委員長と仲良くなって一緒の部屋に泊まるんだぁ〜♡」
「もう部屋決めたのかよ!はえー!俺たちは…いつものメンツかぁ?」
海、緑が浮かんでからあいつの顔が浮かぶ。
「俺も面子決めた!職員室行ってくる!」
面子が取られない内に決めよう!とダッシュで職員室に向かうと、廊下まで揉めている声が聞こえてきてざわついていた。なんの騒ぎだろう。こっそり扉を開けて職員室の中を見て見ると岡先生と黄牙が揉めているらしい。二人の大声だとわかった。
上手く聞き取れない、今どこに住んでて…?林間学校に行く行かない?
聞き耳を立てていたら米村先生に「あらっ!炎くんっ!なんの用?」と言われ二人にバレてしまった。
「あ…えっと…ヨネムー…。」
岡先生が困った様子で黄牙に何か諭すが、聞かない様子で黄牙は俺を横目で見て去って行く。
「炎、すまん。河野くんと上手く行かないな。」
頭をポリポリかいてから「彼を追ってあげてほしい。悩んでるみたいなんだ。」と炎の手からメンバー表を受け取った。
「河野くんと一緒に行けるといいな。」
岡先生はそう小さく呟いて、黄牙の後を追う炎を優しく見つめた。
「ちょっと待てよ!先生にあの態度は失礼だろ!」
本棟と別棟が繋がる渡り廊下でようやく追いつき、黄牙の腕を捕まえた。
「はぁ…はぁ。おまえ、歩くの早すぎ。」
職員室から別棟までそんなに距離がないはずなのに、息が上がり腕を掴む手が汗ばみ何度も手を離しそうになった。
「…岡先生が悪いんだよ。僕の話聞いてくれないから。」
小さく独り言のように呟いて「手、離してくれない?痛いよ。」と腕を上げる。
「あ…。ごめん…。」
ずれた手首の包帯を直しながら別棟の入り口ドアに手をかけようとしたら、ドアの前に炎が立ち塞がれた。
「俺も入れて。話したいんだ。」
半ば無理やり別棟に足を踏み込み、5組に入る。
こうでもしないと…と強行してみたが、なにをどう話せばいいんだ?去年の大怪我の事今ここで謝る?今???岡先生と何を言い合って…。
炎はうーんと唸り声を上げながらスタスタと歩く。そんな炎の後を困った様子でついていく黄牙。自分の席に着席して、困った顔の炎を見つめてから、ポツリと小さな声で黄牙は声に出した。
「炎は、どうしてこの学校に来たの?どうして僕に構うの?嫌いなんじゃないの、僕のこと。」
炎の身体がピクリと止まる。
「炎は、あれからどうしてこの学校に来たの?あんな事があってどうして僕に構うの?」
胸の不穏な鼓動が高鳴る。こいつと離れたくなくてこの学校に来た。あのまま別れていたらもう幼馴染には戻れない気がしたから。
そう伝えないと。そう思い黄牙の顔を眺める。
「……なんで…炎は…そんなに優しいの?僕は逃げてばかりなのに…。」
懺悔の気持ちが溢れ出る。今謝るべきなのだろうか。俺が全部悪かったんだ、あの時。
「お…黄牙…俺…。」
上手く言葉にできなくて喉につっかえる。どうしようか、と窓を開けると次の授業が始まったのか校庭から声が聞こえてくる。
「僕ね、あの時。桃を先に取られるくらいなら奪っちゃえ、って思ったんだ。」
「え…?」
校庭から「いっちにー!さんしーっ!」と準備運動の声が聞こえ、黄牙の放たれた言葉の意味を理解するのに必死だった。
「先に告白しちゃえば、もう炎諦めるかな、って。僕も桃の事好き…だったのは変わりないから。だから僕、あの時奪う形で先に告白したの。」
目の前にいる彼は何の話をしているのだろう?そんな事を考えていたら、別棟の授業開始チャイムが響く。本棟とは違う昔のチャイム音だ。
「ねえ、知ってる?僕の力の事。見つめた相手を念じるとね、操る事ができるの。最初は小さな事だったんだけど、だんだん大きな事ができるようになってきた。」
外の体育の授業は1年生かな?碓井先生の声が大きく響き、生徒たちの笑い声がする。楽しそうな授業だな、なんてぼんやり考えてしまった。黄牙と目が合い、身体が動けなくなった。
「最初は、いつだったかな。幼稚園の頃。覚えてる?炎と桃と遊ぶ約束してたのに他の子に取られちゃって。僕独りぼっちになっちゃって。それが寂しくて…その子の事怪我させた事。」
「覚えてる。そういう事だったんだ…。」
赤く透き通った瞳から目が離せない。頭がクラクラして近くにあった椅子に腰を下ろす。頭痛か、痛む頭を抑え瞳を閉じる。
「…少し、思っただけなんだよ。ほんの少しだけ目を見て怪我しちゃえばいい!って思っただけなんだよ。そうしたら本当に怪我しちゃったからびっくりして僕…。」
えへへ、と笑いながら続ける。
「その子の怪我がきっかけで、僕に不思議な力があるかも、って思いだして。それからは使わないようにしてたんだけど…。炎が桃の事好きな事知ってたから…僕、動揺しちゃって桃を操った。本当は桃も炎の事が好きだったのに。僕の事好きにさせた。好き、って言わせた。」
炎は力が抜けたのか、机に突っ伏す。桃が黄牙の事好きだと、本当に思っていたからこいつの告白に動揺を隠せない。
「…桃への気持ち、嘘だったのかよ。」
机に突っ伏したまま、黄牙に聞く。怖くて顔が見れない。
「僕、こういう奴なんだよ。自分が好きだから他人の気持ちなんて分かってなかった。だから、炎に同じことされても平気だから。だから…。全部僕が悪いんだよ。だから、この学校に来たって…僕に会ったって…嫌な気持ちにさせるだけで…。」
突っ伏した炎の顔を両手で包み、顔を上げると寂しそうな顔で今にも泣きそうな炎の顔。
黄牙は泣くのを堪え、炎の顔をしっかり見つめる。顔を近づけ炎の耳元で「我慢できなくて言っちゃった。」と囁いた。来週は林間学校だと言うのに。
「俺は…。」
なんで今話すんだよ。俺、林間学校であいつに謝ろうってずっと…。
頭がズキズキする。答えられなくて黄牙から目を逸らそうと扉を見たら、高橋先生がニヤニヤとこちらを見ていた。
「林間学校、5組行くからな。」
そう言われ、襟元を強く掴まれ別棟から追い出された。
***
さあやってきました!静岡へ、林間学校!
みなと中学校の生徒がバスからゾロゾロ降りてくる。
「いい天気ーーーーっ!よーし!学ぶぞー!」
両腕を天に突き上げ空元気で盛り上げ役に徹する炎である。
今回俺たちが体験するのは1日目は座禅、2日目は茶摘みと、中々地味なものを選んだ。
コースにつき担当先生がいるのだが、座禅がまさかの高橋…せんせで初日から嫌な気持ちにさせてくれるじゃねーか。
「おい炎。おまえ、煩悩だらけなんだから痛めつけられてこいよ。」
高橋が意地悪に言う。
こいつ、本当に先生としてどうなのこの態度。生徒にこんな暴言吐く人います?
高橋の後ろに隠れるように黄牙の姿も見えた。5組だからそりゃいるだろうとは思ったけどやっぱり…。いやいや!
余計なことは考えないようにしよう。これからコースに別れて課外授業なのだが…最後のグループが来ない。
3組の誰かが駄々をこねてるらしいみたいだけど…?
「あー。新聞部の部長かよ。あいつ、最近河野と付き合ったみたいな噂流れてるの知ってる?」
「知ってる、知ってる!5組で変な事してる、ってこの前女子から聞いた!」
「部長に男なんて、ウケるよな!相手が河野って!」
ある生徒の言葉が炎の耳に届くとその瞬間、パッと目が合って気まずそうにこちらを見ていた。
は?二人が付き合ってる?
部長を見ると、黄牙と楽しそうに会話をして大人しく参加しているではないか。
「おい、黄…。」
炎の言葉を遮るように黄牙は無視をして、部長の腕に自分の腕を絡ませる。仲が良さそうで、本当に付き合っているのだろうか。
「はぁ。」
隣から大きなため息が聞こえ、見ると3組の右腕が頭を抑えて部長と黄牙を見つめていた。
右腕と目が合い頭をぺこっと下げる。確か3組の…。
「おまえ、3組の新聞部だよな。」
「右腕でいいよ、何、炎。」
右腕は重い頭を上げ、炎に向き合い「…部長、最近おかしいんですよ。5組取材しだしてから河野にメロメロで…。部長は人の名前フルネームで呼ぶんですけど河野にだけ『くん』なんてつけて。こっちはそのせいで大変ですよ。」と、苦悩を吐露した。
「部長、黄牙とあんなに仲良かったっけ?」
目の前でハート乱舞させている部長を眺めながら話を進める。
「さっき、噂話にも出てたけど。部長、最近様子変なんだよ。本当に河野と付き合ってるのかな…。俺…部長にまだ告…。」
と、言いかけて「あ!炎はなんか知らない?あの二人の事!なんかわかったら新聞部来て!待ってるから!」と元気よくバシバシ炎の背中を叩く。
「元気出せよ!大丈夫だって、俺がなんとかするから!」
炎も負けじと右腕の背中を叩き豪快に笑う。
***
「いって!」
バシッ!と警策が炎の背中に当たる。坐禅って楽そうだから選んだんだけど、こんなにも痛いのかよ。
隣で座禅を組み清々しい顔をしている海と緑に腹たつー!
「いたっ!」
「集中しなさい。」
隣で緑がお坊さんに怒られてる、とニヤニヤしながら眺めていたら2回目が背中に響く。
「君も、集中しなさい。」
ヒェェェェェ
少し遠目に座って同じく坐禅をしている部長と黄牙が涼しそうに座っていて、それが意味もなくむかついた。
終わった頃にはヘトヘトで畳の上にうつ伏せで寝転がる炎と緑。
「皆さんお疲れ様でした。たまには無になって人生過ごして見てください。新しい道が開けますよ。」
「ありがとうございました。」
参加者全員が挨拶を終えると、お茶と和菓子が机の上に用意され、生徒たちは目を輝かす。炎は真っ先に手を伸ばし「痛かったぁ!もうやだー!」と、泣き真似を見せた。
「炎さん、もう一回受けて来なさいよ。」
海が涼しそうな顔でお茶を口に含み、難しそうな本に目を向ける。
「わいはお昼何が出るか気になって気になって…何回も叩かれたでぇ。なぁ、炎はん?」
炎と緑は手を握り合い泣き出す。一緒のグループの生徒たちはその光景を見てゲラゲラと笑って炎と緑は笑い合った。
斜め向かいに座る部長と目が合い「何よ。」と睨まれる。朝から黄牙には無視され、仲良く話してる様子にムカつく。
「あーあ。なんなんだよ、むかつ…。」
横になろうと身体を倒そうとしたら何かに当たった。脚だ。誰の…。
「何がムカつくって?」
ゲッ…
「た、高橋先生…。座禅、終わりました…あはは。」
高橋は脚で炎を蹴飛ばすと舌打ちをしながら辺りを見回す。
「おい、おまえら。宿戻るから列になって移動するぞ。」
はぁい、と生徒たちが片付けを始めゾロゾロ動き出す。
「黄牙くん、煩悩だらけの金子炎なんて放っておいて行きましょ。」
部長が黄牙の腕を掴み、歩き出す姿を見てやっぱりムカつく!
「…部長、頑張ったね。」
黄牙はこちらを見ようともせず隣を通り過ぎていく。
なんだよ、あいつ!徹底的に俺を無視しようってか?こうなったら!!!
「あーあ。あいつ、チビのくせに生意気だよなぁ。」
当たり障りのない悪口を言ってみる。…こんなの効果無いよな…。
部長がこちらを向いてあっかんべー!と怒っている。彼の顔は見えなくて胸が痛んだ。
***
昼食が終わり生徒それぞれ自由時間を過ごしている。
先生と普段遊ぶことがないので、気に入った先生と話したり遊んだりしている人が目立つ。
昂先生の低い声が部屋に居てもわかるくらい聞こえる。サッカーをしているらしい。
別の部屋では米村先生の漫談が開催されているらしい。かなり人気で部屋に入りきらないと聞いた。…ひたすら喋ってるからな、あの先生。
緑は女子からせがまれ、料理教室を開催しているんだとさ。
「座禅組お疲れ様!こっちはね、めちゃくちゃ楽しかったよー!自分オリジナルのお茶を作ったんだけど、これがもー美味しくて!炎も飲む?」
桃がルンルンで委員長と腕を組み話しかけてきた。
ほのかにお茶のいい匂いすると思ったら。仲良し二人組だ。
二人はクラスも違うし、接点無いと思われがちだがモブ子は学級委員長、桃は転校すぐの優等生。モブ子は不純な動機(海に良く見られたいため)での委員長だが本物の桃に親近感が湧いたのだろう。最初は海を好きにならないように見張っていたらしいが(噂では)今ではすっかり仲良しで、授業が終わると廊下で二人が仲良く話している姿を良く見かける。前の学校での桃は優等生すぎてあまり友達がいなかったから、俺としては安心した。
「炎くん、やつれてるけどまだ煩悩抱えてるの?」
二人顔を見合わせて笑い合う。
…呑気っていいぜ。俺も何も悩み抱えず生きていきたいよ。
帰りのバスは最悪で、黄牙と部長の悪口大会で当の本人達は気にしてなかったしいじめを無くそうと頑張っているけど、益々誤解を生んでる気がする。
高橋も高橋だよな。自分のクラスの生徒に対して悪口言われてるのにシカトだし。この前あんだけ怒ったくせに、あいつ本当に教師かよ。何考えているかわからない。
「…あいつ、なんで無視するんだよ。」
部長と仲良く話していた光景を思い出しまたムカついてきた。
「どうしたの?」
ハッと我に返り机に突っ伏していた身体を起こす。
「…なんでもない。」
桃が心配そうに顔を覗き込む。桃はふーんと疑いながら顔を遠ざける。
「ま、いいけど。ねえ炎、私たちが作ったお茶飲んでよー!おいしいから!」
「あっ!そーしよ!」
半ば無理やり飲ませようとしてるじゃない、桃さんよ。委員長もノリノリで湯沸かし器を探しに行った。
あいつら、ほんと仲良いなぁ。
3人で楽しく談笑していた時だった。背後から座っていた椅子の脚を蹴られ見たくもない相手を見ることになった。
「おい、金子炎。勝負するか!」
俺の背中にその相手は腕を置き、突拍子もなく勝負を仕掛けられる。
げっ…高橋じゃねーかよ。こっちきてまでさっきまで絵を描いていたのか油の匂いがする。
「…なんですか、高橋先生。なんの意図があって勝負を…。」
「俺の部屋にこい。一本勝負、男に二言はない。」
はぁ?
無理矢理起こされ、手を掴まれ拉致される。
「ちょっと、先生!なんだよ!痛いって、離せよ!」
こいつってほんとムカつく先生だな。ドカドカと我が物顔で歩き出し、教師専用の部屋に入る。
「おまえが勝ったら岡や昂と結託して嗅ぎ回ってる事教えてやる。負けたらそうだなぁ。」
先生たち共有スペースを抜け、個室の扉を開けるとビックリした顔の黄牙と部長と目が合う。
慌てる炎をよそ目に話を続ける高橋。
「夏休み、別棟の掃除してもらうか。どうだ、やるだろ?」
硬直する黄牙を睨みながら高橋の馬鹿な提案にゴネる。
「…何だよ、それ。っていうかお前ら…先生と生徒だろ…。何して…。」
「それも勝ったら教えてやる。やるのか?やらないのか?」
黄牙がびっくりした顔でこちらを見ている。こいつらの正体を暴くのが俺の、俺たちの仕事だったな。
「わ、わかった。やる。俺が勝ったら…自分で言ったんだからな。教えろよ。」
高橋は大声で笑い炎の制服の襟元を引っ張った。
「逃げんなよ。何事からも。どんなことからも。お前の弱さを叩き直してやる。」
高橋の赤黒く濁った瞳に目が離せない。
炎はぼんやりした頭の中で決意を固めた。
昔剣道の合宿所だったらしく、立派な剣道室がある。
右腕がこの勝負を聞きつけやってきた。部長は相変わらず黄牙にメロメロな様子だったが、試合に夢中なのか右腕と写真を撮り、野次馬の生徒たちにインタビューを始めた。
別室で剣道着に着替えながら考える。なんでこんなことに…。わからず高橋先生の迫力に負けて受けてしまったけど、どうして剣道で勝負だなんて。授業で少し習った程度だけど…できるか不安だ。
扉からコンコンと音がして「俺、右腕。入るよ?」と手を振って部屋に入ってきた。
「炎、高橋先生と剣道一本勝負って聞いたけど…剣道経験あるの?」
右腕が心配して様子を見に来てくれたらしい。
「経験ねーよ。でも、この前授業で習ったし。なんとかなるかな。」
挑まれた勝負、相手の事が知れるチャンス。勝つしかないっしょ!右腕に向かって笑って見せた。
「ていうか、なんで勝負なの?先生と生徒の勝負なんて俺聞いたことないよ。」
こんな時でも炎は脳天気にヘラヘラ笑って見せる。
「心配サンキューな!ちょっと高橋に知りたいことあってな。負けられないんだ。」
…負けたら地獄の別棟掃除待ってるけどな。俺の夏休みを守らねば!
着替えを終え道場に入る。
いつの間にか黄牙の姿は見えなくなっていて、代わりに委員長と心配そうに見つめる桃がいた。
「おい、炎。聞け!一本勝負だ。技はなんでもいい。当たれば勝ちだ。判定はこいつ、か金子桃に任せようぜ。」
指名された桃はびっくりした顔で「はい、先生。」と答える。委員長は心配そうに桃の手を強く握っている。
チラッと横目で部長を見るが、スクープの特ダネだと言わんばかりに張り切ってカメラをこちらに向けて楽しそうだ。
「初め!」
高橋と炎の睨み合いが始まる。
「チョロチョロ目障りだったからな。別棟にあれほど近づくな、って言ってるのになぁ?」
「…なんの話しですか、せんせ。」
見合う二人の間には不穏な空気が流れている。
この学校に来て一番嫌いな先生だ。そんな先生が大事な人の側にいる。
「目障りな岡が生徒使って俺の事嗅ぎ回って、目障りだろ。目障りが理由で別棟に鍵もつけられないしなぁ。で、思ったわけ。この林間学校でお前と対決しよう、ってな。」
なんだその理由!
「岡が怪我して内心喜んだが大した怪我じゃなくて落胆だ、わかるか俺の気持ち。」
人としてマジで尊敬できないぜ、この大人は。
「お前は懺悔のためこの学校にきたんだろ?河野に懺悔はできたのかよ?」
ドキッ!
「懺悔は…まだだけど…そのうち…。」どもってしまう。突かれて痛い。
まだちゃんと謝っていない自分を直視してしまう。
「目先の欲望に負けて先延ばしにしてないか?」
正論すぎて何も言えない。高橋はどこまで俺たちの関係を知っているのか気になる。
「あいつとどこまでの関係になりたいのか知らんが。やめとけやめとけ、溺れるぞ。友達としてが一番いい関係だろ。」
…何の話をしてるんだ。
「先生は…なんでも知った風に言ってますけど。あいつの何なんですか?」
高橋が一旦言葉に詰まって無言になる。炎の動きが緩んだ一瞬の拍子に答えた。
「俺か?俺は…。」
フェイス越しでもわかる、ニヤリとした表情。炎の目をじっと見つめる。
炎の身体が動かないとわかるとまたニヤリと笑いだし言葉を続ける。
「俺はあいつの新しいパパだよ!!!!!」
パーーーーーーン!!!!!
炎の肩に竹刀が当たる。
「勝負あり!高橋先生の勝ち!」
桃の驚いたような声が聞こえたと同時に、目の前が暗くなりその場に崩れ落ちるように座り込む。
勝敗はあまりにも不意に訪れた。
***
「終わった…俺の夏休み…。終わった…。」
炎は食堂の机に突っ伏し、色々ショックを受けた身体を労わるように桃と委員長が淹れてくれたお茶を口にする。
高橋との勝負前に勧めてくれたお茶だ。フルーツの匂いがする。
「美味しい…。」
一口飲んで二人は顔を明るくする。
「元気出しなって、ね?これね、今の炎にピッタリでしょ?オレンジの皮が入ってるんだよ。」
「落ち込むなんて炎くんらしくないよー!ね、これ私が作ったクッキーなんだけど、食べない?」
…優しい二人に感謝しなければ。
「ありがとな。桃、委員長。ごめん、少し一人にさせてくれ。あ、委員長。クッキー食べるから置いておいて。」
炎は今できる最大の笑顔で伝えると、二人は顔を見合わせて頷き
「わかった。またね、炎。」
そう言うと食堂を後にするが、入れ替えで海と緑が食堂に入ってきた。
遠くの方で桃が困らせないでよとか言ってる。緑が頭を何度もペコペコさせてこちらに向かってきた。
「聞いたでぇ、炎はん。わいらが居ない間に高橋と対決したんだってなぁ?」
緑の手の中には作りたてなのか、アツアツのたこ焼きの姿が。目が合うとよだれが止まらない。
「なんやなんや、食欲はありそうやな。」
炎の口の中に一つたこ焼きを放り込むと美味しそうに頬を赤らめ「んん〜!」と幸せそうな声を出す。
「これ、モブ子さんのクッキーですか?」
机の上に綺麗に置かれたクッキーに海が興味を示す。
「そうそう。海は食べ放題なんじゃねーの?」
海は答えずに一口口に入れる。
「…甘すぎですね。」
あはは…手厳しい。
「それより炎はん、わいらに話したいことあったら胸貸すでぇ!そのための!」
海は持っていたカバンを机の上に置き、チャックを開けると中にはたくさんのお菓子に飲み物!先生にバレないように持ってきたんだろう。
「お、お前らーーーーっ!好きーーーっ!」
二人に抱きつき頬にキスしようとするも避けられながら緑が続ける。
「そのための林間学校やろっ!寝かせないから覚悟せぇよ?」
なんて頼もしい友人なんだろう。胸が熱くなる。
***
一泊二日の林間学校の初日を無事に?終え、仲良し3人組はお風呂から出ると一目散に部屋に閉じこもった。
布団の上にお菓子を広げ、青山先生に内緒で冷やしてもらった飲み物を床に置く。
二人に高橋との決戦の話を一通り終えると大声を先に出したのは緑だった。
「ええええええ?!黄牙はん、高橋の息子になったんか!ひょえええええええ!」
「わーっ!緑、声大きいっ!」
スマンスマンと落ち着かせるように飲み物を口に含んだ。
「びっくりですね、こんな話聞いたら私だって今の炎さんみたいになりますよ。」
海は炎の頭をぽんぽんと優しく叩く。コーラを一気に飲み干して泣き腫らした顔で口を開く炎。
「ひっく…。俺、あいつに謝りにこの学校に来たのに高橋に言われて思い出した。俺、あいつとの再会に嬉しくて謝ることを忘れてて…何やってるんだ、って自己嫌悪だし。あいつらが事実上の家族ってのも軽くショックで。俺何やってんだよ…。って。」
飲み干して何も入っていないコップを横にして指で動かす。
「俺、何も知らなかった。あいつの事。この学校に来た理由も、今どこでどう過ごしてるのかも。何も知らなかった。…友達だと思われてないんだろうな、酷い事したし当たり前だよな。」
新しくジュースをコップに注ぎ、勢い良く飲み干した。
「仕方ないでぇ。知らなかったからってあまり自分を責めんと!なぁ、海はん!って、寝とるやないかーい!ペットボトル抱きしめてるし…って、クッキー完食しとるし案外気にかけとるんやなぁ。女嫌いなのになぁ。委員長の事応援したくなるなぁ。」
ニヤニヤとぐっすり眠る海を見ながら二人顔を見合わせニヤニヤと笑い出した。
時計を見ると22時を過ぎていた。そろそろ就寝しないと明日に響くよな。海をベッドに入れ電気を消す。
「炎はん、自分をあまり責めたらあかんで。どうしようもないことってあるさかい。知らなかった事は事実。黄牙はんに…幼馴染やろ?特別な絆、ってあるやろうし。大丈夫やで、きっと仲直りするって。ありがとうな、話してくれて。」
頭をぽんぽんとされまた泣きそうになる。
「緑…。」
ニカーッと笑う緑が頼もしい。
「海はん寝てしまったし、わいらも寝るか?それとも続きする?」
ジュースが入ったペットボトルを片手に持ち質問してくるが、炎は首を横に振る。
「俺、外の空気吸ってくる。一人で夜更かししてくるよ。今日はサンキューな。気持ち軽くなったよ。」
「そか!じゃあおやすみ!身体冷やさんとな!」
…緑も辛いことあってこの学校に来たと言うのに、この優しさ。いい友達持ったな、俺。
部屋を出て、1階にある共有スペースに向かう。
昼間はギャアギャアうるさかった食堂が静まり返り、真っ暗で寂しい風景に変わった。
…顔洗ってこよ。
男子用の洗面所兼風呂場に向かうと明かりがついていた。この時間なら先生かな?
「せーんせっ!俺も一緒に入っていいですか?」
ジャージの上着を脱ぎ返事を待つ前に扉を開けようとするが、中から慌てる声がする。
「あっ、ちょっと…まっ…!」
まだ髪の毛を洗っている最中の黄牙とバッチリ目が合う。
ゲッ
お互い硬直してその場から動けなくなる。シャワーの音が気まずい音をかき消しているのが有難い。
黄牙は丸い目を見開き「あっ!」と声を漏らすとバスタオルを身体に巻く。
「う、あ、えっとごめん…。先生かと思って開けちゃって…。ご、ごゆっくり…。」
「あっ、ま…。」
ゆっくり開けた扉を閉め、脱いだ上着を着替えフラフラと外に出る。そうだよな、あいつ身体中火傷の痕あるからみんなと入れないよな…。そうだよな。
サンダルを履き玄関を開け、外に備えられているベンチに腰掛ける。
俺って毎回タイミングわっっるっ!
…火傷痕まだ残ってたな。と、ぼーっと考えていたら視界に黄牙が入った。
「待ってって言ったじゃん。」
まだ髪の毛が濡れていて、首にはバスタオルがかかっている。ポタポタ水が垂れて冷たい。
「…髪の毛、濡れて冷たいんだけど。」
「急いで出てきたから…。」
「……座れよ、拭いてやるから。」
急いで後を追ってきたんだろう。黄牙は炎の横に背を向けて腰を下ろした。
バスタオルを手に取り髪の毛を拭き始めるが手が微かに震えている。…気がつかれなきゃいいけど。
「今日の高橋先生との試合…。残念だったね。身体、大丈夫?」
ずっと無視してたくせに、会場にも居なかったじゃねーか。こういう時に限って優しいんだな。
「…ごめんね。僕のせいだよね。あの話してから僕が無視してたから怒った?」
髪の毛を拭くバスタオルが外れ、星で照らされた黄牙の綺麗な顔がくっきりと炎の瞳の中に映る。動揺して頭を鷲掴みににしてちらを見させないようなんとかしのぐ。
「それとも、僕が部長と一緒で嫉妬しちゃった…?それなら…。」
と言いかけて炎が話し出す。
「付き合ってるんだってな。聞いたよ。」
「えっと…それは…。」
気まずそうに両手を絡ませて俯く黄牙を見て、深くため息を吐く。
椅子に落ちたバスタオルを拾い上げ、濡れていたが軽く畳み直しまた椅子に掛け直した。
「…俺。おまえの能力のこと。全然知らなかったよ。」
「うん。内緒にしてたから。大火傷を負って自分のした事の大きさに気がついたんだ。」
「それは違う!俺が…。」
身体が震え、突然涙が溢れ出す。自分でもわけがわからなくて動揺してしまう。
「泣いてるの?」
また動いて振り向きそうになるから、力ずくで阻止しようと炎は必死で手に力を入れる。溢れる涙を腕で拭き強がって答える。
「…俺、別におまえにあの告白されて怒ってないしもし自分だったらと考えたら同じことするかもしれない、って。」
少し沈黙が流れ、黄牙はポツリと呟く。
「…ごめん…。」
「俺、あの時本当におまえが桃の事好きだと思ったから、腹が立った。だから持ってたライターで…。」
思い出して手が震える。一歩間違えたら殺していたかもしれないのに。
「…気にしてないよ。」
冷たい突き放されたような返答で胸にチクリと針が刺さった感覚。
「炎はなんでこの学校に来たの?僕のこと嫌いなのに、何で?僕がいないあの学校で。桃と楽しく…。」
言いかけて止めた。炎が何のためにこの学校に来たのかなんて分かりきった理由なのに。黄牙を追って仲直りをするために。謝るために。幼馴染なのだから。
本当は今ここで謝って仲良くしたい。笑って話したい。けれどそれでは高橋の計画が台無しになる。
「ねえ、炎。もうこの学校のこと、僕たちのこと詮索するのやめなよ。炎には関係ないから。」
黄牙は立ち上がり、何かを決意したかのように強く突き放す。
「炎は何しに来たの?僕は炎が壊したものを取り戻すためにこの学校に来た。ねえ、炎は?もう僕に構わない方が身の為だよ。」
炎の手からバスタオルを取り、笑顔を隠す。
「…ごめんね、おやすみ。」
炎はしばらく放心状態でその場から動けなかった。突き放された現実に深く絶望する。
意識が戻ったのは日が登りきる少し前。
青山先生が心配して声をかけてきたのは覚えている。ただその言葉が何だったのかはわからないが。
もう戻れないのだろうか。
***
5組。
次の日、高橋と黄牙は朝早く学校に戻っていた。教室は鍵がかかり誰も入れないようになっていた。
「お前、あいつを許すのか?仲良さそうに話しやがって。」
高橋がチョークをポキポキ折りながら床に落としていく。
「…別にそういうわけじゃ…。」
「言ったよな?俺はお前と利害が一致しているからかくまって世話してやってるんだよな?」
チョークが残り少ない。ポキポキ折っては床に落として足で投げ捨てる。
「あいつと話して満足か?嬉しいか?」
最後の一本のチョークを折って指に残ったチョークを黄牙に投げつけ顔に当てた。
「痛っ…!そんなんじゃ…。」
「口答えすんな!」
高橋は黄牙の首元を掴み持ち上げる。
「う…うぐぐ。」
足が宙に浮いて苦しい。
「ほら、目をくれよ。あいつをもっともっと絶望させてやろうぜ?なぁ、心の隙間に入ってあいつの心を壊せ。」
首元を掴む力が増す。苦しい。
「ううっ…。」
真っ赤になる顔を見てパッと首元を掴む手を離す。その場に鈍い音と共に崩れ落ちて咳き込む。
「ううっ…。ごほっ…ごほっ!」
チッ
黄牙の髪の毛を掴み上を向かせる。
「わかったか?力はお前の借り物だが主導権はあくまで俺だからな。俺がいなければいじめられこの学校に来たって一人ぼっちの可哀想に逆戻りだからな。」
泣くもんか。
黄牙は高橋を睨みつけたまま無言で聞いている。それが気に入らず黄牙の手を足で踏みつけた。
「っあ…いっ…んんっ…!」
痛いけど泣くもんか!
「俺がいたから住む家も飯も恵んでもらえてるんだからな、感謝しろ、よ!」
髪の毛を掴んでいた手を思い切り離し突き飛ばす。
「おーおー、良く飛んだな。」
黄牙の身体に机や椅子が落ち「痛そー!」と高橋は笑いながら続ける。
「…わかってるな?お前はこの恨み辛みな学校をメチャクチャにする、俺は憎い岡を倒して新しいみなと中学校の校長になる!!!!楽しみじゃねーか。ナァ?あの新聞部も上手く色恋して繋ぎ止めろよ?上手く使えばこの学校も終わりだぜ。」
うずくまったまま頷く。
チッ
「…片付けておけよ。」
鍵を開け教室を出ていく高橋。一人取り残されボロボロの身体を無理矢理起こす。
「…ぅ。ううっ…痛いよ…。」
折れた腕に激痛が走る。
どうして僕は…。涙が床に落ち無常にも時間は過ぎていくのだった。
新しくした包帯に、鮮血が滲む。
今回は酷く荒れていたのか、損傷が激しくまともに動く事ができない。
右腕は折れてしまったらしく、ぶら下がったまま血が腕を伝い床に滴り落ちる。
血だらけになったTシャツを拾い上げ、顔と上半身を拭くが下腹部が殴られたため、痛みに耐えられずまた吐血してしまった。
いつまで暴力に耐えなければいけないんだろうか。
幸い、足は両足とも無事だったので洗い場まで自力で歩き血だらけの顔を洗う。
目に血が入りチクチク痛むが、今回は顔を死守したので少しの出血で事なきを得た。
外から生徒達の楽しい笑い声が聞こえてきて、窓から姿を見られないように覗くと楽しそうに2年生以外の生徒が下校していた。
まだ2学年は林間学校で、今頃帰宅時間だろうか。
高橋先生と朝早く帰宅してしまったから全然楽しめなかった。楽しい思い出なんて一つも作れなかった。
それもそうか、僕が秘密を打ち明けたから。炎を泣かせてしまったから。僕にはそんな資格ないけど。
別棟のシャワー室にたどり着き、制服を脱ぎ汚れた包帯を外す。新しい包帯、予備あったかな。
蛇口を捻ると冷たい水が傷口を刺激して、猛烈な痛みに襲われる。
シャワー室が真っ赤に染まって、シャワーの音の中に小さな泣き声が混ざる。
吐息が激しくなり、そのまま座り込み長い間その場から動けなくなっていた時、シャワー室の扉が開き高橋先生の愛娘の由香が心配そうに駆け寄ってきた。
どうしたの?生きてる?って声が聞こえた気がする。身体を揺らされ次第に意識が遠のいて行く。
僕はどうなってしまうのだろうか、生きていたら炎に謝らなきゃ。そして言わなきゃ。
そして僕は深い眠りについた。
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